第603話 日常、再開
おやつの後、俺はうちに戻ったのだが、どうして教会の皆さんはあんなに生温かい目で俺を見ていたのだろう……
うちは今日から夕食営業も始めるので、手伝いがてら母さんに聞いた。
そしたらなんだか、可哀相なものを見る目つきに……?
「そりゃあ、そうでしょ? 子供にそんな、砂糖をまぶしただけのパンなんて! 油を使うのだって、魔力の抜けちゃったパンを誤魔化すためじゃないの!」
そういう解釈……?
「そんなものが楽しみだったなんて言って……あんた、本当に小さい頃、虐待されたりしていなかった?」
「いやいやいや、それはないから! 揚げパンが楽しみだったのは、なかなか出ないからってだけで!」
「……ホント?」
俺は激しく頷く。
うん、そうでしたよねっ!
素材の種類が少なくて、魔力保持力が低い冬場のパンだとこちらでは確かにほぼ無価値でしたねっ!
「そうね……たまに食べる変なものって、そういえば、好きよねぇ子供って」
変なものって。
酷いよ母さん……でも、こっちじゃそういうことになるんだろうなぁ。
なんとか母さんを宥めて、俺が『可哀想だった子』扱いにはならなそうでほっとした。
日本の両親も、じいちゃんばあちゃんも、ちゃーんといろいろ食べさせてくれていたからねっ!
そんな濡れ衣を着せられなくてよかったよー。
……そーか、それで俺が揚げパンを美味しいって言った時に……教会の人達が微妙な視線になったんだなー。
その後で、ジャムとか蜂蜜とか出てきていたもんなぁ。
あれを付けて食べるっていうのが、スタンダードだったのかもしれない。
というか、むしろジャムや蜂蜜を載せるためだけのクラッカー的なもので、揚げパンだけで口に入れるものではなかったのかも。
カナッペにされる前のパンだけを、勝手にもりもり食べてしまった状態……?
それは、こっぱずかしい……
そんな扱いをされていたとは知らなかったよ、揚げパン……なんて不憫な……
大丈夫、それでも俺は愛しているよ、揚げパン!
揚げパンだけでも、俺は美味しいって思っているからね!
だけど、こっちでは菓子パンラインナップには並べられないね……とほほ。
野菜とか肉と違って、小麦は粉にしてしまうとほぼ全く魔力がなくなってしまう。
だから、何にでも合うし、料理の仕方次第では、他の食材の
コレイルで包み込む系の料理が多いのも、煮たり焼いたりして食材から漏れ出す油や旨味を閉じ込めるだけでなく、小麦に吸わせることで無駄なく取り込もうとしているのかもしれない。
そのパンにただ油を吸わせて砂糖をかけただけ……なんていうものは、きっと一番『貧しい』と思われているものなのだろう。
ラスクがなかったのも同じ理由だろうなぁ。
二度焼きのパンなんて、可哀相の代名詞だったりするのかも。
自販機に入っているビスコットが人気なのは、バターとか卵とか結構使った染み込みタイプだからだな。
さて、だいたいの準備が終わったので、地下倉庫から一階の保管庫に移す食材を集めていく。
なぜ今日から夕食再開となるかといえば、そろそろ町の他の食堂や各家庭の備蓄がやばくなる頃……『春まであと四十日』の時期だからである。
この期間は、はっきり言ってシュリィイーレでの『我慢MAX
残りの食材も種類が少なくなり、魔石も研磨をしつつもたせなくてはいけないから全てが『節約モード』になる。
頼みの外門食堂ですら、メニューは偏りがちになるのである。
だからこその、食堂完全オープンと保存食拡充である。
今この時期にフル稼働に戻すために、今まで昼営業だけでそれも、三日に一度といっていいくらいののんびり営業だったのだ。
それでも遊文館と保存食は在庫を切らすことなく続けているから、そこそこ頑張ってはいたのだが。
だがいつもの年よりはみんなの食材在庫が豊富な、シーズン半ば過ぎまでセーブしていたため、うちの地下保管庫はまだまだ余裕綽々なのである。
しかも『茸加護色調整法』を獲得した今、足りなくなってしまった食材のコピーをしたとて色相が偏ることもない。
今年は西地区の人達には、遊文館があるからそちらでも賄ってもらえる。
昼間使える自販機のいくつかを『持ち帰り可能な保存食』に切替え、非常時対策。
大々的にアピールはしないが、自販機には『保存食・持ち帰り可』のお知らせは貼っておく。
そして、外門食堂には『食材のお裾分け』的に、備蓄分で少なくなっている野菜系の補充を提案してあった。
ビィクティアムさんに無理はしていないだろうな? と釘を刺されたが、無理したって用意しますよ。
してませんけど。
勿論、今回は寄付ではないので、代金をご用意いただいている。
ほっほっほっ、来年も遊文館資金は、潤沢である。
なんだかんだで多分、十年くらいは全然平気な気がするけど。
そうだ、教会にも届けてあげよう。
んー……理由は……うん、『自販機設置における管理委託』のお礼ってことで現物支給。
食材と保存食セットーー!
理由を付けないと、あの方々は真面目だから受け取れないって言い出すからな。
昼ご飯は遊文館で食べてもらえるから、完全に食べるものがなくなるということはないけどね。
でも、保存食は……資金が来年の春までない可能性があるからねー。
〈タクトー、食堂、開けるよー〉
「はーいっ!」
母さんからインターホンで声がかかり、地下倉庫から一階へと上がる。
おお、もうお客さんが扉の外にいるぞ。
「いらっしゃーい!」
笑顔で扉を開き、招き入れる。
夕食営業は久し振りだから、待ってましたと言ってくれる常連さん達。
「今日は、イノブタ揚げと甘藍と胡瓜の千切りですよー」
母さんの声にみんなから歓声が上がる。
この時期に青菜なんて、殆どないからねー。
しかし、トンカツにはキャベツが必須だよね!
プランターキャベツが成功して、春キャベツとまではいかなかったが割と柔らかめの甘藍が手に入っている。
ロールキャベツとか、コールスロー、お好み焼きみたいなものまで、保存食にも使っているからどうぞ召し上がってくださいませ!
ルッコラと水菜もうちでは人気のお野菜なので、まだまだ作っているからねー。
そして色相調節に使った茸は、どれも緑色のキラキラになって炊き込みご飯やお肉と一緒に炒め物にもなっている。
全部無駄なく使えて、気持ちも軽い。
あー、ここんところトレーニングとか、歴史考察とか、ちょっと俺の日常からかけ離れたことが多かったからこうやって食堂でみんなと話してるとなーんかほっとするなー。
健康は大事だし、趣味も大切だし、過去のことも未来のことも考えるのはワクワクするけれど。
やっぱり、今の生活とその中で、のんびりなんの気負いもなく文字を書くのがいっちばん楽しいんだよなー。
パンのおかわりを配りながら、みんなとちょこちょこ言葉を交わす。
南東市場で凄く素敵な絵が売られていたけど高いとか、あちこちの神泉粉が売られてて買ったはいいけど大きい盥を壊しちゃったとか。
他愛ない日常の話が溢れるこの時間が返ってきたのを実感すると、雪がこの町を皇国の何処からも切り離してしまっていることを忘れてしまう。
今年の冬も、あと少しだ。
春も待ち遠しいけど、冬にやり残しがないようにちゃーんと計画を立てようかなっ!
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