第578話 迷宮核の箱

 さてさて、ガイエス特別派遣採掘員が送ってきた、数々の品を机の上に並べてみました。

 オリーブとオリーブオイルは、既に地下倉庫にたっぷり用意できているし、オリーブの塩漬けも順調です。

 その他のラインナップは……


 オアタートという町の近くにあった迷宮で『核』になっていたという金属製の箱。

 中に入っている黒ずんで破損しているものは、おそらく羊皮紙と思われるものの残骸。

 帰国後に、ロートレアの雑貨屋で売っていたという古本の絵本が三冊。

 ガイエスが思い出しながら書いてくれたのであろう、マイウリア語の伝承話。


 再度渡ったオルフェルエル諸島、ペルウーテのクエルテという町で買ったペルウーテ島の地図。

 これは地名の読み方がよく解らないから、皇国語に訳して欲しい……という御依頼ですな。


 そして……ミニ・リエッツァ甘口咖哩バージョンの追加注文。

 そうか、甘口咖哩は赤茄子入れて煮込んでいるし、チーズもふんだんに使っているからお気に召したのだな。


 さーー!

 何からやろっかなー!


 まずは、依頼分を片付けちゃうか。

 頼まれ事を残しておくと、なーんかモヤッとするからなー。

 すっきり楽しむために、課題は早めの提出がいい。


 最初は咖哩リエッツァの、追加オーダー分の保存食。

 あ、おまけで『揚げ蛸と緑木犀りょくもくせいのみじん切り炒めと香味野菜のリエッツァ』も入れてあげよう。

 大蒜もたっぷりで、揚げ蛸が美味しいのだ。


 それとー、地図の皇国語訳だねー。

 おおー、他国の地図って、なんだか新鮮ー。

 ペルウーテって、アーメルサスから見えるくらいの距離なんだなー。


 おや、オルフェ語の対応表?

 あ、音の対応……あれっ、微妙に間違っているな?

 オルフェルエル諸島の人達も、皇国語がちゃんと聞き分けられていないから間違えているのかな?

 この対応表は無視して、俺の自動翻訳さんで訳す方が正しい発音に……んんんんんっ?


『カティーヤ島』……?

 この対応表に当て嵌めると『カテヤニ島』になるけど……このオルフェ語は『カティーヤ』と発音するのが正しい。

 自動翻訳さんだけでなく、【言語魔法】でも【音響魔法】『神詞操作』『調律技能』……何を使っても【文字魔法】で示された『カティーヤ』だ。


 カティーヤは、アトネストさんのアーメルサスでの家門の名前。

 アーメルサス司祭家門の姓だ。

 だが、それがオルフェ語の発音……そういえば、アトネストさんも『この音は皇国語にはない言葉』と言っていた。

 アーメルサスの位置は、古代マウヤーエートのどの国にも属していない。


 あそこは元々誰も住んでいない『凍土』だった……?

 それが……何らかの理由で、別の大陸から来た民族が住み着いて建国したのがマウヤーエートと全く関係のないアーメルサス。

 それと同じルーツの人々が、オルフェルエル諸島にもいたのかもしれない。

 いや、初めはオルフェルエル諸島の方で……近かったから……移動した?


 言語が全く違う体系なのは、やっばり全く違う島嶼とうしょにいた民族……もしくは、シィリータヴェリル大陸以外の大陸から渡ってきた民族だからか。


 だから余計にアーメルサス語は、正しい音が残っていないんだ。

 おそらく移動してきたのはアーメルサス建国とされる頃、教典や神話の元になった話はオルフェルエル諸島に近いものがあるかもしれない!


 ペルウーテの地図で見つけられたのは、サプト北東にある島の『カティーヤ』の他に、ペルウーテ本島に『シャフワトム』『フォンナフ』。

 その他は、もしかしたら隣のユンテルト島にある町の名前か?

 これは……ガイエスくんに是非とも、オルフェルエル諸島で本か何かを手に入れてもらいたいものだな!


 訳した地図と一緒にメモを送って、頼んでおこう。

 どっかの教会とかで……神典とか神話とか……他国じゃ無料配布はやっていないかな?

 買って……じゃない、喜捨して、手に入れてくれないかなーー!

 そしたら少なくともアーメルサスのものは、皇国の英傑・扶翼とはまったく無関係ですよ! って言い切れそうなんだよな。


 よし、リエッツァの他に、胡麻団子も入れておいてあげよう。

 頑張ってくれ給え、ガイエス特派員!


 こうなるとますます気になってくるのは……この迷宮の箱!

 中身を【文字魔法】と【加工魔法】を使って完全復元。

 やっぱり羊皮紙だが……んー……文字は……オルフェ語だけじゃなさそうだな?

 あ、アーメルサス語だ。

 とすると、さほど古くはなさそうだなー。

 精々、五百年前後……


 おいおい、五百年が『さほど』か?

 俺もすっかり皇国感覚に……まぁ、宇宙的なン千億光年とかいう、笑っちゃうような単位もある訳だからね。

 比べる対象の問題ですな。


 最近、とんでもなく古いものばっか、読んだり訳したりしていたからなー。

 古代文字が書かれていないものの方が珍し……いや、アーメルサス語なら『穴埋め』に古代文字、使われていてもおかしくないんだよな?


 復元された羊皮紙は五枚。

 ひとつも古代文字は使われていない。

 五百年前なら『古代文字穴埋め法』が使われていて当然の『欠けた音のある時代』のはずだよな。


 いや、逆だ。


 ペルウーテで、アーメルサス語が使われていたんじゃない。

 アーメルサスで、オルフェ語が使われたんだ。

 オルフェルエル諸島とアーメルサスは、元々同じ民族だった……と仮定する。

 言語的に。


 同じ言語だったものを……態と変えて使うのは……敵に『解らなくするため』という理由もある。

 方言のように地域で他と交流がなくて話し言葉の発展が変わるものもあるが、書き言葉を変えるということは……これほど近い地域で、簡単に行き来ができる同じ民族だというのに不自然だ。


 アーメルサス語は『皇国語に寄せていった』と思われる。

 この場合の『敵』は誰だ?

 ガウリエスタ?

 いや、ガウリエスタは皇国語が公用語になっていたくらいだったから、まったく無意味だ。


 と、すれば『オルフェルエル諸島の各国』だろう。

 オルフェ語っぽい独特の発音を、似通った皇国語に態と置き換えて『オルフェルエル諸島にいる人々が解らない』ように組み替えたのではないか?


 元々が違う民族だというのなら違っていて当然だが、同じ言葉を意図的に変えているように感じる。

 大元がオルフェルエル諸島で、後からアーメルサスに進出した……のならば、暗号として使っていたとしてもどちらにも共通するものがあるはず。


 だが、この五枚の羊皮紙と、アトネストさんが書いた古代文字混じりでは、オルフェ語をにおわせる発音が皇国語の発音の近しいものに置き換えられている気がする。

 うーん……この考えは突飛かなぁ……資料が少な過ぎるよな。


 でも、もしもそうなら……初めにアーメルサスを建国したオルフェルエル人は、島から大陸に『進出』したのではなく……『脱出』してきたのではないだろうか。

 単なる移民なら、むしろ故郷との繋がりを残そうとすると思う。

 言葉や文化で、神話でもそう語り継ぐだろう。


 だが、アーメルサスからはまったくと言っていいほどオルフェルエルの痕跡が言葉にも文字にも見られず、むしろ皇国側に近いと思わせるように皇国語と似た言葉を多く使っている。

 だから、『音が元々なかったので古代文字をあてた』箇所もあったと言っていた。


 脱出してきたのは、国を追われたからか、政治的軍事的対立で袂を分かったか……アーメルサスは彼らにとって敗走の果ての地なのか、新天地だったのか。

 神話として残っているのは戦いを賛美し、敵対するものを蹴散らすことが正義であるとする猛々しいものばかりで英傑の異名も『力で相手をねじ伏せる』ような名前ばかり。

 となれば……軍事的対立で……アーメルサスに来たのは負けた側。


 続けていたら勝ったんだよ、本当は負けてなんかいないんだから! っていう悔し紛れの空想小説が、神話になっている気がしてならない。

 追い出された側の『負け惜しみ』……うーん、凄く『それっぽい』なーー。

 だから、神々が俗物でそれを押さえ込む司祭家門凄い! カッコイイ! 素敵! お金あげる! が教典?

 哀しくなってきたなー……この推測というか、想像は、アトネストさんには気の毒で言えない……



 肝心のこの五枚の羊皮紙の中身だが、これらは契約書である。

 三枚はなんてことない商取引の契約書に見えるが、取引しているのは『人』だ。

 そして二枚はその人々の……隷属契約書、というやつだ。

 人を物として扱うために結ばせたのだろう。

 他国のこういう倫理観、皇国にいたらちょっと理解に苦しむ。


 契約書関連にはかなりの魔力が込められるから、金属の箱に入っていたせいもあり保持力が高かったのだろう。

 そのせいで、迷宮化したのかもしれない。

 埋められていたのか、偶然埋まってしまったのかは解らないが、この場所にはかつて人が住んでいたということだろう。


 だが、この契約書は少し変だ。

 隷属契約であるのならば、所有者の『隷主』を指定する。

 だけど、これには隷主の欄に『テネーシャ洞』という地名が書かれている。

 そこに住む人ということだとしても、これでは契約は成り立っていない。


 この世界での『契約』とはあくまで人と人が行うものであり、それ以外と結ぶことはない。

 神々と人の場合は『誓約』になる。

 人が一方的に神々に対して誓いを立てる、ということだからね。


 雇用契約も、工房や商会とするのではなく工房主や商会代表とするのである。

 ましてや『土地』は神々のものであるのだから、勝手に結ぶことはできないのだ。

 だから、土地は所有できない。


 地名を付ける時ですら、神々に了承を取り、聖魔法で人に名付けをする時のように『命名の儀』を行うのだ。

 その名前を神々が許可してくださって、初めて地名が付けられるのである。

 人も大地も、神々が創り出したものだから。

 料理とか建物とか、人が作ったものに命名するのとは訳が違うのだ。


 契約書に書かれている誓いを立てている神は主神シシリアテスで間違いないのに、正しい契約でない『ただの落書き』でしかない契約書が作られ、魔力で文字が固定されていた。

 だが、この契約を隷属したとされる人達が破棄したとしても、何も起こらないだろう。

 こんなことをする意味って……なんだろう?


 文化の違いというには謎が多過ぎるなー、オルフェルエル諸島。

 元の神が同じなのに、こんなに違うって……まぁ……あちらでもあったな、そういえば。

 それを考えれば、不思議ってこともないか。

 ガイエスが何か、別の資料を手に入れてきてくれるのを待つしかないかー。


 ま、別に他国の歴史や現状は俺の興味ってだけで、結構、どーでもよかったりするしな。

 他国人の考え方の基本とか文化の違いから、解ることがあるかもしれないから……国境となるセラフィラントとウァラクには、こんなこともあるみたいって報せておく方がいいのかなー。


 でも、憶測や妄想を言うのもなー……俺の妄想話としてビィクティアムさんあたりに聞いてもらうのは……ありかな。

 上手くいったら、何か裏付けがとれるような記録が見つかるかも。



 じゃ、お次に移りますか。

 絵本……もいいけど、ガイエスが書いてくれた伝承はどんなものかなーー!

 ……ん?

『聖剣の英傑』……これまた、知らない人が出てきたぞー。

 皇国は魔法ベースばかりだけど、他国は道具ベースが多いのかな?


 でも、聖剣とか聖槍なんてのは、中二病的には燃えますなーー!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る