第612話 春を待つ心持ち
魔竜の映像データの解析では、自分の思っていたことと違う箇所が気になってしまって先に進まない。
だが、たった五、六枚での憶測や推察などは無駄なことだ。
もう少し補給を完璧にしてから、魔竜くんが渡してきたカラー映像記憶をできるだけプリントした後に検証しよう。
なにせ『記憶』なのだから、曖昧でボケている部分が『海』に見えている可能性もあるのだ。
そうそう、結論を急いではいけない。
ただでさえ俺の妄想列車は爆走しがちなのだから、慎重に。
自分で見つけた答えは、これだけいろいろ考えて導き出したのだからというフィルターがかかって『正しい』と思いがちだ。
そのバイアスには注意しないと、間違ったものを間違ったルートで確定させてしまうだけになる。
第一、石板時代のことはおいておくとしてもレイエルスの蔵書も皇宮司書館の本も、どちらが正しいと決まった訳ではなく俺の考えだって情報不足の憶測かもしれないのだ。
その家門の人達が『自分達の先祖を悪く書くはずがない』のだから。
完全に公平で、何もかもに間違いも見落としもない歴史書など存在しない。
嘘がなかったとしても、書き漏れや勘違いがなかったとは言えないのだ。
片方では冷遇だと思っていたとしても、その時にできる精一杯だったのかもしれないことだってある。
そして良かれと思ってやったことを、誰も喜ばないこともある。
どちらかが確実に悪だなんて断罪することはできないし、どちらかがなんの非もない被害者であるとも言い切れないのが歴史なのだ。
まだまだ、春になればまた別の史料も届くんだから、じっくりといろいろなパーツを集めて組み立てていけばいい。
そもそもたったひとつかふたつの文献や石板で真実なんて解らないから、百年、千年単位の研究が必要なのだ。
新しい物が見つかると、その情報が正しいと思いがちになるのは悪い癖だよねぇ……
落ち着いて、ゆっくり。
家に戻ってお三時のスイーツなど食べつつ、魔獣図鑑を取り出す。
不殺で鑑定して解ったことも、色々書き込んでおこうっと。
それにしても、ガイエスの絵が結構ちゃんと似てて、ディテールもしっかりしていたんで、他国の魔獣に対しても信憑性があるよな。
えーと、恐竜図鑑に、魔竜くんは載っているよなぁ?
おお、あった、あった。
やっぱり『似』付きで載ってたなー、レドゥマハディってやつだ。
この猫手っぽい感じで、なんとなーく記憶にあったんだよね。
違うのは、魔竜くんには後ろ足の鋭い爪、牙、感覚器官と思われるちっこい羽みたいなものがあったということ。
そしてこんなつるっとしたような皮膚っぽい鱗ではなくて、パイナップルの皮のようにゴツゴツで、魚の鱗みたいに並んでいるってことかなー。
複写したものに、それらを描き加えてみる……鑑定しているからか、全体像じゃないからかイイ感じに描けた。
鱗の色を赤で塗ると、現代皇国語訳だけでなく神約文字でも表示が出て『
この『爬』が出た……ということは、やはり『爪で掻き這って歩く』種類の竜脚類……ということなのでは?
そして魔獣の時には一切表示が出なかった、神約文字でも名前らしきものが出ているということは、こいつは『神様が作った生き物』なのかな……?
やっぱり、モノクロ含めてできる限り映像記録をプリントアウトしておくか。
一遍にやらないで、少しずつにしよう。
無理は禁物。
さっき確認しそびれちゃったけど、かなりの魔力を使うのは明白だからな。
春になって他の家門からの本を見ながら、いろいろヒントが見つかるといいんだがなー。
それにしても、不殺も大陸史だったということは、生命の書の続きは一体何処にあるんだろう。
まさかもう一基、見つかっていない三角錐があったりするのかなぁ?
いや……あるとすれば……王都かもしれない。
ガイエスに旧教会辺りのことは頼んであるけど、そこに生命の書関連のヒントもないかなー。
あの遺跡の『未完成の次元移動方陣』が、なんとなく王都と繋げたかったんじゃないかと考えてた。
当時にあったと推測できる建物は、皇宮と旧教会くらいだろう。
だから、それっぽい方陣がないかなーって思ってガイエスにメモ入れておいたんだが……生命の書も、ついでに見つかったりしないかなー。
いや、本はあったとしても写本だろうな。
だけどヒントゼロよりは、かなりいい。
聖典探しの時に、旧教会をチェックしたのってセインさんだもんな。
自分の目的のもの以外は、見落としていそうな気がするんだよ。
……目的のものですら、探すのが下手なんだから。
サーチ力に関しては、全く信用がおけないからな、セインさんは。
ガイエスの冒険者としての勘はきっと、俺の探査能力なんて上回っていると思うんだよねー。
そんなことを考えつつ、ストロマくん達やアコヤ君の水槽をチェックしていた時にガイエスからもメモが届いた。
あ、カバロの天幕とかリエッツァに気付いたのか。
カバロの天幕はサイズ違いなだけの同じ機能のものだから、サクッとできたしねー。
まだ魔竜くんの鱗はあるから、他は作るものが決まったらかなー。
カバロにくっつける徽章、名前入りのものも五個くらい作って送ったのも気に入ってもらえたようだ。
多分、工房に頼むとなると、少ない個数は作ってもらえないだろうからと思ってさ。
カバロに何十個もは必要ないし、ネオジム入りの方がいいと思う。
それから、醤油バージョンのオイスターソース使ったカシューナッツ入りの炒め物も吃驚したみたいだな。
ふわっとしたバンズに、オイスターソース使用蒲焼きのタレで漬け込んだチキンの照り焼き、炒めた玉葱と青菜を挟んだ中華風テリヤキチキンバーガーも送ってある。
これが結構、甘めで美味しいんだよな。
おっと、食べた感想を寄越せと言っておかなくては。
他に入っているのは、こちらでは淡泊だからかあまり人気のない大根。
イノブタ肉と一緒にオイスターソースで煮ると、ウマウマ染み染みで美味しいんだよねーー。
大根を細めの棒状にして煮れば、中までしっかり味がつくから薄味過ぎってことはないはず。
リエッツァにすると、これまた美味しいのだ。
これの場合は、皮を少し薄くしてパリパリがいいんだー。
煮汁は全部大根が吸ってくれてる感じで、オイスターソースの旨味もしっかり味わえるのだ。
オイスターソース系は、今のところガイエスにしか出せないからな。
このひと月の間に、いろいろな料理を試食して感想を送ってもらえれば春になったらみんなに振る舞える。
カシューナッツ使った炒め物入れたリエッツァ、俺の間食用にも作ろうっと。
今年の冬は盛り沢山で楽しいんだけど、やっぱり早く春になったらいいのにって思ってしまうね。
春になれば、マリティエラさんも病院でお仕事復帰予定。
ファロアーナちゃんのお守りは、ライリクスさんと交代でやるって言っていた。
そしたら病院の方もほぼ通常通りになるだろうから、今みたいにメイリーンさんのイレギュラー勤務も少なくなる。
冬場は結構怪我が多くて、方陣札も足りなくなりがちだと言うが今年はなんとか間に合っているはず。
だが、残念ながら『回復の方陣』では、風邪などの病気には役に立たない。
治癒でさえ、方陣だと原因が判明していなければ上手くは効かない。
そういう場合は、その人の症状に合った『薬』が必要になるので、医師と薬師は一緒に治療に出掛けることが多いのだ。
俺としては常備薬的なものがあって、ある程度はそれで対応できたらいいのにって思うのだが、そんな都合のいい薬は存在しない。
なんせ人によって、加護神も、魔力の特性も、流脈形成状態もぜーーんぜん違うのだ。
予め薬を作っておいて『症状ごとに薬を沢山渡す』のではなく、その人ごとに『その症状用の薬を作る』のである。
必要な成分や効く成分が同じ時期に風邪にかかった兄弟ですら違うのだから、あちらの世界で言う『風邪の症状全てに』なんていう薬はあり得ないのである。
そんなものは、かえって具合が悪くなる毒でしかないので、
栄養が偏り出すこれからの一ヶ月は、風邪をこじらせる人も出て来るので……医師組合、薬師組合と所属する医師達、薬師達は臨戦態勢なのである。
だからもう少ししたら、メイリーンさんとデートの計画も立てられるようになるだろう。
今は計画してても、急患が入るとキャンセルになっちゃうんだよねー。
だからおうちデートなんだけど、母さんにとられちゃうんだよなー……冬場は暇だからさ、食堂開けていない日が多いし。
ああ、早く春になれっ!
あ、でも春になっちゃうと、神務士トリオがシュリィイーレからいなくなっちゃうんだよな……
うーん、お子様達、泣くだろうなぁぁ。
この辺のケアは、考えておかないとなぁぁぁぁぁー。
読み聞かせをしてくれる人達もいるけど、一番人気は不動でアトネストさんだ。
絵画の説明もレトリノさん以上に子供達が集まる人はいないし、算術や図形描画の基本法則は、ヨシュルス神官だけじゃ手が足りないだろう。
シュレミスさんは、結構教えるのが上手いからなぁ。
……極めつけは、この神務士の三人だけなんだよな……夜に来ている子供達が、近付く大人って。
こんな素晴らしい三人に匹敵するメンバーなんて、一体何処にいるというのだ。
スタッフ不足が一番の問題かもしれないな、遊文館の。
でもなぁ、これ以上神官さん達にご負担いただくのも申し訳ないし、人材確保っていつでも一番大変なんだよね。
あっちの世界のカルチャースクールも、いい先生がなかなか居着かないとか他から高額で引き抜かれてついでに生徒さんまでごっそり……とかあったもんなー。
あああー、春になって欲しいけど、なって欲しくないーー!
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