第622話 保存の方陣を作ろう

 食品の劣化防止、といえば『温度』『水分』『酸素』の管理である。

 温度と水分は『寒風の方陣』という素晴らしい中位魔法の方陣でカバーができる。

 風系でありながら水の方陣を含んでいるため、乾き過ぎないというまさに冷蔵庫にはうってつけの方陣である。


 問題は『酸素除去』に絞られる訳であるが……真空という手法は使えない。

 なにせ『何度も開け閉めして使える保存袋』が求められているのだ。

 それに寒風を使うのだから、空気がなくなってはその外側から温度調整をしなくてはいけなくなる。

 それでは意味がないのだ。


 なので、空気の中の酸素を極力除去しつつ、袋内部の温度キープが開閉してもできるようにしたいという……難題である。

 いくつも方陣を使えば確かにできそうではあるが、それではユーザーが開ける度に全ての方陣を起動させまくらねばならない。

 その仕様は、ホスピタリティに欠く。


 かといって魔石もあまりよろしくない。

 魔石を節約したいシーズンに、保管のための魔石使用をケチられてしまったら意味を成さなくなってしまう。


 やはり、定番の磁性体に頼ることになるだろう。

 方陣の呪文じゅぶんは皆さんに理解していただかねばならないので現代皇国語になる。

 となれば、保持力アップはパッケージの素材にも支えてもらわねばならない。


 この間ネオジムさんで作った磁力シートがいいといえばいいのだが、ネオジムはまだ俺しか作れないのだ。

 なので、天然磁石や鉄の分子磁石を揃えて作った、フェライト磁石を使う。

 半年程度であれば、そんなに大きな強い磁力は必要ない。


 しかーし、この加工もただ磁石をシート状にすればいいということではない。

 てか、俺があれを作ったのは【星青魔法・地/柔】か【冶金遷移】である……ということで、一般的な【加工魔法】でできるやり方に落とし込まねばならない。


 まずはゴムを使う。

 こいつの加硫などは既にセラフィラントでできるので、それを取り寄せれば誰でも入手できる。

 そして磁石を細かく砕き、ゴムに混ぜ込んで『磁石シート』を作るのだ。

 冷蔵庫の扉なんかにぺたっとくっつく広告や、初心者マークなどに使われているあいつである。


 だが、どっかにくっつける必要はないので、シートの片面だけに磁性をもたせる。

 つまりは磁石シートで方陣札を作り、それをセロファンとくっつけて袋状にすることで、中身に対して魔法が発動し続けるようにするのである。

 袋の中だけに有効範囲を区切って指定するから、魔法も小さくて済むので無駄がない。


 セロファンも、既にロンデェエストで作られているものがある。

 そいつを厚手にしてもらえればいいだけの話だが、今までの袋だと植物由来のセロファンを鉱物や金属で作られた片面との接着は、誰でもはできなかった。

 今回も磁石を【加工魔法】で接着できるかという点がちょっとだけ面倒ではあるが、ゴムという植物由来の素材を一緒に使うので問題はないだろう。


 どうしてもくっつけにくいというならば、磁石を混ぜ込まない『のりしろ』部分を作ればいいだけの話である。

 ジップ部分も、硬さを調整したゴム素材で作れるのだからなんら問題なく開閉可能な袋ができあがる。

 この作り方と材料ならば、どの領地でも製造は可能だ。

 よし、袋の方は全部クリアだな。



 お次は、開発のメインとなる方陣である。

 温度と湿度を管理は『寒風』で、酸素量の調整は『炎熱魔法/緑の方陣』を参考にしてそのふたつを組み合わせた、脱酸素と冷却が可能な『保存の方陣』とするのである。


 この炎熱は、特殊なもののみを燃やす指示がされている方陣である。

 その、燃やすものとして指定されているのが『似硼じホウ素』。

 サーチのために組み合わせられている、探知系の呪文じゅぶんで『似硼じホウ素』が指定されている。


 普通の『探知の方陣』より、特定の元素に対してのみ極めて精度が高いのは、極狭い範囲に限定して探すものだからだ。

 狭い範囲とは、方陣が展開され魔力が放出されている小指一本くらい先まで。

 指定された似硼じホウ素を『燃やして熱を上げる』のではなく、『燃やすために熱を上げる』呪文じゅぶんになっている。


 そして燃え始めたらその炎は、魔力の放出される方向に向かって似硼じホウ素を燃やし続けていく。

 空気中に似硼じホウ素があれば、魔力で方向指示をすると炎が連なって燃え続ける形になり、方陣の向きを操作することで連なり燃え続ける炎を動かせるのだ。

 さながら緑の炎が鞭のようにしなり、方向転換が容易にできるだろう。


 しかし、正常な大気中には、似硼じホウ素は殆ど含まれてはいない。

 皇国内の空気中には、全くと言っていいほどない成分だから、この鞭方式は使えないだろう。

 だが不殺の迷宮に行った時に、辺りを鑑定して魔獣の中にはかなりの似硼素が含まれていることが解った。


 そして魔獣体内の似硼じホウ素は、体液やら吐息からも大気中にばらまかれる。

 濃度としては人が息ができないとか、異常を感じるほどではないが『なんとなく空気が澱んでいる』と感じる程度には不快だろう。

 だから、この炎は他国の魔獣が多い場所では、かなり有効な攻撃魔法である。


 その『似硼じホウ素』の部分を『酸素』に置き換える。

 ここの書き換えは決められた『元素』だけしか指定ができない『特化型探知』なのだが、大気の中に存在するものは指定が可能だ。

 そして『熱を上げる』という指示は『吸い上げる』というものに変え、陣形から三角形を消して空間操作系の黄属性にするため七角形を入れ込む。


 元々【炎熱魔法/緑】が『空系』を含むので、書き換えが可能なのだ。

 この炎熱の方陣が『大地のみ』と書かれた呪文じゅぶんと陣形で構成されていたら、この書き換えはできなかった。


 更に同じ七角形を使う黄属性の方陣である『時間魔法の方陣』が方陣魔法大全に載っていたので組み込む。

 これを組み込むのは、タイマーとして使うためだ。

 描かれている方陣がいつまで使えるか、どれくらい使ったかを計測する必要があり、残り時間を目で見て解るようにするためである。


 これに青属性の『空力操作の方陣』で橋渡しにしようかと思ったのだが、寒風と炎熱……改め、酸素吸引が中位で【時間魔法】が並位魔法のためちょっと弱い。

 なーんかないかなーと、探していましたら……ありました。

 カルティオラの蔵書の中に『空力』の上、青属性中位技能の『大気操作の方陣』が!


 俺にとってこの技能は『大気中の組成に含まれる元素をバラバラに抽出できる』とか『特定の元素が指定できたら操ることができる』という便利なものなのだ。

 しかし、皇国の人々は元素とか組成とかを認識していなかったからか、ただ単に『空気を動かす』だけで魔力ばかり必要な効率の悪い方陣という扱いになっていたようだ。


 ……こんなところでも、知らないということによっての勿体ない見落としがあるということだ。

 まぁ、分子とか原子とか知らなくても、魔法でどうにかなっちゃうから突き止めようとまでは思わないよねぇ。


 思った通り、『大気操作』を入れると更に酸素を適切に動かせるようになり、吸引だけでなく方陣の裏側……つまり、袋の外への排出もできるようになった。

 磁力シートの鉄部分への吸着だけでいけるかと思ったけど、排出できるなら一年は確実に使えるな。


 だが、そんなに長く使えると保証したりはしない。

 方陣を初めて発動させた時から、だいたい三カ月で交換していただく感じがベストだろう。

 賞味期限として区切り、消費期限はもう少しゆとりがあるけど保証はしないよ、というスタンスにするのだ。

 


 ふぅーーーーっ、なかなか大変だなー。

 だがこの方陣は、結構役に立つと思うんだよ。

 B4サイズで厚さ十センチくらいまでしか使えないけど、持ち運びのできるクーラーバック的な保存の入れ物が作れる方陣だし。

 金属製の箱とかに直接描けば、半年くらいは使える冷蔵保管庫にできそうだよね。


 ただ、普通の羊皮紙に書いたところで、まったく意味がないだろう。

 これは『発動し続ける方陣』なのだから、魔力を蓄えられないものや範囲を物理的に指定できない場所では用を成さないのだ。

 空間と効果を限定的にし、時間という一点において優位性を持たせているからな。


 それでも、この磁力シートの方陣を支え続けられるのは三回くらいの魔力注入だけだろうし、出し入れが多いと一年……もてばいい方かなー。

 方陣を書き直せても、シートの磁力が弱まったら無理だからなぁ。

 ま、描き直しも俺が加工工房に使ってもらう予定の『方陣スタンプ』じゃないなら、方陣魔法師しか描けなそうだけどねー。


 でも、この磁力シートとセロファンは再生利用ができる。

 弱まった磁力はまた磁石などを使って復活できるし、セロファンは『洗浄の方陣』か『浄化の方陣』で綺麗にすれば繰り返し使用に問題はない。


 よーーーーっし、目途は立ったな。

 試作品を作ってから、検証開始だー!

 ……ガイエスに渡したら、モニターやってくれるかな?

 他国でもガイエスなら使えるだろうし【収納魔法】があっても、そこそこ便利だと思うんだよなー。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る