第610話 三角錐の考察

 不殺の迷宮から戻って、翌日に早速石板復元……と意気込んでいたのだが、なんだか食堂がとても忙しくて、あっという間に何もできないまま三日が過ぎた。

 やはりみんなそろそろ食材の種類が乏しくなって、毎日同じメニューになりがちなのだろう。


 外食したくても、この時期は開いている店など殆どないのだ。

 食堂もだが、自販機の保存食……特に野菜系が飛ぶように売れるので、追加作製がなかなか大変だったのだ。


 そして遊文館にも血赤袖なしになっちゃった人達の制裁期間が終わったからか、子供達に詫び状書簡を渡してサインをもらってくれないかと頼まれたとシュレイスさんがクスクス笑いつつ教えてくれた。


 中には絶対に許してあげない、と頑なな子供もまだいるようだが書簡だけは渡すことができたそうなので後は待ち……ということのようだ。

 だが俺が怒鳴りつけちゃったおじさんは、全く顔を見せないというからそもそも子供達のことなど本当にどうでもよかった人なのだろう。


「あいつが子供達に何かしないように、ちゃんと見張っているからねー」

 ファイラスさんはそんな軽口のような口調で言いつつ、目が笑っていない。

 絶対に怒らせちゃいけない人だよな、ファイラスさんって。

 ……あのおっさん、どっかの家門の傍流さんだったのかな?



 そして晦月こもつきも明日で最終日、やっとちょっと暇になった隙に遊文館地下三階へ。

 ここで、鑑定してきた『不殺の石板』の完全再現。

 石板になっていた石の組成が解っているので、近い素材を集めておいた。

 これがあった方が、文字や方陣がしっかりとした複製品ができあがる。


 ……よし。

 瞑っていた目を開くと、横倒しになった魔竜の寝床状態の石板ができあがっている。

 これってどれくらい魔力使ってんのかなーと、身分証を開いてちょっとビビった。

 七千も吹っ飛んでるー。

 俺の魔力量を考えればなんてことはないのだが、そうかーそういうもんなんだなー。


 だけど、昔の人達はこれができたってことだから、皇国人でさえ魔力量は神話の時代からしたら減っているのかもなぁ。

 いや、あの三角錐ができたのって神話の時代か、それより前っぽいよな?

 だって槍の穂先のことは、神典に……


 あれ?

 神典に、載っている穂先は……五つだった。

 知っていた穂先さんかくすいが五つだけで実は八基だった、ってことじゃなくて、本当に最初は五基だったのか?


 あれれれれーー?

 てぇことはですよ?

 もしかして、三角錐もそれぞれ別に造られてて、できた年代が万単位で違う可能性も……あったり?


 最初は五箇所だった。

 だけど、シュリィイーレの西側や不殺の迷宮奥みたいに『違う大地』に作ってしまったものや作ろうとしたが断念したものなどがあって上手く『星青の境域』が働かなかった?

 残りのみっつは、リカバリーのために増築した……とか?

 ありそーー……


 いや、それよりも最初の五箇所に配された槍の穂先は、おそらく神様から神斎術をもらった人達の作成なんじゃないだろうか。

 そしてその後に作られた三箇所は、動かなくなった元々の三角錐の広域浄化システムの場所に入れなくなったか、閉じ込めた神斎術を正しく継承ができずにリカバリーできなかったから作り直された……のかもしれない。


 えっと、完全に壊れてて全く動いていなかったのは、一番北の不殺の迷宮とシュリィイーレ西の真珠の三角錐。

 不殺のリカバリーは、マントリエルの虹瑪瑙三角錐とみていい。

 位置の近さから考えても、間違いなさそうだ。

 となると、不殺のは『作りかけ』というより『修復途中』だったのかな?


 シュリィイーレのは……おそらく『働いていると思われていたが、エラーになっていた』のではないだろうか。

 魔獣が入り込んで『大峡谷の中』なんて状態にならなければ、あの三角錐自体に問題はなく『建てた場所が悪かった』典型だ。

 これらは、最初の五基のうちのふたつではないだろうか。


 真珠三角錐のリカバリー、もしくは補助的に後から作られたのは俺が一番最初に入った湿原の三角錐か、リデリア島……

 湿原の三角錐の方な気がする……あの辺りはどう見ても、火山噴火後にできたカルデラの外周っぽいんだよなー。

 昔はリデリア島も地続きで、大陸側がぽこっと沈んだもんだから海の水が入って来ちゃっただけなんじゃないかなー。


 さほど深くないところに、海底熱水鉱床があって海底火山があるみたいだったし。

 だから湿原の三角錐は、噴火・陥没・山体崩壊で地続きじゃなくなって、加護が弱まったと思われていたリデリア島の三角錐も併せてサポートするために、あのギリギリの位置だったんじゃないだろうか。


 あそこの三角錐が一番大きくて、一番沢山の神典の言葉が書かれていたのは、ふたつの弱った三角錐のカバーのためなんじゃないかと思うんだよ。

 しかし、ここは『大崩落』ではない。

 この位置だと、マントリエルは全く関係ないからな。

 あの湿原の伝承は、一体何処から来たものなんだろう?


 ロカエ沖の海底三角錐は、入れなくなっちゃったパターンだろう。

 カルラスの青金石はセラフィエムス初代様の頃に『何者かに石を抜かれてしまった』と解っているので、ある程度働いていた物だ。


 当時は壊れていなかったから、ロカエのリカバリーに作られた可能性はある。

 魔力供給システムを作って、ロカエ沖に入れなくなった後も維持しようとしていたわけだから、カルラスは後発の三基の内のひとつとみていいだろう。


 こうして考えるとカタエレリエラのものは消去法的に最も古く、最もきちんと稼働していた当初の三角錐といえる。

 樹海もりに一番近かったことも、幸いしているのかもしれない。

 原典による魔力補給がなくても、樹海もりからある程度の供給があったのかもな。


 皇国南側がずっと安定していたのも、あの三角錐の浄化システムが働いていたからだと思うと納得だよね。

 魔虫の飛来や孵化が多くて当たり前の気候なのに、それが殆どなかったってのは樹海もりに接している恩恵だろう。

 皇国の北側は、樹海もりが半分なくなっちゃったこともあって『星青の境域』頼みになり過ぎたってのも、三角錐石板変換の劣化を早めた原因のひとつとも考えられるよな。


 俺の仮説としては元々の槍の穂先は、不殺の迷宮、シュリィイーレ西、リデリア島、カタエレリエラ南端、ロカエ沖海中。

 リカバリー組は、マントリエル北端、エルディエラ湿原奥、カルラス港……だな。

 それを踏まえて今度また、検証に行ってみても面白いかもしれない。

 特に、カルラスのシステムは、気になるからなー。


 おおっと、折角石板を復元したのに、いろいろ別方向に考え過ぎちゃったよ。

 今までの場所と違ってゆっくり検証できるから、落ち着いちゃうよねぇ。


 さてさて、なーにが書かれているのっかなっ?

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