第615話 リモート探索
お茶会だったはずなのに冬牡蠣油の試作試食で、昼ご飯まで終わってしまった。
俺達は家に戻るが、メイリーンさんはそのままマリティエラさんと春からの病院のことを相談するようだ。
ビィクティアムさんも、ライリクスさんと話があるらしいのでお残りになった。
父さんと母さんは……と、思ったら今日はまた音楽団の演奏会が西門であるらしい。
「西門だと、遊文館まで『移動の方陣』で行ってすぐだからいいわー」
「タクト、おまえはどうする?」
んー……どーしよっかなぁ……不殺から持ってきた、壁岩の粘菌のこと調べようかなぁって考えていたんだよなー。
だけど音楽会も、行きたいとは思っていたしー。
と、ちょっと考えていた時に、ふつっ、と通信が繋がった。
「ごめん、ちょっと部屋でやりたいことがあるから、また今度」
俺はそう言って、二階へと駆け上がる。
何があったのかなー?
「すまん、ガイエス。大丈夫だ」
〈悪いな急に繋げちまった〉
へーきへーき。
もう部屋に戻ったし、むしろ出かける前でナイスタイミングだったよ。
ガイエスは今王都のようで、旧教会に行ってくれているみたいだ。
行動が早いな。
こいつも、夏休みの宿題は先に全部片付ける派かな?
こっちの貴系学舎や臣民奨学院じゃ、夏休みなんかないらしいけど。
旧教会の聖堂には、神像が置かれていたと思われる神々の名が刻まれた台座が六つ。
そして、何も書かれていなかった台座に【
『東側 青窓の下 南茶房 赤窓の下 神仕作務所』
と書かれたマイウリア語のメモが、転送の方陣で送られてきた。
そして天井に青窓の書かれた真下の床を剥がしたら、石に刻まれた『門』の方陣があって……どうやら『境域結界』が張られている場所の中に入り込めるものだった……と。
ふふーん……メモの文字はマイウリア語。
自動翻訳さんの皇国文字と、日本語表示では……微妙に訳に違いがある。
その辺は、後で確認しようか。
そしてどうやら、今、側にいないだけでこの後ファイラスさんと行動するようだ。
「そっか、ファイラスさん一緒か……あのさ、ちょっとこのまま通信を切らずにいてくれる? 俺が探して欲しいものが見つかるなら、ファイラスさんがいてくれる方が都合がいいかもしれないから」
〈……何を探しているんだ?〉
「取り敢えず、あるとすれば……本か、紙束。もしかしたら、ぽろぽろで触れないくらいかもしれない」
〈解った……あ、戻ってきた〉
ガイエスの声のトーンが下がる。
近付いてきたのかな。
「じゃあ、俺の言葉には、特に反応したり返事したりしなくていいから、このままで頼むな」
〈ん……〉
足音が聞こえ、ファイラスさんの声が届く。
〈あぁー、ごめん。お待たせガイエスくぅん。僕も点検するから一緒に行くよ〉
〈頼む〉
やっぱり少し、ガイエスの声よりは聞き取りづらいかなー。
俺は録音ができる磁石を【文字魔法】で作り、左手に握る。
簡易ICレコーダーである。
サービス(?)の向上のため、録音させていただきまーす、てか。
裏庭への扉が開けられたのか、ガイエスが何かを見つけたようで『綺麗だな……』と呟きが聞こえた。
〈……あの水が溜まっているのは、なんだ?〉
〈あれは昔の浄化水栓だね。教会の裏って水質維持の【浄化魔法】が付与されている水源と繋がった場所があることが多いんだよ。ここはもう古いから、動いてはいないけど〉
旧教会の裏に、水栓が……?
シュリィイーレ教会みたいに、水源からの噴水があったのか。
その水がまだ綺麗……ということか?
浄化が働いているのは、
だとしたら、付与の
「ガイエスー、その周りに、何か文字が書かれていないか?」
〈文字……あ、あった〉
簡単に見つかったものは、きっとシュリィイーレみたいに噴水外側に彫られている文字だろう。
ファイラスさんになんて書いているのか聞いてるってことは、古代文字か神約文字。
書き写してくれるみたいだな。
よしよし、後で調べよう。
〈多分、神典か神話の言葉だと思うんだけどさ、古代文字だったら誤訳されているので覚えているだろうし、前・古代文字だったらそもそも間違っていそうだからね〉
ファイラスさんも、結構慎重だな。
まぁ、ここのものまでは訂正訳なんて、まだしていないだろうからなぁ。
お、早いなー。
ガイエスからもうメモが届いた……うん、神約文字だけど
「……これは、水が清らかでありますようにっていうだけの神話の一節だな」
〈なるほど〉
ガイエスは歩き出したようなので周りを見てくれているのだろうか、時折『ないな』とか『ここの水はまだ綺麗なんだな』なんて呟きが聞こえる。
〈あ、彫刻……〉
へぇ、噴水の周りにあるのかな?
動かせるものは新しい聖堂教会に持って行っているだろうから、噴水自体に施されているんだろうか。
〈こんなところに、方陣……?〉
「送ってくれっ!」
しまった、反射的に声にしてしまった。
教会の方陣を書きだしていいか解んないのに、つい……
慌ててファイラスさんに確認してもらえるだろうか、と言おうとしたらガイエスがすぐにファイラスさんに声をかけている。
よかった……あいつが行き届くタイプで……
〈この水栓の周りを、綺麗にするだけの方陣みたいだからね。西側にも同じのがあるから〉
送られてきた方陣は、おや?
古代文字……?
取り敢えず、ガイエスに古代文字の【清浄魔法】だとだけ伝えた。
噴水ができた時にセットされた方陣ならば、間違いなく前・古代文字……神約文字のはず。
と、いうことは、後年『それが必要になって』付け加えられたものである……ということかな?
〈へぇ、ひとつの方陣に魔力を入れると、全部に一度に入るのか〉
ガイエスが方陣を起動させたのか。
ひとつに入れると全部が発動するとは、随分と効率のいい配置だな。
いや、素材?
それにしたって、いくつも清浄を掛けなくちゃいけないほど、水が濁る原因があったってことだよな?
〈吃驚した。初めて見たな〉
〈僕もー。ここの仕組みはやたらめったら古くて、随分と前に壊れちゃってからどうしても常時発動ができなくなっているんだよねぇ。まぁ、そのせいで皇宮近くに全部移ったんだけどね〉
何があって、そんなにも複合で【清浄魔法】を使う必要になったのだろう。
ファイラスさんが言うには、壊れている……ということのようだが……なーんか、怪しーい。
そのシステムに支障が出るような『改変』でも、されちゃったのかな?
「なんとか、その中の水が全部抜けないかな?」
〈ここの水って、全部抜くことはできるのか?〉
ガイエスの問いに一瞬の間があったが、ファイラスさんの『抜いてみちゃうか!』と言う声が聞こえた。
よしっ! と思った途端に、ごうっ! という風を切る音が聞こえ、バラバラバラーーーーっ! と、まるでゲリラ豪雨のような水滴の爆音が聞こえた。
〈君が方陣で水を浄化してくれてたから、大丈夫だと思ってさ。濡れた?〉
〈……いや、咄嗟に外套の頭覆い被ったし〉
〈一応、空縮で傘を作ってたんだけど……ちょっと水が多かったよねーぇ〉
……ファイラスさんが風系の魔法で水を巻き上げて、一気に雨みたいに周りに散らしたのか。
短気だなぁ、ファイラスさんー。
リヴェラリムの血統魔法に【
しかも、【空縮魔法】は空圧の上、風魔法系では珍しく上位魔法だ。
本当にエキスパートが多いよな、シュリィイーレ隊は。
そして、ファイラスさんの呟きが聞こえた。
〈こんな所に……か。ほーんと……とんでもなくいい勘しているなぁ……金段一位冒険者って、たいしたものだねぇ〉
なになになにーーーー?
何があったんだよーーぅ!
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『緑炎の方陣魔剣士・続』參第77話とリンクしております
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