第609話 お隣の遺跡

 明らかに余分なこと言ったーー、とガイエスは天を仰ぐ。

 ヘッドライト、違和感を感じないほど馴染んでくれてよかったよ。

 オリジナル徽章まで付けてくれているから、気に入ってくれてるってことだもんなー。

 結構、嬉しいけど、それとこれとは話が別。


「遺跡って近く?」

「……ああ」

「連れて行ってくれ」

「魔獣が出て来ないとも限らないし、出て来たら不殺じゃないんだから襲ってくるかもしれない」

「その辺はなんとかする。連れてってくれないなら、場所だけ教えてくれればいいよ」


 俺がそう言うと諦めたのか、ひとりで行かせる方が危険と思ってくれたのか、判ったよ、と大きく溜息を吐く。

 駄々っ子モードでごねてしまったが、迷宮ならなんとも思わんが遺跡ならば別だ。


「……この、すぐ隣に回廊がある。その横に壁を隔ててある空間だ」

「よくそんな所に『遺跡』があるなんて、解ったな」

「うっかり……崩したら、部屋になっていた」


 壁って、うっかりで崩すものなのか?

 それに『崩してしまった』とか『壊してしまった』じゃなくて『崩した』ってのは、崩そうと思って『崩した』んじゃないのか?

 なんで、そうしようと思ったんだか……


 ガイエスって『言いたくない』って時は伏し目がちになって、目を合わさないんだよな。

 騙そうって気が全然ないから……てか、騙せないタイプなんだろうなー。

 嘘吐けないって自分で判っているからなんだろうけど、隠し事があるのはバレバレだ。

 まぁ、言いたくなきゃ聞かないけどな。

 それじゃ、方陣門、よろしく。



 ガイエスに繋いでもらった『門』を出たら、当然真っ暗。

「まて、今『採光の方陣』描くから……」

「いや……ここ、結構高さがあるみたいだから、俺の魔法で明るくするよ」


 方陣である場合は、展開される魔法が『空系』でもたいして高さが出せない。

 精々が三メートルくらい上までだ。

 方陣魔法師であるガイエスでも、五メートルもいかないだろう。

 方陣は『地系』特化だからだ。


 俺は元々加護神に『空系』が含まれている上に【極光彩虹】は、ガッツリ『空系』メインの魔法だ。

 上に向かって放てば、このくらいであれば『空間全て』を照らせる。

 ガイエスにこういう魔法を見せると、決まって悔しそうに少しだけ唇を噛む。


 悔しがれ。

 もっともっと、羨ましいと思え。

 おまえなら、方陣だけに頼らない技能や魔法が身につけられるはずなんだ。


 方陣としてでなく、魔法として使えと言っただろうが。

 確かに、他の人達よりは覚えにくいと思う。

 だからって諦めたり、投げ出したりはするなよ。

 そうしたら『祝福支援の方陣』は、おまえの成長をサポートするはずなんだ。


 あの方陣は『聖属性』だ。

 聖属性のものは、基本的に『自分のためではない魔法や技能』が多い。

 陛下の【非嫌魔法】のように、フィードバックがマイナスだけしか生まないものもある。

 克服には、他の魔法や技能と組み合わせて『超える』必要がある。

 ある意味……聖属性というものは、試練のようなものなのかもしれない。


 だが、方陣であれば別だ。

 今回の書き直しで、おまえ自身に『加護』……『幸運』が働きやすくなるはずだ。

 魔法と技能を獲得できる確率が、高まっているはずだ。

『そういう風に書き直した』からな。


 それでもガイエス自身が強く望み、知識を得て実践しなくては手にはできない。

 だから、見せつけるように魔法を使う。

 ガイエスは、それで潰れるタイプじゃない。

 ほら、もうなんだかやる気になっているじゃないか。


 魔法と技能を獲得して【方陣魔法】にそれらを纏わせて方陣を発動させることができるようにだってなるだろう。

 その時、ガイエスは歴代の方陣魔法師や上皇陛下をも超える『史上最強』になるはずだ。


 そしたらー、俺は『俺のダチ凄ぇぜっ!』って、ガイエスの英雄譚を書き上げるのだ!

 はっはっはーっ!

 いやいや、それはあくまでオマケですよ、オマケ。



 部屋の中は煌々と輝き、ここの壁も途中まで組み上げられた切り込み接ぎと解った。

 やっぱり魔竜の部屋と一緒で、途中までの施工で諦められたという感じだ。

 天井に……はるか上の天井には、何かあるかな?


 神眼に『遠視の方陣』ふたつ、いや、みっつ使って超望遠。

 ふおー、よく視えるけど眼が乾くーーーーっ!

 がぁぁーー……眼ぇ痛ぇ……


「お、おい、大丈夫かっ? 今、おまえの眼……とんでもない色になっていたぞ?」

「え? 色……どんな風に見えてた?」

「なんか、蒼が強くなったと思ったら、虹色みたいにいろいろ見えはじめて……眩しくて吃驚した……」


 おっと、気持ちが昂ぶり過ぎて、神眼さんが突っ走っちゃったか?

 七色……って、あのギロギロみたいに見えてたんじゃなければいいんだけど。

 キモイって思われたら、凹む。


「いや、平気。ギロギロって感じじゃなかった。なんか、眼からしゅーーって光る感じ」

 ……?

 よく解んないけど、眼からビームってんじゃない……よな?

 まぁ、キモくはなかったみたいでよかった。


 で、天井には、結局何もなかったしその上は思いっきり凍土で更になんもなさそうだった。

 ただ……天井の近くに、方陣っぽいものがあった。

 ものすごーく、見覚えがあるやつ。


 もっと近くで見ないとはっきりは言えないけど、俺がルビー部屋で見つけて『時代を飛び越えた』あの扉に描かれていた方陣の呪文じゅぶんにそっくり。

 アレと同じタイプの部屋を、作ろうとしたのかもしれないよねー。


 完成はしていないみたいだし、方陣かどうかもはっきりしないから、稼働はしないだろうけど……何処に繋げようと思っていたんだろうな。

 こ、わーい……


「どうだ? 何もないだろう?」

「そうだねぇ、この部屋、作りかけで放置されちゃったみたいだし」

 ん?

「いや、ちょっと待って。この壁に、落書きっぽいものがあるなー?」


 俺は、黒っぽい石積のひとつに触れた。

 神約文字だな。

 だけど、意味のある言葉、というよりは単語や数字。

 あちこちに書いてあるから、積む順番とかかな?


 どうやらガイエスには視えないのか、不思議そうに壁の石をなでる。

 今、触っているところにあるんだけどなー。

「ガイエス、ちょっと鑑定してみて」

「……『鉱石鑑定』か?」

「そう。だけど、中の組成を見ようとするんじゃなくて『探知の方陣』使いながら表面の『違和感』を探して」


 文字が彫られているものならば触れば解る。

 だが、何かで書かれて消えたもの、薄くなったものの場合風雨にさらされていなければ残滓が残る。

 ここは保存状態としては完璧で、魔効素量も多い。


 この石はわずかだが磁性もあるから、判別できるほどの魔力とまではいかないが残滓くらいは留まりやすい条件が整っている。

 自然じゃないものは、異物、違和感として探知と鑑定で探せる。

 そして……【方陣魔法】が動かず方陣を使う手立てのひとつは『別の技能と組み合わせる』だ。


 俺が魔法を如何に勝手に発動せずに、決めたものだけを使うようにと心がけた時に偶然見つけた『大きな魔法ではない別の魔法にすげ替える方法』のひとつだ。

 技能と組み合わせることで、発動の大きさや範囲を指定・限定できるのは自分の魔法でも方陣でも同じ。


 強くて使いやすい『馴染みの魔法』に、効果やコンフリクトを狙わず邪魔をさせないための流脈に負担のないやり方だ。

 ……ただ、その分ちょっと筋トレくらい並みには身体に負担がかかる。

 魔法を使うことでサボっていた部分を働かせる……って感じだからだろうね。


「あ……っ! 見えた……前・古代文字?」

「そこに書かれているのは『右・十八』だから、右側の壁の十八番目の石って意味かもな。石を積む順番が書かれているところからも、ここを作ろうとした途中で……なんか、あったのかもなぁ」


 床にも特に何も書かれていないし、この下に何か埋まっていそうな形跡もない。

 魔竜のいた辺りに三角錐を作るつもりだったのだとすると、ここは移動してくるための部屋かもしれないね。

 だとすると、四方の壁の一面だけに真っ平らな部分があるのも納得かもなー。

 ここに、移動の方陣を描こうと思ったんだろうなー。


 あの上の方のは、今度また来て確かめるか……

 ガイエスの目の前で『上空へ飛ぶ』訳にはいかないよな、流石に。

 ちゃんと透明で、転移目標は書いておこうーっと。

 さてさて、今度こそ帰ろうかなー。


 ガイエスは、俺が戻るまで見てるとか言うので転移で帰った。

 大丈夫だよぅ、ちゃんと帰るってー。



 戻った時、シュリィイーレはまだ深夜。

 いたのは一刻半くらいだったけど、なかなか面白かった。

 ガイエスは今頃、魔竜との交流を深めているのだろうか。

 あ、魔竜の好みは『火焔菜』って教えといてやらなくちゃなー。

 火焔菜のピクルス、一瓶あげよう。


 それと焼チーズはガイエス用に送ってやろう。

 プレスして平べったくしたチーズを揚げ焼にした『チーズ煎餅』で、ちょっと胡椒を入れてあるから酒の肴って感じだが。


 ガイエスのお陰で、魔獣ってものの鑑定ができたのは収穫だった。

 まさか魔獣が、魔効素と魔瘴素だけで生きているとは思ってなかった。

 魔虫を食べてもおそらく魔力を吸い取ってるだけで、消化せずに吐き出してるんだろうな。

 もしくはミミズみたいに、魔力吸い尽くしたらそのまま排泄……みたいな。

 ペルウーテのは、魔効素飢餓状態だったから、進化して口に入れたものを消化できる器官を獲得……いや、こっちの魔獣が進化して食べなくても済むようになったのかな?


 しっかし、迷宮なんて、あんな所でよくもまぁ、何日も過ごせるものだ……

 不殺みたいに、襲ってこないって解っててもやっぱりちょっと怖いのに、確実に襲ってくる魔獣の巣窟に入れるなんて。



 翌日の朝は、シマエナガに触ろうとしたら毒粉を撒かれるという夢で目が覚めた。

 夢の中の俺は『可愛い姿のままの毒攻撃なんて、酷いにもほどがあるよ!』って叫びながら……閃光仗で殲滅していってる夢だった。

 どっちが酷いのか、よく解らん。



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『緑炎の方陣魔剣士・続』參第71話とリンクしています。

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