第617話 打ち合わせ

 父さん達が戻って、これから食事にしようか、というのでやりたいことがあるから先に食べちゃったと謝った。

 ふたりの分はディナーのご用意をしてございますので、どうぞごゆっくり。


「あら、牛肉のラグーね!」

「ふかし芋もあるじゃねぇか。これはいいな!」

「ごめんね、一緒に食べられなくて。どうしても、時間が掛かりそうでさ」


 俺が部屋に引っ込もうとすると、父さんがそれなら寝る前に腹が減ったらこれでも食べろよ、と渡された袋には木の実のプチパン。

 この時期には、フルーツも野菜も少なくなっているので、保存がしやすい木の実を使ったパンがたまに売られている。


 ちょっとだけフランスパンに近いこのパンを作っているのは、俺が大好きなポトフ屋さんのスーシャスさんだ。

「スーシャスの家の前で売っててよ。見かけたんで買ってみた」

「外だったから、凍っちゃっているけどねぇ」


 そっかー、屋台出せない時はどうするのかと思っていたけど、パンはこの時期に作ってもらえると嬉しいものだよね。

 だいじょーぶ!

 俺にはレンチン……じゃない、【烹爨ほうさん魔法】があるからねっ!


 冬場のパンには生地に卵も入れられないから、木の実やドライフルーツで魔力保持をする。

 だが、パンにはそもそもあまり魔力が蓄えられていなくてもいいのだ。

 皇国全体ではどうかは知らないが、シュリィイーレでは『パンだけを食べる』という習慣はない。

 パンは、必ず何か別のものと併せて食べるものなのだ。


 そして一緒に食べるものの魔力を吸い込んだパンというのは、何が作用しているのか解らないが元々の料理が持つ魔力を増幅し旨さに変えるのである。

 ただ、それだとサンドイッチやブルスケッタが最高! となるはずだが、そうでもない。

 そのブースト時間は、とても短時間なのである。


 パンとして作られた状態では、生地に卵が入っていれば随分と長いこと魔力の保持はできるがその量は多くはない。

 卵なしで塩と水のみで作られたパンは、保持力がほぼない。

 だから硬くなるし、それだけを口に入れて噛んでもこの世界の人々は美味しさを感じないだろう。


 しかし、そのカチカチパンを玉葱茶オニオンスープに入れるだけで、信じられないほどに玉葱茶が、そして入れたパンが絶品と言える旨さになる。

 パンの上に、チーズやジャムなどを載せても同じだ。

 一緒に食べる食材の魔力を旨さとして変換し、とんでもなくパワーアップするのである。


 これは、小麦がダントツ一番。

 次は、米や米粉。

 黒麦ライむぎあわひえきびなどがそれに続く。

 黍粉は残念ながら軟粒種で試したことがないのでデータ不足だが、硬粒種で作ったトルティーヤみたいなものだと微妙であった。

 この辺は組み合わせもあるのかもしれないから、一概には言えないけどね。


 揚げパンさんの名誉挽回か! と思ったが……油と砂糖だけでは、全然美味増加効果がなかったのだ。

 だが、揚げパンにした後にスライスしてジャムや甘めのものを載せると旨さは跳ね上がる。

 しかし、揚げパンに砂糖が付いてしまっているせいか、甘くない具材では残念な味と魔力になってしまうのだ。

 ……小麦と砂糖の組み合わせは、なかなか難しいバランスがあるのかもしれない。


 現在の中間報告としては『小麦のパンは加工された『料理』と一緒に食べると双方に旨味ブーストがかかる』ということだ。

 なのでー、この胡桃のパンは、スライスして果実の皮入煮詰めマーマレードでいただきまーす!

 旨っ!

 あ、通話繋がった。


〈……なんか、食べてるのか?〉

「うん、パンに果実煮、載せたやつ。食べる?」

 折角なので、マーマレードたっぷりの胡桃パンを送ってみた。

〈うわ、吃驚した……あ、旨〉

 だろー?

 このパンは、マーマレードと相性が抜群なのだ。


「悪い。話、聞く」

 そうだった、食べている場合ではなかった。

 ガイエスがむぐむぐしているから、頬張ったタイミングだったみたいだ。

 いや、ホント、ごめん。


 水か何かを飲む音が聞こえ、一呼吸おいてからガイエスが話し出す。

 ふむ、状況はリアルタイム音声からの想像通り。

〈……で、あの水栓のあったところに色違いの石があって、その上に方陣が見つかった。さっきの『解錠の方陣』ってやつ〉

 ではこちらも、ファイラスさんが訪ねてきたことを話しておこう。

 すると、ガイエスが呆れたような声を出す。


〈あの人……本当におまえの所の保存食、買いに行ったのかぁ……〉

「その時に境域越えの『門の方陣』見せてもらったけど、かなり危険な作りしているから使うなよ?」


 あれ使うと、多分魔力不足になるだけじゃなく、とんでもなく魔力流脈が過剰反応すると思う。

 境界を方陣札の門を使って越えようとすると、体調が悪くなるとセラフィエムスだけでなく他の家門の本にも書かれていた。


 それは境界に張られている魔法を一時的にねじ曲げようとする働きを持たせているからで、予め境域結界に指定されている『許可』に該当していないとその捻れが身体にダイレクトに影響する。


 おそらく、それは魔力流脈にも悪影響を及ぼすし、酷い時は身体が拒絶反応を起こして魔法として働かなくなるだろう。

 魔力の多い少ないに拘わらず、条件設定に合わない者に対しては攻撃魔法と変わらないくらいの負担となって、一時的だろうが魔法の発動ができなくなる可能性もある。


 あ、怯えさせてしまった……だけど、皇国の魔法境域を越えるということはそういうことなのだ。

 魔虫や魔獣が平気で入ってくるのって、あいつらに魔力流脈がないからかもしれない。

 動物も嫌がるというから、越えられるのは鳥くらいのものだろう。

 それでも、地上から随分と離れなければ、そこそこ影響はありそうだが。


〈あの方陣を開いた時に、具合悪くなったのはそういうことか……〉

 こういう危険があるんだよなぁ、方陣魔法師は。

 理解できなくても使えるってのは、場合によっては危険なことの方が多い。

「ちゃんと読み解く前に、起動しちゃダメだよ……取り敢えずやってみようってのは、ある程度解ってからがいいと思うぞ」


 気持ちは解るけどなー。

 俺もやりがちだしー。

 だけど、ここは自分のことは棚の上でも言っておかねばな。


〈それじゃ、あの解錠の方も、結構危険なのか?〉

「俺が書き直したやつは、大丈夫。でも元々のは、触ったら危ないな。条件に合わない人が触ると、強制的に魔力吸収されるものだった」

〈条件……?〉

「ああ。直す前の呪文じゅぶんに『古代文字の徽章』って文があった。それを持っていることが、条件だ。その場合は強制ではなく、その人の意志で魔力供給も途中での停止もできるみたいだった」


 古代文字、といってもなんでもいい訳ではないだろう。

 某かの決められた文言か、名前であるはずだ。


「その条件は全部取っ払った。だが、無条件では開けられない『陣』になっているから、新しく条件を加えた。『魔力五百の供給』と『不銹鋼製の名前入徽章を着けていること』だ」


 ただの不銹鋼の徽章、というだけではない。

 身分証に記されているものと、同じ名前か通称が徽章に刻まれていることにした。

 カバロ用に作った徽章には、ガイエスの名前も裏に入れてあるからそいつを身に着けててもらうのだ。


〈それって……俺が開けられるようにってことか?〉

「それもあるけど、無闇に開けられないように、だよ」


 魔力だけなら簡単だ。

 だが解錠には、条件がふたつ揃うことが必要とされる作りになっていた。

 それを全部まるっと書き換えてしまうと、陣形が呪文じゅぶんに相応しくなくなってしまうのだ。

 書き換えた部分は『必要な魔力の量』と『必要な装備品とそれを確かめる方法』の部分だけ。

 なので、条件は変えたが作りは変えていないというものになっている。


 まだ……その部屋の中の価値が解らないから、条件はタイトにしておく方がいい。

 中で見つかった物次第で、解錠条件は緩めてもいいと思うからその辺は……入りたくなったら、聖神司祭様やルーエンスさん辺りからファイラスさん経由で依頼が来そうだ。

 俺が『方陣が付与できる魔法』を使えると、シュリィイーレ隊は知っているからね。


「この方陣を元々のものより、少しだけ大きめに上から覆うように描いてくれ。そうすれば、元のものよりこの方陣の方が『強い』から、上書きされて条件を変えられる」

〈上書き……か。後から描くものが強いと、下の方陣は消えるのか?〉


「完全に消してしまうと、この『扉』自体を壊す可能性がある。だから、最初の方陣は消えてはいないが『強いものの方が優先されて発動する』からな」

〈この間の、聖魔法の方が早く起動するっていうのと一緒か〉

「そう。元のものはあまり魔力の通りもよくなさそうだったから、そのまま古代文字でも大丈夫だっただろうけど、安全のために前・古代文字にしてみた」


 まだ『神約文字』という呼称は発表になっていないので、ガイエスが知っているのはおかしいからな。

 教えて口止めするより、言わない方がいい。

 なんせ、まだ『奏上の儀かみさまOK』が、終わっていないしねー。


〈じゃあ、明日やることは、俺がこの方陣を『上書き』して、扉を開ける……〉

「そして、中に何があるかをその場で教えて欲しいから、今日みたいに通信繋げててな!」

〈ん、解った……もし、おまえの探しているものだったとしたら?〉

「ファイラスさんに渡して。その方が、より安全だと思うから」

〈……なるほど〉


 現時点で最も信頼できるのは、ガイエス的にはファイラスさんだけだ。

 あいつは『金証や銀証だから』なんていう理由で誰にでもすり寄ったりしないし、信用もしないだろう。

 だから『俺の依頼からの物』を、他の誰かに預けることはしないと思う。


 でも、旧教会で見つけたものをあいつが【収納魔法】で持ち出すのは、あいつ自身へのリスクが高すぎる。

 そして、何も見つからないというのも……多分、警戒される。

 以前『池の中の方陣があった部屋』で、神典の第一巻が見つかっちゃっているからな。


 来るのが、聖神司祭様やルーエンスさんとかならいいけど……全く俺の知らない人の場合は、ここに出入りしていた『怪しいやつ』の可能性もある。

 俺が直接視認できるなら、そいつが嘘吐いているかどうかは解るんだけどなぁ……

 ファイラスさんかノエレッテさんあたりに頑張ってもらうしかないよな、そーいうやつがいたら。


 そして、もし部屋になっていたら『洗浄や浄化をする前にその部屋の埃やゴミを全て集めて袋に入れておくって欲しい』と頼んでおいた。

 もしかしたら、また崩れた羊皮紙が復元できるかもしれないからな。


〈じゃあ、それの後に浄化?〉

「そうだな。もし部屋に何もなかったら、地面の魔力を探してくれ。埋められていることもあるから」

〈……迷宮みたいだな〉

「はははっ、そうかもなぁ! 皇国では、人が守りたいものを埋める……のかもなー」

〈守りたいもの、か。そういえば、皇国って司書室が地下の所が多いんだよな。そういう理由なのかもなぁ……〉


 俺は軽く、そうかもな、と返しつつレイエルスの複雑な想いを噛み締める。

 家門の物を自らの手で守りきれない悔しさ、それでも多くの人々に知識として継がれていくことの喜び。


 彼らはどんな思いで、地下に本を隠すように司書室を作ったのだろう。

 人々に存在を知って欲しい、認めて欲しいという願いと、壊されたくない家門の大切なものを誰とも解らない人々に触れさせることへの不安と恐怖。


 レイエルス家門が必ず各世代で聖神司祭を排出しようと努力してきたのは、そういったものを守る手立てが教会にしかなかったからだ。

 シュリィイーレ教会の秘密部屋……

 一番初めにあの部屋に気付いて、あの仕掛け本棚を作ったのは、レイエルス家門の人かもしれないなぁ。


 そして、本日の打ち合わせは終了。

 明日の本番に向けて、しっかりと睡眠をとって万全の態勢で臨まねば!

 頼んだよ、ガイエスくんっ!



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『緑炎の方陣魔剣士・続』參第79話とリンクしております


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