第619話 古書、発見
〈ひとり入るのがギリギリだな……〉
ガイエスの呟きに、他の人達の動きを制止した方がいいと伝える。
「中に方陣があるかもしれないからって、他の人が続けて入ってくるのを止めた方がいい」
いきなり中に入られると崩れた紙の残骸などが舞って、飛び散ってしまうかもしれない。
ガイエスが、後ろにいるだろう全員に声をかける。
〈入ってみてもいいか? 中にも、方陣があるかもしれない〉
〈まだ、仕掛けの可能性が?〉
〈ああ……方陣などがなくて問題なく入れるようなら、俺はすぐに出る〉
〈危険だと思ったら、引いてくれ〉
〈解った〉
あの時、俺は浮遊しながら下まで降りちゃったけど、もし作りが似ているとすれば足元が崩れやすくなっているかもしれない。
俺が、強化した方が……と言おうとしたら、ファイラスさんが声をかけてくれた。
〈待ってくれ、ガイエスくん。【強化魔法】をかけよう〉
流石、状況判断が早いね。
もうひとつ、方陣のある扉があることは他の人達は想定済だろう。
そのふたつ目の扉が静かに開けられ、ガイエスが俺に確認してくる。
〈羊皮紙が散らばっているが、触ると崩れる。どうする?〉
「風で集めて、俺が渡した袋に入れてくれ。崩れても他の埃やゴミが混ざっててもいいから、全部」
風が起こる音が聞こえ、がさがさ、と何かを取り出している……あ、袋か。
そして次の瞬間、その袋が『転送の方陣』でうちに届いた。
……早っ!
部屋の中にはその他に何もなかったようだが、床を見たガイエスが話しかけてきた。
どんどん小声になるから、声が響く場所なのかもしれない。
池の底のあの部屋より、狭いのだろうか?
〈俺が丁度立てるくらいの大きさで、色違いの石が嵌められている〉
「方陣は?」
〈なさそうだ〉
「動くか?」
〈指を入れられるほどの隙間などはないな……石板だと【土類魔法】や『土類操作』ってどうなんだろう? 多分、ちょっとくらい隙間があれば、そこから動かせそうだけど……〉
この事態は、俺も想定内だ。
さっき作った『
「じゃあ、これを使って
薄いけど折れないか? なんて呟きながらも、なんとか石板を動かせたみたいだ。
そしてここで、素晴らしい情報がもたらされる。
〈本がある……三冊、背が見えるように入れられている〉
よっしゃ!
しかも三冊とは、大収穫だ!
「背文字、読めるか?」
〈いや、見える部分は文字が……ない〉
やはり保管環境は、あまりよくなかったようだな。
えーと、補修用の魔法を付与できるように作った方陣鋼が……あ、あったあった。
カルティオラの、超傷んでいるという蔵書の復元修理用に組んだ魔法が付与できる方陣鋼を送った。
「この方陣鋼を、本に翳してくれ。そうすると強化と復元が付与される。終わったら、そのまま本に触れずに、もう一度蓋を閉めてファイラスさんだけを呼んで開けてもらってくれ」
〈解った〉
ガイエスはファイラスさんを呼んで、一緒に部屋の中へ戻ったようだ。
色違いの石のことを話している。
〈あの部分だけが、色が違う石なんだがあそこには方陣がない。動かしていいか?〉
〈ああ……あ、いや、待ってくれ。キリエステス卿、リンディエン神司祭! 立ち会いをお願いいたします!〉
そう、人はなんだかんだ言っても、権威には弱いのである。
特に皇国の場合、古代の文献は『何処にあったか』『誰が見つけたか』『その時の状況を確認したのがどんな人達か』で、発見されたものの扱いも信憑性も変わるのだ。
今回、場所は旧教会だから問題はないし、貴系傍流で金証のシュリィイーレ隊副長官ファイラスさん、十八家門次期当主のキリエステス卿、聖神司祭の統括であるリンディエン神司祭。
はっきり言って、権威も実力も最高の面子である。
そして彼らが矢面に立ってくれる格好になるから、ガイエスへの変な興味や警戒も起こらない。
ガイエスは、かなり特殊な立ち位置だからな……面倒事に巻き込まれないためにも、発見者になんてならない方がいいのだ。
〈僕が呼ばれなかったようだけど……?〉
ルーエンスさんの淋しそうな声が聞こえた。
魔法法制省院省院長殿は……まぁ、居ても居なくても……と言っては悪いが、どちらかというと中間管理職っぽいからなー。
省院の中でも、魔法法制省院と行政省院はいろいろ大変だよね、その上の機関があるからさ。
〈あなたが入ると狭過ぎるので、部屋の外で聞いていてください〉
うん、その上の機関のふたりがいるからね……ルーエンスさん、ファイト。
ガイエスが、ファイラスさんに開ける許可をとっている。
魔法は……あ、ファイラスさんがやってくれるみたいだな。
ならガイエスの魔力を上書きしてくれるから、願ったり叶ったりかな。
ガイエスがさっきの
……おかしいなー。
似たようなもの、いくらでもシュリィイーレで売っているのに、なんで俺が作ったって解っちゃうんだ?
あ、ガイエスが、俺が作ったものばっか持っているからか?
どうやら、俺が頼んで採掘してもらっているから……ってことで、納得してくれたみたいだな。
無事に三冊の本は、皆様に発見された。
〈おおっ!〉
〈こ、これは……むむむ、前・古代文字……のようであるな?〉
〈ええ……感動的ですね……こんな所で発見されるとは〉
ふむふむ、前・古代文字ならほぼ間違いなく、俺の所に来るかな。
リンディエン神司祭とルーエンスさんが『教会で見つかった物だから、絶対に教会一等位輔祭書師に!』って言い出すだろうからね。
それが来るまでは、ガイエスが送ってくれたものを復元してお待ちしていましょうか。
何かなー!
たーのしみーー!
「上手いこと発見証明もできたみたいだな。ありがとーな、ガイエス」
〈ああ〉
息遣いに聞こえるほど小さい声でそれだけ言うと、終わったと思ってくれたのか通話が途切れた。
お疲れ様、ガイエスくん!
そして、俺は厨房で腕組み。
今回の手伝ってもらったお礼、何にしようかー。
ここは……久々のクリームたっぷりのフォレ・ノワール……削ったチョコが沢山載ったチョコレートケーキをご提供しちゃおうかなっ!
サクランボがないので不完全版ではあるのだが、ココアスポンジとホイップクリームの王道チョコケーキのひとつだ。
ココアクリームにしーちゃおっと。
こういうケーキ、久し振り。
はい、発送完了ーー。
今日のスイーツタイムは間に合わないけど、明日か明後日、食堂でも出そうっと。
あ、名前何にしよう……食堂で出す時は、必ず聞かれるんだよな。
ショコラを削ったものをかけているのが一番の特徴だから……『ショコラ・グラッテ』……とか?
うん、それでいいかなっ。
こっちだと『グラッティ』という言葉があって、欠片って意味があった。
チョコの欠片が、沢山乗っているって感じで丁度いいね。
送ってもらった『粉々になった羊皮紙』は、復元だけして解読と検証はちょっと後回し。
スイーツタイムは、お手伝いができそうだ。
食堂に降りて、母さんの作ったふわふわ柑橘シフォンケーキを皆様にサーブ。
今日のトッピングはバニラクレマ……バニラビーンズ入りのカスタードクリーム。
さっぱりめのケーキに、濃厚なカスタードは最高なのである。
父さんが作る鶏肉の香草焼きも、食堂の定番メニューになってきたので保存食化も検討中。
バンズに挟んで食べやすくしたものなら、遊文館に置いてもいいよね。
お次は何から片付けようか。
ひとつずつ、しっかりとやっていかなくちゃな!
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『緑炎の方陣魔剣士・続』參第81話とリンクしております
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