第600話 遊文館徽章と冬のトラブル
さて、お絵かき教室でホメ上手なマスター・マダム・ベルローデアに、いい気分にさせていただきながらのお絵かき教室も終了。
おうちに戻って、自主トレメニューもこなして、夕食も食べましたので、さぁ、作業開始。
メイリーンさんへの贈り物ではない。
いや、勿論作るがそれはまた後日にじっくり。
遊文館の『銘紋』を思いついたのである。
だが、普通の花のように四方に開くのではなく、二枚ずつ二方向に開く。
並んで開く二枚ずつの花弁は、まるで本を開いているように見えるのだ。
その花を支える枯れない常緑の葉は、まさに『時を経ても色褪せない知識』の象徴として相応しいではないか!
細長い
葉が重なった少し上に、本が開くように横に広がる四枚の白い花弁は中央にいくにしたがって薄い緑が入る。
花と葉は肌に触れても大丈夫な、チタンに着色したものだ。
その真ん中には、以前作った『五芒星が見えるカット』を施した水晶。
花の下方に、古代文字で記した『遊文館』のリボンプレート。
ちょっと大きめ、直径三センチくらいの徽章である。
これは胸章や襟章といった『正式な叙勲での勲章』などの位置ではなく、左上腕にミニスカーフを留めるものである。
ミニスカーフはワンポイント刺繍がされている色違いもので、その刺繍の柄によって表彰内容が変わる。
この大きめ徽章とスカーフがセットの人は『特別功労賞』的な表彰だ。
社内表彰みたいなものだから、特に表彰式などを大々的にやりはしないが誰がどんな表彰を受けたかというのは遊文館内に貼り出そうと思っている。
副賞に、ちょっといいものを贈ろう。
これに関しては生活のための仕事ではないので、お金より名誉、である。
職員さん達に全員にお渡しする遊文館徽章は、それより少し小さいサイズでスカーフはなしである。
これを、春祭りの時にお渡ししようかなーと考えているのだ。
毎年、真ん中の石を変えてもいいなー。
そうだ、遊文館は司書書院管理監察省院に登録している施設なんだから、銘紋が決まったらそれを紋章院に伝えておいた方がいいのかな?
申請ってどうやるんだろう?
ビィクティアムさんかテルウェスト司祭に聞こう。
さーて、今日のところはここまでだなっ。
明日は起きてすぐに、教会に行かなくちゃ。
翌朝、早めに朝ご飯を食べ蓄音器体操の後すぐに教会へ。
待合室にそっと入ると、どうやら朝ご飯が終わったばかりみたいで食堂のある東側廊下で何人もの足音が聞こえる。
かちゃり、と扉が開いて待合の部屋に入っていらしたのはガルーレン神官だ。
「おお、タクト様、おはようございます!」
「……おはようございます、ガルーレン神官」
すっかり『様』呼びで統一されてしまったのですね……できれば、神務士さん達がいるうちはせめて『さん』付けくらいでお願いしたかった……
折角年が近い人達なのにさ、他人行儀になっちゃうんだよね。
まぁ……仕方ないのかもしれないけど。
「早い時間にすみません。すぐに衛兵隊の訓練に行く時間になってしまうので、その前にと思って」
「おや、タクト様、どのようなご用件で?」
テルウェスト司祭をはじめ、皆さんがぞろぞろと……あ、神務士さん達もまだいてくれたね。
よかった、よかった。
神官の皆さんにさっくり『安眠枕カバー』の使用感を伺うと、目覚めがいいとか、疲れがとれる気がすると言うような、俺とだいたい同じの漠然とした感想が大半だった。
ふむふむ、さほど差がないというのは、一応成功なのだろう。
では、神務士トリオはどうだっただろうか。
「私は、肌が荒れていたのが全部治りました。ぶつぶつと、小さい面皰が首とか顎の下にあったのですが」
レトリノさんは、肌トラブルがなくなって肌理が整ったってことかな。
神眼さんで視ると、確かに艶々お肌である。
そっか、リンパの流れが良くなって、老廃物がちゃんと流れているということだろうか。
「実は私は、右側を下にして横を向いて寝る癖がありまして、毎朝起きる時少し頭痛があったのです。それが、横向きで寝ててもなくなりました」
シュレミスさんのは、血流やリンパと関係があるのかな?
それとも、魔力流脈関連も絡んでいるのかな?
ふむ、後でシュウエルさんに聞くか、セラフィエムスの蔵書で調べよう。
アトネストさんはどうかな?
「……あの……ちょっと、部屋に綴り帳を取りに行ってもよろしいですか?」
おや、もしかして日々の記録をつけていてくださったとか?
「毎日少しずつ感じ方が違うもので、書き付けておりました」
「素晴らしいですっ! 是非、見せてくださいっ!」
思わず手を取って言ってしまった。
意外とふわんとした手だった。
あの岸壁ガシガシ登攀から半年経っているもんな、柔らかくもなるか。
持って来てくださったノートは、朝起きてすぐに書いてくださっているのだろう。
……時々、お腹空いたって書かれてて、微笑ましい。
「ありがとうございます! これ、お借りしててもいいですか?」
「はい、どうぞお持ちください」
そろそろトレーニングタイムなのでその他のお話はまた後日、ということでアトネストさんのノートを借りて東門衛兵隊修練場へ向かった。
転移したいところだが、我慢して急ぎ足で。
東門通りは氷結隧道も幅が広いから走りやすいのだが、出会い頭の事故がないとも限らない。
使用魔力セーブと、準備運動も兼ねて早歩きで頑張るのだ。
……ふぅ、遅刻ギリギリ……危ない、あぶ……?
「どうしたんですか、シュウエルさん?」
修練場の扉の前で、五、六人の衛兵が何やら相談事……?
「あああーっ! タクトくぅん! よかったぁ」
「何かあったのですか?」
「うっかり、外扉と窓を凍り付かせちゃってさ……この建物の周り……魔法を弾いちゃうんだよ」
あ、防犯的な魔法がかかっているもんなぁ。
「唯一の例外が【付与魔法】なんだけど、付与を使える魔法師で熱系がいなくって困っていたんだー! タクトくん、使える? 頼める?」
「はい、いいですよ」
お掃除ペナルティがあるこの施設は、俺の【付与魔法】じゃないから弱ってくると外側の温度管理が難しくなるんだよね。
たとえ付与魔法師がいても、外側から魔法が弾かれてしまうと付与自体もかなり厳しい。
この建物にかけられていた、そもそもの温度管理系の【付与魔法】も内側重視のはずだから、中に
となると……俺が外側からくるみ込むように魔法を付与すると、中の【付与魔法】は消えちゃうだろうなー。
それでもいいのかな?
「……そっか、タクトくんの魔法の方が強いからなぁ」
「それは、まずいだろ? 床とか壁に、いろいろと防御系やらなんやら付与されているぞ?」
「中に付与されている全部は、俺達じゃ把握していないからなんとも……」
集まっていた衛兵さん達全員で考え込んでしまった。
「この【付与魔法】の管理って、どなたが?」
「……南門統括」
ライリクスさんかーーーー!
そういえば、官舎の【付与魔法】も、ライリクスさん管轄だったよなー。
「いま、長官がいらっしゃらないんだよ。ご領地の方に行っててさ。副長官も、ちょっと王都に行っちゃっているし」
「呼んで、くるか。南門統括」
「「「誰が……?」」」
全員が『無理だろうなーー』って顔で俯く。
育休満喫中のライリクスさんに『仕事して』とは……確かに言いづらいだろう……怖くて。
今、マリティエラさんやファロアーナちゃんの側を片時も離れたくないと、駄々を捏ねる困ったお父さんなのだからどれほど恨まれるか。
仕方ない。
このままぼんやりしていても、俺のトレーニングに支障が出てしまう。
俺が行ってきましょうか、と言うと、皆さんから小動物のような懇願の視線が向けられた。
皆さんの期待を背負い、俺は衛兵隊南官舎へ。
では、いってきまーーす。
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