第602話 内緒の話
迎えに来てくれたのは、ガルーレン神官だった。
そして教会に向かう道すがら理由を聞くと、レイエルス侯がどうしてもお会いしたいと王都との方陣門で待機しているということで迎えに来てくれたようだった。
……そうか、冬場のシュリィイーレへの越領門使用を許可していないから、門を繋げた『面会』な訳だね。
ファイラスさんが使ったから、一時的に開けているってことか。
「申し訳ございません……叔父があまりに必死なもので……」
「え、レイエルス侯が叔父上というと、ガルーレン神官はレイエルスの方だったんですか!」
「はい。私の父は、キリエステスを支持しております」
確か、分家とはいっても絶対遵守魔法の【天水魔法】を持っていらっしゃる方だ。
ほぼ直系……ということだな、ガルーレン神官も。
そんでもって、レイエルス神司祭は伯父にあたるらしい。
ガルーレン神官は遊文館に家門の本がずらりと並び、子供達がそれを手に取ってくれていることがとても嬉しいと笑顔を見せる。
よかった。
なんか、俺も凄く嬉しい。
「レイエルスの本はこれからも、シュリィイーレに集まります。この地で『教会の司書』ではなく『レイエルスの蔵書』として在ることができるのは……何にもまして喜ばしいことです」
「俺も嬉しいです。皇国中に散らばっていたレイエルスの叡智を、このシュリィイーレにお借りできて。ちゃんと原本はお返しいたしますから、またもとの教会へも戻してあげてくださいね」
「はい。ありがとうございます」
教会に着くと、すぐに案内されたのは聖堂奥、西側にある王都との越領門部屋。
ここって、衛兵隊司令部と監視カメラで繋がっているんだよなー。
門が開いていると録画が始まって、部屋の中はリアルタイム中継が始まっちゃうんだよね。
うーん、でもこの部屋からは出られないから……今はあのエイシェルス宛の手紙のことは、言わない方がいいかな。
きっと家門のことで何か解った本でも見つかったのか……だとしたら、俺にそれが渡ったことはまだ秘密の方がいいものかな?
いや、うっかり開いて中身が見えたらまずいものの可能性もあるか?
まだレイエルスでは、自分達に『絶対遵守魔法』があることも、シュヴィリオンのことも公表したくないみたいだし。
ちょっと、目眩ましだけさせてもらっちゃおうかなぁ。
指示を【文字魔法】で書くと、俺は門に近付きレイエルス侯に挨拶をした。
部屋の中にいる俺の映像は映るが、手元は解らないように『映像を固定』する。
音声は誤魔化すのも難しいので、重要なことは筆談にしようか。
門の王都側内部は映らないし聞こえないようになっているから、俺がリアクションの言葉を気をつければいい。
そしてレイエルス侯にメモで『この部屋はドミナティアの宝具で映像と音声を衛兵隊で記録しています』と報せておく。
この部屋の中に、俺が仕掛けた監視カメラ以外のものは……ないね。
その他の魔力も魔法も感じない……うん、監視カメラ対策だけで大丈夫。
一瞬、レイエルス侯が驚いたような顔をするが、すぐに頷いてくれた。
「お久し振りです。お元気そうで何よりです」
〈急に呼び出してしまってすまなかったな、スズヤ卿〉
「タクト、で構いませんよ、レイエルス侯」
手元で『王都側の映像と音声は記録されません』と伝えると、また頷いて少し緊張が解けたような表情になった。
〈実は……陛下からの仰せもあって、貴殿に早急に頼みたいことができてしまってな……不躾で申し訳ないと思っているのだが〉
「いえいえ、大丈夫ですよ」
〈陛下が発見された皇宮司書館の前・古代文字の本に、ニファレントのことが載っているであろうものが二冊、見つかったのだが……書かれている内容の文字にかなりの違いがあってな。ああ、タクト殿に見せることも複製も許可……というか、依頼する申請がされている〉
ということは、まだお役所的にOKは出てない、フライングってことですね。
後で陛下とレイエルス侯、怒られたりしないかなぁ……
「おや、そうなのですか」
〈いまここでどちらがニファレントのものかが解れば……と思ったのと、もうひとつ〉
「はい」
〈この青い本と酷似したものが、レイエルスにもある。それと……照らし合わせを頼めないかと。英傑のことが……解るかもしれないのだ〉
「では、少し見せていただいても?」
〈ああ〉
俺は本を受け取り、すぐにコピーを地下図書室へ転送した。
監視カメラには、俺が本を受け取っている場面は映っていない。
俺が『王都側の何かを見せてもらっている』というように映っている。
「詳しくは、解りませんけど、こちらが陛下のお探しのもののようです」
〈青い方か……! では、レイエルスのものとは……〉
「そうですねー。時間はかかるかもしれないですけど、辞書でなんとかなるかと」
メモで『レイエルスの本をお預かりいたしますので、訳文は後日』と書いて見せる。
レイエルス侯は頷き、一冊の本を渡してくださった。
そのまま、その本も【収納魔法】に見せかけているコレクションへ。
それから少しレイエルス侯から陛下の話を聞いて、大陸史の編纂が割といい感じで進んでいると教えてもらった。
随分とやる気になっているんだな、陛下。
よかった、よかった。
〈すまなかった……陛下からこの本をお預かりできたのがたった今で、すぐに皇宮にお返しにあがらねばならなかったのでな……〉
「いいえ、とんでもない。遊文館では随分お世話になりましたから、春になったら是非、いらしてください。お待ちしておりますから!」
〈ありがとう。その時は是非とも案内してくれ。ガルーレンから素晴らしい施設だと聞かされるばかりで、羨ましくてのぅ〉
「恐縮です。春祭りの時は……ちょっと大変ですけど、その前か後でしたらいつでも」
そう言いつつ『
〈ああ、伺おう〉
「では、その時にはまた、ご連絡くださいね!」
〈必ずご連絡しよう。できるだけ早めがいいので、祭りの前に伺えるか調整しよう〉
レイエルス侯といい時期に話ができた。
あの『次期当主サミット』に、レイエルスからも参加していただきたかったのだが、レイエルス侯の跡取りである息子さん達がまだ聖魔法を顕現させていない適性年齢前の人達ばかりなのだ。
当然、金証の方々と並んでのお茶会&勉強会など、どちらにとっても迷惑な話だろう。
嫡子と決まっていない人と既に次期当主と確定している人達とでは、立場も責任も考えねばならないことも、何もかもが違い過ぎる。
だがレイエルス侯やレイエルス神司祭にも、表立って参加してくれとは言えない。
なので……映像をご覧いただく『中継視聴』をしてもらうのだ。
これについてはちゃんとビィクティアムさんにだけは、了承を取る。
春祭りの前か三日後にお越し頂くのは、その事前打ち合わせだ。
……手紙の件、忘れずに確認しないとな。
ニファレントの本が二冊と、もう一冊はオルフェルエル諸島関連かリューシィグールだ。
これは、面白そうなものが書かれているかもしれない本が手に入った。
皇宮史書でも、見直しが行われているのだとしたら『神約文字』の方も早めにもう少し詳しい辞書が作りたいよな。
音に拘らず、意味だけでとなると例文が多い方がよさそうだし。
神約文字は皇家絡みの儀式だけで使うものが殆どだから、一般の教会で辞書は必要ないけど皇宮と中央教会には置いてもらいたいからなぁ。
民間レベルだと、神約文字にしちゃったら方陣も使えないしねー。
そっか……ガルーレン神官のところの支持家門がキリエステスなら、来春に蔵書のお話がくる可能性があるな。
キリエステスには、神約文字の方陣の研究もしていただきたいから辞書も使ってもらえるだろう。
聖堂に戻り、テルウェスト司祭にお礼をいうと神務士トリオ三人がもじもじしている。
「タクトさ……ま、あの、実は……私達で菓子……のようなものを作りましたので……よろしかったら……召し上がってくださいませんか?」
おお、お三時のおやつタイムか!
「いいんですか?」
ちらり、とテルウェスト司祭を見上げる。
めっちゃにっこにこで、是非、と仰有ってくださったのでご馳走になることに。
何が出て来るのかなーーっ!
わくわくで神官の皆さんと食堂で待っていたら、大きな竹籠に布が貼られた入れ物。
マーレストさんの所で、俺がお願いして作ってもらっている竹籠のパン入れだ。
そして、出て来たのはなんとっ!
揚げパンであるっ!
給食の時に出てきた、あのお砂糖がかかった揚げたコッペパン!
「実は……先ほど昼に……パンを……多く作り過ぎてしまいまして……」
「僕が揚げたらいいのでは、と言ってアトネストに作ってもらったのですっ!」
「そ、そうですっ! それに、私の家ではパンに砂糖を振っていたことがあったので、それを真似してみたのですっ!」
アトネストさんのパンを、シュレミスさんとレトリノさんのアイデアで仕上げた合作かー。
いただきまーすっ!
あー、これこれー。
なっつかしーー。
グラニュー糖じゃないからちょっとぺとっとしているけど、味は給食の時と一緒ーーっ!
中、ふわふわー。
「美味しいですー! 小さい時は、凄く楽しみだったんですよねー、これ」
おや、俺の発言に皆さんが一瞬止まったような……?
え、だって今、レトリノさんだって食べていたって言ってたから……皇国にもあるんでしょう?
なんでそんな生温かい目で?
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『アカツキ』爽籟に舞う15▷三十一歳 晦月中旬 - 2とリンクしております
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