第624話 教会再編計画 

 その賢魔器具統括管理省院関連で、ビィクティアムさんから俺の作った『加護法具』全部の登録があった方がいい、と言われた。

 俺にとってはコリ解しの磁気ネックレス的なこいつも、神務士さん達にお渡しした『流脈調整の加護法具』ということになるので知らせた方がいいらしい。

 安眠枕カバーもですよねー。


「そうだな。取り敢えずは、おまえが作った物品の中にどれほど『加護法具』といえるものがあるかというのを確認したいそうだ」

「確認、とは……こちらにいらっしゃる、と?」

「ナルセーエラ卿が、張り切っているらしいぞ? 二度と作らないものとか、既に特定の誰かに渡したものは口頭説明だけでいいが、現在『商品』となっているものの確認もしたいそうだから」

「えー……加護法具に認定なんてされちゃったら、売れないですか?」

 保存食とか千年筆関連とかは、マジで困るんだけどー。


「いや、売れなくなるということはない。神聖魔法師の魔法が使われているものを、把握しておきたいということだけだから」

「それって登録したら、類似品とかを制限できるということですか?」

 ビィクティアムさんはそれもあるが、と続ける。

「商人達が全くおまえと関わりのない別のものを『神聖魔法師の魔具』として売らないために、登録していないもので神聖魔法が使われているものはない……としたいんだよ」

 類似品どころか、詐欺用品も出回る可能性があるのか……それは確かによろしくない。

 もしかして、簡易調理魔具とかあの辺も方陣じゃなかったら危なかったのかもな。


 次期当主の方々のお勉強会後に、その登録会もやりたいからいいか、と言われたので了承した。

「あ、おまえの作った食器とかも全部だぞ」

 え?

 それも……って、本当に『全部』なのか……面倒だから、登録会はうちに来てもらう方が早いかなぁ……


 なら、登録の時にはテルウェスト司祭にもご同席いただいた方がいいかな、と思ったのだがその時にシュリィイーレに居られるかが解らない……とテルウェスト司祭は溜息を吐く。

 え、異動とかですかっ?

 それは嫌だな……折角、こんなにも信頼できる司祭様なのにー!


「いえいえ! 決してわたくしはシュリィイーレを離れたりはいたしませんよ!」

「そうですかぁ……よかったぁ」

 俺が思わずそう呟くと、テルウェスト司祭は感激です、と涙ぐむ……大袈裟だなぁ、相変わらず。

「実は……各地の教会で『再編』が行われることになったのです」


 テルウェスト司祭が、やれやれ、といった風情で話してくれた。

 マントリエルのコーエルト大河護岸工事と築港が終わり、周辺の町が随分と様変わりした。

 今までは大河の氾濫を恐れて、あまり住み着く人が少なかった大河沿いのラーミカやシェトナにも、今後多くの人が入るだろうと整備が行われている。

 そして、建物の老朽化もあって新しい建材を使っての町中で建て替えや増改築も盛んになった。


 で、教会も一時的に場所を移したりしていて、元の人数が収容できなかったり隣の教会に居候したりということも。

 ならばいっそ、マントリエル全体で全教会の再編しちゃえ! という話になったとか。

 大雑把過ぎる……なぜ、そこまで話が飛ぶのだ?


「それは、神従士の資格条件の変更や、同一の教会での人数制限を設けるべきではないか……という話が出たようなのです」

 苦笑いでビィクティアムさんも説明に加わる。

「セラフィラント・リバレーラ・ルシェルス・カタエレリエラで、帰化民の神従士が増えたことがあってな。神従士が少ない他領の教会が、不公平だと言いだしたようだ」

「そいつらは神従士達を、小間使いか何かと勘違いしているのですよ! まったく、腹立たしいっ!」

「もしくは……お得意の『格』というやつだ」

 ふたり共心底『下らないことを言い出しやがって』という顔だ。


 教会には、定められた幾つかの階位がある。

 これは身分階位再編の時に、しっかりと制定されたことだ。

 一番上は当然ながら、王都の中央聖教会で全ての聖神司祭はここの所属である。


 お次は、各領地の領主や次官の住む町の教会。

 聖神司祭の次の階位である『上位司祭』が所属している各領地にふたつずつある教会だ。

 上位司祭は次の聖神司祭候補であり、必ず金証であることが求められるらしい。

 シュリィイーレ教会と、王都中央区内教会は、ここに含まれる。


 そして……それ以外の全ての教会は同等であり、階位は同じだし格の違いなんてものはない……はずなのだ。

 ましてや、一番下っ端の見習いや神従士の数の多さでなど格は決まらない。

 どちらかと言えば、上位司祭二十名以外の司祭たちは全員同じ階位なんだから、司祭の人格などの方がよっぽど格付けの要素になるはずだ。


 人というのは『沢山いる平均値』であることに安心する人もいれば、その中にいることを厭う人もいる。

 そして『この近辺では自分または自分が所属している組織が一番』という、基準も評価も曖昧なものを振り翳す人も一定数必ずいるものである。

 だが、血筋や魔力量での司祭間の差別や区別は、現在ではほぼなくなっているらしい……原因が、ビィクティアムさんと、なんと俺であるという。


「セラフィエムスは度々、俺のような魔力量のなかなか伸びない者が生まれていたからな。劣等扱いは、ずっとされていた」

 そっか……そのビィクティアムさんが今や皇国一、しかも神々から聖称をいただいた神斎術師。


 馬鹿にしていたやつらの頭上はるか上を飛び越した……ということもあって、いつなん時自分が侮っていた者に追い越されるか解らないと思ったのだろう。

 セラフィエムスとセラフィラントを侮っていた阿呆共の末路も、まざまざと見せつけられているのだからそりゃ黙るわな。


 俺に関しては『他国出身者なのに神聖魔法師』ってことのようですな。

 今まで『他国出身イコール魔力量極少・魔毒溜まり当たり前のポンコツ』……というのが常識で、皇国で『自分達を不遇だと思い込んでいる図々しい愚か者(テルウェスト司祭評)』が帰化民の神従士をバカにしたり蔑んだりして、溜飲を下げていた節がある。


 そういうことをするのは、元従者家系や貴系傍流で家系魔法や血統魔法を持たないやつらがメインだったようだ。

 同じ帰化民の神従士なのに階位が下である人達をいびることで、そいつらに気に入られようとするやつらも少なくはなかったらしい。


 そいつらは同じ教会内で虐めを行っていたり、他の教会から『郵便屋さん』としてお使いに来る人達にあらぬ疑いをかけて、段位が上がらないように判定司祭に吹聴したりとやりたい放題だったという。


 そんな事案が各地でいくつもあったことを……各町の司祭たちは、気付いていながら放置していたところもあったようだ。

 司祭達も、厳しくして神従士達に移籍されたくない、とでも思っていたのだろうか。


 だが、俺のような事例が飛び出し、これまたいつ帰化民達が自分等を追い越すか……なんていう不安に駆られるようになり、更に教会内で対立が深刻化したり逆に取り込んで懐柔しようとしたりとカオス状態になったのだとか。


 ……多分、セインさんが『シュリィイーレに半籍民(と、当時思われていた)のアトネストさんを推薦』したことも、教会関係者達には衝撃だったのだろう。

 よく事情を知らない地方の教会関係者や傍流の方々には、セインさんは『シュリィイーレという辺境で他国出身でありながら正典を書けるほどの魔法師を見出した慧眼の聖神司祭』という評価なのだ。


 その人にアトネストさんもまた『見出された』と評価されてても、無理からぬことだ。

 ますます、帰化民を蔑ろにできない(いや、普通はしないんだが)状況になってしまって、今まで彼らに対してとんでもないことをしてきたやつらは……戦々恐々になっているのである。


 それらの事態にトップダウンでガッツリメスを入れて、どーせなら全体改編だ! にしちゃったのは聖神司祭様方と各地の次官殿達。

 政治・経済的なことはご領主メインだが、教会関連はどちらかというと次官様達がメインなのだ。


 そして水面下での調査とデータ集めが終わったタイミングが、マントリエルコーエルト大河護岸改修築港工事での町と教会の再編と被り、それをきっかけにして、どどん、と発表された……らしい。


「ということは、今年の秋口に、決まったことですか……」

「はい。我々のところに連絡が届きましたのは、昨日ですが」


 その辺の連絡ミス……というか、態と連絡が来なかったと思われることについて、態々レイエルス神司祭が詫びに来てくれたのだという。


 どうやら連絡を買って出たのは上位司祭ではあったらしいが、悪びれもなく忘れていた、と言うだけだったそうだ。

 テルウェスト司祭は、間違いなく私のせいでしょうねぇ、と呆れたような自嘲するような笑みを浮かべる。


 各教会で問題児とされていた神務士を押しつけられ、ドミナティア神司祭から推薦された面倒な神務士までいると言うのに全く音を上げないシュリィイーレ教会に対しての、ささやかな嫌がらせ……らしい。

 全然ささやかじゃねーよな。


「そしてその最終段階の会議が新年早々、王都でございまして上位司祭は全員絶対に出席なのです……」


 泣き出しそうなテルウェスト司祭だが、嫌がらせに嘆いているわけではなさそうだ。

 一体何がそんなに……と思ったら、春祭りまでにその会議が終わるかどうかが解らないと仰有る。


 あはは、そっかー、会議が紛糾してしまったら祭りの日までに、戻ってこられないかもしれないんだね。

 春祭りは、シュリィイーレに住む人達なら一番楽しみにしているお祭りだもんなぁ。

 一年の初めに、そんな会議で祭りに参加できないなんていう幕開けは、確かに……淋しい。


 春祭りが後ろ倒しになって欲しいというのも、町の人達の心情を考えれば望むことは憚られる。

 だけど、会議はどうでもいいから早く終われなんていう、無責任なこともしたくはない……

 俺は、もし間に合わなくても祭りの新作は必ずお持ちしますよ……としか、慰めようがなかったのである。


 だけど、教会再編か……神務士トリオも配属が変わるってことなんだろうな。

 神務士トリオは正しくは『第四位神従士』なのだから、異動再編の対象なのだ。

 領地内に家族がいる人達は、その領地や町に優先的に配属になったりするのかと思ったが、その辺りも今回の会議で決まるようだ。

 今までの異動だと、領を変わることはあまりないようだが、町は元々結構頻繁に異動があるのだという。


 他領にも異動させられるようにすべきだと主張している関係者も一部いると言うので、その辺りとの攻防次第で会期が変わりそうです……と、テルウェスト司祭は溜息をまたひとつ。

 アトネストさんの場合は、ひとりだしまだ帰化が完全に終わっていないから、厄介者扱いされないといいな……


 あ、いや、アトネストさんはセインさんが保証人になっているから、今と変わらないのかも……もしくは、マントリエル領主町のランテルローになるか……だなー。

 うーん、セインさんに振り回されるようなことがないといいなぁ……

 アトネストさん、俺なんかよりずっと優しいからなぁ。



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