第587話 方陣の秘密とは

 さてさて、家に戻ってまずは他国の伝承と思われるものから、方陣関連ものをピックアップ。

 以前ガイエスが買ってきた本も含め、他国のものと思われる方陣の呪文じゅぶんは全部皇国語ではあった。


 だが、どう見てもおかしいのは『方陣で魔法を使うための呪文じゅぶん』になっていないどころか皇国語として正しい語順になってないものがもの凄く多いと言うことだ。

 つまり、魔法師の描いた方陣ではない。

 そして正しく皇国語を理解していない者が書いたもので、呪文じゅぶんに似せただけのものということ。


 いくつか使えるものが載せられている本があったが、その場合は発動しないようにだろうか、態と図形を欠けさせたり、完成させていない。

 そしてそれらの伝承話には、戦うシーンが全くないものばかりだった。

 何かを探すとか、何かを作ると言った動物の擬人化物話が中心だったのだ。


 そして悉く、武器を持っていない。

 いや、正確には持ってはいるがそれは戦うためのものではない……が、正しいかもしれない。

 面白い傾向である。


 取り敢えず……ここまでやったところで眠気に勝てず、ベッドに転がり込んだ。

 お腹空いてるけど……もー、無理。

 おやすみなさー……



 おはようございます!

 お腹が空いたので、すっごく早起きをしてしまいました!

 朝からいただきますのは、昨夜仕込んでおいた『鶏肉と灯火薯のクリームシチュー』でぇす!

 アクセントに青豆グリーンピースが入ってて、チーズと卵の黄身も溶け込むトローリ美味しい『クレマラグー』ですよっ!


 ふっはーー……おぉいしぃぃ。

 無限に飲める。

 ゴロゴロの灯火薯が、ほっくりした食感で堪らん。

 青豆もいい食感に煮えているぞ。

 あ、今度豆ご飯も炊こうっと。

 あの【烹爨ほうさん魔法】ならば、硬さの違う豆も米と一緒に美味しく炊き上がるはずだ。


 今のところ、この魔法は炊き込みご飯専用になっている。

 平たくいうと炊飯器扱いなので、今度炊飯器だけで作れるっていうあちらの世界のレシピ本買ってみよう。

 レパートリーが増えるかもしれん。


 お腹がくちくなったところで、お部屋に戻って昨日の続きかなー……と思ったら、ガイエスからコールが入った。

 朝イチが多いな。

 また眠れない案件でもあったのかな?


〈タクト! なんだよ、これっ!〉

「あ、ガイエスー、おはよー」

 どうやら俺が送った魔獣本に気付いたようだ。それで慌てて連絡してきたのかー。

〈あの本、魔獣の! あれって、どうやって魔魚のことまで……〉

「んー……翻訳していたら……載ってたんだよねー」


 間違いではない。

 何処の国の本か、を言っていないだけである。

 ガイエスはブツブツと、魔魚まで載ってるってセラフィエムスか……なんて言っているが、訂正はしない。


 本の使い方と『色鉛筆』の説明をして、知っている魔獣や魔虫が載っていたら書かれいる文章が正しいか、形があっているかを見て違っていたら訂正を書き込んで欲しいと伝える。

 そうしたら後日書き直した『改訂版』ってやつを都度送る……ということで話がまとまった。

 相変わらず、えっ、とか、うおぉっ? とか偶に声が出て面白い反応だった。


「今、何処にいるんだー?」

〈ティアルゥトだ。牧場の……俺の部屋にいる〉


 おや、それじゃあっちは昼過ぎか。

 寛ぎタイムに【収納魔法】の整理でもしてて気付いたのかな。

 住所登録で毒物関連も安心だなって言ったら、どうやら全然その辺を考えてはいなかったみたいだった。


 こりゃ、組合法までは読んでなさそうだなー。

 冒険者には意外と便利なことも載ってるから、知っておいた方がいいと思うんだよなー。

 以前読むって言ってた皇国法の巻末に載ってたはずなんだが……あ、あった。

 コピーして送っておいてやろう。


 そしたら、何か思い出したらしいガイエスが、ごそごそと【収納魔法】から品物を取り出しているようだった。


〈本といえば、オルフェルエル諸島で何冊か絵本と……ちょっと読んで欲しい本がある。オルフェ語だから、訳文を作ってくれるとありがたいんだが〉

「おー、いいよー。俺もオルフェ語の資料、欲しかったんだよねー」


 ナイスタイミングですよ、ガイエスくん!

 届いた本は絵本が四冊と、ペルウーテの各地の解説本……?

 いや、歴史とかも書かれていそうだな。

 それから神典が二冊、神話らしきものが一冊……この三冊は皇国語だ。

 もう一冊はオルフェ語で、お、方陣らしきものが。

 素晴らしい成果だな!

 流石、特派員!


〈それと、聞きたいことがあるんだ〉


 ガイエスはペルウーテでの方陣のこと、特に『門』で移動するととんでもなく魔石を使うのに移動鋼だと抑えられること、現地の人達が殆ど方陣の発動ができないことなどを話し出した。

 んんん……なんだか、引っかかる現象だな。

 ちょっと送ってもらった本を見つつ確かめたい……が、すぐには無理だな。


「すまんが、遅くても明日には連絡をするから、自宅にいてくれ」

 多分、俺が今思っていることだとしたら、他国で方陣が使いにくいってのに使い続けるのはあまりいいことではない気がする。


「そのまま、今の方陣を他国で……というか、シィリータヴェリル大陸以外では……使わない方がいいかもしれないから」

〈そんなに大層なことなのか?〉


 少し不安気なガイエスにちょっと気になるだけだよ、と言って一旦通話を終わらせた。


 また雪が降りだした窓の外を眺めつつ、俺は記憶を整理していく。

 紅茶を入れ、クッキーを用意し、机に向かう。


 方陣とは『誰が使っても一定魔力で一定の魔法が出力される』のが大前提のはずだ。

 だが、皇国の外ではその限りでない、という事実。


 この場合の原因と考えられていたものは、方陣そのものに正確な作図がされているか、呪文じゅぶんに過不足がないか、文字と図形のバランスがとれ美しいか。

 だが、これだけではない……ということだ。


 もう一度、現在認識されている方陣の基本を確認しなくては、と複製させてもらっていた『方陣魔法大全』の上下巻を開く。

『方陣とは、神々より賜りし恩寵を聖なるかたと盟約の呪文じゅぶんによって現すものである』


 書き出しの一文は方陣の定義である。

 そしてその条件は、やはり俺が理解していることと変わらない。

『正確に記せば正確な魔法となる』


 起動する者の加護神も、魔力量も、魔力の色相も、持っている技能も、年齢も性別も方陣で使う魔法にとっては関係ない。

 その方陣が起動できる魔力量を供給できればいいだけだ。


 だが、ガイエスからもたらされた事実では……これは『皇国内』での話だ、ということだ。

 最も方陣の威力が発揮される『大地』に描いたものですら、ペルウーテの人は満足な魔法を発動できなかった。


 シュレミスさんは『同じ方陣札だったのにガウリエスタにいた時より皇国にいた時の方が威力があった』と言っていた。

 アトネストさんは移動の方陣を使う時に『余分な魔力の吸い上げ』を感じているが、シュレミスさんは感じていない。

 だが、シュレミスさんは、過去にガウリエスタでその現象と同じと思われることが起きていたという。


 ガイエスの『門』での必要魔力量が、ペルウーテからの使用だと異常に多くかかる。

 だが、海峡を挟んだアーメルサス側からの移動だと、たいして離れていないのに半分以下になる。

 東の小大陸から飛んだ時、ガイエスの『門』になんら不具合はなかった。

 アイソルのあるエンターナ群島でも、支障は出ていない。


 ……皇国内と何が同じで、何が違う? 


 ペルウーテで、ガイエスが手に入れた神典と神話。

 神典は昔の皇国のものを真似しているだけの、第三巻と第四巻だ。

 所々、故意と思える書き換えがあるから、都合の悪い考え方は排除しているアーメルサス方式と一緒だ。

 内容は皇国のもののほぼ写しと言えるもので、アーメルサス教典とは全く違う。


 神話は……かなり、後世に作られたものだろう。

 アーメルサスのものとそっくりだ。

 ただ、こちらの方が『原文』かもしれない。

 皇国語訳だが、アーメルサス神話と同じ誤訳をしている。

 ペルウーテでは、主神より宗神が重要視されていたのかもしれないが、その大元は今受け取った神典でも神話でもなさそうだ。

 何か、別のもの。


 ふと、不思議な考えが頭を過ぎった。


 この神典と神話は……後からそれらしく装うためのフェイクではないのか?

 ならば、オルフェ語のもう一冊の方陣らしきものが書かれているものと、ペルウーテの地理的なものの書かれている本の方が重要だ。

 その二冊を読んでいくと、この島が如何に新しい島かがよく解った。

 だいたい二、三万年程度しかたっていない小さい幾つかの島が、海底火山の噴火で隆起して大きな島になったようである。


 これらに描かれていた『方陣』が、全く見たこともない『図』だった。

 これは……今後の研究対象だ。

 今、解決したい問題とは、ちょっと別系統だな。


 その後、俺が妄想している『仮説』を少々確認するために、ビィクティアムさんにまず尋ねた。

 お次は、もう一度シュレミスさん。

 ある程度の回答を得て、うちに戻ったらあいつからもらったペルウーテの岩石を分解して……試す。

 そして、方陣をずらっと並べ……頭の中を整理した。


 ……なんとなく、この考え方でいい気がする。

 では、まずやってみて、検証を依頼せねばなるまい!

 俺はノートに、ガイエスが持っている全ての方陣を『最適化』して一冊に纏めた。

 送ろうか……と思ったが、あっちはもう夜中だ。

 じゃ、俺も一眠りしてから……だなー。



 翌朝、食事と蓄音器体操を済ませた後に、できあがった冊子を『転送の方陣』でぽーんと送り、ガイエスにコール。

 ぴぴっ、と軽い音がして通信が繋がってすぐに声をかけた。


「今送ったやつなら、使えると思うー」

〈……まず、前置きか説明をしてくれ……〉


 あ、わりぃ。


 ********


『緑炎の方陣魔剣士・続』の參第50話とリンクしております。

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