第580話 各地の食材情報

「タクトくんはすぐに魔法を使い過ぎると思っていたけど、そうでもなくて安心したよぉ」

 ……と言うシュウエルさんの目が笑っていないのは、うっかり魔獣図鑑(仮)のひな形作りで【文字魔法】と【複写魔法】を使い過ぎたせいです。


 あれを書き出すまでは、三千くらいで抑えられていたんですけどねー。

 うっかりプラス六千ほど……ええ、ちょっとだけオーバーです。

 だけど身体自体はなんともないので、怒られるほどではなく……って、ごめんなさい。

 笑顔のまま、ピコピコハンマーでぶたないでくださいーー。

 コレクション達に頼り切った防衛策なので、ちゃんと鍛え続けますぅー。


 そんなこんなでシュウエル・メニューが、ちょっとだけ厳しくなりました。

 しかし、これくらいでは動じないのだ。

 コレクションさんの鉄壁完璧石垣構造のおかげで、魔力流脈が修復できているから筋力がちゃーんとアップしているのですよ!

 はっはっはーっ!


 そしてそして、少しだけ早めに午前中のメニューを終われたので、衛兵隊事務所厨房の見学です!

 今日のお料理当番が、最近食材的注目度の上がっているルシェルス領レルンテア出身のスタイアルムさんだから余計に期待しているのだ。

 巴果ブラジルナッツの栽培チャレンジの進捗とか、オリーブオイルの他領輸出状況とか、色々聞きたいことがあるご領地である。


 実はスタイアルムさん、かなり料理好きで夏場の休日には態々奥様とおふたりで、ロンデェエストまで新鮮な野菜を買いに行くほどなのだ。

 しかも奥様がロンデェエストの方で『玉黍たまきび』の品種改良を手がけた農家と懇意になさっているというのだ!


 玉黍とは、トウモロコシに大変よく似ているものである。

 シュリィイーレで売られているのは粉の状態のものだけで、自動翻訳さんお得意の『似』付きだった。

 なのでトウモロコシとは、微妙な違いがあるのだがシュリィイーレに入ってきている玉黍粉は硬粒種のもの。

 フリントコーンに近い品種なので、粉にして練ったものを焼いて食べるのが普通である。

 だが、なかなか入ってこないロンデェエスト南方のものは、そのまま食べられる軟粒種であると聞いたことがあったのだ!

 スタイアルムさんが持つ食材情報を、是非是非伺いたいのだ!


 いやぁ、シュウエルさんが色々とお話ししてくださって、衛兵隊員達のデータが更に集まってきましたよ、ふほほほほ。

 ま、俺に話していい情報だけを選別して流しているんだろうけどね。

 ある意味、これが俺にトレーニングを続けさせるご褒美的なものなのかもしれない……

 絶対にビィクティアムさんの掌の上な気がするが、有益なので転がされてやるのだ。

 そう、敢えて、だ! 多分。



「あ……いい香り」

 厨房に入った途端に香る、バジルの匂い。

 そうそう、この箒草ほうきぐさと呼ばれるバジルの仲間も、ルシェルスの定番ハーブだ。

 この間、母さんが作ってくれたリエッツァに入っていたやつである。


 これもフレッシュな物は残念ながらシュリィイーレには入らないので、こんなにふんだんに使われる料理はなかなかない。

 うちで使っているのも、乾燥させたものだけだ。

 わぁー、鶏肉の檸檬バジル炒めだーー!

 ああーーっ!

 白花椰カリフラワーも入ってるーー!

 美味しそうぉぉぉ!


「おお、タクトー! 箒草、よく知ってたなー」

「乾燥させたものしか東市場で見たことなかったんだけど、新鮮なのがこんなにあるなんて……!」

「ふふふー、秋になってすぐに、妻がストラまで買いに行ってくれたんだよー。シュリィイーレじゃ、これは手に入らないからな!」


 ストラは、ルシェルス領でもカタエレリエラに近い南方の町だ。

 もしかしたらエイリーコさん達なら、栽培している所を知っているかもしれないなー。

 サラーエレさんが今まで乾燥したものしか持って来ていなかったのは、時期的に収穫前にシュリィイーレに来てしまうからだ。


 ちょっとエイリーコさんに頼めるか、来年早々に確認だな!

 そしたら『移動の方陣』でこっちに来てくれる時に、買って来てもらえるかもー。

 ジェノベーゼソース作りたいーー!

 あ、松の実、どっかにないかな?

 大蒜にんにくと一緒に入れると、ソースが美味しくなるんだよな。


 すぐにできあがるからと、食堂で待機。

 ほんの四、五分で美味しそうなランチプレートが目の前に。

 では、早速いただきます!

 おおー、ささみ肉だけどいい油……あっ! 


緑木犀りょくもくせいの油だ」

 檸檬とバジルでちょっと香りが解らなかったが、オリーブオイルだ。

「……凄いな。よく解ったね? シュリィイーレにはなかったはずなのに」


 スタイアルムさんが、バジルの時以上に驚いた顔をする。

 いっけね、つい……


「俺が生まれた所では、よく食べていたんですよ。これを野菜にかけたり、パンに染み込ませて食べたりしていました」

 危ない、ガイエスから転送して貰ったと言いそうになってしまった。

 あの『転送の方陣』は、ほぼ絶対にアウトだからな。


「へぇ、タクトくんのいた所って、随分と色々なものが作られていたんだねぇ」

「作られていたのは……俺が知っているのは、近くの島……だったんですけど、本土にも運ばれてきていたので」


 多分、他にも作っているところはあったと思うんだが、俺はオリーブといえば小豆島しか知らない。

 あ、香川でもあったか? 

 四国も……島といえば島だから、間違ってはいないよな。


「なるほどなー。ルシェルスでもリバレーラでもやっと安定した生産ができるようになったらしいから、これからは油だけならこの町の市場にも入るかもしれないね」

 おおっ! なんという朗報。


「そうだといいなぁ! 俺、巴果も楽しみにしているんですー」

「あれは……まだ頑張っているって感じだったみたいだなぁ、妻が殆ど買えなかったって言ってたから」

「そうなんですね……焼き菓子に入れたかったのに、残念だなぁ……」


 そっかー、まだ難しいかー。

 栄養価高いから、遊文館のお菓子に入れたかったんだけどなー。



 それからも料理当番の人達には必ず、ご出身の所の食材のことを沢山聞いた。

 羨ましいものや、欲しいものなんかが多過ぎたのだが、聞いているだけで楽しかった……!

 レイエルス侯が送ってくれた調味料と、各地の食材でどういう料理が作られているかが解ると図鑑作りにも更に熱が入ろうというものですよ!


 ……問題は、やはり『絵』だよなー……

 メイリーンさんも知らないようなものは、どうにかして実物を手に入れたいものだ。

 実物さえ手元にあれば、カメラは作れるから『写真』は残せる。

 そしたら、全体を描くことはできなくても『食べられる部分』を記録しておけるだろう。


 マダム・ベルローデアに習って、ある程度描けるようになるのだろうか……

 ……俺、自分の画力ほど信じられないもの、この世にないかもしれない。

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