第585話 光明

 サミットの件はまだまだ先なので、皆さんからどのようなことを聞きたいのかを具体的に出していただいたり、諸々の条件決めなどはこれから徐々にということで一旦置いておくことに。

 俺の回復に伴ってシュウエルさんがトレーニングメニューとスケジュールを再編してくださるので、明日、明後日はお休みになりました。

 自主トレメニューをもらったので、おうちでちゃんとやらないとね。


 それでは、滞っていた各ご家門の蔵書翻訳を一気に進めましょうかーーっ!

 十冊くらいをがーっと訳して、だーっと書き上げていくと……消費魔力は、だいたい二千七百くらい。

 ふむふむ、ならば一日あたり千冊くらいは俺の魔力量ならばノープロだ。

 一日の使用魔力を、魔力総量の三割程度に抑えていれば大丈夫。


 セラフィエムスの医術書にも『所有魔力の一割以上は使った方がいい』と書かれていたし、シュウエルさんからもそう言われているから、そのペースでの翻訳ならば二割行かないくらいだし丁度いいだろう。

 ……一般人じゃあり得ないのだが、こればっかりは仕方ないのだ。


 他に魔法を使っても、そんなに大きいものじゃなきゃ問題ない。

 今のところ、使うものは殆ど翻訳くらいだけどな。

 この翻訳も他国のものって明確に解る伝承話系は後回しにして、遊文館におけるものを優先で仕上げていこう。


 あ、大陸史……そうだ。

 カタエレリエラの三角錐石板に書かれていたやつ、セラフィエムスの蔵書になんか繋がりそうなのないかなぁ。

 この『シィリータヴェリル大陸の歴史の始まり』なんだし。

 ただ……まだ国としてはちゃんと整っていない時代のことだから、神話なのか人々の歴史なのかの線引きが微妙ではあるが。


 こいつもなんとなく、もう少し『先』がありそうなんだよなぁ。

 神々から大陸の樹海もりの周りに国を創るように言われて、それぞれの英傑と扶翼達は一緒に『国』を作る盟約を交わす。

 その彼らが神々の願いを守り続ける国を創ると誓約を立てるのであれば『その国の望みをひとつずつ叶える』と約束してくれている……ってところまでなんだよな。


 どの国に何人のどういう英傑と扶翼が割り振られ、どんな望みを叶えてもらって国を創ったのか……っていうところが書かれたものが、ありそうな気がしているんだけど……

 その辺が解ると、おそらく伝承に出て来る英傑達の異名で、皇国かそうでないかがもっとはっきりしそうだよね。


 それぞれの国々は、一体何を神々に願ったのだろう。

 なんとなく……イスグロリエスト皇国の二十一の家門が願ったことは……解るような気がするんだ。


 それはきっと、今もずっと叶えられ続けていることだと思えるから。

 迷っても、揺らいでも、仲間が欠けてしまっても、信じたものを失わずに懸命にこの国を護ってきた人達の願いが、この国を支え続けているんだろう。

 神々が応えない訳はないよね。


 はー……歴史浪漫に浸ってしまった……

 これについては、与えるインパクトが大き過ぎるからもう少し内緒にしておくべきなのかなぁ。

 レイエルスが公開しないと決めたことまで書かれているから、それが明かされていいかは確認すべきだな。


 それに、絶対に混乱すると解っているものを丸投げっていうのも……申し訳ない気もする。

 まぁ、焦る必要はない。

 しっかり考えよう……今はちょっと、やることとやりたいことが詰まっているし。


 それじゃ、お次は図鑑の方に参りますかぁ。

 カメラを作ったから香辛料・調味料図鑑は写真の複写でなんとか画像を作ることができた。

 日用品や、動物とか、お魚も、父さんの協力でできつつある。

 虫……に関しては、オーデルトに頼めるようになったら、この近隣で見かけられるものは何とかなるだろう。


 そして最大の難関であり、この国にとって最も大切であろうと思われる生物の図鑑……魔獣・魔虫・魔魚図鑑。

 これはこの間、名前と説明文などや簡単なものの翻訳は書いてある。

 更に、書き込みができるようにレイアウトも工夫してあるのだが……やはり、絵……ガイエスにしたって、完璧に覚えているものはそう多くはないだろう。


 だいたいどういう形なのかくらいは、描いておきたいところだ。

 簡略化した絵が望ましいのだが……誰かに描いてもらうことは憚られる、というか、描けるほど魔獣や魔虫を知っている人がいない。

 あちらの世界の図鑑を見て、俺が簡単な形でも描けるのならそれが一番いい。

 しかし、残念ながら、その才能は皆無である。


 だからといって【複写魔法】であちらのものを精密に複写してしまうと、本当の姿との違いを描き込みづらいというだけではない。

 今まで俺が手にしたどの本にも、そんな絵がまっっっったくないのに俺が『複写』できることがまずいのだ。


 文章を読んでこんな形と想像できる以上に細かく描いてしまったら、出典元があることが明白だ。

 だが、そこに描かれているのは魔獣や魔虫ではなく、ただの動物や虫として描かれているのだ。

 それらが『魔獣や魔虫として存在している確認』というものが、俺にはとれていない。


 しかも、既に日本が異界であると言うことは、周知の事実なのだ。

 この世界でない異界のものを参考に作られたものに、信憑性など皆無である。

 なにせ、現時点でそれらを魔獣だと言い張っているのは、この世界で俺だけなのだから。


 だから、はっきりした形状や特徴でなく『牛っぽい』とか『熊っぽい』とか『蜂っぽい』とか『カマキリっぽい』とかがなんとなく解るってだけでいい。

 問題は……その『ぽい』の見本となる獣やら虫やら深海魚を……だーれも見たことがないのだ!

 だから、外注ができない……ある程度は俺が……シルエット的なものでいいから、描けなくてはいけないのだ。


 そして俺はその『ある程度判別できる簡略化』が、めっちゃくちゃ下手である、ということが最大の問題だ!



 というわけで……本日は遊文館に、レェリィとしてやって来ました。

 オーデルトと一緒に、マダム・ベルローデアからお絵かきのコツを教えてもらうためである。

 やる気満々でなんだか肌まで艶やかなオーデルトは、この数日間で描いた『虫以外のもの』をマダムに見てもらっている。


「ま、ま、まっ! オーデルトくんはとても努力家ですわねっ! とぉっても美味しそうな葉っぱが、描けておりましてよっ!」

「この虫が、前に止まっていた木の葉っぱなんだ。好きなのかと思って、覚えてた」

「ええ、そぉですわねっ、きっとこの虫も喜んでいますわねっ!」


 おおー、流石だ。

『作画技能』持ちは描こうとする対象を定めると、思い描く通りに手が動くっていうからなぁ。


「レェリィくんは、どぉかしら?」

「……」

 俺はまたしても牙兎を描いて、自分でも解るほど大失敗だと気付いていた。

 だが、マダム・ベルローデアは思いもよらないことを言った。


「あらあら、レェリィくん、それは水牛のお顔かしら? なかなか、勇ましいですわよぉ!」


 水牛がいるのかーーっ!

 何処にっ、何処にいるのですかっ?

 水牛はっ!


「レェリィくんは、ルシェルスの北からいらしたのかしらっ? 沢山いますものねぇ、あの辺りですとっ」

「ベルローデアさんは、ルシェルスから来たんすか?」

 いい質問だぞ、オーデルト!

「そぉですわよ。あたくしは、レナンタートという町におりましたのよぉ」


 レナンタート!

 よっしゃーー!

 水牛の乳製モッツァレッラの光明が見えたぞーー!


 それにしても……牙兎が……水牛……垂れた耳が水牛の角に見えたのかな?

 ううむ……

 そしてちょっと小首を傾げたマダム・ベルローデアが、俺に絵を描いたり写したりする技能か魔法がないか、と尋ねてきた。


「【複写魔法】なら……あります」

「あらあらまあまあ! それならば、この描き方はちょぉーーっと、レェリィ君には合わないですわねっ!」

「合わない?」

「ええ、そぉですわっ。【複写魔法】は絵や図を写し取ることは非常に得意ですし、見たものを見たままに紙に写し取ることはできますが『線画』を描くことには向いておりませんのよっ」


 線画に、向かない……?

 いやいや、それってつまり、絵を描くことに向いてないってことっすよね?

 マダム・ベルローデアは近くに転がっていたふわふわボールを一個持ち上げて、これを見てくださいな、と俺に微笑みかける。


「レェリィくんは、このふわふわのものの『輪郭線』は見えていますか?」


 輪郭線……?

 いや……実際の物体に、線で描ける輪郭なんてものは……あ。

 あああーーーーっ!

 そぉかあ!


 輪郭線なんてものは、殆ど全ての物質に『存在していない』んだった!

 だから、複写はできない。

 俺が立体模型から輪郭線を抽出できたのは、自分が作ったもので全てを理解していたから、要素のひとつとして取り出せた。

 だけど、その他のものの『そもそも存在していない輪郭』は、見ることも取り出すことも写し取ることもできないんだ!


「レェリィくんの魔法『複写』は、ないものは描けないのですわ。在るものを在るがまま写し取ることはできますが、描き加えることはできません。ですから……」


 マダム・ベルローデアは、ふわふわボールを机の上に置いて手でちょっと歪な三角になるように潰した。


「この『青い色』の所だけ、その範囲の形をべたっと、黒で『写して』みてくださいな」


 歪な三角形の青の部分の陰影とか周りの全てを何も気にせず、青も蒼も碧も水色も全部べた塗りの『青の面』として捉えて形の通り『判を押すように』ぺたり、と描け……ということか。


 俺が【複写魔法】を使うと、まったく同じように微妙な曲線の歪な三角形の『影』が描かれた。

 次は、これを描いてみましょうっ! と差し出されたのは、テーブルに置いてあった消音の魔具。

 形は簡単だが、ちょっと複雑な曲線の模様がある魔具である。


「形を意識しないで『色』で区別してごらんなさいな。同じ色味の所で、ぺたっとさせて複写するのですよ」

 緑色の本体に、銀色のパーツ。

 緑の所をべたっと、そして、銀の所も……


「ほーら、黒一色ですけれど、何の形か解りますでしょっ?」

「うわぁー……本当だ。レェリィが描いたものが、何を描いたか解るなんてすげぇ!」

 オーデルトには、褒められているのにディスられている気がする。


 だが、この『単色を想定して面で捉える複写』は、イイ感じにシルエットが描けるのではないだろうか?

 本当にもう、マダム・ベルローデアには感謝しかないぞ!

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