第591話 暗号レター解読

 俺が『エイシェルス』と読めたのは、自動翻訳さんがそう示したからだ。

 だが、この文字がかなり汚い上に変に文字同士が重なっているせいで『エレイエルス』と読めてしまう。

 おそらく、この手紙は『誤配達』されたものではないだろうか。

 住所が完全ではないし……カタエレリエラ、としか書かれていない。


 確か、カタエレリエラのテルウェスト家門に、レイエルスの分家から次のご当主のご婚約者が選ばれていると聞いた。

 その方宛と、勘違いされたのではないだろうか。


 だが、十八家門の婚約者は子供ができて成婚するまでは、どの家門の方が何処にいるか解らない。

 それで仕方なく、隣領ルシェルスにいるレイエルスご本家に送られたのではないだろうか。


 だが……おおぅ、とんでもない悪筆だ。

 ほぼ全く読めなかったんだろうなぁ、中身が……

 そのせいで放置されてしまったのかもしれない。

 差出人名ですら、全く読めないぞ。


 それにしても、なんて質の悪い羊皮紙だ。

 ほぼ、魔力が入っていないじゃないか。

 そのせいもあって、重要とは思われなかったのかもなぁ。

 皇国では、重要なものには必ず魔力がたっぷりと込められるからなぁ。


 ……んん?

 悪筆……ではあるし、皇国語だとしたら相当読みにくいものなのだが……これは、皇国語じゃないみたいだぞ?

 文字が、とても皇国語に似ているが、部分的に違う。

 うわわー、久し振りに自動翻訳さんに、ものごっつ魔力が使われている気がするー。


 タルフでも、ミューラでもない……アーメルサス語でもない。

 そしてガイエスが持ってきたオルフェ語とも違うが、皇国語の現代文字に酷似している他国の文字……あった、地名!


 ウェテントラ……あっ、さっき、ウァラクの本で見たぞっ!

 えーと、えーと、これこれっ!

『シィリータヴェリル大陸・南』と書かれていた、地図がメインの……あった。


「ディルムトリエンの、首都だ」


 この地図にはだいたいの場所しか書かれてはいないけど、ディルムトリエンのほぼ真ん中あたりの山の麓にある要塞都市のようだ。

 文章だけなのでイメージが湧きにくいが、北側に山があって敵を防げる……と書かれていたから、敵とはミューラのことだろう。

 手紙に書かれているのは『ディルムトリエン語』とみて、間違いあるまい。


 あれれ、なんかチカチカするけど……あ、そーか、これって全部がディルムトリエン語じゃないんだ!

 なんでかよく解らないけど、皇国語が混ざっているんだ!

 うっわー……語順がめちゃくちゃだなー……中途半端な推理小説の暗号文より、難しいぞっ!


 多分、意図して作られた法則性のある暗号じゃなくって、皇国語で全部書きたいのに単語知らないとか、知ってる皇国語でも間違えているとか……

 そういうことなのかなー……

 天然(?)の暗号文って、お子様が書いたものと同じくらい解読が難しい……!

 頑張れ、自動翻訳さんっ!



 はははは……すっげー時間かかったぁぁぁ……

 前・古代文字の翻訳本が十冊書けるくらいかかったよ、たった四枚の手紙の解読に!

 こりゃ、届けられても読めないからって突っ返されるよな。

 怪文書って類だよ、ここまで読めないと。

 しかぁし!

 我が【文字魔法】と自動翻訳さんは頑張った!


 頑張った結果、訳せたのは!

 殆どが自己弁護と救済を求めるかなり勝手なお願い……ってことでしたよ。

 やれやれですねー。

 そして……これはおそらく、ヒメリアさんの周りにいた人物だと思うんだよね、差出人。


 この手紙を書いた人は……ヒメリアさんの母親と思われる、皇国貴族であるエイシェルス家門から王宮に来た娘を世話していた。

 まぁ、この時点で間違いがあることは置いといて……彼女が来てすぐに彼女を逃がしたいと連絡をしてきた人から金だけもらって、エイシェルスさんにそれを伝えず逃がさなかった。


 その後も逃がさないために、もともと妊娠していた子供を『王の子供』と嘘を吐いて警備を強化させ、彼女には腹の子が王の子と信じさせた。

 このあたりは……どうやったらそう信じられるのか解らないし、実際にその人が自分の子が王の子と本当に信じたか、保身のために何も言わなかったのかは解らない。


 その生まれた子が、ヒメリアさんだね。

 名前の綴りが間違っているのか所々『イメリア』って読めるけど。

 なぜ、その側仕えの人がそんな嘘を吐いたのかと言えば……子供が生まれたら、自分の娘の子と入れ替えて孫にいい思いをさせたかった……からのようなのだが……ソッコーでばれそうだがなー。


 でも、自分の娘の子は生まれる前に、娘と一緒に亡くなってしまったらしい。

 そんでもって後悔して、懸命にヒメリアさんに教育をして皇国語も使えるようにしたから、本当は皇国人のこの娘を助けに来てその時に自分も助けろ……とか、訳解らん。


 この程度の皇国語しか書けない人が、ヒメリアさんの教育なんてできたとは思えない……絶対に、彼女の独学だろう。

 あ、だからヒメリアさんって固い言葉が多いのかな?

 時々不思議な言葉遣いするのは、話し言葉として皇国語を覚えたんじゃなくて『古い本』かなんかを読んで覚えたんじゃないかな。


 この手紙の主は、反省しているとか、優しい皇国人なら許すべきとか、図々し過ぎて理解の及ばないことを延々と書いている。

 そうかと思えばやたら丁寧に謝っていたりするのだが、基本的には『この子を無事に返して欲しかったら私を助けろ』なんだよなー……


 目印に『煤で黒くした駒鳥石の髪飾り』を金赤の髪に着けていると書かれている。

 俺が直したトルコ石の髪飾り……だろうなー。

 そして……どうやら、ヒメリアさんの父親か、父親の知り合いと思われる人の名前が『クーリェンス』のようだね。


 これは、ビィクティアムさんに渡すべき案件だなぁ。

 一応、レイエルス侯かレイエルス神司祭に内容を伝えた上でお断りして、ビィクティアムさんから衛兵隊経由でウァラク衛兵隊に打診を取ってもらった方がいい気がする。


 ヒメリアさんにとっては『今更』だろうし、その手紙の主にも父親に繋がるかもしれない情報なんてものにも、全く興味がないかもしれない。

 そして、この手紙自体も十年くらい前の日付のようだから、ディルムトリエンがああなっている以上関わったこれらの人が生きているかも解らないし。


 だけど……もしもヒメリアさんの父親って人がどこかで生きていたとしても、娘が生まれたことも生きていることも知らないってことだよな?

 どっちにしても……たとえ出会ったとしても、感動なんてしない気がするなー。

 まぁ、それは俺だったらってことだから、何とも言えないけどねー。


 それにしても、この手紙の主がいなかったら……もしかしたら、ヒメリアさんの母親は助かって、別の場所でヒメリアさんを生んで幸せに暮らせていたのかもしれない。

 逆に、逃げ切れず、全員殺されたかもしれないとも思うけど……どっちがいいかなんてことは、誰にも決められない。


 それに、今、生きて頑張っているヒメリアさんに対して『もしも』なんてことを話すのは失礼だよな。

 まるで、今のヒメリアさんじゃない方がよかったでしょ? って言っているみたいじゃないか。


 この件は……ちょっとの間、伏せておかないとなー。

 王都との越領門が開かないと、レイエルス侯達に連絡が取れない。

 これは、一応『レイエルス宛』に届いているものだからね。

 了承をもらう前に、ビィクティアムさんに渡したりはできないもんな。


 それにしても……ディルムトリエンって、やな国だったんだなー。

 アーメルサスも大概だと思ったけど、こうなるとディルムトリエンの神話とかも読みたくなっちゃうよね。

 あの国が神々の言葉を信じていたとも、信仰していたとも思えないけどな。


 もしかしたら、マウヤーエートの『神典否定派』が建国した国だったりしてね、ディルムトリエン。

 端っから神々の存在すら、信じていなかったのかもしれない。

 だとしたら、神典も神話もないか……


 ヒメリアさんといいアトネストさんといい、よくも捻くれずに育ったもんだよなぁ。

 神様達は、そういう人を選んで手を差しのべてくれているのかね。


 一度……神々の気持ちってやつを聞いてみたいよね。

 セインさんじゃないけど。

 あ、でもへんてこなことを言われそうな気もするから、聞かなくってもいいかなー。


 一番聞きたいこと聞くとしたら……俺の『聖称』の意味を聞きたい……かもしれない。

 あと、なんで俺が呟いたのをそのままビィクティアムさんのお名前にしちゃったのかってーのは、まだちょっとだけ抗議をしたい気分だ。

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