第620話 お土産解析

 さて……ガイエスが、旧教会噴水下でかき集めてきてくれたものを復元した羊皮紙の解読だ。

 復元した羊皮紙は十三枚あったが、文字が書かれていたのは六枚ほどであとは白紙のものだった。

 書かれていた内容は、どうやら隠してあった本を懸命に訳そうと試みていたもののようだ。


 その訳文の内容からして……『生命の書』であろうと思われる。

 ふっふっふっ、この辺は、俺の読みが当たったということだろう!

 そしてどうやら今まで生命の書で説明があまりなかった、技能系のことも書かれているっぽいのだ!

 素晴らしい……!


 技能書は、本当に嬉しいよね。

 医療関係とか、鑑定系はセラフィエムスの蔵書で詳しいものがあったけどさ、その他はぜーんぜんってくらいなかったんだよ。

 魔法についてのことは、どの家門でも研究したり本を集めていたみたいなんだが。


 もしかして、技能に関しては貴族家門としては解ってて当然とばかりに本がないのか?

 魔法より軽視されていたのかもしれないけど、そんなに獲得しているバリエーションがなかったのかもしれない……


 あ、上位魔法ばっかり持っていたから、技能単体で出て来ることが少なかったのか?

 お纏めが済んでいる魔法がもらえてしまうと、その前段階の魔法や技能は既にカバーされているから、技能単独では出ないんだよな。

 あー、はーやく訳したーーい!



 そしてお次は、ちょっと後回しにしてしまっていた、不殺の迷宮からいただいてきた壁の一部を検証しよう。

 壁の鉱石や組成自体は、たいして珍しいものではない。

 だが、途轍もなく珍しいものが含まれているのだ。


 それは、あの壁に含まれていた『粘菌』だ。

 肉眼では見えない。

 かなり小さくてアメーバ状であり、動きがある。


 この鉱石の分解と検証のために、今まで未確認蔵書をポコポコと転送させていた地下の秘密倉庫から蔵書を全て遊文館に移して『解析室』を作ったのである。

 一切他に持ち出さないよう細心の注意を払うので、出入りは移動の方陣鋼による転移のみである。

 そして無菌室のように、透明な箱の中に粘菌さんを入れて検証スタート。


 あんなに深い場所に、しかも岩石の多い地層に粘菌とは、それだけでもなかなか珍しい。

 そして、あの迷宮内で俺が視て採取した時は確かに生きて動いていた。

 その岩ごと刳り抜いて持ってきたのだが……今はあの時と違って蠢くことはなく、近くにいた粘菌達と密集するように一箇所に固まり『休眠』状態になっている。


 気温か、と思って周りの温度を上げてみたが特に反応はない。

 では、水分かと思ったがそれでもなんともない。

 不殺の迷宮内にあって、今ここにないもの……魔瘴素か?

 うーむ、魔瘴素ってシュリィイーレ内には、ほぼないからかき集めることも……あ、ペルウーテの石とか、迷宮魔具の中にまだ燻っている魔瘴素があったな!


 そう思って、それらを取り出して……吃驚した。

 ガイエスからもらった迷宮魔具である香炉の中……いや、正確にはその金属の中に、粘菌の休眠体が居る。

 金属の中とは言っても、表面から極々小さな穴が開いていて、外から入り込んで中に住み着いているという感じだ。


 あまりに小さくて、そして俺がその存在を知らなかったから視えなかったのだろう。

 表面の微細な傷だと思っていれば、穴の存在も気付くことはない。

 第一、【顕微魔法】で金属の中なんていちいち視ないもんなぁ。

 金属や岩石の中に『菌』が生きていられるスペースがあるなんて、思ってもいなかったし。

 厳密にはあちらの世界の『菌』とは、違うものなのかもしれないよな。


 ただ、魔瘴素があっても休眠状態ならば……お目覚めの条件はなんだろうか……?

 いやいや……待てよ?

 もしかして、鍵は『魔効素量』かな?


 不殺でも壁表面の魔効素に触れている部分には、粘菌は居なかった。

 こいつももしかして『魔瘴素を変換して魔効素を得る』生き物なのかもしれん。

 となれば、そのままの状態でも魔効素が吸収できる『皇国内』だと、そっちの方が楽にお食事ができるから態々動き回らないのでは!


 箱の中の魔効素を【文字魔法】で追い出し、粘菌と不殺の岩石そして魔瘴素という状態。

 もうひとつ作った箱の中は、同じ環境での迷宮魔具だ。

 このペルウーテの岩石の中には、その粘菌が居なかったのだが元々居ないのか偶々居ない部分だったのかは解らない。


 お、どちらも粘菌が動き出したぞ!

 粘菌にしては、意外と素早い動きだな。

 でもちょっと【時間魔法】の方陣で、スピードアップしちゃおう。

 ごめんね、粘菌くん。


 固まっていたコロニーが散り散りになり、また少しとろりとした見た目のアメーバ状になる。

 そして……魔瘴素の周りに取りつき、微弱ながら魔効素を作りだし始めた。


 しばらくして、作りだした魔効素でお腹いっぱいになったのだろうか、まだ魔瘴素が残っているのに動きを止めるものが現れた。

 そしてそれらは、明らかにもとの粘菌とは『違うもの』に変化していった。


 肉眼で視ることはできないのだが、俺の神眼さんにはまるで『とんぶり』か『粟飯』みたいな感じに映る。

 ひとつ……潰すように細ーーい金属針で押しつけると、ぽん、と弾けて泡のようなものが飛び出した。

 緑色の。

 魔効素、か?

 この粒々は、魔効素のカプセルなのか!


 次々と魔瘴素が消え、カプセルができていく。

 だが、粘菌の数より魔瘴素が多かったのだろう、全ての粘菌がカプセルになってしまっても少しばかり魔瘴素が残ってしまった。

 この粘菌は、どうやって増えるんだろう?

 今のこの環境では増えられず、カプセルになって終わるだけみたいだ。


 もし、増やせたら……その条件が整えられたら、大地の魔瘴素を変換できるんじゃないのか?

 穢れてしまった大地を、少しはリカバリーできるんじゃないのか?


 表面だけの浄化では長くはもたない。

 俺の【極光彩虹】と【雷光砕星】のコンボでも、期間は長目だとしても一時的なものに終わるだろう。

 そしておそらく、聖魔法同様、神聖魔法や神斎術は『神々と結ばれた大地』でしか、充分には働かないと思う。


 神々が直接授けた魔法の全ては、その国ごとに違うのだ。

 英傑と扶翼が、それぞれの国ごとに違うように。


 他国に干渉せず、攻め入ることも力を貸すことも、それらの魔法ではできないのだから……他に手立てがあるはずなのだ。

 魔法が途絶えたら終わり、なんていうクソつまらないエンディングのはずはない。


 神々は、人々が気付くのをひたすら待っている。

 そしてかつて、各国の王達が神々に願った望みが叶えられるように、与え続けてくれている。

 あらゆるヒントを!

 それに気付けるか気付けないかは、この大地に生きる者達次第なのだ。


 ……これは、俺だけで検証はできないな……

 とにかく、現時点ではこの粘菌をこの休眠状態のままなんとか保管しておくしかない。


 幸い、魔効素の多い状態の大気中にあれば粘菌は休眠しててくれるし、温度管理や湿度管理もさほど難しくはなさそうだ。

 俺の部屋に置いていた時も、他の場所に粘菌が移動することもなかったようだし。

 条件になりそうなことを考えつく限り考えて、丁寧に検証していこう。


 西側の遺棄地に蔓延り始めた魔獣達を、不殺のやつらに近いくらいまでにできたら……ってのは、結構難しいかもしれないけど、せめて大峡谷の崖から魔瘴素を少しでも魔効素へ変換できたら、脅威は減らせるかもしれない。

 星青の境域があったとしても、他国の荒れ果てた土地からの魔虫や魔獣の脅威の全てをカバーできるとは考えにくい。



 どっちも、本格的に動かせるのは春以降かー。

 春の準備をしっかりとしなくては、やることが盛り沢山で混乱する気がしてきた。

 頑張れー、俺ー。

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