第616話 旧教会裏庭の方陣

〈この、色の変わった石は動かせるのか?〉

 〈ガイエスくん、ここに方陣が描かれていないか解る?〉


 あ、あの池の中にあった『扉を開ける方陣』か!

 ヤバイ、アレもかなり魔力持っていくやつだ!

 サラレア聖神司祭様が『五人がかり』って言ってたくらいだし……ガイエスひとりじゃ足りない!


 くっそ、王都じゃ魔効素ドーピングが充分か解らないし……俺とビィクティアムさんがぶっ倒れた時みたいになっても、今の状況だとファイラスさんだけじゃ回復までできるとは思えん。


「不用意に触るなよ! 魔力強制搾取が始まったら、吸い尽くされるからな!」

〈……危ねぇ……〉


 ぼそっと聞こえた声に、安堵する。

 ここに方陣があるかどうかは、ガイエスならば別の方法で見つけられる。

 方陣魔法師にしか……できないけどな。


「『探知の方陣』を先に起動させてから【方陣魔法】使ってみて」

 探知は自身の魔法であれば、思い描いたものや記憶の片隅のものでも探し出せる。

 しかし、方陣の場合は『明確に指定しなければ見つけられない』という、少々使い勝手の悪いものだ。


 今回のように探したいものが方陣であったとしても『なんだか解らない方陣』を、どう指定したところで『知っている方陣』しか探せない。

 だが探知が『指示待ち型方陣』であっても、自身の持っている魔法を『重ねがけすること』で探し出すものを判らせることができる。


 風とか雷とか炎なんていう自然現象は無理だが、【加工魔法】であれば『人の手が加えられた何か』、【解毒魔法】であれば『人体に影響する毒を含む何か』が『あるかないか』くらいは探せるのだ。

 それがどういうものかまでは、残念ながら掴めないが『ある』『なし』の判定はできる。

 そして……未知の方陣が探せるのは【方陣魔法】だけであろう。


 俺は『探知の方陣』に『読み込ませる』ように【方陣魔法】を意識してみろ、と伝える。

 ガイエスが魔法を発動したのだろう。

〈……ある、みたいだ〉

 と聞こえた。

〈ただ、俺も見たことのないものだから、よくは解らないが……『制御の方陣』に似ている〉


 おおっ!

 凄いな。

 存在の確認だけでなく、近似値の推測までできるとは!

 ……【方陣魔法】……段位が『特位』を突破したかな?


 この方法での探知だけである程度解るのなら【方陣魔法】を使って探し当てさえすれば、見たり触れたりという知覚ができなくても方陣を覚えられるようになっているかも。

 大したもんだねー。

 まぁ、探知が方陣だから、範囲的な限度はあるだろうけど。


 〈やっぱりか。触らない方がいいな、きっと。いきなり魔力を吸い出す、危ない方陣かもしれないからね! ごめん、ガイエスくん、今日はここまででいいかな?〉


 ファイラスさんの声が聞こえ、ガイエスが解った、と答える。

 まぁ、そうだろうな。

 何があるか解らないんだから、ファイラスさんだけでは許可も出せないし……旧教会は、中央聖教会と魔法法制省院の管轄だ。

 少なくとも、ルーエンスさんと管理責任の聖神司祭様の了承が必要になるだろう。

 明日……の午後くらいかなー?


 ガイエスは、まだ宿をとっていなかったようで、憲兵隊の官舎に泊まらせてもらうみたいな流れになった。

 衛兵隊官舎みたいなものなんだろうな。


〈……ひとり部屋で、監視とかされないならいいけど……〉

 ガイエスが確かめるように、ファイラスさんに問いかける。


 うん、そこ、大事だよな!

 見ず知らずのやつと一緒なんて、身体も心も安まらない。

 俺、子供の頃から雑魚寝が苦手だから、修学旅行の大部屋がめっちゃ嫌だったなー。

 ちっとも休めないんだもん……


 〈官舎は、全部個室だからね。誰かが不意に入ってくることもないし、声も漏れないから煩くもないけど、食堂はないんだよね〉

〈それなら……世話になる。食べるものは、タクトの店の保存食を持っているから大丈夫だ〉

 〈なるほど! それは完璧な食事だな。そうか……王都に来る時は、今度から僕もそうしよう! 王都の食事ってさ、どこもかしこも同じような味で飽きちゃうんだよねー〉


 うん、うん、確かにな!

 王都の食事は、皇宮がああだったんだからお貴族様達のものはみんな、あの感じだろう。

 ファイラスさんが戻ってきた時に美味しく食べてもらえるように、鮭料理でも仕込んでおこう。

 今年はあまりぽっちゃりしていないから、バターたっぷりで作ってあげよう。



 憲兵隊官舎は、旧教会からさほど距離がなかったようですぐに辿り着いたみたいだ。

 そこの責任者にだろうか、ファイラスさんが一部屋都合して欲しいと交渉している時にガイエスが話しかけてきた。

 んー、このまま繋いでてもなぁ……

 あ、王都はそろそろ晩ご飯の時間じゃないのか?


「後で落ち着いたら連絡をくれよ。そろそろ夕食だろう? 食べ終わってからでいいし、念のため消音の魔道具を送っておくから」


 使っていない部屋だとしたら、付与してある魔法が弱まっていることも考えられる。

 俺の声は聞こえないけど、ガイエスが憲兵さん達に『変な独り言を喋り続ける危ないやつ』認定などされてしまっては申し訳ないし。

 外から覗かれることはないとしても、視認妨害なんかもできるものを送っておこう。


〈解った。それじゃ、後で〉

「うん、頼むなー」


 ぷつり、と空気が途切れ通話終了。

 俺もちょっと夕食には早いけど、何か食べておけば途中で腹が減らないだろう。

 お、ガイエスからメモが届いたぞ……ほほぉ、やっぱりあれだけで完璧に方陣が覚えられるかー。

 流石ですなぁ。


 予想通り、魔力注入型の『解錠の方陣』だね。

 魔力使用量抑えめで方陣を作り直して……方陣魔法師のあいつなら『鍵の方陣の上書き交換』ができるんじゃないかなー。

 上書きの方陣が元々のものより強ければ、すげ替えができるはずだ。


 うーむ、金庫破りやり放題ですな、これは。

 ま、境域制限があったら入れないだろうけどなー。

 今回、もしも見つけた部屋に入場制限がかかっているとしたら、金証のファイラスさんだったら入れるかもしれない。


 ふむ……こいつも古代文字だから、条件をちょいと弄って神約文字で作っちゃえばいけそう。

 あ、俺の文字ってことがファイラスさん達に判らないように、書体変えよう!

 見えないだろうけど、念のため。


 通話に備えて何か食べる物を作ろうか、と地下食料庫に行こうとした時に物販スペースの方からお呼び出しコール。

 なんだろう、と降りていったら……


「ええっ? ファイラスさんっ?」

 なぜか、保存食をたんまりと買い込んだファイラスさんが立っていた。


「どしたの? 僕が来るのが、そんなに意外?」

 だって今、王都でガイエスとー……

 あっ!

 越領門かっ!


 ガイエスと別れた後にソッコーで聖堂教会に戻って、越領門でシュリィイーレに入ったってことかぁ。

 しかも、ファイラスさんは、うちの物販スペースに目標鋼をおいている『定期巡回衛兵』さんのひとりだ。


「さっき、ビィクティアムさんから王都に行っているって聞いてたから……もう、お仕事終わったんですか?」

「んーん、全然。だけど、王都の食事、もう無理で買いに来ちゃった」

 そんな理由かよ!

「まぁ、それは、半分なんだけどね」


 そう言ってファイラスさんが差し出したのは……『青窓』『赤窓』と書かれた紙に書いてある『方陣』。


「これ、どういう方陣か、読めるかな?」

「……古代文字ですね。随分と乱暴な方陣だなぁ。境域制御が組み込まれている『門』の方陣みたいですが……組み方も文字も下手すぎて、これじゃとんでもなく魔力を使いそうですね」

「やっぱりねぇ……僕もノエレッテも、片道で千近くも魔力を持っていかれたよ」


 うーわ、そりゃ危険だな。

 これ、昔の、あのセレステ教会の裏庭にあった『期間限定移動方陣』とか、カタエレリエラの『エレベータータイプ』みたいなものに似ているような気もする。


 いや、無理矢理境域突破を組み込んだ『馬車方陣』……が、正解かもな。

 だとすると、作られたのは現代皇国語ができた前後くらいだろう。

 だけど変な文字が組み込まれているから、細工をしてから使うものなのかな?


「おそらく、これは対になっていないと発動しても移動ができない今までの『門の方陣』と違って、固定方陣門のように決まった場所から決まった場所への移動のものですね。書き替えたり、別の場所に方陣を動かすと使えなくなるようです」


 座標と思われるものが、ふたつ書いてある。

 多分、出発地点と到達地点の指定。

 これだけでは、どこに出るかは解らないけど、ガイエスが見つけた聖堂のメモでどちらに行くかが解るってことなんだな。


 多分『南茶房』……は、皇宮の南茶房だろう。

 これはもしや、あの事件の黒幕に繋がるもの……なのかなぁ?

 ほーんと、ガイエスくんは、変な引きの強さを発揮しているなぁ。


「それとさぁ、タクトくん」

 こんなことができるかどうか……とファイラスさんが聞いてきたのは『方陣の無効化ができないか』……ということだった。

 どういう方陣を無効にしたいかまでは言わなかったが、このタイミングで聞いて来るならば間違いなく『水栓で見つかった方陣』のことだろう。


「そうですねぇ……ものによるとは思いますけど、安易に無効化しちゃうと方陣が描かれていた物そのものが壊れるとか……壊れなくても、役に立たなくなるってことはありますよ」

「えーー……それは困るなぁ……」

「だけど、上手くいったら条件の書き換えができるものも、あります。全部じゃないので、その方陣がどういうものか解らないと判断はできないと思いますが、もし【方陣魔法】が使えたら、高確率でなんとかできる……かも。」


 今回のは書き換えできるパターンだけど、さて、ファイラスさんはどういう方法をとるかなぁ?

 意外と、ガイエスに一任かもな。

 受けるか受けないかはあいつ次第にはなるけど、やりたいのにやり方が解らないから断るしかないってのは……可哀相だな。

 後でガイエスに、いろいろ説明しておこう。


 ファイラスさんは、何かを決意したように頷く。

 この様子だと……魔法法制とか教会に話をつけるためにいろいろ頑張りそうだよね。

 では、エールを込めていいものをあげましょう。


「これ、さっきビィクティアムさんからいただいた、冬牡蠣油っていうのを使って作ってみた試作品です。よろしかったら食べてみてください。ファイラスさんの他って、誰か王都に行ってます?」

 実は、既に別ルートでもらった冬牡蠣油で作ってあったとは、言いませんが。


「ええええっ! 冬牡蠣油っ? うわーっ、嬉しいなーっ! 僕、冬牡蠣そのものはあんまり美味しいって思ったことがないんだけどさ、冬牡蠣油は好きなんだよねーー! 今年の買えなかったから、ホント嬉しいよぉっ! あ、ノエレッテとレグレストとテリウスが一緒」


 ファイラスさんもか。

 もしかして、衛兵隊で共同購入でもしていたのでは?

 じゃ、王都で頑張る皆様の分もご用意致しましょうか。

 諸々上手くいくといいですねー。

 終わったら、何がどーなったのか教えてくださいねー。


 ファイラスさんは、冬牡蠣油使用の青菜&玉葱と豚肉炒め入りリエッツァを抱きしめるように抱え、自販機で買ったであろう保存食やお菓子を詰め込んだトートふたつを肩に掛け、教会に向かって走って行った。

 隧道内は、走っちゃ駄目ですよーー!

 ぶつからないようにねーー!


 さーてっと、書き直した方陣を送ったらご飯食べて、ガイエスくんからの連絡待ちかなーーっと!

 ふっふふー!



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『緑炎の方陣魔剣士・続』參第78話とリンクしております

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