第608話 魔獣サファリツアー

「もう来ないんなら、ちょっとだけ魔獣、見ていくか?」

「は?」

 何、怖いこと言ってるの、魔獣見学なんてっ!

「ここのやつらは、本当に襲ってこないからさ。ほら、錯視だけ前後に描いてあれば、大丈夫だし」


 ……そっか、魔竜との違いとか魔獣ってものを鑑定してみるのも面白いかも。

 もうシュリィイーレの西側には、角狼もいないから魔獣を見たり観察したりするなんてできないだろうし。


 そして、インストラクター付きの『魔獣サファリパーク』見学が始まった。

 方陣門で各階層へポンポン飛んで、とば口でいきなり中を『採光の方陣』使って明るくする。

 こいつ、本当に怖いもの知らずだなぁ。

 いつも迷宮では、こんな大胆なことをしているのだろうか。


 明るさを感知しないタイプの魔獣達はさほど動じないが、チンパンジーみたいなやつとオランウーターンみたいなのはもの凄くわたわたしていた。

 ここの魔獣達、確かに温和しそう……顔つきが柔和だ。

 ガイエスが『凄く嫌い』って書いてた『ギロギロ』でもないみたいだし。


 ギロギロ……かぁ……あの絵の色合いだと、ロイコクロリディウムに寄生されちゃった蝸牛の触覚みたいだけどなー。

 眼だったり感覚器官だったりといろいろあるようだが割と大きく、出目金の目みたいにぐりって飛び出していたよなー……あれは、確かにキモい。


 そして、神眼で確認するとフィールド内に魔効素が多めで、魔瘴素は魔獣の中にあるけれど放出魔力のように特定の部位から外へとふわふわと放たれている。

 動物が魔獣になるのかと思っていたが、こうして魔獣達を鑑定していくと『身体の中は全く獣達と違う作り』であることが解る。

 魔竜には、俺達と同じように魔力流脈があったし、消化器官などの『内臓』があった。

 生き物としては、動物や爬虫類に近いといっていい。


 しかし『魔獣』と呼ばれるこいつ達には、魔力流脈はない。

 魔瘴素と魔効素が、ぐるぐると身体中を巡っている。

 特定の流脈ではなく、水の入った器の中にインクをぽとりぽとりと落とした時にランダムにできる墨流しみたいな流れと、境目から徐々に混ざっていく部分があるような、そんな感じで入り込んでいる。


 この感じは……そうだ、ガイエスが魔魚に吸い付かれて魔力漏れを起こしていた左足の状態と似ている。

 全面に細かーーい穴が開いていて、触れたらそこから水分を吸い取ったり思わぬ所から漏れ出たり。

 魔効素を吸い込んでいるのが、珪藻土の板マットが水を吸い込むみたいな感じに見える。


 魔獣は、まったく別の生き物だ。


 何かが魔獣や魔虫になるのではなく、そもそも成り立ちが違う生き物としか思えない。

 消化器官も、循環器官もないんだからな。

 ここの魔獣達が欲しがるのは、魔力を持つ者とその身体から発散される放出魔力。

 魔法になっていない魔力は、魔効素に近い。


 ここの魔獣達が穏やかなのは、魔効素量が多い空間にいるからだろう。

 そもそも『餌』が充分な環境ならば、争うことの方が環境を悪化させると解っているからかもなー。


「ここで、魔獣や魔虫を殺して襲われちゃった人達っているんだろう?」

 俺のいきなりの質問に、ガイエスが一瞬立ち止まる。

「ああ。こんなに深くまで入った冒険者はいないから、この辺だと人を襲った魔獣はいないと思う。階層型迷宮の魔獣は基本的に、別階層へはいかないから」

「ふぅん……律儀だなぁ」


 もっと浅い所、というと、魔瘴素が多かった上の方ってことだよな。

 不殺の迷宮全体で魔効素が多めではあるけど、上層階ではこの下層よりも好戦的な魔獣なのかもしれない。

 それでも襲われるまで襲わないのは、やはり空中にある魔効素が影響しているからだろうな。

 本来、迷宮という場所は、魔瘴素量が相当多いのかも。


 ここの魔獣は、明確に敵だと認定するから攻撃してくる……ということは、繁殖にも食事にも、そもそも別の個体えいようを必要としていないと言うことだ。

 なのにこんなにびっしりフロアを埋め尽くすほどの、白鳥みたいなこいつが増えられるってことは、魔効素と魔瘴素を取り込むだけで生存も繁殖もできるってことかぁ。


 ……と、すれば、ペルウーテにいた魔獣共は、全く違う生命体だろう。

 あいつらが『他の生き物を捕食できる』ということは、その血肉があいつらの栄養になる……ということだ。

 もしくは魔瘴素と魔効素だけでは生きるにも繁殖にも全く足りなくなったから、魔力のある個体を直接体内に取り込むことで補っている……のかなー。


「あ、シマエナガ」

 大きさもシマエナガそっくりじゃん……かわいー。

魔柄長鳥まえながどりだ。亜種の名前か?」

「……うん、そうだと思う」


 そうそう、亜種! っていうか、別種だよな。

 あのプリチーな鳥は、魔鳥ではない。

 見た目はそっくりだけどね!

 いや、心を掴むという点では、魔性の鳥……か?


 それにしても、迷宮って茸も苔も生えていないんだな。

 魔獣と魔虫以外の生き物が全くいないって、菌類や微生物も含まれるとは思っていなかったなー。


 ……いや、表面に出てきていないだけ……かな?

 ちょっと鑑定してみると、三十センチくらい奥に粘菌がいるっぽい。

 そんでもって、粘菌がいる辺りに魔獣が寄って行ってる気もする。

 ここの岩、ちょっとだけ持っていっちゃおうかなー。


 インストラクターさんがエナガに構われてこっちを向いていない隙に、【星青魔法】と【文字魔法】コラボで表面を傷つけずに岩壁の中だけ……袋の中にIN。

 蓋を閉めて、ALL RIGHTです。

 コレクションさんの鞄カテゴリーに、ぽーん。

 エナガが何羽か、俺の方にも寄ってきた。


「おいっ、絶対に触るなよっ!」

 あ、触らないって、インストラクターさん。

 俺は野生生物なんて、触れませんって。

 野良猫だって無理なのに。


 おっと、インストラクターさんもこっちに来た。

 バイバイ、エナガちゃん達。

 また……来るかはわかんないけど。


「ありがとう、なかなか面白かった。もう……あんまり来たくないくらい、怖いのもいたけど、勉強になったからまた見たいなー」

「あのでかい石板がなかったら、迷宮に来ようなんて、おまえ絶対に思わないだろうが。ここの魔獣はかなり特殊だからな? 本当は、ものすごーーーーく危険なんだからな!」

 はい、先生! 解っておりますともっ!


「でもさー」

 すっごく気になっているんだよねー、さっきから。

「額燈火、使ってくれてて嬉しい」

 なーんで『採光の方陣』で、パカパカ明るくしちゃってるのに、ヘッドライト点けているのかなぁ?

「ああ、ここの隣の回廊迷宮と遺跡では凄く便利だった」


「遺跡……?」


 いいこと、聞いちゃったー。


 ********


『緑炎の方陣魔剣士・続』參第70話とリンクしています。

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