第586話 ヒント? 問題?

 翌日の朝から、俺は昨日のマダム・ベルローデアからヒントをいただいた『シルエット画法』にチャレンジしていた。

 なかなかどうして、かなりいいですよ!


 まずは元の図鑑から写真や細密画を【複写魔法】でそのまま複写。

 それを【彩色魔法】と『覚感技能』で感じ取って、『均平技能』を使って『色を均す』のである。

 なるべく色味を少なくし、べたっとして陰影のない簡単な形の『面』で構成された図形に変換する。


 その図形を『調律技能』と【加工魔法】を使って単純化した『図案』になるように落とし込み、その色と色の境目を意識しつつ【複写魔法】で一色分の形だけを抽出する。

 これを繰り返して『図』として、ものの形を描きとる。

 図案になったものは『俺が作った』ものなので、境目を輪郭線として取り出せるのである。


 色を排除して輪郭線だけにするのは、魔獣の色はあちらで生きていた獣や虫、魚とまったく違う可能性があるからだ。

 俺が見たのはカルラスでの魔魚と、西の森奥での魔虫の幼虫と二、三匹の飛んでいる姿だけ。

 たったそれだけでも、俺の知っているあちらの世界にいた似ているものとは全く違う色味をしていた。


 魔魚なんて、今思いだしても、あれが海にいたら絶対に目立つんじゃないかってくらい毒々しい派手な色合いだった。

 飛んでいた魔虫も、俺としては蠅とかみたいに黒っぽいものを想像していたのに、鮮やかな蛍光ぽい色が何色か入っていた。

 玉虫色に光っている感じではなくて、むしろ気持ち悪かったよな……


 おおおーー!

 なかなか綺麗にできたー!

 ちゃんと猫と犬とライオンと虎の区別がつくぞーー!

 俺がこんなに段階を踏んで行わねばならないことが、たったひとつかふたつの技能や魔法でできるとは……羨ましいぜ『作画技能』と【描画魔法】。


 しかし、これを金属プレートに【文字魔法】で書き上げ【複合魔法】を使用し【集約魔法】にしてしまえば、このプレートの上に絵を置いただけで瞬く間にピクトグラム的な線画の如く、様々な絵ができあがる。


 絵を描くってことを言葉で分解できなくて、その分解に魔法と技能をどう当て嵌めていいか判らなくて随分苦労した……

 もう、ここまでで充分……!

 頑張った、俺!

 でも、もうちょっとマダム・ベルローデアには教えてもらおうっと。


 この絵記号的なものを図鑑に載せておいて、ガイエスに渡しておこう。

 あいつが見たものや知っているものは形を描き替えるとか描き足してもらって、特徴とか文章も書き加えたり訂正してもらえるようにしてあるし。

 色が付けられるように色鉛筆みたいなもの……作ってあげようかな。


 まずは、できあがった書き込み図鑑の裏表紙の所に平べったいスライドケースを付ける。

 そこに十二色の色鉛筆が、入れられるように。

 綺麗な色だけではなく、魔獣にありがちな激しい色とどす黒い感じの色も。

 使うか解らないけど、白と黒も忘れずに。

『消し鉛筆』は軽くなぞるとなぞった所だけ、色が消える。


 鉛筆は、ケースに戻すと芯が出るようにしておこう。

 こういう自動芯出し機構のシャーペンあったよねー。

 一定の画数書くと芯が出るんだよ。

 好きだったんだよねー、あれ。

 限定色……買い逃したんだよな……


 おっと、ここまでの魔法で魔力使用量が二万ほどいってしまったぞ。

 ま、二割以下だから、へーき、へーき。

 でも、だいたいできたかなー。



 さて早お昼を食べて、今日はコレイルとガウリエスタの伝承の進捗を伺うべく教会に行きたいのだ。

 移動の方陣で教会に着くと、いつものごとくさささっとテルウェスト司祭がいらっしゃる。


「ようこそっ!」


 この大歓迎という笑顔……嬉しいんだが、お仕事の手を止めてしまうのは申し訳ない。


「実は、以前お願いしていたガウリエスタとコレイルの伝承話、どうなったかなーと……」

「コレイルの方は、レトリノから預かっておりますよ! ガウリエスタのは……ああ、まだシュレミスがおりますから確認しましょう」


 どうやら、今日はシュレミスさんだけは午後の課務を行って、後から遊文館に行く日らしい。

 神務士トリオは、ローテーションで課務と遊文館のバランスをとるようにしてくれているのだとか。

 ありがたいことだ……


 丁度、聖堂の清掃作業のようで、シュレミスさんが『洗浄の方陣』を起動したようだった。

 アトネストさんは下から風で巻き上げるような感じをイメージして使っていたようだが、同じように風っぽいイメージなのにシュレミスさんは真横に風を広げ、中央に集めて巻き上げる……みたいな感じだ。


 同じ方陣札でも、汎用性の高い魔法だと使い方が違ってて面白いよな。

 彼の魔法の範囲に俺がいたのが解ったのだろう、視界には入っていなかったのにばっ、と振り向いた。


 シュレミスさんは範囲指定がキッチリできて、空間認識力が高いのかもしれない。

 初めに想定したものと違うものが混ざったことで、魔法の影響が出たことが解るとはなかなかの達人クラスだ。

 もしかしたら、空間系の技能があるのかな?


 めっちゃ笑顔で走り寄ってきたシュレミスさんは、元気にご挨拶してくださった。

 ちょっと、ルエルスみたいだ。

 ……いかん、年上の方に失礼だな。


「シュレミスさんは方陣の魔法でも、影響範囲をしっかり理解していらっしゃるんですねー」


 俺がそう言うと、お解りくださるとは! と大袈裟に感激する。

 意外とリアクションが大きめだよね、シュレミスさん。


「ガウリエスタにいた頃から、僕と僕の家族はあまり身体が丈夫ではなくて『回復の方陣』を使ったり、掃除なんかもちゃんとできないことが多かったから『洗浄の方陣』はよく使っていたのです。なので、方陣については……ちょっとですが、勉強しました」


 おお、素晴らしい!

 俺とテルウェスト司祭からの称賛に、シュレミスさんは少し照れくさそうだけど誇らしげだ。

 うん、うん、こういう『必要に迫られて』から、好きなものや大切なものが見つかることもあるからね。


「ガウリエスタにいた頃は方陣札も高くてあまり買えませんでしたし、たいして良いものがなかったのか『洗浄の方陣』もこの聖堂くらいの広さだったらきっと四枚は必要だったかもしれないです。皇国に来てから……本当に、方陣札が手に入りやすくて嬉しいのです」


「おや、皇国とガウリエスタでは、違う方陣が使われていたのですか?」

「いいえ、司祭様。同じだと思います。まぁ……皇国のものの方が綺麗に描かれているものが多いので、そのせいだとは思います」


 そっか、やはり他国は方陣を描く技術の問題で、弱い魔法にしかならなかったんだなぁ。


「だけど、ガウリエスタの方陣札も皇国で使ったら少しはマシになったので、使う者の技能とかにも関わるのかもしれないですが」


 ん?

 いやいや、方陣の魔法ではそもそも必要な技能が呪文じゅぶんや図形で表されているから、関係ないはずだ。

 だから、誰が使っても一定の魔法になる、というものなのだから。


「……シュレミスさん、ガウリエスタで手に入れて皇国で使ったという方陣札は、皇国のものと『図』が違っていましたか?」

 少し考え込むようにしたシュレミスさんだったが、違いはなかったと思う……と言った。


「図も、呪文じゅぶんも……変わらなかったはずです。ガウリエスタの公用語は皇国語でしたし、皇国語の札でなかったら全く魔法になりませんでしたから」

「ガウリエスタ語の方陣ってなかったんですか?」

「ありませんでしたねー……ミューラも、アーメルサスも、方陣札として『使えるもの』は全部皇国語だけでしたから」


 他国には皇国語以外の札もあるのではないかと思っていたのだが……ない、のか。

 いや、使えないから、作られていない……?

 なんで他国語だと使えないんだ?

 日本語で作ったって使えるのに。


 あ、日本語バージョンは俺のオリジナルだけだから、万人が使えるとは言い難いか。

 他国の文字は、魔法との親和性が低いってことなのかな?

 どうしてだろう?


「司祭様、もし……これからの課務に影響があまりなければでいいのですが、シュレミスさんと少しお話をさせていただいてもいいですか?」

 テルウェスト司祭はちらり、とシュレミスさんを見ると、シュレミスさんは大きく何度も首を縦に振ってくれた。


「畏まりました。シュレミス、残りは何がありましたか?」

「待合と食堂の清掃だけです!」

「では、それが終わり次第……でよろしいですか、タクト様?」


 はいっ!

 それは勿論っ!

 あれ……? 


「……『様』?」

 俺がそう言ってテルウェスト司祭を見つめると、にこり、と微笑む。

「教会の中だけ、でございますから」


 そうか、ある程度の情報の共有がされている、と言うことなのですな。

 治癒が使える聖魔法師とまでは言ってないかもしれないけど、俺が金証ってことは……解られちゃっているのかもしれん。

 神職の方々ならば、ばれてもしょうがないかー。

 それに、元々シュレミスさんとレトリノさんは『様』呼びだったから、いいかー。


 そして、とんでもない勢いで完璧に清掃作業を終えたシュレミスさんが、俺が待っていた西側の応接に来てくれるまでに十分とかからなかったのである。

「なんなりとお尋ねくださいっ!」

 前のめりだ。

 もちろん、テルウェスト司祭もご同席いただいている。


「まずはガウリエスタが、どういう状況でどんな方陣札を売っていたのか、皇国のものと違いがあったのか……などを教えてもらっていいですか?」

 亡くなってしまった故郷のことを語るのはつらいかもしれない……と思っていたのだが、シュレミスさんはそんな様子を微塵も見せずに色々と教えてくれた。


 ちょっと驚いたのは、方陣札は魔具屋でしか買わないということ。

 魔法師組合というものがそもそもなく、魔法師は教会所属だが教会には信用がなくて誰も訪れないのだという。

 そのあたりの説明では、テルウェスト司祭がもの凄く哀しげな表情を浮かべる。


 ガイエスも言ってたよなぁ……教会は隷属契約をさせられる恐怖感があるから、行く人は少ないって。

 ……その教会の司書室によく行っていたとか、あいつは子供の頃から随分と剛胆だったんだな。

 もしかしたら、近くにいい司祭様でもいたのかもしれないが。

 では、メインの方陣の使用感について。


「ガウリエスタの方陣を使った時に、皇国とガウリエスタで違いがあったというのは、具体的には魔法の規模だけですか?」

「いえ……なんと言っていいのか……ガウリエスタにいた頃は、自分の魔力が起動時以外にも『吸われている』っていう、変な感覚があったのです。ですが、皇国で使った時はそれがなかった。ガウリエスタのものは、三枚しか持っていなかったので偶然かもしれませんが。それに、皇国の札では全くその感覚はないのです……」


 起動魔力以外にも、自分の魔力が必要になるなんて方陣は聞いたことがないぞ。

 長時間状態を維持するものだって、方陣だったら起動時だけでいいはずだ。

 ガイエス……は、方陣魔法師だからなぁ。

 あまり参考にならないかもなぁ。


「そういえば、アトネストも『偶に余分に魔力が吸われている気がする』と言っていましたね……」

 テルウェスト司祭はアトネストさんが移動鋼を使って移動した時にそう感じたことがある、と教えてくれた。


 だが、シュレミスさんは『移動の方陣』では、全くそう感じたことはない、と言う。

 どういうことだろう……方陣が人によって違う影響をもたらすなんて、どの文献でも見たことはない。


 こういうこと、もしかしたらキリエステスの蔵書だったら……書かれているものがあるのかもなぁ。

 あの家門からは、まだ打診もないんだよなーー。

 ちょいと今持っているものからも、探してみるかー。

 方陣魔法の強弱の原因は、完成度だけじゃない……ってことも、ありそうだ。


 シュレミスさんにはまたいろいろとお伺いしたいことができたらよろしく、と伝えて今できあがっている分の伝承をいただいた。

 まだ幾つかあるというので、そちらも楽しみである。


 さて……おうちに戻って、秘密蔵書をひもといてみますか!

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