第588話 方陣による魔法の考察と仮説
では、ご要望通り、大前提の説明から。
ちょーっと遠回りの説明になるから、焦らずに聞いてくれよ?
「方陣とは『誰でも魔力を入れると一定の魔法が出るもの』だよな?」
その描かれた方陣の正確さや
ガイエスだけでなく誰でもそう思っているし、この考え方は正しい。
「だが、実際にはそうでない場面がいくつか確認された」
〈ああ……〉
「それは前提の『誰もが』って部分だ。つまり……この『誰でも』ってのに、条件がある」
〈条件があったら『誰でも』じゃないだろうが〉
いや、そうでもない。
人は全人類という意味で誰でもという言葉を捉えがちだが、ほぼそれはあり得ない。
それは『歴史上全て、有史以来全部の人』なんて表現がされていたとしても、全人類の一部にしか過ぎないのだ。
自分が知っている範囲で全部、この国の全員などという『暗黙の了解に基づく範囲』がある。
「この方陣が使える『誰でも』ってのは……『シィリータヴェリル大陸の誰でも』って意味だ」
そう、一国だけじゃないから『全人類』と勘違いしたが、正しくは『一大陸』と考えていいと思う。
ここから先は仮説だが、現時点で判明している根拠を元に説明していく。
魔法は神々からの恩寵。
つまり神々が人に『与えてくれている』ものであり、それが与えられるのは『神々と結ばれている者』だ。
人は生まれてから数日の間に行われる『命名の儀』で神々と親を通して結ばれ、五歳の時の『
神に認められて名前が決まり、国に認められて場所が確定するのだ。
その時に『どの大陸の魔法が与えられるか』が決定すると言っていいと思う。
ビィクティアムさんにまず確認したのは『五歳の
生まれてすぐに与えられる魔法は、だいたいが生活で使うような並位の中でも特に負担が少ない『汎用』といわれる【灯火魔法】や【水性魔法】が多い。
だが、血統を保つ貴族の場合のみ血統魔法が出ることもあり、それが出てしまうと汎用が出にくくなるというのが通説のようだ。
そして、国……則ち、大地と個人が結ばれる五歳の初めての
ビィクティアムさんがその時に獲得したのは【雷光魔法】と【風刃魔法】だったらしい。
……どっちも中位だから、お子様に使える魔法ではない。
それで、その頃から方陣札で魔法を使う訓練を始めたと言っていた。
「だから、五歳で最初の
〈なら、使えない、ということは……『正しい
「それもある。だが、ペルウーテの人達の場合は、おそらくそれだけではない」
そう、あの島々は『新しい大地』なのだ。
神々が創った『三津の大陸の後である神話以降の時代』にできたものだ。
だから、人々の手による『大地に名前を付ける命名の儀』が行われなくてはいけない。
この地は神々の創ったものの一部であり、神々と結ばれた人達の生きる場所であるという『神々の承認』が必要なのだ。
それで名前が決まったら……初めて、大地と人が結ばれて『国』になる。
しかし……あの島々に、二、三万年前に人が入ったのだとしたら……その人々の中に『神々と結ぶ命名』ができた聖魔法師がいたとは、考えにくいのだ。
だが、それと同じことはアーメルサスにも言える。
ならばどうして、アーメルサスではなんの問題もなく方陣が使えたか。
それは、大地の誓約承認が『大陸』ごとに行われた『最も古い神々との結びつき』が生きているからだ。
『シィリータヴェリル』という名前は神々と正しく契約がされていたから、その後も『正しく承認された文字の方陣』だけが使えたということなのだ。
〈神典の第一巻の、あの『創国の誓約』ってやつか?〉
「そう、それ。その後に人が入った島の場合は、同じように国名・地名を付ける時に神々と結ばれる命名の儀式をしなくてはいけない。しかし、その『命名』がちゃんとできていなくても、本人に発現する魔法や魔力量が少ないだけで、その国名や地名が使えない訳ではない。だけど……方陣は別だ。シィリータヴェリル大陸でも、大地の持つ契約だけで半ば無理矢理方陣を使うから、もの凄く魔力を必要とするわりに、かなり弱い魔法にしかならない」
方陣は神々からの恩寵の一部を、形として現したもの。
その魔法は、必ず大地と紐付く『地系』である。
「方陣を十全に使える者の条件は『【方陣魔法】を持っている』か『神々と正しく結ばれた大地の者』であること……だな」
この『神々と正しく結ばれた大地の者』ってのも……現在では皇国籍の人達以外ほぼいないと言っていい。
正しい
そういう聖魔法師が……おそらく、皇国以外にはいない。
そして残念ながら皇国の聖魔法師が他国に行ったとしても、その国と結ばれていない聖魔法では『命名』ができないのだ。
東の小大陸やアイソルで方陣が使えたのは、
「だが、ペルウーテは正しい国名や地名での、神々との結びつきがない。だから、大地に魔法を支える力がほぼないと言っていい」
〈方位盤が働かないのはそのせいか?〉
「あ? ああ……あれも方陣を使っていたら、上手くは動かないだろうな。皇国籍の人が手に持つなら使えるだろうけど、他国人は全く使えないだろうね」
〈じゃあ、地面ではどうだ?〉
「地面に置いたら……他国のものと同程度の精度かもなー」
あれれ? なんか黙っちゃったが、方位盤関連でなんかあったのかな?
その辺は今度聞くか。
「ペルウーテから皇国内に『門』で入ると魔石の使用量が増えるってのは、本来なら神々と結ばれている大地が負担する分も魔石が負担しているからだ。魔石が皇国のものでよかったよ。もしもペルウーテのものだったら、全然魔力が足りなかったと思う」
〈魔石の純度のせいか?〉
「それだけじゃなく、神々と結ばれていない大地の石は、魔力の保持力が弱い。これは、おまえがくれたオルフェルエル諸島の石で確認済みだ」
俺が抽出、精製しても全くと言っていいほど魔力の入らない物や、入っても溜めておけずにガンガン放出してしまう物が多かった。
例外が、電気石と金属が多めに含まれている褐鉄鉱くらいだったのだ。
シャートムという町……ここも、正しくはシャフワトム……の近くの礫岩なんて、綺麗だってだけで魔力はほぼ入らなかった。
魔瘴素はチラチラしていたけどなー。
〈身分証の金属板も全然違う色だったんだが、それもそのせいか?〉
「だろうな。精製が甘いか合金にしている割合が間違っているって可能性もあるが、神々と結ばれているのであれば、劣化しないのが身分証の金属だ」
〈皇国から入れている物を使ってても、か?〉
「それには……もうひとつの条件が関わってくる」
魔力が留められないのは、大地との結びつきがないから……では、その結びつきの名前は何で表されているか。
当然『文字』である。
音は文字という形になって、初めて契約や誓約が成る。
方陣の魔法が図と文字で表され神々と繋がるのは、人の名前が文字で表されているからだ。
神々との繋がりは、必ず『文字』で結ばれているのだ。
「方陣の
読めるか、読めないかではない。
神々の認めた文字を名前に使っているかどうか、なのだ。
ビィクティアムさんに確認したもうひとつは『皇国では新しく何かを制定する場合、全ての事柄において必ず『奏上の儀』を行っているか』という確認だ。
神典、神話は勿論、法律や勅令でさえ必ず皇家の魔法で『神々への奏上』が行われて、神々が承認してくれたものだけが使用や施行が許可される。
十八家門の当主全員と一緒に皇家絶対遵守魔法【
その時に承認が欲しい事柄を書き記した書簡や本など『奏上』して、許可が出たものだけが儀式のあとに『残る』らしい。
代が変わろうと、何千年経とうと、全く認められずいつも消えてしまう新法もあるというから……結構、神様達はちゃんと見てくれているんではないだろうか。
俺が書き足しちゃった神典第一巻の身分階位の加筆部分とか、神の声が聞こえるのは神斎術持っている人だけってのも……神様達から『それでいーよ』って、認めてもらえてしまったということである。
そして今まで『認められた』数々の法令や名称などの中に皇国語の『古代文字』と『現代文字』も含まれている。
シュレミスさんに確認したのは、このあたりだ。
ガウリエスタの公用語は、皇国現代文字の皇国語であった。
身分証も皇国語で作られていたか……と聞いたら、名前だけはガウリエスタ語だったというのだ。
ガウリエスタ語は古代マウヤーエート語に似てはいるが、残念ながら違う文字である。
だから『神々に認められた文字での命名』ではない。
この大陸で認められている皇国語以外の文字というのは、おそらく古代マウヤーエート語だけ。
マイウリア文字も、今、使われているタルフ文字も『完璧なマウヤーエート語』とは言い難いので、どちらにしても対象外だ。
そのせいで、方陣札を使用するときに余分に魔力を吸われていたと思われる。
そして皇国語表記になったはずなのに、まだアトネストさんが『魔力が吸われている』と感じるのは、帰化が完全に完了しておらず『正式に皇国の大地と結ばれていない』からだ。
身分証の表書きに、どうして神々に認められていない文字が表記できるのかという点については、身分証作製時の奏上の儀でどういうものが表記されるか決めた時のことが解らないのでなんともいえない。
だが……『各国の王や役所が認めた特定の条項を表記できる』と決めた項目があったのかもしれない。
だから『成人の儀』で皇国民の身分証の表記されることと、他国では……もしかしたら全く表記方法が違う可能性もある。
そのあたりは、今は解らないけど。
そして更なる飛躍した仮説のために確認したのは、セラフィエムス家門の代々のご当主が残した日記の記載。
備忘録ということで『現代文字』が認められた日が、第十二代ご当主の記録の中にあったことを思いだしたのだ。
本当に、セラフィエムスが記録好きでよかったよねっ!
……たまーに……奥さんへのプレゼントが気に入ってもらえなかったとか愚痴っていることも書いてあったりして、なかなか可愛い……いやいや、それは置いといて。
この日記を時系列順に並べた時に、疑問に思ったのが『前・古代文字と古代文字はほぼ同時期に存在したのではないか』ということだ。
書き言葉としての古代文字と、話し言葉をそのまま文字として現した現代皇国文字。
だが、前・古代文字はそのどれとも系統が違う。
確認したかった俺の妄想仮説は『前・古代文字は神々との契約の文字であった』ということだ。
契約は人と人がするもの。
だが、前・古代文字だけは『人が神と契約できる文字』ではないか……ということだ。
昔のご当主……だいたい第十代前後までは、ちょこちょこと前・古代文字の筆記も見られるが、現代皇国文字が承認された第十二代以降はぱったりとなくなる。
だが、古代文字はずっと初代から日記には書かれている。
その頃の神々のことや魔法を記したものと思われる本が、全て前・古代文字であったにも拘わらず、同時代に作られただろう創作の物語や民間伝承の本に書かれていたのは古代文字だ。
そして、書体や表現が新たに増えていくのは、古代文字と現代文字だけ。
前・古代文字は、頑なに全く変化がない。
ちょこっと斜めになった時代はあったが、すぐに元に戻っている。
となれば……前・古代文字とは『変化させてはいけない文字』なのだ。
この理由が『神々と人とが最も強く結ばれる文字』だからではないか……というのが、俺の妄想仮説である。
「だから、おまえが持っている方陣を全部『前・古代文字』で揃えてみた。今まで『門』や『錯視』は、俺が書き替えた現代皇国文字だっただろう? それだと神々との結びつきがない大地では、発動させても効果が甘かったんじゃないかと思うんだ。特に『錯視』なんて迷宮でかなり使うものだし、そのままだったら危険だったかもしれない」
あ、ガイエスのやつ、絶句している。
もう既に危険だったのかもなー……方陣魔法師だからある程度は効いていたと思うんだが、この大陸の魔獣よりは感知されやすかったと思うんだよね。
〈……そうか。助かる……その前・古代文字の方陣は、他の人でも使えるのか?〉
「いいや、無理だな。前・古代文字を完全に読めて理解できるか、方陣魔法師だけだと思うよ」
方陣が使えるのは、神々と結ばれた大地の国に所属している人だけ。
その方陣の魔法で充分な効果が発揮できるのは、その国の『神々に認められた文字』を持っている……つまり、その文字で名前が付けられている人だけ。
だから、皇国の人であっても『前・古代文字の名前』を持たない人は、前・古代文字だけで書かれた方陣は使えない。
現代文字の訳文が必要なのは、このためだ。
しかしそれでは『余分なもの』が入り込むため、効果が弱くなるし魔力も多く必要になる。
この方陣の前・古代文字を完璧に読めて理解できても、十全に使えるのは……皇国では、俺とビィクティアムさんだけだろう。
ま、この俺達ふたりはちょっと論外だ。
その制約条件が、一切ないのが『方陣魔法師』だ。
【方陣魔法】の方陣で発動される方陣は、本人の理解が完璧でなくても『方陣が完璧』であったら、どんな効果かくらい解っていればいいだけだからね。
清浄が『どんな効果をどれにどれほどもたらしてどのような原理の魔法か』ってことを全く知らなくても、方陣が完璧なら『なんか綺麗になる魔法』って知ってるだけで完璧な【清浄魔法】になるのだ。
だが、それでも効果と魔力の使用などの点で、皇国人でなければバラつきが出る。
ガイエスは皇国籍で、皇国語の名前を持ち、皇国に住所を得たことで完全にこの大地との結びつきが完了した方陣魔法師になった訳だ。
全て『神々に認められた大地と繋がる文字で示されている名前』ってのが、方陣発動のレベルを決めるのだ。
「今この世界で最も強い方陣が使えるのは『皇国語で示された文字の名前』を持ち『神々と結ばれた大地と繋がっている』上に『神との契約文字である前・古代文字の方陣』を使える『方陣魔法師』……おまえだよ、ガイエス」
同じ条件は……上皇陛下くらいじゃないのか?
でも、上皇陛下は前・古代文字の方陣を持ってはいないし、持ってても知識が少し足りていないからなんの方陣か解っていないものの方が多いだろう。
ふっふっふっ、俺の友達、すげーぜ? って自慢したくなっちゃうよねー。
おおおー、ガイエスくんったら、カッコイーー!
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『緑炎の方陣魔剣士・続』の參第51話とリンクしております。
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