第579.5話 次期当主たちの雑談

「こうしてわたくし達だけで集まるのは、随分と久し振りですね」

「次期当主だけでは……十二年振りくらいか。ビィクティアムが、シュリィイーレに行く少し前だったもんな」

「すまんな、時間がとれなくて」


「中央勤めの我々も忙しかったからな……やっと、少し落ち着いたかと思ったが、ビィクティアムの持ってきた『本』で大騒ぎだわい」

「うちでもとんでもないものが見つかって、吃驚ですわー」

「おや、ゼオレステでもか?」

「ええ……どう見ても、神話の第三巻の一部らしき前・古代文字の本ですのよ……これも、スズヤ卿に確認をお願いしなくてはいけないわぁ」


「ふぅぅむ、続々と出て来おるなぁ。うちはまだ何もないが……」

「サラレアは既に、全ての前・古代文字や古代文字の本をシュリィイーレに届けていらっしゃると伺いましたから、これからではございませんの?」

「実は、分家の方にもまだ少しだけ古代文字のものが見つかってな。ラシードと一緒に『辞書』で調べている最中だ」


「あの辞書は素晴らしいわ! あんなに細かく凡例まで載っているものなど、今まで見たことがありませんでしたわ」

「ええ、オフィア様。わたくし達も驚愕いたしましたわ。それで古代文字がもっと読みやすく、理解しやすくなりましたもの! それで、うちからも『生命の書』の記載に似たものが見つかりましたし」


「ほぅ、テルウェストにあったものとは?」

「火の魔法の記載ですわね。主に【火炎魔法】【炎熱魔法】の細かい分類が出て参りましたの。我が家門にとって必要なものですから、きっと抜粋版として書き残していたのですしょう」

「してみると、各家門の血統魔法や、それに付随する色相魔法についての資料はまだまだありそうだな」


「そうだな、ビィクティアム……それを全て集めると『生命の書』の完全版ができるかもしれないな!」

「あの『生命の書』だけでも素晴らしい内容だったけど、あれが全てでないと知らされた時は、何処を探せばいいのかと途方に暮れたわ……」

「そうですわ。セラフィエムスになかったら、皇国の何処にもないのではないかと……まさか自分の家に眠っていたなんて思いもしなかったわ」


「まぁ、本のことは辞書をご提供くださったスズヤ卿に感謝するしかありませんね。やっと『どの本が重要か』の正しい分類ができるようになりました」

「前・古代文字の辞書も、いつか手に入れたいものだな」

「ナルセーエラも二千冊ほど、シュリィイーレに送ったと聞きましたけど?」

「ええ、前・古代文字中心にですからその程度ですが、まだ古代文字のものは中央区の傍流にもございますから」


「……うちは、シュリィイーレがあんなに早く『閉まる』と思っていなくて……間に合わなかったのよね……」

「うちもだよ。あちこちからパラパラと、いつまで経っても届くものだからつい……機を逸してしまった」


「そうだ、スズヤ卿といえば、コーエルト大河の護岸補修と港湾施設建築に『スズヤ卿の故郷の技術』が使われたと聞いたが?」

耳敏みみさといですねぇ、バトラム殿は」

「ゲイデルエスの情報収集力は、流石ですわね……どのような技術でしたの? ドミナティア卿」


「『氷系の魔法を使って断熱効果の高い強靱な煉瓦を作る』というものですよ。詳しくは魔法法制の技術部門に資料を登録してありますから」

「私もやってみましたわ。ただ……少し雨には弱いのですね。だから、カタエレリエラの気候には向かないみたいでしたわ。残念ですけど、外壁材としてではなく、別のものに使えるか検討中です」


「スズヤ卿は……よくそのような『マントリエルのため』としか思えない技術をご存じでしたね……」

「タクトのいた国には様々な気候の地域があり、技術協力ができるほど人材の行き来が頻繁であったのだろう。広大な国を雷光を利用した『鉄路を高速で走る貨物車』や『爆発魔法を駆使した飛行する船』があったというから」

「その伝承、最近皇宮の史料館でも見つかっておりますわ。陛下が熱心にお取り組みとか」


「新しく『賢魔器具統括管理省院』の設立も決定いたしましたし、スズヤ卿からもたらされるニファレントの『叡智の結晶』は、今後の皇国全体の財産になりますわね」

「スズヤ卿がニファレントの方と知っているのは……陛下と聖神司祭様達とわたくし達……後は警護担当のシュリィイーレの方々ね?」


「スズヤ卿とその周囲の方々への警護態勢が、シュリィイーレ隊と教会にお任せできるのも安心だわ。技術や知識を中央で守れれば、もし不届き者がいたとしてもそれらの者達の意識は中央に向くでしょうし」

「各組合に登録されている品々や方陣などについても、知識と技術の出所は中央でありスズヤ卿はそれを発展させた……としておいた方が、スズヤ卿とその周りは安全ですものね」


「ええ、それについての報奨や対価は『賢魔器具統括管理省院』から出せますから、今までよりも適正な評価がされますわ」

「ナルセーエラ卿、立ち上げの省院長は大変ですね。いつでもわたくし達は協力いたします」

「ありがとうございます、リンディエン卿」

「私もいつでも助けるからね、ラフィエルテ!」

「ふふふ、わたくしの扶翼は頼もしいわね、ティナレイア」


「ニファレント大魔導帝国……か。ふっふっふっ、ますますスズヤ卿に興味が湧いてきますねぇ!」

「キリエステスがそそられているのは、タクトさんの『方陣』ではありませんの?」

「勿論、それもあります。ですが、ニファレントの叡智に興味のない貴族などいませんよ」

「その叡智を受け継ぐことができるのは……シュリィイーレの子供達だけ、ですのね。羨ましいわ」


「なぁに、三、四十年もすれば、その叡智を受け継いだ子供達がシュリィイーレの外へも出て活躍するようになろう。その時に彼らを『導師』として招聘し、各領地での教育を助けてもらえばいいのだ」

「そうですわ。たったひとりの『完全者』を奪い合うより、その知識を得た多くの子供達に、大魔導帝国の叡智を伝えてもらった方が効率が良いわ」

「遊文館の仕組みを伺っていると、他領から送り込んでも全てを教えてはもらえませんからね」


「その遊文館の『利用心得』という冊子、拝見して驚きましたわ!」

「あ、承認申請の時ですね。僕も読みましたよ、ロウェルテア卿。あの罰則、思わず司書書院で大笑いしました」

「あれが適用されるほど、愚かなことをする者がいるとは思いたくはないですけど……スズヤ卿は、一流の拷問官の素質もあるわ」


「……なんだい、ビィクティアム? 何か言いたげだが」

「先日、その制裁が行われてな……いや、とんでもない光景だったようだ。ロデュートとシュレイスが『同家門の恥』と大激怒だったな」

「えええっ……う、うちの家門に、そんな馬鹿が……?」


「あらあら、大変ですわね、マクレリウム卿。うちの家門……大丈夫だったのかしら」

「リンディエンは報告が上がっていませんが、他はゲイデルエスでふたり、ミカレーエルとリヴェラリムでひとり……いたかな」

「なっ! なんということだっ!」

「……そいつの名前、後で伺えますか? セラフィエムス卿」

「はい。リヴェラリムのひとりには、ファイラスがただじゃおかないと憤っていたようです」


「マクレリウムも、ファイラス殿の好きにしてくれて構わんと伝えておいてくれ。まったく……スズヤ卿にあわせる顔がない」

「ええ、今後もどの家門であろうとそれでいいと思いますわ! なんという恥知らずかしら!」

「あの『利用心得』は私も読んだが……なんであれが守れないのかの方が疑問だ」

「まったくです。当たり前のことしか書かれていませんでしたよ」


「まぁ……シュリィイーレに住んでいる『傍流』の中には、中央区でも領地でも馴染めないとか言いつつ、在籍地は変えてない方々もいますよね……何処の領にも貢献する気がないくせに、自分達は守られるべきで特別だと考える馬鹿がいても当然かもしれません」

「そういう愚か者は、随分と少なくなったと思っていましたけど……王都中央区と、少しばかり比率が違うだけで、いないという訳ではありませんものね」


「害悪となる従者家系の整理は終わりましたわ。次は……質の悪い貴系傍流たちを、どうするか……ですわね」

「領地のためにも働かず、皇国の子供達に嫌われるなど、存在の意味がわかんないね、僕には!」


「住んでいる場所……シュリィイーレや王都に在籍地を変えるでもないくせに、領地に税も払っていないということは……義務も放棄しているということよ」

「無理矢理にでも、仕事をさせた方がいいのかしら?」

「巻き込まれる方々が気の毒だよ。それに……そういう人達は、血統魔法があっても聖魔法がない人達が殆どだろう? それだと、血統魔法は次代が既に継承してて二百歳越えならどんどん弱くなっていくはずだ。何ができるんだ?」


「やる気も能力もない人をどう働かせるか……って、難しいな。だからこそ、放って置かれたっていう『腫れ物』の人達が……今回、スズヤ卿に制裁されて血赤袖なし刑にされた……ってことかね」

「『迷惑だから出歩くな』ということよね。素晴らしいわ、自ら出たくない気にさせるなんて」


「だけど……どういう魔法なんだろうな? セラフィエムス卿も実際には見ていないんだろう?」

「ええ、そうですね。凄かったらしいですよ、一瞬で全ての服が血赤色になり、肩から袖が消え腕が剥き出しになったとか」

「それも、ニファレントの魔法ですのね?」

「そうでしょう、おそらく。錯視の応用か、防御系の目眩ましと空間系魔法などの組み合わせかもしれません。それらが合わさって生まれた、上位魔法の可能性もありますけどね」


「その法則も、是非解明したいですね! えーと『おまとめ機能』? とか仰有ってましたよね」

「タクトがそう言ってただけで、正式名称は違うと思いますが。今、判っている条件は『必要な魔法と技術の練度を極冠にする』ということだけで、どの魔法にどの技能や魔法が必要かまでは解っていません」


「解明できているのが【調理魔法】というのは、とても驚いたわ」

「【煮焚魔法】と【水合魔法】と『調味技能』……だっけ? よくそんなもの出たよなぁ、ビィクティアム」

「あの『簡易調理魔具』は、なかなか面白いぞ。あ、今並んでいる菓子も、俺が作ったものだ」

「「「「「「「「「「「「えええーーーーっ?」」」」」」」」」」」」


「……やっぱりか」

「わたくしも、王都の菓子にしてはタクトさんのものに似ていると思っていましたわ……」

「こんなものまで作れるようになるのか……! うむ、旨いなっ!」

「うちの領地でもあの魔具を売り始めたいのだけど、生産は全てシュリィイーレですの?」


「いいえ、魔具自体はセラフィラントです。ただ、見本食が今は用意できませんが」

「それは……残念だけど、魔具だけでも取引したいから、今度千年筆と同様の依頼状をお送りすればよろしいかしら?」

「はい、それで」


「料理ができるようになる、というより魔法の獲得の仕組みを理解するには、とてもいい方法ね」

「ニファレントの叡智……か。一度でいいから、直にスズヤ卿から教えを伺いたいものだな」

「まったくですよ。嘆願書……なんて作っても受け取っていただけないですかねぇ……」


「各領地に招くのは無理だろうなぁ。スズヤ卿、シュリィイーレから出たがらないでしょう?」

「そうだな。言っとくが、俺からその手のことは一切依頼しないからな」

「……解ってるよぉ」

「なぁに、スズヤ卿も四、五十年後くらいには、旅行のひとつもしたくなるだろうさ。その時にでも、依頼してお招きすればいい」


「わたくし達がシュリィイーレに行ったら……教えていただけるかしら?」

「なあ、ビィクティアム、それくらいなら確認してもらえるか?」

「……来訪の際は、シュリィイーレ隊の出す条件を全て吞むというのであれば」

「それは勿論よ!」


「あー……ビィクティアム殿、その、料理は君の妻にも振る舞っているのか?」

「ええ、最近は作って行くととても喜んでくれますから……興味がおありですか、ドミナティア卿?」

「ドミナティア卿、結構『意外なこと』をすると、喜んでくれるものですよ。うちも僕が卵を使った焼き菓子を作ったら、それはそれは喜んでくれました」

「そ、そうなのですか、ルーデライト卿っ? よ、よしっ、私もやってみることにしようっ!」


「でも、美味しくないと喜ばないと思いますわ」

「だから、あの簡易調理魔具はいいんですよ。私もちょっと練習しましたけど、わりと早めに習得できましたよ」

「……ルーデライト卿は、器用でいらっしゃいますもの……」


「あれは方陣だから良いのですよね。わたくしも最近、使い始めましたわ」

「オフィア様のお料理……? 是非今度、いただいてみたいですっ!」

「あら、ならサクセリエルまでお持ちしますわ。来月、白刺草の視察に伺いますから」

「まぁ! 嬉しいですっ! ルシェルスは最近、多くの作物の栽培に積極的でいらっしゃるからそのあたりのお話も、是非」

「ほほほ、そうですね。いくつか取引していただきたいものもございますから相談いたしましょう、フィオレナ」


「……ドミナティアに料理の才能って、皆無のような気がするんだけどなぁ……」

「俺もそう思う。ライリクスもそうだしな。まぁ……これを言ったら、ドミナティア卿はムキになってやりそうだが」

「あ、そうだ、俺の婚約者も懐妊したぞ!」

「そうか、おめでとうテオファルト! で、どちらの?」

「シェラレナだ。レイエルスだから、どんな魔法が出るか今から楽しみだよ」


「そういえば、カルティオラとレイエルスでは、直系は……初めて、か?」

「傍流同士だと多いんだがな。この後、一度セラフィラントに戻るだろう? デートリルスまで来てくれよ」

「ああ、そうさせてもらう。デートリルスの陸衛隊視察は、まだだったしな」

「いや、そっちじゃなくてだな……」


(シュリィイーレを空ける期間が延びているが……まぁ、今年の試験研修生は大丈夫か……タクトの組み手の相手くらい、だもんな。あいつ、ちゃんとやっているかな?)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る