第623話 方陣の許可をもらおう
翌朝はちょっとまた雪が落ちて来て、ぐっと冷え込んだ。
あとひと月で春になるとは思えない寒さだから、もしかしたら今年の雪解けは遅いかも。
錆山と碧の森が開くのが遅れると、春祭りも後ろ倒しになるんだよなー。
日照時間不足で珊瑚さんが元気がないかと心配していたのだが、なんとか懸命に光合成をしてくれている。
ストロマくんも頑張っているなー。
お野菜の地下プラントと一緒で、半日はライトを当てているけど偶に回復をかけてあげると持ち直すから何かが足りないのだろう。
クマ丸は……めちゃめちゃ元気なんだけどなぁ。
おや、アコヤ君が真珠をふたつ、作ってくれたみたいだぞ。
おおー、アクアブルーだぁ……綺麗だなぁ。
昔の日本では廃棄されていたんだよね、青い真珠って。
こちらでは異物混入が原因と言うよりは、どの属性の加護を取り込んでいるかってことだから、この青いものも喜ばれるだろう。
さて、真珠を抜いたアコヤ君達は、ちょっとお休みモードかな?
軽く【回復魔法】の方陣でリカバリーしてから、水槽に戻しておこう。
お疲れ様、もうちょっとしたらまた核を入れておこうかなー。
クマ丸とストロマくんが作ってくれた清浄水を、アコヤ君の水槽に少しばかり入れるとふわっと水槽内に光が入り込む。
この清浄水、すごいよなぁ……珊瑚がキラキラするのも、気持ちがいいからなんだろうか。
その時、ぷつっと、通信が繋がった。
「お? 何?」
〈ちょっと教えてくれ。食材を長持ちさせるために、部屋の中の棚を冷やすってのは有効か?〉
んん?
何処にいるんだろう?
あ、セラフィラントだね。
じゃあ、お世話になっているっていう牧場の人の所かな?
「ああ、有効だな。気温が高いと……夏場だと、地下室内の保存でも劣化したり腐敗するものが多い。食品をなるべく長く保存するには『温度を下げる』『水分を除く』『空気になるべく触れさせない』のが有効だ」
〈……浄化と寒風を使って、できるか?〉
もしかして、以前
冷蔵庫を作ろうってことかもー!
なんて素晴らしいっ!
「そうだな……浄化はなるべくその部屋全体、できれば床に。寒風は棚の上部の内側に、方陣鋼で作って貼り付ける。棚に蓋や扉がないなら、布を掛けておくだけでも冷気の無駄がないだろう。でも、肉類とか魚だったら剥き出しじゃなくて、何か袋に入れて保存する方がいいぞ」
〈おまえの作った焼き菓子が入っていた袋、ベルレアードさんに何枚かあげてもいいか?〉
おっと、再利用品をセラフィラントの人に渡されちゃうのはちょっとなー……
「うーん、保存袋として新しく作ったものを登録して、袋だけで売ろうかなーって思っているから……」
ん? ベルレアードさん?
あーー、冬牡蠣油の人か!
それじゃ余計に、ちゃんとした物の方がいいじゃないか。
料理人に渡すんだから……料理人に……試作品モニターをしていただけるチャンス?
「あ、試作品送るよ! そいつを試しに使って、感想送ってくれたら商品化したものを何枚かあげるから!」
するとガイエスがそうだったのか、と呟く。
いやー、本当に、ガイエスくんはタイミングが良いよねっ!
そうだっ!
冬牡蠣油のラストオーダー分、頼めるかなっ?
「ベルレアードさんってさ、あの凄く美味しかった冬牡蠣油の人だろ?」
〈ああ〉
「……一番最後の『四回目』のやつ、予約できるかな?」
〈二回目と三回目はいっぱいって言ってたが……四回目なら、まだ平気だと思う〉
やっぱり、旨くて人気のある人なんだな。
四回目が一番味が濃いって言っていたから、好き嫌いが大きく分かれるのかな?
でも、予約ができるなら是非頼もうっ!
ガイエスくんったら、ナイス人脈っ!
あ、保存用袋サイズ違いで五枚と『保存の方陣』のカードをガイエスに送っておこう。
えーと、昨日書いたビィクティアムさん達への説明用の紙も、複製して一緒に……
「頼む! 予約しといてくれ! で、夏前に送って!」
〈そっか、そんなに気に入ったのか〉
「うんっ、すっごい旨い! あ、これ以外の袋に食材を入れるなら、その袋にも『寒風の方陣』描いておくといいぞ。ただ、その場合はあまり長持ちしないから二、三日で使い切った方がいい」
渡した『保存の方陣』は他領バージョンだから、普通の布袋では役に立たず、金属製のものでもイマイチだからね。
それにセラフィラントだったら、シュリィイーレのように四ヶ月近く備蓄するなんてあり得ないだろう。
シュリィイーレよりは暖かい地方の冷蔵庫内で、どれくらいの状態が保てるかは興味がある。
ガイエスに冬牡蠣油をお願いできてウキウキで通話を切った後に、そろそろ『転送の方陣』のことも……ビィクティアムさんとかには言っておくべきだろうなーと、ぼんやり考えていた。
俺が口を噤むだけで済むならいいんだが、ガイエスにも負担になりそうだからなぁ……
あいつ、嘘とか誤魔化しとか、本当に苦手っぽいしー。
だから信用されているんだもんな……俺が足を引っ張るのは、よろしくない。
ガイエスに迷惑がかからなきゃ、こういう方陣があるということは言っておいてもいい。
移動・目標の方陣とか改札とかで、俺が移動系の方陣を組めるということは解られているんだからな。
よしっ、怒られるのは俺だから、だいじょーぶっ! ……だといいなぁ……
ふぅー……覚悟、決めるかぁ。
というわけで、翌日に今回の『保存の方陣』を衛兵隊長官室でビィクティアムさんとテルウェスト司祭にご披露。
……ちょっと驚かれた後に、天を仰がれた。
「つまり……おまえが今まで【付与魔法】でやっていたことを、方陣でできるようにした……ということか?」
「はい。他領で使えるものは劣化版ですから、保存期間も短いですし、この方陣自体は、三回の魔力注入くらいしかもたないです。袋に使っている材料は
今の俺の付与でならば保存期間が一年くらいは確実に可能であるが、この方陣は三カ月ほどに設定しようと思う。
ガイエスに渡した試作品の方も、だいたいそれくらい……だが、魔力を入れ直してもらえればギリ半年くらいは、多分……だけど、保証はしないということで。
俺ののほほんとした答えにちょっと溜息を吐くビィクティアムさんが、問題は袋の作り方じゃくて方陣の作り方だ、と言う。
「【炎熱魔法/緑】と【寒風魔法】だけでも全く正反対の物を組み合わせているとしか思えんし、そこに【時間魔法】を組み込むために『大気操作』?」
「大元は寒風なので、後は効果が出る部分を繋ぎ合わせて技能系で橋渡ししただけですよ?」
「その! 効果が出る部分のみの繋ぎ合わせってのが、普通はできないんだよ!」
えええー? だーって、方陣魔法大全にも『理論上は可能』って書いてあったもーん。
「タクト様……『理論上』ということは今まで成功した者がいない、ということですよ?」
「では、成功の実例、ということで、上皇陛下の理論が正しいことが証明できたということですねっ!」
テルウェスト司祭の言葉に、笑顔で対抗。
そう、理論は既にあったのだ。
なぜ、できた人がいなかったのか……一番の原因は、きっと知識不足。
魔法以外の知識が、不足していたからだと思うんだよね。
方陣魔法大全の書き手は【方陣魔法】が使えてしまうから使えない人に適切な説明ができず、読み手は【方陣魔法】をもたないが故に理解を諦めたからである。
「知識、か。おまえは、自分が習ったことを本にしていく、と言っていたな」
「できる限り、書き残したいですからね。ただ……いろいろと俺自身もまだ不足していることが多くて、説明するのが難しいんで……時間はかかると思いますが」
「それは、楽しみですねぇ。いつでも我々はお手伝い致しますからね、タクト様」
「ありがとうございます、テルウェスト司祭。あ、それとですね、こんな方陣も作ってますので……」
ふたりがまだあるのか、と言わんばかりの微妙な顔つきになる。
「えっと、方陣の描き方講座で使う予定の『微弱耐性』『微弱強化』と、決まった人とだけやりとりのできる『遠方転送』と、布の水を弾く『撥水の方陣』です」
ちょっとの間の沈黙があって、ビィクティアムさんが小さく呟く。
「タクト、描き方講座のは……いい。その撥水ってのは……あの蛍石布みたいなものか?」
「はい。織り目が粗い布はちょっと難しいですけど、荷馬車の幌とかならこの方陣であまり激しくない雨なら濡らさずに済みますよ」
「……いくつ、組み合わせたんだ?」
「えーと……【水合魔法】と『流水操作』と『空力操作』?」
水合には水滴が集まろうとする効果があって、布の目よりも大きくなれば染み込むスピードが遅くなる。
それを空力と流水で、布の上から動かしてしまうという仕組みである。
本当は空気で膜が作れれば一番いいのだが、布の大きさが一定でなく指定が難しいので水滴そのものの大きさを変えてしまうことにした。
その水滴の下に空気がちょっと入り込み、水と一緒に流れていく感じだ。
「なかなか便利だが……」
「青属性ばっかりだったので、組みやすかったですー」
「水と空気を組み合わせるなんて、中位か上位の方陣だけですよ……?」
操作系ふたつだけど、魔法はひとつだからそんなに上にはなりませんよー、テルウェスト司祭。
そしておそらく上位の『保存の方陣』と、ちっとだけ上の『撥水の方陣』のインパクトでスルーしてくれるかなーと思っていたが、ビィクティアムさんはしっかりと遠方転送に食い付く。
「で、転送ってのは……物品か?」
「はい。生きている物は駄目ですし、あまり重くない物品のみ。手で持てるくらいの大きさと重さの物だけを決まった場所から決まった場所への『物品のみを遠方に届ける』方陣ですが……使えるのは、今のところ作った俺と……方陣魔法師だけですかねー」
「そんなに限定的なのか?」
「はい。参考にしたのは『馬車方陣』なんですけど【方陣魔法】がないとかなり魔力量が必要ですし、多分使えないんですよ」
条件、指定しているからね。
俺は『限定的』をさりげなくアピール。
使える人と場所が限られていれば、そして使用魔力量が多いということであれば『汎用性が低く乱用できない』ので許可は下りやすいはずだ。
「使えるのは……おまえとガイエスだけ、か」
ビィクティアムさんは勘がいいので、ここは認める。
「今、試しに使ってもらっています。小さい物でしたら、ここからセラフィラントに居るガイエスにも、物によっては届けられます」
「実験済み、か。まったくおまえらは……まぁ、限定的だからいいが……他のところに出す気はないな? おまえとあいつの魔力量も、問題ないんだな?」
「はい、大丈夫です。俺でも【方陣魔法】持っていない人とは、やりとりできないですし立て続けに送るのも……ちょっと、あいつの負担になっちゃうんで」
「俺とガイエスでは、使えないか?」
「ビィクティアムさんに【文字魔法】か【方陣魔法】があれば、使えると思いますけど……」
ビィクティアムさんが目を伏せ、その条件だと本当におまえ達だけだな、と取り敢えず軽い溜息でお目こぼしになったっぽい。
よかったーー。
「『遠方転送』や『撥水』も確かに驚くべきものですが、他領で三カ月ももつという『保存の方陣』の方が、衝撃的ですねぇ……」
そう、テルウェスト司祭がそう仰有るのも、当然なのだ。
多くの人が使えて、どの領地でもその気になれば作れるものに描ける方陣の方が、インパクトは強いし問題のはず。
だからちょっと他のものが霞むこのタイミングで、既存のものと似ているだけですよ、というスタンスで『遠方転送の方陣』をちゃらっとお知らせしたのだ。
そして幾つかの『なんてことのないもの』と同時に列挙することで、特別感を薄めているのである。
……敢えて、機能の全てをお知らせしてはいないが。
「『保存の方陣』付きの袋も、今ガイエスにセラフィラントでも使えるか試してもらっています」
「そうか。解った……これらは一度、中央の賢魔器具統括管理省院を通すからな? それまでは、試作品の試用以外は使うなよ」
「はいっ!」
ふーーっ、これで俺とガイエスとの離れた場所での物品やりとりも、
他国からもやりとり可能とか、タイムラグなしで【収納魔法】に届けられる……ってのは、聞かれるまで黙っとこうっと。
特に他国からってのは、俺とガイエスだけだとしても何処まで許されるか解らないからなー。
ガイエスから送ってくる分にはおそらく大して問題ないが、ガイエス経由であっても俺の物品が他国に簡単に送れる……ってのは、間違いなく問題なのだ。
それにこんなことまでできるとなって、下手に『神聖陣』扱いになっちゃったら今後の運用がしづらくなりそう。
……賢魔器具統括管理省院の責任者っていう、ナルセーエラ卿が……お堅い人じゃないといいなぁ。
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『緑炎の方陣魔剣士・続』參第85話とリンクしております
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