第627話 年明け報告会?

 新年一発目……今年のシュリィイーレは、がっかりニュースからスタートした。

 錆山どころか碧の森も全く雪が溶かせず、北門の開放は新月しんつき中旬過ぎになるだろうという発表がされたのだ。

 そして春祭りは、いつもの年より五日遅れ新月しんつき十日・十一日と決まった。


「しょうがねぇよな、今年は」

「ま、雪が結月ゆうつきの終わりまで降っていると、翌年は豊作だっつーからよ」

 食堂のお客さんたちも、新年二日になってやっと溶かされ始めた氷結隧道を眺めながら苦笑いだ。

 自然のことは、文句を言ったとて仕方のないことだ。


 初荷は、新月しんつき三日。

 なんとか一日遅れで済んだ。

 町中では衛兵隊の雪処理と、石工師組合や建築師組合による道路の修復が急ピッチで進められている。

 いやー、魔法なかったら本当にあと一ヶ月くらい動けなかったかもなぁ。

 俺もガイエスに春祭りの日程遅れを伝えたので、それに合わせて来てくれるだろう。


 その時に、ガイエスからの返信で『すまん』と謝られた。

 水牛の乳は売っている牧場がカトルスという町にあったらしいのだが、契約制で一般売りはしていないらしい。

 レナンタートでは、新月しんつき下旬でないと多分仔牛は生まれないからその頃にもう一度行く……と言ってくれた。

 走り回らせちゃったなぁ……悪いことしてしまった。

 一応、時期的に仕方ないことだし、気にしなくていいよと返信は入れたがもしかしたらまだ探してくれているかも。



 新年初の営業はランチのみなので、特別メニュー冬牡蠣油と卵黄垂れを使った野菜たっぷりリエッツァ。

 定番は玉葱茶だけど、鶏肉とみじん切り野菜の赤茄子ラグーにしてみました!

 ミネストローネっぽいけど、もう少しとろっとした感じだね。

 春っぽく、プラントキャベツを使ったサラダもお付けしますよ。


「うわぁ……やっぱり、食事はシュリィイーレが一番だよぉ」

「本当ですねぇぇ」

 泣き出しそうな勢いで食べてくれているのは、やっと王都から戻ってこられたファイラスさんとノエレッテさんだ。

 あ、あっちのテーブルではテリウスさんとレグレストさんも……どうやら、王都での案件は一応解決したのかな?


 ファイラスさんにちょっと聞いてみた。

「んー……後で長官が来てから一緒に話したいんだよねぇ……応接、借りてもいいかな?」

「はい、大丈夫ですよ」

 あれ、なんかあったのかな?



 スイーツタイムの中盤、お客さんたちが落ち着き始めた頃にビィクティアムさんがやってきた。

 そのまま、VIPルームへ直行。

 ファイラスさんが今日のスイーツ、ホイップクリームたっぷりキャロットケーキを載せた皿を両手で持って、その後ろに続く。

 ビィクティアムさんの分のケーキをご用意して、俺も応接室へ。


「今年は十五人だな」

「増えましたねぇ。あ、再試験の四人は?」

「全員、好成績だった」

「ああー、よかったですよー。心配していたんですよねー」


 ふたりが話していたのは、今回の試験研修生のことだろう。

 そうか、試験研修生の最終日、今日だったな。

 午前中に終了で、午後にお買い物タイムがあったんだった。


 ……去年のヒメリアさんの爆買いが思い出されて、ふと自販機の在庫が気になってしまった。

 あんなに買う人は、いないだろうけどね。

 まだ年明けで何処の衛兵隊も忙しいだろうから、ヒメリアさんが来るとしたら月末かなー。

 在庫、気をつけておかなくては。


 ファイラスさんに座って、と促されたので俺も着席。

 あれ、なんか俺に聞かせるってより、俺から何かを聞きたいってことなのかな?

 ビィクティアムさんがケーキを綺麗に食べ終わって、満足そうな笑顔を見せてくださった後、ファイラスさんから聞かれた。


「タクトくんが、ガイエスくんに『旧教会を見てきて』って頼んだんだよね?」

 そのことか。

 ガイエスから『喋っちまった、すまん』って言われていたんで、聞かれるだろうなーとは思っていた。

 全然構わないんだけどね、謝らなくってもさ。


「イスグロリエスト大綬章の式典前に泊まった部屋から、旧教会が見えてて興味があったんですよね。その後、神典の一巻が発見された場所だってのも聞いたし。で、どんなところかガイエスに見てきてもらって教えて欲しいなーって」


 間違いでも、嘘でもない。

 何処まで、どーいう風に見てきて欲しいかを言っていないだけだ。

「ああ……そういえば、おまえに聞かれたっけな」

「それで、ガイエスくん、大聖堂の中まで入っていたのかぁ。お陰で助かったけどねぇ」


 そこは、ちょっと気になったんだよな。

「なんで入れたんですか? 使われていないはずだし鍵が掛かってると思っていたから、外から見てどんなところか教えてもらえるだけかなって思っていたんですけど」


 いやまぁ、ガイエスは鍵なんか関係なく『遠視の方陣』で視られれば入れちゃうから、内緒で中に入ってもらうつもりだったんだけどねー。

 ファイラスさんがちょっと言い淀み、ビィクティアムさんをチラ見するとビィクティアムさんから答えてもらえた。


「入れないはずの場所に、不審な足跡が残っていた。だが、教会内にまでは侵入できなかったのか、あちこちを壊してまで入ろうと試みているやつらがいたみたいでな。そいつらが『近衛隊の靴』を履いていたんで……王都の連中に任せられず、ファイラス達に探ってもらっていた」


 なるほど、足跡からの推測で絞り込んだ訳か。

 近衛は基本的には『王都中央区の皇系貴系の街区』担当だ。

 旧教会付近を担当管理者の命令でもない限り、歩き回っているのは不自然だったということだな。


「あの日は『見張りなしで開けっ放しにしてたら誰が来るかなー』って思ってさー。まーさか、ガイエスくんが入って行っちゃうと思っていなくて。その後もそのままにしていたら、のこのこ現れたやつらがいてねー。捕まえてイロイロ聞けたから、もう全部、閉めちゃったけどねー」


 見張りを置かなかった……というより、置けなかったんだろうな……

 誰が信頼できるか解らないのに、その場を任せるなんてできっこない。

 多分、ノエレッテさん達が交代で遠隔監視していたんだろう。


「まさか、一日やそこらで四人も捕まるほどとは思わなかったがな」

 四人?

 そんなにいたの?

「中央区内を今、キリエステス卿とサラレア卿がガンガン調べてくださっていますから、タクトくんの叙勲式前に大勢入り込んでいた理由も解りそうですよ」


 近衛に不届き者がいたということは、皇宮に入り込んでいた俺を襲ったやつらとかは、そいつらの手引きなんだろうからなー。

 つまり、潜伏していたやつらと、その時に入り込んだやつらがいたってことか。

 その頃からのことを併せた調査だとしたら、極秘にやってて事後承諾……ではなくて継続していた調査なんだな。


 となれば、今回の旧教会調査も、少なくとも陛下と聖神司祭様方には許可を取っていそうだ。

 捕まえられてある程度の話が聞き出せたから、キリエステス卿やサラレア卿も動けるようになったってことなんだろう。


 王都はシュリィイーレと同じ直轄地だから、シュリィイーレ隊を『直轄地の衛兵なんだから捜査権あり』ってことで捜査できた訳か。

 強引な感じもするが……元々、そういう事態があった時は、認めるってことになっていたのかもしれない。


 まぁ、ビィクティアムさんじゃなきゃやろうとも思わないだろうし、思ったとしても他の人だったら中央も憲兵隊も協力は渋りそうだ。

 それとも、中央のどなたかから依頼があったのかな?

 ……間違いなく、セインさんではないとは思うけどね。


 皇宮の中じゃないなら、憲兵隊の皇宮部門である皇宮憲衛士が動くわけにもいかないし、他の憲兵も……あ。

 もしかして、ガイエスを憲兵官舎に泊めたのって、憲兵達にやつらの仲間がいたら警戒させるためか?

 シュリィイーレ隊絡みで宿泊を依頼されたやつなんて、もし憲兵隊に裏切り者がいたら様子見などの何かしらのアクションがあるはずだ。


 それがなかったってことで、近衛に絞れたのかもしれない……ファイラスさんなら、やりそー。

 そもそも可能性はないと思っていても、念のため……だったのかもしれないよね。

 だけど、絶対にビィクティアムさんの許可をとっていないだろうなー。


 ……ってことは、テリウスさんかレグレストさんあたりが『遠視の魔眼』持ちの可能性があるなー。

 消音・視認妨害の魔具、渡しておいて正解だったな。

 護衛と監視は、ほぼ同義語だからね。


 少し色々教えて欲しいことがあるんだけど……どこまで聞いて平気かな。

 だけど、どんなに気になってもファイラスさんが言う『イロイロ』の部分は、聞かない方がいいに違いない……


「それって、以前俺を襲ってきたような、過激なスサルオーラ教義信者達の残党とか?」

「まだ、断定はできん。繋がっている者もそうでない者もいる。共通していたのは『間違ったマイウリア語』を使っていたという点だけだ」


 一部繋がっているやつらも捕らえられているのなら、解明は時間の問題かな。

 そして俺の前に、ガイエスが見せてくれたメモと同じ『東側 青窓の下 南茶房 赤窓の下 神仕作務所』と書かれたものが提示された。

 ん?

 あの時、別の表記が現れた『色』の部分が……更に増えたぞ?


「ガイエスくんが言うにはさ、この表記だと皇国で言う色の表記と違うらしいんだよ、本当のマイウリア語だとね……」

 そしてファイラスさんは、ガイエスが言ったマイウリア文字の色名との皇国語表記を並べて書く。


 んー……確定ではないが、可能性としてありそうなのって……

 俺は、確認してもいいですか? と前置いて『マイウリアとミューラには、本当に違いはないのか』と尋ねた。


「……驚いたな……そんなことを聞かれるとは思わなかったが」

「違いがあるんですか? ビィクティアムさん」

「あの国自体が明確にそれを解っていて呼称を変えていた訳ではないと思われるが、血統に若干の違いがあるようだと考察している記録があった」


 血統……?

 つまり、別の民族が混じっている、ということか。

 ならば文字を意図的に変えていたってのも考えられるな。


「ある書物が発見されて、ミューラやガウリエスタと、界隈の少数民族たちの関係が少し解ってきた。ミューラの王族を名乗る者達の中にも、少数民族の血が入っていたようだということもな。そしてどうやら、初めに『ミューラ』と言い出したのは王族の一部の者達らしいと、カルティオラの蔵書に記されているものがあった」


 うーん、カルティオラは整理整頓したらもっと色々出てきそうだなぁ。

 ちょっとワクワクしつつ、俺は差し出された書物を手に取った。

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