第597話 楽しいことを考えよう

 ペルウーテ聖教会の名で『許可』されていた『殺人』。

 随分と昔かと思ったが、最近のことだ。

 これを持っている者には、罪を犯した者を埋めることを教会が許可する……という内容が書かれていた。


 その上……罪人と認められれば子供でもいい……という、胸くその悪い特記事項までがある。

 直接的に『殺す』という言葉は入っていないが、死んだ者は焼かなくてはいけないこの世界で『埋める』というのは『殺す』と同義だ。

 魂までも縛り付けて、神々の御許へと還さないことを……たかが『人』が、許可なんか出していやがる。


 これを発行したやつらは『子供を殺す』ために、態々こんなものを出したのだ。

 もの凄く吐き気がするほどムカつくが、そうとしか思えない。

 そうじゃなかったら、こんな特記事項は要らない。


 俺が次の言葉が継げずにいると、今まで聞いたことのないような低くて暗い声でガイエスが話し始めた。


〈おまえに復元してもらった、迷宮核の羊皮紙……あの隷属契約の隷主が『テネーシャ洞』だっただろう?〉


 口が重い気がする。

 話すの……嫌なんじゃないのかな?

 無理、しているんじゃ……


〈あの地図にあったテネーシャ洞そのものじゃないとは思うが、その近くの山の麓に……坑道から繋がった迷宮があった。その、最奥に……〉

「おい、無理して言わなくっていいんだぞ? 嫌で思い出したくないことまで、口にしなくていい」

〈……ああ、でも、言わないと……なんか、抱え込んでるの嫌なんだ。悪いが付き合ってくれ〉

「そっか、おまえがつらくないならいい。で、その迷宮って?」


 息を整えている感じだ。

 感情に流されないようにしているんだろうか。


〈贄として、子供が埋められていた場所があった〉


 あ。


 ああ。

 ああああーーーーっ。


 そうか、やっぱりそういうことかよっ!

 あの契約書の束を見つけた時に、なるべく考えないようにしていた。

 ガイエスにあの紙束を見せるべきじゃないかも、とも考えた。


 だけど。

 だけど、俺の憶測や考えることは、この世界では起こってないと信じたかった。

 本当に神々がいるこの世界では、誰もが神々の存在をどこかで感じているはずだと思いたかった。

 人を、たとえ罪人であっても人を殺めることは神々が禁じているから、神典がもたらされる前の大昔に行われていたとしても今は……していないと。


 あの金属板は、精々二、三十年前のものだ。

 あんなものを作っていたとしても、本当に子供を殺すやつなんかいないと……

『人を殺すことを神々が許すと信じる者などいない』と、思いたかった。


 生きているうちに埋められたのか、死んでから祈られることもなく押し込められたのかは解らないという。

 ガイエスが天に還してくれて、よかった。

 どうか、その子だけでなく……今まで、不当に生を奪われた人達が……天に還れますように。



「そうか……オルフェルエル諸島の大地が神々と結ばれることは、これからも絶対にないだろうな……」

〈俺も、そう思う。平気か、タクト?〉


 俺が今ちょっと荒ぶってしまって、思わず【雷光砕星】をぶっ放しそうになるのを必死で抑えていたのを感じ取ったのだろうか。

 あんなもの見つけちゃって、こんなこと知らされて、ガイエスの方がよっぽどムカついているはずなのに。


 冒険っていうのは、苦しいこと、つらいこと、人々の嫌な面やおぞましい面も見つけてしまうものなのだろう。

 古書や歴史書からそういったものを、読み解いてしまうことがあるのと同じように。

 いや、それよりももっとリアルに。


 そしてそのことによって、人の善性や愛情に疑問や猜疑が生まれてしまうこともある。

 そいつらが、自分と同じ『人』という生き物であることを認めたくないことも。


 ガイエスはきっと、そういう体験とかもダイレクトにしていそうだけど……乗り越えてきているんだろうな。

 それで、俺にこんな風に気を遣ってくれるんだろう。


「うん。大丈夫。話してくれてありがとうな。これで……あの国の絵本の伝承話も、ある程度正しく読み解けそうだ」

〈……そんな嫌な話なのかよ?〉

「所々ね。読んだらスゲー腹が立つし、含まれている意味が解ったら……俺だったら、島ごと沈めたくなっちゃうかもしれないけど」


 ガイエスがラプテリエで手に入れてきたやつ、子供が悪いことをして何かが起こるっていうものが多かったんだよな。

 そして苛烈なまでに、その子に罰を与えるっていう……人が『残虐な行為を楽しむことを肯定している』ような作りだった。


 罪さえあれば、その人に何をしてもいい……みたいな。

 あれは、生け贄を選別する時はこうしているから、生け贄になるのは悪い子だから、神様は認めている……みたいな図々しい詭弁に違いない。


 それでもこの世界の神々は、嘆くだけなのかもしれない。

 罰することも、制裁を与えることもないが……きっと、静かに『見放していく』のだ。

 だから魔力がどんどんなくなって、魔法が使えなくなっていくのかもしれないね。

 そのことに気付かず、襟を正すこともなく生きている者達は……魔力が命の全てを支えるこの星から……消えてしまうのだろうか。


 ガイエスが言うには、ペルウーテの大人達は魔力が八百あればかなり上らしい。

 文字が大地と結ばれていないとか、正しい文字での名前ではないとか、それだけではなく『その身体から魔力がなくなっていっている』のが、神々から手を放されてしまった証なのかもしれない。

 アトネストさんのように己を律し改めようと努力しなければ、そのままどんどんと加護はなくなっていくのだろう。



「……止めよう」

〈え?〉

「この話、ムカつくから止め! こういう精神状態、絶対に身体に悪い!」


 そうっ、こんな他国の神々に見捨てられるような行いに、俺達が感情を逆撫でされる必要なんかない!


「俺達に世界を救う義務なんかない。ましてや、神々が救わない国を助けてやる義理も必要もない! 考えるだけ無駄!」

〈……おまえ、結構、放り投げるの早いな?〉

「だって、こんな負の感情をいつまでも持っていたって仕方ないだろ? 自分自身のためにも、自分を大切にしてくれる人のためにもいいことなんかない。このことって、もうオルツの港湾事務所で話している?」

〈ああ〉


「なら、余計に俺達の考えることじゃないよ。国としての付き合い方は貴族達が決めるし、あの島々に住む人達の未来は神々が決めてる。手出しの必要はない!」

〈それも、そうだな〉

「そうっ! ユンテルトだってどこだって、ちょっと行って楽しくなかったら帰ってくりゃいいんだ。それくらいの『ただの通りすがり』で充分だし、おまえが楽しむ目的以外で迷宮を閉じてやる義務もないからな!」


 くすっ、とガイエスの笑いが漏れた。

 いいんだよ、これくらいお気楽で。

 冒険者として請け負うならいざ知らず、楽しみとしてのことで嫌な気分になんかなるのは勿体ないじゃないか!


 以前はヘストレスティアなんて危険な所によく行くなーと思っていたけど、今となってはあの国が、冒険者達にとってはもしかしたら遊園地感覚なんじゃないかと思う。

 それも……危機感が麻痺しちゃってよくないよなって、別の意味で心配だけどね。

 まぁ、ガイエスは慢心するタイプじゃなさそうだけどな。


 あいつの方陣は多分、今あるものの中では最強だし。

 これからもあいつが方陣組んだら、俺が前・古代文字……いや、神約文字に書き替えてやろう。

 よしっ、気分を上げるためにも、美味しいものが必要だなっ!


「あんなに美味しい冬牡蠣油を、沢山貰っちゃったからね。嫌なことが吹っ飛ぶようなもの、作って送ってやるから!」

〈ベルレアードさん……あの冬牡蠣油を作った人が、魚焼きを沢山くれたんだ。一個送るから食べてみろよ。旨いんだ、凄く〉


 紙袋に入った魚焼きがひとつ、転送の方陣に届いた。

 ほほぅ……つまり、これを超えろというのだな?


 はむっ。


 ……旨いなっ!

 中に入っているの、イノブタ肉の塊……あ、ちょっとだけ違うが、東坡肉トンポーローによく似ているぞ。

 うわ、何これー、たい焼きの概念を凌駕するものが生まれているのかっ!

 恐るべし、セラフィラント……


「わかった、おまえが絶対に旨いっていうものを考えるからな!」

〈おう、楽しみだなぁ。暫くは、カバロと一緒にリバレーラとか行くから、皇国の南部にいる〉


 そっか……他国をカバロで走るのは、確かに危険だもんな。

 カバロの入れる天幕……どーすっかなぁ……


 それからラプテリエで他にあったこととか、セラフィラント領内のことなんかも聞いた。

 皇国の南側はまだ行ったことがないらしいから、楽しみにしているみたいだ。


〈ちゃんと、鉱石は採ってくるからな〉

「楽しみにしてるよ。だけど、おまえが鑑定して、見たことないって思うやつだけでもいいぞ?」


 もう結構、イロイロ覚えただろうし。

 んー?

 口ごもっている?


〈いや……あんまり鑑定しながら拾ってなくて……まだ段位が低いんだよなー〉

「俺、届いたやつの解析、送ってただろ?」

〈全然鑑定してなかったから、どれがどれか解らなくってさ〉


 しろよ、折角技能持っているのにっ!


「解った……じゃあ、これからは鑑定してから全部送ってくれ」

 今、作っている鉱石図鑑みたいに、俺が【複写魔法】で石そのものを複写してから解説を書いて送るか。

 同じサイズのカード状にして、バインダーに入れ込むみたいな感じで纏められるようにしとけば解りやすいかもな。


「それとー、もし面白そうな石がなかったら、食材でもいいからな」

〈食材?〉

「うちで食べたことのない、豆とか野菜とか果実とか? あ、そーだ! もしルシェルスのレナンタートって所に行ったら、水牛の乳を買ってくれ!」

〈水牛……なんて、マイウリアにいた牛がいるのか〉

「その乳で作る乾酪が旨いんだよ! それをリエッツァにいれると、最高なんだ」

〈解った。必ず行く〉


 わーい!

 春まで待たなくても、手に入ったらラッキー!

 水牛も、牛と同じで二十一日間隔くらいで、発情期なんだろうか?

 ルシェルスくらい南なら、この時期にでもお産があるかもなー。

 なくても、他にもいろいろありそうで楽しみー!


 そうっ、美味しくて楽しいことを考える!

 それが一番なのだ!


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『緑炎の方陣魔剣士・続』の參第59話とリンクしております。

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