第577話 教会にお願い
翌々日、トレーニング明けの午後に、久し振りに家でランチを食べた。
今日もまたビィクティアムさんがセラフィラントに行っているのだが、ディレイルさんも巡回当番の日なので組み手の相手をしてもらえないのだ。
という訳で午後はお休みなので、俺が今、向かっているのは教会。
昨日、レトリノさんとシュレミスさんの分の移動用目標鋼を作ったので、それを司祭様に渡してふたりにも使ってもらえるようになったとお知らせするためだ。
それと多分昨日の内に、アトネストさんから司祭様は血流のこととかも聞いているはず。
その対策グッズの……訪問販売、じゃないな。
売る訳じゃないんだから……押しつけモニター依頼?
教会まで歩いているのは、途中にあった串焼き屋さんが開いてたら……と思ったのだが、残念ながらやっていなかった。
本格的に備蓄分のセーブを始める時期だから、開けている店はどんどんと減っていく。
そろそろ、外門食堂の食べ歩きを始めようかなー。
父さん、母さんと一緒に行ってもいいな!
メイリーンさんとのデートは……外門食堂に行くとからかわれそうだから、おうちデートがいい。
あ、でも、音楽会には行きたいなーー!
そんなことをニヨりながら考えているうちに、教会に到着。
誰ともすれ違わなくてよかった。絶対にニヤニヤしてた。
聖堂への扉が開いているので、司祭様は別のお部屋だろうか。
二、三人、主神の像の前で祈っている人もいる。
ここで司祭様を捜して歩き回るより『移動の方陣』でカタエレリエラへの門がある部屋に入ったらすぐに来てくれそうだ。
でも、この距離をってのもなー……と待合で考えていたら、ぱたぱたと足音がして……来たのは、アトネストさんだった。
あれ……?
遊文館にいらしているとばかり……
アトネストさんが少しばつが悪そうに、もじもじしている?
そーか、あの後会えなくてすれ違っちゃったからか!
申し訳ないのはこっちも同じだからなー。
「先日はすみませんでした、ちょっと離れたところにいたんで、見つけられなかったですよね」
「いえっ! 私が、その、ぐずぐずしておりまして……申し訳ございませんでした」
「俺の方こそ」
その後ちょっとだけ、いえいえ、いやいや、の応酬があり、最終的にえへへ、で落ち着いた。
どうやら、皆さん遊文館に行っていて、司祭様は今隣の魔法師組合に行っていらっしゃるようだ。
「テルウェスト司祭はすぐに戻られますので、こちらでお待ちいただけますか?」
そう言われて案内されたのは、西側の小部屋。
そして座って待っていたら、テルウェスト司祭と一緒に紅茶を入れてきてくださったアトネストさんが入ってきた。
あ、折角だから、アトネストさんもここにいて欲しいなっ!
移動のことをもう少し詳しく聞いておきたいし!
あ、ごめん、お茶がふたり分しかないよね……すぐに終わりますからね!
「シュレミスとレトリノの分……でございますか」
「はい。アトネストさんから三往復がなんとか可能と伺いましたので、同じやり方で遊文館営業時間に限定すればおふたりにも移動の方陣が使ってもらえると思って。ただ、他領在籍なので、室内ではなくて表門前になってしまいますが」
テルウェスト司祭にふたりの分のことを説明しつつ、アトネストさんも表門前になら昼間の移動もしてもらえるということを話した。
目標方陣を分けることで、時間帯を区切る方が使用する魔石を切り替えやすかったのだ。
「そうですか……! 『移動の方陣』が使えるようになれば、彼らも喜ぶでしょう!」
「なんだかアトネストさんに実験してもらう形になってしまって、申し訳ありませんでした。これはそのお詫び……というか、研究にご協力いただいたお礼として、使っていただきたいのです」
「……これは?」
「『安眠枕包み』というものでして、眠りの質の向上をすることで、筋肉の疲れや血流などを調えるようにできないかなーと考えてみたものなのです」
そう、自動洗浄機能付弱回復枕カバーである。
シュウエルさんのトレーニングの際、微弱な回復をかけて身体の修復をしていた時に『大きすぎない回復』の効用は、筋肉回復の手助けだけではなくてリンパの流れを良くすることも含まれていると気付いたのだ。
そしてちょいとそいつを応用して、血流の方も調えられないだろうか……と【
病気というほどではないが、ちょっとした疲れや怠さを睡眠時に少しずつ治せたら……と思ったのだ。
そして物を媒介して作用する【付与魔法】であれば、俺の魔法の欠点である『治りすぎる』というのも防止できる。
「首にあたることで血流にもいい作用が期待できますし、魔力の回復にもいいと思うのです」
「……素晴らしい……これは、今のアトネストには、とても良い効果をもたらすと思います。ありがとうございます」
「実は……アトネストさんのためというのは勿論なんですけど、皆さんにも……試して欲しいんですよねー」
「は?」
テルウェスト司祭が『皆さんって誰?』みたいな顔をなさっておりますが、皆さんっていったら教会にいらっしゃる皆さんのことですって。
「この間『回復の方陣』はかけられる人の加護神と同じ加護神の魔力が入っている方がいい、と聞いたのですが【付与魔法】についても同じなのか調べておりまして……できれば、なるべくいろいろな加護の方々にお試しいただけたら嬉しいなーって。神務士さん達三人分だけでなく神官さん達の分と、テルウェスト司祭にも。駄目ですか?」
なんか、テルウェスト司祭がめっちゃ笑顔になった。
もしかして、結構お疲れだったのだろうか……そうだよなぁ、教会の皆さんには遊文館に行ってもらっているから、いつもの冬よりやることが多くなっちゃっているよね。
是非是非、お使いくださいねっ!
遊文館に来てくれている方々は、夜中の見守りにも来てくれている人達もいるから生活リズムが狂いがちになっている。
少しでもその辺のサポートをするのも、福利厚生の一環だと思うのだが……俺から報酬以外のものを渡すと、皆さんやたら恐縮するので『モニター』として使っていただくのである。
そんでもって、いい感じに使っていただけるように『バージョンアップだからこっちも試してね』と後日交換品も支給するのだ。
……あとで魔法師組合と商人組合に行って、登録はしておこう。
上手くいったら販売して、遊文館資金を蓄えるのだ。
ふほほほほほ!
儲かったら昼間来る子達の自販機販売分も、大人分の値上げ幅を抑えても一食分くらいなら無償にできるかもしれないからな!
テルウェスト司祭とアトネストさんには、快くご了承いただけた。
よかったー。
あ、そうだ……ちょっと相談させてもらわなくちゃ。
「えっと、別件なのですが……実は、先日子供達から『大人の人達が斜書体の見本を欲しがってて付きまとわれる』というようなことを聞きまして」
アトネストさんは吃驚したような顔で、テルウェスト司祭は……ばつが悪そうな表情になった。
なるほどー神官さん達も、ちょっとそれっぽいことをしちゃっていたのかなぁ?
しょーがないなぁ。
「それで、子供達から『大人の人にも見本を作ってあげて』と頼まれまして。いやー、まさか、大のオトナが、子供達に気を遣わせているなんて、そんな情けないことがあるのかと呆れちゃいましてねー」
ますますテルウェスト司祭がちっちゃくなってしまった。
これ以上虐めるのは止めようか。
「でもまぁ、俺の体力作りもあったり、来年になってもそうそう大人のための教室がすぐにできるかの目途が立っていないので、斜書体の見本帳を作って売ろうかと思っているのです」
「それは、非常によろしいと思いますっ!」
テルウェスト司祭、ぱっと表情が明るくなりましたね。
「ただ、冬場って店を開けていないことが多いでしょう? 千年筆を扱ってくださっている南東市場も、いつも開いているという訳ではありません。それに……できれば遊文館に、それを買うためだけの大人には行って欲しくないんです。この間、血赤服になっちゃったような方々もいらっしゃいますし……」
ふたりとも、こくこくと頷く。
「それで……大変申し訳ないのですが……教会の待合室で『販売』をお手伝いいただけないかなぁ……と思っておりまして」
「承りましょうっ!」
ありゃ、即答でいいんですか?
「教会では基本的に、販売ってできないのですよね?」
「ええ、わたくし達の作った物は、できません。ですが、場所を提供することには問題はないのですよ。ただ……内容が、神典や神話ですと販売はちょっと憚られますが」
千年筆セットなどに『見本帳』として付けていたり、単品で売っている物は伝承や神話を元にした『物語』が載せられている。
だが今回はただの『文字見本』と、その筆運びや綺麗に書ける書き順などを指南するだけのものである。
「書き方見本に載せるのは、日常でよく使う物の名前や地名などが主に書いてある『参考資料』というか……『教科書』になります」
「ああ、なるほど! それならば、問題にはなりません。お預かりして販売のお手伝いもできます」
「ありがとうございます。助かります」
後日売っていただく分をお持ちしますので、と、今日のところは皆さんの分として見本誌をお渡しした。
場所代や販売手数料などは教会側からは提示できないので、俺が納品時に『喜捨』という形でお渡しすることになる。
これで、変な人達が遊文館に来なくなるといいなー。
さーて、なんとなく遊文館の現状は一段落……だろうか。
第一回セラフィエムス蔵書公開期間は終了したし、自販機ラインナップの見直しは徐々にやっていこう。
あとは何度か夜に行って、アトネストさんの様子を見つついろいろ確認……かなー。
夜の子供達の食事傾向の分析もしなくちゃ。
それによってラインナップを調えて……新メニューも追加できたらいいな。
そろそろ、後回しにしていたことに着手しても大丈夫かな。
ガイエスから送られてくる物がさー、気になる物が多過ぎるんだよなーーっ!
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『アカツキ』
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