第618話 探索隊集合

 さて、本番前にちょいと、ガイエスくんのインカムから聞こえる音質を良くしよう。

 俺はレスカなど飲みながら、相互会話用の【複合魔法】を書いたボードの修正を始めた。


 明日は、複数の人が立ち会いにやってくるはずだ。

 そして来るとしたら、おそらくは中央省院とかのお偉いさん達だろう。

 今日より、互いの距離は遠くなるだろうことは明白だ。


 離れてしまうとその人達の音声が聞き取りづらくなるというのでは、適切なアドバイスができないかもしれない。

 さっき聞いてみた『簡易ICレコーダー』の記録石の音も、やはりファイラスさんの声が小さめであった。


 ガイエスの周囲……半径三メートルくらいは、クリアに音声が聞き取れるようにしておきたいところだ。

 通信機の【複合魔法】をちょいと書き換えて、黄色のインク使用で黄属性の魔法をレベルアップ。

 更に【文字魔法】でしっかり範囲指定と音量指定……周囲の音も拾っちゃうけど、ものを動かす音とかも解った方がいいだろう。


 ふふふ、最近【音響魔法】で『音を分ける』ってことも簡単にできるようになったからな。

 ノイズとか、各人の声を、それぞれ分割することもできるのだ。

 ……すっごく面倒だけどね、人の声は。


 知っている人だといいなぁ、明日の立会人……

 旧教会の管理って、誰がやっているんだろう?

 省院任せなのかな?


 だけど、立会人要請の交渉をするとしたらファイラスさんだろうから、金証の人からの要請で格下を立会人などに指名はしないはずだ。

 信頼できる方々が来てくださいますようにーっ!



 翌朝の朝食後、ガイエスからメモが届いた。

『五刻頃に旧教会前』……時計を見ると、もうすぐ四刻半を過ぎる頃。

 了解、了解。

 サクッと返信をして、今日のランチタイムは……父さんが作るらしいから、母さんがホールに出てくれるというので、部屋で他の仕事してていいよ、と言ってくれた。

 母さんのお言葉に甘えて、俺は部屋でリモート探索のサポート態勢を調える。


 あ、もしあの池の中の部屋みたいに床板をどけないといけないとしたら、なんかシャベルみたいな……いや、こてのように平たいプレートに取っ手が付いた物とかあると便利だよな。

 用意しておこうか。

 ん、ん、ん、よしっ、あとは、状況次第だなっ!


 おっと、現地に着く前に通信を繋げておこう。

 ガイエス側から、足音のようなものが聞こえた。


「そろそろだな。もう旧教会か?」

〈ああ、見えてきた。もう、シュリィイーレ隊の人が何人かいる〉

「解った。じゃあ、昨日みたいな感じで!」

〈ん……〉


 こっちだよー、と言っているのはファイラスさんか。

 うん、うん、昨日より格段に遠くの声まで拾えているぞ。

 ノイズもほぼなくて、聞き取りやすい。

 ナイスですよ、音響さん!


〈凄いな、時間ぴったりだ。時計を持ち歩いているのかい?〉

〈ああ、タクトに作ってもらったから〉


 そういえば、時計持ち歩く人っていないよなぁ。

 どう考えても、皇国内だとそこまでキチキチした時間管理は必要なさそうだし。

 時間が知りたければその辺の店に入れば解るし、衛兵隊くらいしか持っていないだろうなぁ。


 そして、ファイラスさんがガイエスを紹介し、ガイエスに紹介されたのはキリエステス卿とリンディエン神司祭。

 おお、キリエステス卿は初めてだなー。

 リンディエン神司祭、お元気そうな声だ。

 ガイエスにも、取り敢えずどんな人かだけは伝えておこうか。


「キリエステス卿はエルディエラ領領主家門の次期当主で、リンディエン神司祭はルシェルス領主家門傍流の方だ」

 だけど……どういう立場でキリエステス卿がいらっしゃっているかが解らないから、何か解っても安心できるのはシュリィイーレ隊だけだな。

 ガイエスがよく見知っている、ファイラスさんを窓口にしてもらった方がいいだろう。


「どちらも信頼できそうではあるけど……何かを渡したり話すのは、ファイラスさんだけがいいな」

 小声で、おう、と聞こえた。

 緊張しているみたいだなぁ……まぁ、そーか。

 ガッツリお偉いさんだもんな、うん。


〈お二方が旧教会の責任者だから、立ち会っていただくことになったんだ〉

 なるほど……貴族家門と聖神司祭様ってことは、教会と省院の両方で管理……?

 いや、教会がメインで貴族家門はサポートかもな。


〈本当は……もうひとり、いるんだけどねぇ……〉

 もうひとり?

 ファイラスさんの呆れたような、ちょっと怒ったような声で『遅い』と聞こえた後に、息を切らした話し声が続く。

〈申し訳ございません……少々、寝過ごしてしまいました……〉


 この声……ルーエンスさんか。

「ファイラスさんのお兄さんで、魔法法制省院の人だよ」

 ガイエスに教えると『まーたお偉いさんかよ』というような、溜息が漏れる。

 旧教会だからねぇ……いろいろと見つかっちゃったり、事件があったりもしているしねー。

 この方々ならば、かなり安心だな。


〈……別に来なくてもよかったのに……〉

〈見逃せないでしょ、こんな歴史的な瞬間になりそうなことを! 今朝控えの書類を再読して、慌ててファイラスに時間確認したんだから!〉

 キリエステス卿とルーエンスさんは仲が良さそうだな。


〈来るなら、ナルセーエラ卿かと思ったけど、そこまでお暇ではなかったか〉

〈うちだって暇じゃありませんよ。でも……ナルセーエラ卿からも、ちゃんと確認してくるように頼まれましたしね〉

〈ははぁ、ナルセーエラ卿に言われて初めてちゃんと許可書類、読んだな?〉

〈……いぇ……それは……〉

 

 いろいろ駄目な予感がするぞ、魔法法制省院……ナルセーエラ卿はきちんとした方っぽいなー。

 ガイエスとファイラスさんの後ろを歩いているだろうふたりの会話が、結構綺麗に拾えてる。

 だけど、どうして今まで『境域越えの方陣』を見つけられなかったんだろう?

 キリエステス家門の方なら、探しているはずなのになぁ。


〈ドミナティア神司祭がいらっしゃらなくてツいてたな……あの方がいたら、僕は来られなかった〉


 ぼそっと呟いたようなキリエステス卿の声を拾った。

 ああぁー、もしかして本当の担当はセインさんなのか?

 今、領地に缶詰状態で、王都の教会関連はキリエステス卿とリンディエン神司祭が代理なのかも!


 だとしたら、見つからないのは納得だなー。

 セインさんの物探し能力は、多分最低ランクだと思うもん。

 おっと、みんなが裏庭に入ったようだぞ。

 集中、集中……


〈あ? 人が……倒れている?〉

 えっ?

〈やれやれ、いきなりこういう間抜けが出てきたとは〉

 キリエステス卿がそう言うと、ファイラスさんも呆れかえったような言葉。


〈不用意に方陣に触ったのでしょうね。なんだ、ふたり共死んではいないみたいです。テリウス、頼んでいいかい?〉

 ファイラスさんったら『なんだ』って……怖いなぁ、この人。

〈はい、捕縛して憲兵に引き渡しておきます〉

〈終わったら、すぐに戻ってねー〉


 もしかして、夜中に忍び込んで境界内に移動しようとしたやつらがいたのかな?

 移動できなくていろいろ調べている時に、裏庭の噴水から水が抜けていることに気付いた……とか?

 そんで、強制搾取方陣にうっかり触っちゃったのかもなー。

 その人達、死ななくて良かったのか悪かったのか……いろいろ喋らされちゃうんだろうからねー。

 その辺は……深くは考えまい。


〈相変わらずの怪力だねぇ、テリウスくんは〉

 キリエステス卿までそう仰有るということは、有名なのかテリウスさんの怪力は。

 テリウスさん、以前うちに食材を山ほど運んできてくれた時に【収納魔法】に入りきらなかった豆類を抱えて持って来てくれたんだよね。

 あの箱や袋、めっちゃくちゃ重かった……軽そうに運んでたのに。


〈ガイエスくん〉

 キリエステス卿の声だ。

〈改めて、正式に依頼する。【方陣魔法】を以て、ここに描かれている方陣に適切な処置をお願いできるだろうか〉

〈……はい〉


 よかった……キリエステス卿は、ガイエスを信用してくれているみたいだな。

 ファイラスさんが信頼しているっていう時点で、印象は良いだろうとは思っていたけど。

 リンディエン神司祭も、偏見とか差別的なことをする方ではないし改めて安心したよ。

 そしてどうやら、俺の伝えたやり方で問題なく解錠できたようだ。


〈開いた〉


 がこん、と音がして、ガイエスの呟きと共に扉の石が開けられたみたいだ。

 ここからが、本番……かな!


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『緑炎の方陣魔剣士・続』參第80話とリンクしております

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