第621話 リクエストがあるようです

 その後、粘菌くんは生体に取り付くだろうかと、魔竜の鱗とか野菜とかに載っけてみたが全くの無反応。

 魔竜の鱗には、勿論小さい穴など最高倍率にして視ても開いてはいなかった。

 物理無効でも菌なら攻撃できる……なんてこともないらしいぞ、魔竜くん無敵。


 粘菌くんは土よりも岩石がお好きらしく、アメーバ状のものに土を近づけると避けるように離れていく。

 他の菌が生息していそうな場所を、避けているってことなんだろうか?

 それほどまでに弱い菌ということなのかもしれない。

 じっくり少しずつ検証せねば……


 そして翌朝に、ガイエスからのお問い合わせ確認。

『この間のショコラの焼き菓子は、なんて名前だ?』

 おや、気に入ってくれたのかな。

 名前を教えて、いつでも作れるから食べたくなったら連絡しろと送っておいた。


 さてさて、今日のランチタイムは、ほっこり温まっていただくメニューにしよう。

 牛肉とシシ肉バージョンは結構人気になったので、今日は豆と茸と鶏肉のラグーである。

 豆はこの季節の定番ではあるが、茸はなかなか出てこないとあって、皆さん楽しんでくれたようだ。


「今年は、茸はしまえなかったのよねぇ」

「うちは肉と葉物野菜だけは入れたんだけど、枚数が足りなかったわ」


 ……?


「俺、餡入り焼きを入れてたやつ、ずーっと煮込みだと思っててさぁ……」

「あー、俺もあるよー。俺は、タク・アールトを入れていたはずって思っていたのが、緑花椰みどりかやでさー……膝から崩れ落ちたね」


 どこをどう間違えたら、タク・アールトがブロッコリーになるのだ?

 その時、バルテムスのお母さん、ピレネーラさんから尋ねられた。


「ねーぇタクトくん、遊文館で保存袋入りのもの、売り出したじゃない? あれって、何度もは使えないの?」

「今のところは、一回限りですねぇ」


 なんだか、多方向から落胆の溜息が聞こえるぞ。

 よくよく聞いてみると、どうやら遊文館で使っている中身が見えるもので、もう少し長期間使える保存袋が欲しい……ということのようだ。


 今のところ、うちのレトルトやお菓子の入れ物は、基本的に未開封保存期間が二百三十日設定となっている。

 実は、五年だが。

 自販機に入れているものは、俺のイメージがレトルトパックであり、魔力の保持力の良さという点からもアルミパックとアルミ容器でできている。


 だが、今回遊文館に入れた保存食は、子供達がメイン購買層なので同じ外観のレトルトで文字を判断するのではなく『中身が見える厚手のセロファンや強化硝子の入れ物仕様』なのである。

 このシリーズは『お持ち帰りもできるよ』というだけで、非常食として『保管しておけますよ』ではないから、翌日までに食べてね、というくらいなのである。

 例によって、五日くらいは平気なのだが。


「……枚数が足りないって……焼き菓子の開閉袋のことですか……」

 俺の言葉に皆さんが続く。

「そう。あれだと開け閉めできるし、中のものが十日間は傷まないじゃない?」

「食べかけを入れてても、悪くならねぇし、凍らねぇし」

「生肉も平気だし、次々入れ替えていけば冬の間もつでしょ?」


 道理で、秋祭り後になんだかやたらと焼き菓子が大量に出たなーと思ったし、袋の回収率が悪いなーと思ったら……

 開封しなければ二百三十日OKなのは、レトルトと一緒だから『開封してから十日間』は他の物を入れても劣化防止になっているんだよな。

 皆さん、そんな風に再利用してくださっていたのか。


「あの遊文館で使われている『中身が見える保管袋』があったら、中身を間違えて開けるなんてしなくて済むのにって」

「それに菓子袋もさ、食べきるのに二、三日かかったらその後は七日くらいだろう? もう少し、使えたらいいのになぁって思うんだよねー」


 再利用のことまで考えて魔法を付与なんかしないでしょ、普通。

 別にそういう利用は推奨していないし、むしろ全部戻して欲しいと思っているのに。

 だが、こちらで願っていない使われ方をするのも、ある程度は仕方ない……リユースが悪いこととは言えないしね。

 しかし、あまり良い保管状態とは、言い難いからなぁ。


「じゃあ……保存用の袋だけを作ったら、買いたいと思います?」

「買う」

「絶対、買う」

「肉用とか野菜用とかに分けて使うから、何枚でも欲しい!」


 食堂中の方々から、熱い視線を向けられてしまった……あれは基本的に俺の【文字魔法】だけだから、一般的な【付与魔法】とかと違うんで商品として登録しても俺しか作れないんだよなー。

 うちの物販で使う分とか遊文館のためならいいけど、それ以外で『袋のみを作って売る』ことはあんまり考えていなかったからなぁ。


 でも、保存袋があれば、冬場の食材保管状況が向上するのは間違いない。

 外門食堂や衛兵隊での備蓄も勿論だが、各家庭でも備蓄が多くなり不安要素が減れば新月しんつきに入っても、大雪の影響などや他領での不作などでなかなか初荷が届かないって時に、なんとかなるかもしれない。


 偶にあるんだよね……シュリィイーレの方がレーデルスより標高が高い場所にあるからさ。

 山道が雪解けでぬかるんでいて、馬車が登って来られないってことが。

 衛兵隊で魔法を使って復旧はしてくれるんだけど、流石に一日で全道開通って訳にはいかない場合もある。

 その間に、雨が降ったりしたらやり直しだし。


 レーデルスから距離も標高差もあるから、たとえ許可が出て東門の外側に馬車方陣を作ったとしても、とんでもなく魔石が要るだろうからかえって誰も来なくなりそうだし……

 どん詰まりの辺境だからね、シュリィイーレ……『入れないなら行かなくてもいーか』になっちゃっても、仕方ないんだよねぇ。


 ちょっと頑張ってみるか。

 方陣付与とかで、なんとかなるのが一番なんだよなー。

 方陣だとただの【付与魔法】と違って、魔力切れでも自分で再起動ができる。

 俺以外の人でも作れるシステムと魔法にしておかないと、意味がないからなー。


「タクトくんっ、中身が見えるもので作って!」

「うーん……それだと、魔法の保持力がなぁ……だいたい、どれくらい保管できると嬉しいですか?」


 俺が聞くと、ピレネーラさんを始め皆さんがちょっと考え込み、ひと冬、とか半年くらいという意見が一番多かった。

 なるほど、開け閉めする度に方陣に魔力を入れてもらったら、片面にセロファンを使ってもそれくらいなら保管できるものが作れるかも。

 いや、その都度じゃ面倒くさいか……もう少し保持力を持たせるものが作れるやり方、あるか?


 という訳で、方陣開発と保存袋の素材の見直しです。

 とは言っても保存袋自体は、今も作っているものを使えなくはないので問題はない。

 しかし今のように【付与魔法】だと、魔道具扱いになるので高価になってしまう。


 そして魔道具になってしまうとうっかりその魔法が保護されてしまう関係で、俺以外の誰も作れないものになるから他領での使用や販売にかなり支障が出る。

 保存袋を作ったら、暑くなって傷みやすくなる季節の南の領地での使用や、凍ってしまったりする北側の領地でも使ってもらえるものにしたいのだ。


 それこそ、ガイエスが使っていた『寒風の方陣』などの温度・湿度の管理ができる方陣を上手く組み直せれば『保存の方陣・冷蔵バージョン』ができるのではないか……ということだ。


 だが、そのふたつの調整だけでは長期……半年もの開け閉めを繰り返しながらの保管には不十分である。

 食材の菌の繁殖を防ぐコントロールなどを、俺はサクッと【文字魔法】でやってしまっているのだが、そこを方陣に委ねるのである。

 そして、方陣に合わせて袋の素材も再検討が必要になるかもしれない。


 ここで登場、テッテレー! 『方陣魔法大全・上下巻』〜っ!

 使い勝手のいいものが、載っているはずなのですよ。

 白属性は、並位魔法であっても方陣として非常に優秀なものが多くて、耐性や強化などが良い例である。

 その中に、使える方陣がありそうだよねっ!


 さーて、何をどーやって組み合わせようかなぁ!

 わっくわくー!

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