第595話 調整食材

 朝っぱらからビィクティアムさんとの会議(?)が長引き、お昼ご飯タイムに食い込んでしまった。

 ふたりで久々に改札を使って、東門詰め所の長官室へ。

 ビィクティアムさんは机に積まれている書類に溜息を吐きつつ、昼を食べてからにしようと一緒に別棟の衛兵隊員食堂に行った。


「もう、残っていないか?」

 ビィクティアムさんが厨房に声をかけると、ちょっと泣きそうな顔のノエレッテさん……どうしたんだろう?

「実は……煮込み料理を鍋ふたつ分作ったのですが……ひとつに、辛茄子粉の袋を……落としてしまいまして……」

 辛茄子粉って、俺がハバネロって思ったやつかな?

 なるほど、辛くって泣いていたのか。


「辛い物好きのウァラクとカタエレリエラ出身者にだけは好評だったのですが、我々では多分食べられないかと……」

 普通の豆とシシ肉の煮込みは既に完売で、残っているのは激辛煮込みだけのようだ。

 そっかー赤茄子トマト煮込みだったから、赤過ぎても解らなかったのかもなぁ……

 ビィクティアムさんがちょっと味見をして、目を瞬かせたかと思うと突然咳き込んだ。

 そんなに、辛いのかぁ。

 じゃあ、俺もひと口。


 おおーーっ、かっらーー!

 でも旨味もあって、なんか懐かしい感じの『激辛ラーメン』っぽい味だな。

「俺、これ大丈夫かも……」

 俺の呟きにビィクティアムさんとノエレッテさんが、化け物でも見るかのような表情になる。


「おまえ……それ、絶対に身体に良くないと思うぞ?」

「そうだよ、タクトくんっ! 無理に食べない方がいいよっ!」

「えー、でも結構美味しいですよ? 辛いけど」


 やっぱりちょっと麺も入れたいけど、汁気は少ないんだよなー。

 つけ麺みたいにするのも……だけど、麺を食べる習慣があまりないからなぁ、皇国は。

 辛いのって赤のキラキラのイメージだったけど、橙色なんだな……意外。


 あ、おふたりには辛過ぎるんですよね。

 では、魔法でちょちょいっと調整いたしましょうか。

 折角の橙色が薄くなって、キラキラも青っぽくなっちゃいますけどねー。

 まぁ、お二方とも賢神一位の家門だから、美味しく感じるとは思う。


 俺の分を一杯だけ別の器に盛りつけてー、レトリノさんの塩味を抜いた時みたいに……しちゃうと、ちょっと味気なくなっちゃうかな?

 ピリ辛くらいにしておこうっと。

 ふぅむ、ハバネロなんかの辛味香辛料で橙色が調整できるのか……面白いなぁ。


「こちらで如何ですか?」

 お味見をしてもらうと、ビィクティアムさんが何度か頷いたのでノエレッテさんもひと口。

「あ、これくらいだと旨いですね……!」

「俺も好きだな。今度、作ってみるか……」

「長官は料理より書類をお願いしますね? お出掛けの間に、来年すぐに中央に出さなくちゃいけないものが溜まっておりますから」


 ビィクティアムさんがちょっとジト目になって、ファイラスは? と尋ねるとノエレッテさんがちらり、と俺を見る。

 え、なんで?


「例の、血赤になった連中の……諸々につきまして、対応していただいておりますので」

「えっ?」

 俺のせいで衛兵隊にご迷惑を?

「ああ、心配するな、タクト。ファイラスが『家門の恥』共に、本家からの通達通りのことを行っているだけだから」


 ビィクティアムさんがにっこりと笑い、ノエレッテさんがウチのひとりもお願いしてあります、と小声で囁く。

 もしかして……制裁的な何かかなー?

 傍流とは言え、お貴族様としては超絶恥案件だもんなー。

 ご本家から怒られちゃっているってことかー。


 まぁ、伝わるよね。シュリィイーレの衛兵隊には、ほぼ全部の家門の人がいるんだから。

 ファイラスさんが何をしているかは、怖くて聞けなーい。


 そして午後はそのままトレーニング。

 なかなか腹筋が割れないのは、もう体質だと思う。

 予定のメニューが随分と早くこなせるようになり、いつもより早めの帰宅。

 シュウエルさんが、またメニューを組み直してくれるというのでまた少し……きつくなるのかもしれない。


 しかーし!

 俺には、美味しいお食事やスイーツが味方なのである!

 メイリーンさん開発のプロテインドリンクもあるし、万全の態勢でございますよっ! 

 トレーニング頑張るぞーー!


 あ、そうそう、ルッコラと水菜の収穫をしておかなくちゃ!

 遊文館地下二階へレッツゴー。

 お試しで作っていた『プラントキャベツ』もなかなかイイ感じである。

 だけど、俺の魔法で照射している光なので、やっぱり若干青キラがかって……そうだ。

 ちょっと、実験してみよう。


 プラントキャベツのひとつ、別の場所に移してその近くに刻んだ地下栽培茸……椎茸、榎茸、舞茸、平茸をそれぞれみじん切りにして、場所を分けて土に蒔いてみる。

 どうなるだろう……?

 神眼さんで観察してみようかな。


 ちょいと時間を進めてみちゃうか?

 成長にはよくないけど、このひと株は状態観察ということで……

 おおー、タイムラプスみたいだー。


 椎茸……は、何も起きない。

 舞茸も特に変化なし……あ、いや、ちょっとだけ赤っぽくなったぞ。

 榎茸は、なんとなーく青っぽい。

 おおおっ?

 平茸、ぐんぐん青キラになってきたぞっ!

 そしてプラントキャベツからは、青が少なくなって畑で作った物とほぼ変わらないキラキラバランスに!


 茸って『余分な魔力』を吸い取る働きがある?

 いや、魔力じゃないな……それになる前の『素』みたいなものを調整するのが、茸の役割なのかもしれない。

 そして吸い上げた青いキラキラが、平茸の中でゆっくり緑になる。

 少しだけ赤っぽくなった舞茸も、今は薄い緑になっている。

 キャベツのキラキラが安定し、茸はそれ以上どれも色を変えることはなかった。


 茸は森の掃除屋さんだ。

 その個体や場に不要なものを分解してくれるから、茸がない土地では死んだ植物や動物が分解されずに残ってしまうだろう。

 この自然界のリサイクルに必要な『分解者』の代表が茸と言える。


 ……そして、この世界の茸は、植物に余分に取り込まれてしまった加護……魔力の素と言えるものの吸収分解もしてくれる、ということなのかもしれない。

 しかも、菌として生きていない状態でも……ってことだろう。


 醤油の赤を吸い取っていた時は、加熱処理した後だもんな。

 うわ、何、その素敵食材!

 大地の奥深くに生きる菌の子房だからなのだろうか……素晴らしいっ!


 その後他の食材でも検証した結果、余分な『素』の吸い取りは茸によって違いがあることが解った。

 平茸は俺の魔法で増えてしまいがちな『青』を吸着してくれるありがたい茸だ。

 そして舞茸は『赤』、榎茸は『緑』、さっき全く反応しなかった椎茸は『黄』が担当のようだ。

 今地下栽培しているのはこの四種だけなのだが、これは今後食用のものは積極的に栽培を試みて確認していかねば!


 今回のように加熱処理していない場合は、吸い取った素を緑にしてしまうが加熱したものの時は変化がみられなかった。

 だから、シュリィイーレでは摂取が難しい海由来の『黄色』を閉じ込めた加熱後の椎茸を一緒に摂ってもらえたら、もっとバランス調整ができるようになる。


 これは子供達だけでなく、この町の大人達にも使えるだろうから保存食に活用できるな。

 ……離乳食に茸って……どうなんだろう?

 その辺はもう一度レシピを調べよう。


 ただ、この茸調整方法は植物にだけ有効な手段のようで、お肉や魚には反応がなかった。

 もしかしたら茸の種類なのかもしれないし、条件があるのかもしれない。

 ふっふっふっ、またしても調べることが増えちゃったぜ。

 あー、めっちゃ楽しいーーーっ!


 うっきうきでおうちに戻って、地下倉庫に収穫したものをしまったら母さんが作ってくれたシフォンケーキを持って部屋に入る。

 甘いものもオール解禁になったので、お三時のおやつターイム。


 あれれ?

 ガイエスがなんか送ってきたのか?

 なんだ、このデカイ箱は!


 あ、金属板!

 なんか書いてあるな……ふむ、魔瘴素たっぷり。

 迷宮品か……こっちは、魔獣図鑑……ああっ、書き足してくれてるーー!

 わーい!

 清書して送ってやろうっと。


 えーと、で、この箱は……んんんんんっ?

『今年できたての冬牡蠣の煮詰め油だ。これでなんか作ってくれ』

 冬牡蠣……というと、真牡蠣。

 煮詰め油……?


 ちょっと舐めてみると、ぶわっと口に海の旨味が広がる。

 オイスターーーーソーーーース!

 この世界では作られていないのではないかと思っていた、オイスターソースではないか!


 しかもこれは、醤油が使われていない塩と牡蠣の旨味、そして胡麻の風味が加わったものだ!

 なーんてすっばらしいものををををををーーーーっ!


 俺がセラフィラントから送ってもらった夏の岩牡蠣で作ったものとはまた違う、コクと旨味はセラフィラントの冬の味なのだろう。

 昔、番重一杯分真牡蠣をもらった時に、自分で作ったものともやっぱり違う。


 ふわぁぁー……うっまーー……

 これ、このまんま何かに掛けて食べても美味しいやつぅ。

 大蒜も利いてて、サイコー。

 しかもこんなにいっぱいーー!

 お礼言わなくっちゃ!


 あっ、これ、いつ届いたんだ?

 あいつ、今どこにいるんだろう?

 まさかぽーんと送って、他国とかに行っちゃったりしてないか?

 だとしたら……通話、できない場所に行ってたら……まずいよなぁ。


 いや、魔法としての通話はこの星の裏側だろうとできるのだが、迷宮とかに入ってて魔獣とエンカウントしている時に、俺が暢気に通話なんか繋げたら命に関わるかもしれない。

 そこまでじゃなくっても、誰かと一緒にいて俺に答えられない状況だったら悪いし……


 逸る心を抑えつつ、メモを転送。

 通話できる場所にいてくれよーー!

 この感動は、直接言いたいしーっ!

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