第575話 考え中……?

 アトネストさんが、シュレミスさんとレトリノさんにがっちりホールドされて戻って行ってしまった。

 あれは振りほどけないよねぇ……明日か明後日に、教会に行く時間がとれるかな。


 あ、そーだ。ついでだから、レトリノさんとシュレミスさん分の移動目標も作って持っていくか。

 アトネストさんが三往復大丈夫なら、あのふたりだったら四往復はできるはずだから使用に問題はないだろう。


 そしたら、もっと移動も楽にできるよね。

 氷結隧道のお散歩を楽しめるほどの時間がない時でも遊文館に来てもらえるし、何かあった時に三人のうち誰かがすぐに教会に知らせに戻れるようになる。


 時間限定……シュレミスさんとレトリノさんは遊文館営業時間だけでいいんだけど、アトネストさんは……

 あ、使う時間によって、反応する魔石が変われば魔力量に影響されにくいかも。


 そしてちょっとセラフィラントブースで、魔力量と魔力流脈、そして血脈に関する本を読む。

 うーん、やっぱり【治癒魔法】でがつっと治すのも、魔力量が少ない人にはかなり負担になることもあるみたいだ。


 皇国人の大人としての身体に『完璧な流脈』を形成するには最低でも千五百は魔力量がないと、結界のような『管』を保つための魔力が足りなくなって、結局魔力流脈が全体的に弱くなる。


 魔力が少ないのは、魔力流脈ができあがっていない場所があるか、できあがっているのに上手く流れていないかのどちらか、というものが殆どのようだ。

 シュレミスさんやレトリノさんの場合は、おそらく『上手く流れていない』ケース。


 だが、アトネストさんは、子供達と同じような『できあがっていない』ケースだと思われる。

 初めてここに来た時の俺と、かなり近い状態だ……が、アトネストさんには魔力を支えるもの、魔力流脈が十全でなくても補えるものが何ひとつない。


 俺に【蒐集魔法】がない状態と考えれば、突然全身に『大人の身体に合った正しい魔力流脈』が作られることはかなり危険だと解る。

 持っている魔力ではその結界管の維持だけで手一杯になり、常に魔力不足が続くことになる訳だ。

 あの蓄音器を作った時に【音響魔法】で常時魔力不足になってしまった時と似たようなものだ。


 俺は魔効素変換で魔力を使い大元をカットできたから持ち直したが、魔力流脈結界管の維持をカットしてしまう訳にはいかない。

 眠っても食べても魔効素変換でも、流れる魔力量が増える訳じゃないから『寝たきり』になってしまうことだって考えられる。


 だが、そこ迄じゃなくても魔力が徐々に増えていくまで待っていては、ちゃんと流れていない魔力流脈は詰まる。

 そうなると、魔法の使用に支障が出るから、使いにくくなる。

 こうなったら悪循環だ。


 だから、まだ成長途中という魔力流脈を強制的に【治癒魔法】で治してしまう訳にいかない……ということだ。


 ほんっとに、皇国だと魔力量少ないって大変っ!

 きっと『治癒の方陣』とかなら、まるっと全快にならないから大丈夫だし、治癒が使える魔法師だったとしても……多分、俺がかけるほど全部は治り過ぎない。

 下手に知識があり過ぎて、でかくなってしまう魔法……それって抑えがきかないんだよなぁぁぁ。


 スゲー早く効いて治るんだけど、人によってはその他の部分にまで余分に作用しちゃうステロイド剤みたいな感じになるってことなんだよねっ!

 年齢制限、体格制限、魔力制限の必要な魔法しか使えないとはっ!


 これについては使用魔力コントロールができるようになるか、並位の魔法を覚えて対応するしかない。

 いや、今必要なのはそっちではない。

 アトネストさんの血流と魔力流脈両方のサポートをしつつ、移動時間を延長させることができるかってことだ。

 今でも魔石一個で二往復は問題なくできるのだから、二個使って営業時間内に使えるものと、時間外に使えるものにする。


 ただ、ふたつの魔石を使うとなると、血流不全が原因の魔力流脈調整に少々支障が出る可能性がある。

 そこで微弱回復が働くように追加付与し、血流修復をサポートすれば魔力流脈維持だけで調整はほぼ気にしなくて大丈夫のはず。

 よし、この方向性で【集約魔法】に書き込もうか。



「……リィ、レェリィってば!」

「ふふぇ?」

 肩を揺すられ、声をかけられていたことに気付いたが……レェリィ? あっ、迷彩、解き忘れていた! 

 声をかけてきたのは、勿論オーデルトだ。

 こいつ以外に、俺を『レェリィ』と呼ぶ人はいないからね。


「どうしたんだよ、すっげーしかめっ面していたぞ?」

「……この本が難しくってさ」


 今のレェリィビジュアルは十四、五歳だ。

 セラフィラントの魔力流脈関連の医学書は、難しいって表現でいいと思う。

 よかったー、この本が前・古代文字だったら怪しかったなー。


 ……肩、掴まれたんじゃなかったし、座っていたから体格差は気付かれなかったんだろうな……

 いや、もう少し筋肉しっかりつけろ、俺。


 オーデルトは変な顔をしている俺が心配になったのか気になったのか解らないが、一階のハンバーガーが置いてあるイートインに行こう、と誘われた。

 そこだけ……誰もいないから、だろう。

 スペースに入ると誰もいない理由が解った。

 低価格帯のコロコロ揚げ芋と、シンプルな一番安いハンバーガーが売り切れていた。


 もうすぐ夕方。

 あと半刻くらいで流れる夕食ですよコールの後、このブースは明かりが消えるところ。

 売り切れもあって人も少なくなる時間だから、敢えてここに入ったのだろうか。


 オーデルトは、ぱさっ、と何枚かの紙を鞄から取り出して俺の前に置いた。

 あ、オーデルトが描いた『絵』か!

 これを見せたいけど、まだ他の人には見られたくないからここに来たのか。

 どれ、どれ?

 えええぇぇ……っと……しまった……虫の絵……だ。


 俺、簡略化されてても、虫って苦手なんだよなぁーー。

 蝶と天道虫だけが、ギリ大丈夫ってだけなんだよな。

 こういうカマキリみたいのとか、蜂とか駄目なんだよーっ!

 しかも、すぐにそれと解る感じに特徴捉えてて、妙に上手いー。


「どうかな……? こういう絵、描いてみたいと思うか?」


 不安そうに俺に尋ねるオーデルトに、俺は何も言えずになんとか懸命に口角を上げるだけだった。

 俺が絵を見て変な顔をしてしまったせいだろう、明らかにオーデルトが落ち込んでいるっ!


 このままではまずいっ!

 この絵は上手いよっ!

 上手いから無理っていうか、写実じゃないのに実物が想像できちゃうから凄すぎて苦手というかっ! 

 ああああーーーーなんて言っても、傷つける未来しか見えんっ!


 そして絵を持ってわたわたとする俺の背後に……す、と影が動いた。

 誰かが、硝子越しにオーデルトの絵を覗き込んでいる?


 誰だっ? 

 ばっ、と振り返る。

 その人より、その人を見て吃驚した自分の間抜け面が硝子に映って凹む。

 吃驚すると『迷彩』って歪むんだなー……

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