第616.5話 冬牡蠣油を巡る人々

▶ビィクティアムとグルメ夫妻


「思いがけず美味しいものを食べられたわ。ありがとう、お兄様」

「そうですねぇ、今年と来年は、冬牡蠣油を諦めていましたから嬉しいです」

「おまえ達がそんなに毎年買いに行ってたとは、全く知らなかったが」

「僕らだけではなくて、シュリィイーレ衛兵隊で纏めて予約していたんですよ」


「でもほら、去年から試験研修生が入ることになっちゃって、みんな忙しくなったでしょう? だから、予約時期にセラフィラントに行かれる人がいなくなっちゃって」

「テリウスがそわそわしていたのは、それもあるのか」

「テリウスは毎年注文数を纏めて、予約に行ってくれていましたからねぇ」

「あの方【収納魔法】があるからって、買って来てもくださっていたし。カルティオラの方だから、買いやすかったのよね」


「テオファルトが予約しているって言ってたのは、テリウスの影響か……確かに、あいつらは牡蠣が好きだったよな」

「テリウスさん、金証だったら越領門が使えたのにって残念がっていたわ。ふふふっ」

「……そんなことに使わせるか」



「それにしても……まさかこの一覧表が、加護色だったとは……色分けがされているのは、見やすさだけかと思っていましたけどねぇ」

「そうだな。タクトもだが、あのおふたりは聖魔法とか加護を何とも思っていないからなぁ、昔から」

「お姉さまは『邪魔』とまで仰有っていたわね、昔は」

「ちょっと、解る気はしますけどね。でも、王都中央区でよくそんなことが言えましたねぇ、ミアレッラさんは」


「血統魔法をお持ちでなかったから……だと思うわ」

「そうですね……血統魔法がないのに聖魔法だけあると、妬みの対象になりやすいですからね」

「血統魔法のあるなしが、使命に殉じることの基準ではないのだがなぁ……」

「傍流だと、それに左右されがちでしょう。直系の家系ほどは『使命』についての責任など考えてもいないか、やたら使命を笠に着るかのどちらかが多い気がします」

「……中央区の人は、そういう人が多かったわね。だから、変に所持魔法や家系に拘るんだわ」


「それにしたって、あのおふたりがああも大らかだからだろうなぁ、タクトとメイリーンがあんなにも暢気なのは」

「タクトくんは……まぁ、仕方ないところもありますが、メイリーンはもう少し……」

「いいじゃない。お似合いだわ、あのふたり」


「本当に、シュリィイーレでよかったよ。他だったら、いろいろと面倒だっただろうからな」

「従者家系の聖魔法顕現は、かなり珍しい。しかも、家系魔法までありますからね」

「それだからこそ、私達が後見なのですもの。ちゃんと守るわ」

「まぁ、タクトくんの婚約者、という時点で加護の対象でしょうから、我々なんてあまり役に立たなそうですが」

「セラフィエムスとドミナティアの『名前』は、そこそこ有効よ」

「……ああ、そうだな。確かに『そこそこ』だろうが、ないよりはマシだろう」

「それ、お兄様が言っちゃダメよ?」


「さて、結果表を父上に届けに行くか。ああ、二、三日後にはファイラス達が戻るだろうから、おまえの作ってくれた書類を取りに来させる」

「えっ?」

「気付かないと思っていたのか? まったく……ちゃんと休めよ」

「あなたにそう言われる日が来ようとは、思ってもいませんでした……」

「ははははっ」



「行っちゃいましたね……冬牡蠣油、買っていらっしゃりそうですねぇ」

「自分で作る用とタクトくんに渡す用ね。ふふふ、楽しみっ!」

「……今からだと、予約も取れなそうですよ?」

「買えるとしたら……二回目か、三回目のものね。四回目は人気があるから、難しいかも……でもきっと、来年に入ってからよねぇ」

「あと、ひと月ですか。それくらいなら、待てますね。今日の分でタクトくんとミアレッラさんが、何か作ってくれそうですから」

「それが一番楽しみだわ!」



▶セラフィラント公邸


「おや、もう戻ったのか」

「冬牡蠣油のことがあったので。すぐにまた、シュリィイーレに戻りますよ」

「……もう、決めおったのか」

「父上が悩み過ぎなのです。マリティエラとライリクスにも手伝ってもらいましたし……あのふたり、毎年のように冬牡蠣油を頼んでいたようですから」

「そうだったのか。なんじゃ、言えば都合してやったのに」


「そういうことをされたくなくて、自分で買っていたのでしょう。あ、今回のものはふたりと……タクト達に渡していますから。よろしいですよね?」

「うむ、それは勿論だ。あの食堂であれば、旨いものが作れるであろう。うちはうちで、ちゃんと買っておるからな」


「六人からそれぞれでございますか?」

「いや……今年は、一回目のものはふたりだけだ。あとは売り切れておった。二回目の予約は、明日からだと言っておったな」

「それでは……えーと、こちらと、こちらの分を予約できたら、私の方にも少し回してください。特に、こちらを」


「んん? ああ、ひとつは一回目のがあるが、こっちのベルレアード……という者のは、売り切れておったやつだな。ふむ、解った。タクトか?」

「それもありますが、料理に使うなら俺もこちらのものが好きなので」


「……おまえ、なんだか【調理魔法】で随分といろいろ作っておるそうだな? 行政省院から礼状が来ておったぞ」

「行政に渡したのは試作品だったはずですが……美味かったのか?」

「仕入れたいとまで言っておる」

「……もう、止めておきます」

「【調理魔法】持ちの貴族など、滅多におらんからのぅ……どうせおまえのことだから、まーた段位上げにと、やたら作っとるんだろうが」


「緑属性だからか、特位以上にはあがりにくいですね。他の魔法でも、緑属性はなかなかその上へはいきませんから」

「なるほど……儂も緑属性のものは殆ど上がらんな。青は早いのだがなぁ……」

「加護神の力も、働くのかもしれませんね。元々緑属性の魔法が得意なふたりは、あっという間に特位になっていて驚きました。セラフィエムスは『青属性』『黄属性』が、獲得と昇位が早いようです。タクトも緑属性で苦労していますよ」


「あれだけのものが作れると言うに、本当に【調理魔法】がないのか?」

「ええ。ただ、新しく【烹爨ほうさん魔法】という魔法が手に入っているようです。どうやら煮炊きができる魔法のようですから、調味関係の技能さえ手に入れば……【調理魔法】の上位が出るのでは、と思っております」

「ほっほぅ! それは楽しみだのぅ!」


「では、俺は冬牡蠣油の評定をカルティオラに渡してきます」

「その時に渡したい本が幾つかあると言っておったから、レナリウスの所に行け」

「はい、畏まりました」


(タクトに何か、緑属性の魔法が出ていそうだとは思ったのだが……【烹爨ほうさん魔法】……だけか? いや、これから、なのか?)



▶カルティオラ公邸


「おや、ビィクティアム殿、久し振りだね」

「お久し振りです、カルティオラ公。冬牡蠣油の評定をお持ちしたのですが……テオは?」

「ずーっと悩んでるよ。全部美味しいって」

「では、こちらの評定表、お預けしていてもよろしいですか?」

「明日には食品組合の者が来るからね、私達の評定と一緒に渡しておこう。それから……こちらの本、スズヤ卿にお渡しいただけるかな?」


「はい……前・古代文字では、ないのですね?」

「前・古代文字の本は取り出して壊れないように、作ってもらった方陣で補修を付与しながら纏めているよ。数が多過ぎて……春になったら馬車八台くらいシュリィイーレに入れるから」

「……タクトに、場所があるかだけは確認しておきます」


「すまないねぇ……前・古代文字でも、壊れかけてるものとそうでないものがあるから、おそらく込められた魔力量に差がありそうだね。その辺も併せて分類しようとは……思っているんだけど……」

「ご無理なさらないでください」

「ほんっとに、すまない……っ! 代々、そういう整頓とか分類とか、本当に苦手でっ」


「父上ーっ、決めましたよっ! あれ、ビィクティアム」

「どれが一番好きだった?」

「ふっふっふー、それを聞いて参考にしようというのかぁ?」

「いや、ビィクティアム殿からは既に評定を受け取っているぞ」

「えっ?」

「それを見て参考になんか、するなよ?」


「……し、しないぞっ! なんだよ、昔は全然食べ物に興味もなかったくせにっ!」

「【調理魔法】が、特位になったからな」

「君、本当に【調理魔法】使えるようになっていたんだねぇ……セラフィエムスでは、初めてじゃないのかい?」

「そのようですね。じゃあな、テオ」

「なぁ、ビィクティアム、料理したものも……食べたのか?」

「勿論だ。『見るなよ』?」


「う……」

(すっごく、見たい……)


▶王都・中央区内


「うっわ、何これ、うっまい! リエッツァに冬牡蠣油の炒め物が入ってるなんて、最高ーー!」

「ほ、本当ですね、副長官! 次の販売の予約、取れますかねぇ?」

「んー……長官が【調理魔法】使えるようになったからなぁ。買ってくれるといいんだけどなー……タクトくん達にも届けて欲しいし、長官も料理作ってくれないかなぁ」

「今年は冬牡蠣が豊漁だって言ってましたから、きっと買えると思いますよ」


「戻りました。皆さん、聖堂にお集まりですので奥の部屋に入っていていただきました」

「ありがとねー、ノエレッテ。はー……タクトくんの料理で元気出たなぁ。あ、ノエレッテの分のリエッツァもあるから、食べてねー。さーて……教会が終わったら、そのまま魔法法制、行ってくるかぁ!」


「……夜襲ですか?」

「そ。新省院設立に振り回されて疲れているだろうし、夕方から夜に面倒事を持って来られたら、丸投げしたくなるだろうからね。隙をついて許可をとる。聖神司祭様の誰かが『法制にも言っておけ』って言ってくれるといいんだけどな……そしたら、夜でも突撃しやすくなる」


「騙し討ちですねぇ、それ」

「長官には、絶対にできないやり方ですねぇ」

「有利な状況は、利用しないとねー。シュリィイーレでの改修案件に紛れさせて、サクッと通そう。あ、お土産、持って行こーっと」


(((これ、絶対に長官に言えない方法っぽい……)))

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