第599話 究極の趣味人

 さて、ガイエスへ渡すものは全部終わった。

 本日取りかかるのは、遊文館関連か。


 教会の自販機から自動転送されてくる売上金に、ちょいとほくそ笑む。

 よしよし、お子様達への一品無料は、なんとかなりそうだな。

 斜書体の手本帳は、なかなかよい売れ行きだ。

 転売防止でひとり一冊しか買えないから、さほどでもないかと思ったけど結構売れててよかった。

 これならば、春に旬の食材がたんまり買えるぞ。


 この冬、足りない食材のコピーは、平茸チャンクに俺の余剰魔力を吸わせてキラキラを調整してから調理だな。

 冬はあと一ヶ月半……そんなに複製しなくてもいけそうだね。


 では、調理開始だ。

 かねてより、イロイロと作りたかった惣菜パンをラインナップに加えようか。

 ……【烹爨ほうさん魔法】のおかげで、パンが早く作れるな。

 発酵もお手のものだ。

 中華まんも追加したいが、それはオイスターソースが解禁になってからだ。


 昔は時短でパンを作る方法で、電子レンジの弱……だいたい200Wだっけ? それで発酵が促せるって知って一時期プチパン作りもやったっけな。

 その時のことを思い出すよね。

 家が坂の上だったから、買いに行くのが面倒な時にやってたなー。


 さて、中身の方はメンチカツ用のタネに……ちょっとだけ、醤油を混ぜ込む。

 美味しいんだよなーこうすると。

 何もつけなくても食べられるしー。

 あ、空気の器で油を熱しておけば、揚げ物もできるぞ。

 おおー、油の中でどんな風になっているか、真横から見られる……!


 勿論ライスバーガー的なものも作って、夜用にも対応しよう。

 こっちは白身魚のフライと、灯火薯のコロッケ。

 茹で野菜には……夜の子供達だけ用なので、オイスターソースも使おう。

 この黄色のキラキラは、是非食べて欲しい。

 豆や野菜たっぷりの炊き込みご飯のおむすびも、沢山あるからね。

 意外と大活躍だな【烹爨ほうさん魔法】は。



 明日は、モニター中の神務士さんと神官さん達のアフターケアだな。

 みんな早めに課務を終えて遊文館に行ってくれているから、朝イチに行こう。

 その後で俺はトレーニングだし、サクッと使用感を確認して何か影響があったかも聞いておかないとな。


 俺が作るものは商人組合と魔法師組合に行く前に、一度ビィクティアムさんの方で新しい省院の登録案件かを確認してもらった方がいい。

 後からだと、組合の方に迷惑がかかっちゃうかもしれないからね。


 その前に自分自身のチェック……とはいっても、目立った変化がないような気がするんだよなぁ。

 でも安眠枕カバーは、結構疲れがとれる気はするな。

 コロッケ、旨っ!

 挽肉入りも作って、今日のお昼ご飯にしーようっと!


 あ、いかん、忘れるところだった!

 午後にマダム・ベルローデアのお絵かき教室があるんだった!

 ……何かお礼を持っていきたい……が、レェリィが物品を持って行って、オーデルトに引け目なんかを感じさせたくないし……

 そうか、オーナーとして子供達にお絵かきを教えてくれているということで『ささやかなお礼』をするのは……あり、だよな?


 マダム・ベルローデアは夜間移動ができない設定の方なので、タクトがオーナーということまでは知らない。

 だから……エイドリングスさんに話をして、自警団の方から渡してもらった方がいいかもしれないなぁ。

 何がいいかなぁ。


 安眠枕カバーセット……化粧箱に入れて?

 いや、なんだかお歳暮みたいだな。

 遊文館で素晴らしい活動をしてくださった……という感謝だから、それと解る方がいいよなー。

 そういえば随分前に遊文館に俺の銘紋を掲げたらとかなんとか言われて、オーナーが解ると厄介だからって止めたんだよな。


 俺のじゃなくて『遊文館の紋』ってのは……作ってもいいか。

 そんで、素晴らしい行いをしてくださったり、協力してくださった方々にその紋章入りの粗品を進呈する感じでもいいかもしれないっ!

 第一号がマダム・ベルローデアってのも、絵本二作入選とか子供達の見守りとか全部含めて納得だし。


 遊文館の……というか、シュリィイーレを表すものってなんだろう?

 錆山は、この国の最高峰ではあるけれど形に特徴のあるような山ではないし、貴族家門もいないからこの町自体がどの神の加護って訳じゃないし。

 シンボル的なもの……うーむ……そういえば……錆山にしか咲かないっていう花があるって聞いたことがあったような。


 ああっ、お絵かき教室が始まってしまうっ!

 ちょっと後回しーー!



 遊文館についてすぐ『レェリィ』として中に入ると、もうマダム・ベルローデアがいらしていた。

 何やら準備をしてくださっているようだ。


「ベルローデアさんっ」

「あらあら、レェリィくんっ、ごきげんよう」

「ごきげんよう! 何かを作っていらっしゃるんですか?」

 おっと、つられて『ごきげんよう』って言っちゃったよ。


「ほほほほほー、作っているのではありませんわっ、むかーぁし描いたものを見つけましたので、おふたりの絵の参考になればと思ったのですわっ」

「昔?」

「はい、凄く、昔ですのよ。懐かしい……ですわぁ」


 それはハガキ大くらいの小さいスケッチブックのようなものをバラバラにして、パッチワークみたいに綺麗に並べて貼り合わせたものだった。

 額装してあったのか、台紙の端の方が少しだけ色が白い。

 色々な植物の絵が描かれているけど……全部、高山植物みたいだな。


「あらっ、鋭いですわっ! ええ、ええっ、これらは全部、錆山の植物ですのよぉっ、ほほほほほーっ」

「えっ! ベルローデアさん、錆山に入ったこと、あるんですかっ?」


 マダム・ベルローデアは『鉱石鑑定』も持っているのか……いや、この大半の植物は、坑道ではなくて『山の斜面』に生育しているものだ。

 と、いうことは……『登攀技能』があるということかっ!


 何、この人っ!

 高スペック過ぎないっ?

 錆山の山肌は所々かなりキツイ上りで、『登攀技能』も第一位以上でないと登山許可が出ないんだぞ?

 ルドラムさんだって、持っていないのに!


「ほほほほほーっ! 夫と一緒によく登っては、絵を描いておりましたのよーーっ!」

 恐るべしマダム・ベルローデア……間違いなくこの方は、この町の『超人』のひとりだ。

 マダムっていうか、マスターとお呼びしたいほどだ!


 錆山に入って鉄や銅を採るのはごく当たり前、希少な貴石やレアメタル採取で精々『名人』クラス、身分証に使われる金属や硬貨の魔力保持合金となる『皇国保護法に関わる金属』を掘り出す許可が出る危険区域に入れる方々で『達人』といえる。


 だが……『掘り出す』ためでなく、植物とか生物なんて錆山に全く期待されていないものをただ楽しむためだけに、あのまさに天下の嶮と言える錆山に登攀するなんて!

 しかも、そこで絵を描くなんてーーーーっ!


 空気は薄いし、夏でもかなり寒いし、常に崩落の危険はあるしっ!

 そこで!

 こんな希少植物のスケッチ!


 いくら魔法と技能があったとて、趣味でそこまでのことをなさる方など滅多にいないだろう。

 この方こそ、マダム・ベルローデアこそ『マスター・オブ・シュリィイーレ』……!


 しまった、感動のあまり暴走してしまった。

 いやー、それにしても素晴らしい絵だなぁ……魔力がしっかり入っているから、全然劣化していないし……そうか、こういうしっかりした細密画っぽいものも描けるのかー。


 だよねー、ピカソだってめっちゃデッサン力があるからこそ、シュルレアリスムとして構成されても伝わってくるものがあるんだもんなー。

 ん?

 この花……『似富士旗竿』って出たぞ?

 富士旗竿って、富士山の固有種で森林限界のあたりに生育するっていう花だよね。


「あららっ? レェリィくんは『冬碧草とうへきそう』がお好きかしらっ?」

「うん……白くて、可愛いね」

「この花は、錆山だけにしか咲かない花なのですよっ。この山以外で育てても、なぜか花が咲かないのです」


 かなり限定的な固有種なんだな。

「でも、冬になっても葉っぱがしおれることなく、枯れることもない常にみどりの草なのです。だから『共に生きる命の草』と言われていますのよっ」


 へぇ……枯れはしないのに、花が咲かないのか。

 そういえば、富士旗竿も冬に枯れない多年草だったはずだ……そうか、それで『似』なのかなー。


「シュリィイーレで、錆山と共に生きる花なのですっ。力強くて、可愛らしくって……この花に肖って、共に生きることを誓う……という、婚約の花、とも言われるのですわ……」


 マダム・ベルローデアがちょっとうっとりしている。

 もしかしたら……と思って聞いてみた。


「ほほほほほーっ! そぉですわーっ! あたくしと夫が婚約した時に、この花の絵を交換したのですよっ!」

「花を贈ったんじゃなくて?」

「まぁま、そんなこと! 錆山が大好きで、そこでしか咲かない花を抜いてしまうなんて! 共に生きているのに引き離してしまったら、可哀相ではありませんのっ!」


 そうか。

 山と花は、一緒にいたいんだもんな。

 ロマンチストだなぁ、マダム・ベルローデアは。


「……レェリィくん……好きな女の子がいるのですねっ?」

「えっ? えええっとっ」

「ほほほほほーっ! あぁたには、まぁだ早いですわよーっ」


 わかってらぃ。

 レェリィは『本気の子供年齢』だもんなっ。


「ち、違うよぉ。タクト兄ちゃんに教えてあげようかなーって、思っただけー」

 そうっ、俺が知っているのは『レェリィから教えてもらった』ということにするのだっ!


 その後、マダム・ベルローデアは『あらあらあらあら』と、ちょっとほくそ笑みつつ、婚約の花のお話を聞かせてくれたのだった。

 いや、違うよ?

 別にそういうことで使う……かもしれないけど、それだけじゃなくてですねっ。


 ほらほらっ、お絵かき、しましょうっ!

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