第628話 感覚と言葉の違い
カルティオラ蔵書は、古代文字の本と神約文字の本の二冊。
古代文字の方に書かれていたそれらの記載は、当時現地に行って内偵調査をしたカルティオラ家門の方々の報告書のようだ。
随分と、古い時代から『ミューラ』はいたんだな。
だが、一度彼らミューラは記録から消えているみたいで、それは『マイウリア』に取って代わられて完全に血筋としては途絶えたからだと思われたみたいだ。
……これ、なんだか、タルフの建国史に似ているな。
俺はこの『赤』と『青』に示されている訳が、ファイラスさんが書いてくれたものと若干違っていることを伝える。
「このふたつの単語に、俺の【文字魔法】ではこの文字の『赤』に対して『茜赤』『朱』『紅赤』、そして『青』に対しては『空青』『碧』『群青』が浮かんでいます。これは多分、タルフ語でも共通して使われているものじゃないかとも思いますし、マイウリアとミューラでも……訳が違うかもしれないです」
「ということは……マイウリアとミューラとタルフは『全く違う民族』と見た方がいい、ということか?」
「言葉の使い方に関しては、そうかもしれないですね。大元の血筋は同じ国でありながら敵対して分裂した人々です。同じ単語を使っていたとしても、相手に解らないように意味を変えたということもないとは言えません。まぁ、時代と共に感覚が変わった可能性もあるかもしれないですが」
ビィクティアムさんとファイラスさんが苦々しいような、怒りの滲むような表情を浮かべる。
当然だろうな……神々に誓った『復興』の最中だというのに、自分勝手に独立してしまっただけでなく『神々との約束の大地』を捨てて、別の場所へ行ってしまった人達もいるのだから。
ただ、出て行きたくて出た訳ではないかもしれないし、どうしようもなくなって袂を分かったのかもしれない……とも思うから、悪し様に罵ることなどできないと解っているのだ。
だから、何も言えずに唇を噛むのだろうが……そんな自分達の国を滅ぼしてしまったやつらが、皇国に何かを仕掛けるのであれば黙っている訳にはいかない。
ましてや、皇宮南茶房とか神仕作務所なんて、雄黄が放置されていた場所と襲撃事件に関連しているとしか思えないからな。
協力できるなら、いたしますよ!
俺、ガッツリ関係者だしっ!
改めて、今回の『色』について、俺の解ることを話していく。
「今回、ガイエスの言う通り『マイウリア』ではないでしょう。ただ俺にはタルフなのかミューラなのかは……すみませんが現時点での断定はできません。タルフやミューラが、どの色味の赤や青をこのように呼んでいるのかが解らないと……」
一応【文字魔法】で皇国語・マイウリア語・ミューラ語・タルフ語の表記が出るように指示し、日本語訳も各々出るようにしてみた。
だけど、調べたいものの正しい色味が解らなければ、どれが合致しているかが解らない。
そこに、硝子ケースに入れられた一枚の布が差し出された。
「王都で『新しいタルフ赤』と言われて売られていたものだ」
そうビィクティアムさんが言う布は、日本語表記は『
皇国語だと『血赤』は『紅海老茶』を指しているから、随分と違う。
「これはタルフだと『血赤』を指すようです。タルフの赤がこれだというのであれば、見せてもらった単語の『赤』に当て嵌まりませんしタルフ語の綴りは……こう、です」
血赤は、あのタルフの医学書とやらに沢山出てきたし、マイウリア語・ミューラ語にはどうやらこの色の名前がないみたいだ。
……色を『読み取る』と……目が疲れるなー。
「では、もう一枚……こっちも昔は『タルフ赤』と呼ばれていた」
今度は剥き出しの赤いスカーフのようなものが差し出された。
そうだ、タルフ語と日本語だけが出るようにしてみたら、特定ができるな。
選択肢を大きくし過ぎたから、当て嵌まる訳が全部出ちゃったんだ。
えーと、日本語では『
皇国にも『茜赤』という色はあるが、そちらは日本語の『茜色』のことでこの布とはとてもよく似ているが少し違う。
「タルフ語で『茜赤』ですね。綴りは、さっきのものとそっくりですけど、こちらだと最後の文字が少し違うみたいです」
この茜赤は、タルフの歴史書の中で『尊い色』とされてよく出てきていた。
「最後の文字の大まかな形は一緒なので、書き癖の範囲かもしれません」
一応確認したが、マイウリア語やミューラ語は、この色だと表記はなかった。
どちらも、タルフだけの色のようだ。
タルフだけで採れる染料なのかもしれない。
「そうか……皇国語の茜赤とは違う色なんだな」
「凄く似ていますから、遠目だと解りにくいですね。並べてやっと違いが解ると思います。皇国でいう茜赤だと……あ、この色かな」
応接室で飾りとして作っていたゴブレットのひとつが、茜赤だったので手元まで持ってくる。
「なるほどー。並べると解るけど、確かに遠目とか古くなると解りづらいかもねー」
「このタルフの茜赤の布、使っている染料が植物系で魔法での変色防止をかけていないみたいですから、天光に当たると色褪せがありそうですね」
「色褪せ……それってさ、タクトくん、建物にちゃんと魔力保護してても、なるものかな?」
ファイラスさんは、まだ『赤』を探しているのか?
「状態にもよりますけど……石や金属なら魔力保持が高いですから褪せにくいでしょう。でも、木材や布、紙だったら建物への魔力供給と同時期にしか保護の魔力を入れていなければ、素材自体が劣化します。天光の反射が当たっているだけでも、色落ちすると思いますよ?」
俺の言葉に、ビィクティアムさんは何かを閃いたようだ。
「タクトがカルティオラに渡した『復元の魔法が付与できる方陣』があったな……あれで、建物の内装やそこに書かれた絵も復元できるか?」
「そう……ですね。内装はちょっと無理です。同じ材料がないと欠けたところや破損した部分の修復ができませんから。絵も、描かれている場所が壁だと壁の修復はできませんが色くらいなら、元のものに戻せる……かなぁ? やってみないとなんとも言えないですねぇ……」
うん、色くらいなら復元は可能だけど、本の修復用だからなぁ。
「色が解るだけでも、充分かもしれないですね」
ファイラスさんがちょっとだけ微笑んだので、なんらかのヒントを提供できただろうか。
じゃ、もうちょっと聞いてもいいかなー。
「ファイラスさんが見せてくれた『境界越えの方陣』って、何処に繋がっていたんですか?」
「皇宮の南茶房近くだよ」
「さっきの書き付けの南茶房って、皇宮だったんですね……じゃあ、神仕作務所にも?」
「いや……僕らが見つけた方陣だと、繋がったのはリュイトの教会だった。あそこに神仕作務所はないんだ」
リュイトは、王都の南東でリバレーラ領と接する町だ。
ということは、そこは元々旧教会が使われていた時代に結ばれていた教会門の場所かもしれない。
「それで……他にも『赤窓』を探していたんですね?」
「そう。だけどタクトくんの言うように、王都の教会って何処も天井に板張りがあってねー。旧教会でも絵が描かれているのは全部木なんだよ。だから劣化が激しくてさ」
いくつか染料の成分から『赤』はあったのだが、その『下』に方陣はなかったという。
天井以外にもあるのではないかと探したが、傷みが激しい場所もあり色がよく解らないだけでなく、どの部屋の床下にも方陣などはなかった……と。
「ふぅん……それって、教会の中だけですよね?」
「そうだけど、他に方陣門が作れる場所なんて、ないと思うんだよね」
「外側に作れませんか?」
「え?」
「もし教会の外側から見て『赤い窓』があったら、その下にないかなーって。あるとしたら表通り側から見えない中庭に面した所とか? そしてすぐに移動できる場所……かもしれないなーなんて」
貴族の方々は基本的に『方陣門』『教会門』『越領門』は室内から室内への移動に使っているから、表に設置するということ自体を念頭に置いていないのではないかと、考えた次第。
表に馬車方陣として設置してあるものでも、扉を象ったアーチみたいなものがあるから『施設で利用する移動手段』のイメージが強そうだと思ったんだよ。
臣民や他国の人は、逆だよね。
一般の方々は、方陣札での『門』を使ったりすることの方が多いだろうから、外から屋内に飛べたりすると吃驚するんだよ。
だから、ミューラにしろタルフにしろ他国人が関わっているならば、方陣は表にある方が使いやすかろうと思う訳ですよ。
「中庭に抜ける扉に……なんで鍵が掛かっていたか、不思議だったんだよね……なるほどね」
ファイラスさんには思い当たる節があったようだ。
「その扉に窓がありますか?」
「ある。小さいけど、覗き窓がひとつ」
「そういえば、あの扉は『赤』だったな」
どうやらガイエスはその扉に触らなかったか、水栓をサーチした時はその扉近くまで探知が届かなかったんだろうな。
「長官、後でもう一度、王都へ行ってもよろしいですか?」
「新年からすまんが、頼む」
「春祭り前までに、終わらせます」
ビィクティアムさんが頷き、俺には恒例の頭ポンポン。
そして……旧教会から三冊の本が見つかった、とのお知らせあり。
もう少ししたら、翻訳の御依頼が来るかなーー?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます