第574話 再確認

 つい思いのままに魔法を使ってしまったが……うん、これくらいだと三千程度か。

 ならノープロだね、俺には。

 それでは、お次は使い方説明を……あ、起きたかな?


 俺は目を覚ましたアトネストさんちょいとお呼び出しして、さっき改造した部屋に入った。

 勿論、外からは見えないままで、キョロキョロと不思議そうに部屋を見回すアトネストさんが中に入ったら鍵をかけさせていただいた。

 邪魔が入ると困るからねー。


「ここの……机と椅子は……?」

 あ、そーか、このフラット状態を見たことがないよね。

 一度机と椅子を元に戻してから、改めて可動式であることを説明する。

 この部屋は今後俺が授業をする時以外は、この机と椅子を折りたたんだフラットルームにしておいて仕切りのガラス戸も開いたままにしておくことにした。


 そして閉館時間にガラス戸が全て閉まり、大人が全員いなくなった時点で『扇形読み聞かせベッド』が使えるようになる仕組みを説明した。

 あ、目を白黒させていますね。

 こういうシステム的なもの、慣れていないですもんねー。


「ええっと、この部屋で、一緒に眠ってもらっているじゃないですか? なので、寝床を作った方がいいなーって話になりましてね。で、簡単に出し入れができるものがいいし、読み聞かせもしてくださっているから座れたりする方がいいですし、こういう作りにしてみました」

「タクトさん……が、お作りになったのですか?」

「こういうのは得意なので」


 俺が遊文館の所有者とは話していないってテルウェスト司祭も言っていたから、ここは依頼を受けて作ったんですよーっていうていで。

 スイッチの場所、どうやってしまうか、しまったらどうなるかを実践しながら解説していく。


「もしも、子供がずっとこの上にいたら?」

「上に人が乗っている時は、この寝床は動かせません。そして、営業開始時間になってもこの寝床が出ていたら、この部屋は鍵が掛かったままになり、扉からの出入りはこの寝床がしまわれるまでできません」


 だから、朝になったらみんなを起こしてあげてくださいね、とお願いする。

 そして粗方の説明が終わったので……いろいろ教えてもらおう。

 まずは、超限定移動方陣の使用感から。


「ああ、あの移動の方陣は素晴らしいです! 私でも一日に三往復できました!」

 え、そんなに?

「はい。ただ、三度目の移動の前は、何か食べてからじゃないと、着いてから少しくらくらしますけど」

「できれば、一回移動するごとに少しでもいいので食べてください!」

「……はい」


 ちょっと口調が強くなってしまったが、倒れないためにも大切!

 ここに反面教師がいますからねっ!

 検証した時にテルウェスト司祭が確認してくださって、一回の移動で起動魔力がだいたい五十程度ってことのようだ。


 うーむ……流石に大人サイズだと、これが詰められるギリギリってことだな。

 だがそれならば、シュレミスさんとレトリノさんに使ってもらっても問題なさそうだ。

 では次は、夜間添い寝要員としての四日間に何回来ていただけたのだろうか?


「毎日です」

「え?」

「『移動の方陣』を使えるようにしていただいた日から、毎日来ております。夜は……すぐ眠ってしまうのですが、子供達と一緒だと私自身も気持ちが安らぐというか……安心、してしまって」


 うーむ……それはちょっと……だから、昼間に眠くなっているのかもなぁ。

 できれば二日か三日に一度にしてもらった方がいいとお伝えしたら、ちょっと泣きそうだった……ごめん。

 でも、アトネストさんの魔力を考えると、今の寝落ち状態はあまりいいとは思えないんだよね。


「えっと、では、今ここに来ていらっしゃる医師の方に診察していただいてください。それで全く問題がなければ、続けて来てもらっても大丈夫だと思うのですが……なるべく、昼間は眠らないでいた方がいいと思いますし、昼間眠くなっちゃう原因が夜の睡眠の質によるものだとしたら、毎日は止めた方がいいです」


 そう言って、俺はちょっと二の足を踏むアトネストさんを、半ば無理矢理医師のいるブースへと連れて行った。

 お、ラッキー。

 今日は、ドルーエクス医師が来てくださっているぞ。


「タ、タクトさん、私は具合など悪くは……」

「ドルーエクスさんっ! アトネストさんがちょっと無理しすぎだと思うのでっ! 診てあげてもらえますかっ!」


 ちょっと驚いたような顔をするドルーエクス医師だが、アトネストさんを一目見るなりきゅっと眉根を寄せる。

 あ、俺の想像以上に、やばかったのかも。


「おまえさん、この前より魔力流脈はよぅなっとるが……なんじゃ、まったく! ほれっ、ちょっとここで足踏みしてみぃ!」

「え、あ、はは、はい」


 アトネストさんは足踏みを何度かしただけで、ぐいん、と身体が振られてバランスを崩し慌てて左足で踏ん張る。

 自分でも何が起きたか解らないという顔だ。


 ドルーエクス医師が、すぅぅーん、と鼻息を漏らす。

 口が盛大に『への字』だ。

 もう、これ以上ないってくらいに『へ』だ。


「魔力が少ないのは仕方ないが、ちゃんと眠っておらんせいだな。左右にふらつく、いうのは……深い睡眠ができんで、血流に支障が出ておると言うことだ」

「魔力流脈ではなく、血流、ですか?」

「うむ。眠っとる時に身体の片側に重いものが乗っていたり、ずっと同じ姿勢で固まっていると起こりやすい。魔力が流脈を傷つけて、血流までも阻害しておるかもしれん」


 うっわーー、思っていた以上に深刻だったーー!

 たった四日でこうなるということは、もともとそういう傾向があったのかな?


「おまえさんの魔力流脈が整ってきたからこの程度で済んでおるが、しっかり食うて夜はきちんと寝る! それと、昼間は運動せい! 動かさんと血の巡りが悪くなって、魔力流脈がそこを補おうとまた蛇行するぞ。まあ、まだそこまで深刻ではないから、いいが……」


 アトネストさん、真っ青だぁー……なんか、ごめん、いきなりのこの宣告はキツイよね。

 俺は背中をスリスリと擦って差し上げることしかできず、血管と血流なら『治癒の方陣』で治らないかなーと考えていた。


 あれ、でも今アトネストさんって『シュリィイーレ在籍(仮)』だよねー?

 俺がサクッと【治癒魔法】かけちゃっても平気かなー?

 ちょいと調べてみよう。


 でも今日のところは、睡眠障害で大変なことになる前に解ったってことで……反省の意味も込めて、ちょっとだけ落ち込んでいていただこう。

 そして二日くらいは、教会でちゃんと眠ってね!

 俺がアトネストさんを心の中で励ましていたら、今度は、ハーー……と口から息を吐くドルーエクス医師。


「タクト、おまえさんの方はどうなんだ? ちゃんと食べて、身体鍛えているんかっ?」

 流れ弾に当たった。巻き添え被弾。

「勿論、頑張っていますよー! 衛兵隊管理で、しっかり食べて基礎体力つけています!」


「うむ……まぁ、診た感じ、随分とよぉなってきているな。放出魔力もほぼなくなったから、身体も魔力流脈も修復されているようだ。だからって、安心してはいかんからな! おまえはすぐ……」

「はいっ! 冬中はちゃんと衛兵隊で鍛えてもらいます! もー、ドルーエクスさんは心配し過ぎだよー」


 被せ気味で遮らないと、お説教が続く。

 今大切なのは、俺じゃなくってアトネストさんだから!


「ああ、そうじゃな……タクト、おまえさん、なんか食べてこい」

「え?」


 あ。

 そーそー、いくら連れてきたのが俺だからって、血縁者でもない人の診察内容聞いてちゃ駄目だよなっ!

 失礼いたしました!


「じゃあ、アトネストさん、あっちの自動販売機にいますから、終わったら来てくださいねー」


 そそくさとブースを離れると、改めて消音の魔具が使われた。

 いやいや、うっかり聞いてしまったよ。


 アトネストさんは、こうと決めたら突っ走ってしまうタイプなのかなー。

 もっと気楽に……は、夜の子供達からの期待とかあるから難しいかもしれないけど『滅私奉公』的なことだけは、考えないでくださいね。


 俺が頼み込んでしまったことで、アトネストさんの身体が壊れるなんて絶対に嫌だし。

 あのベッドができたから今までよりは睡眠の質は良くなると思うけど、まずは……少しお休みしてください。


 ふと見ると、イートインスペースに年長組が溜まっている場所があった。

 ちっちゃい子達……二、三人が外で眺めているから、そこの自販機のものが食べたいのかな、と思い、端っこの方で『レェリィ』に偽装して突撃してみることにした。

 ……硝子に映る姿が、意識してからどんどん幼く見えるようになってきたな……どう見ても中学生がギリギリ……今日のは、エゼルより子供に見える。


「ねえ、そこの自動販売機のもの、買いたいんだ。いい?」


 おお、ちょっと睨まれてしまった。

 しかし特に何かを言われることもなく、椅子をがたがたっとずらして道を開けてくれた。

 なんだ、いい子達じゃーん。


「ありがとう、お兄ちゃん達!」

 渾身のお子様スマイルを頑張ってみたら、なんだか照れている感じで、おぅ、と顔を背ける。

 そして外にいたちっちゃい子達を呼び、中へ入れる。


「お兄ちゃん達、あけてくれたよ。ちゃんとどうしたいか言えば、平気だよ」

「……うん」


 俺のお子様劇場で、なんとかちっちゃい子達に自販機の揚げ芋を買わせてあげられた。

 そっか……この子たちがここに拘っていたのは、価格帯、か。

 ちっちゃい子達はお小遣いも少ないだろうし、ハンバーガーみたいなものはお子様用自販機の価格でも銀貨一枚だ。


 だが、サイドメニュー的なものは銅貨四枚とか、三枚で買えるものもある。

 大人は、もーっと高いけどねー。


 どのイートインスペースでも、価格が安いものを入口近くにしてあげよう。

 そうしたら、小さい子達でも入りやすいだろう。

 あと……一日につき一品か二品だけは、子供達だけ無料っていうのもありかもしれない。


 ま、その分、大人達の方の価格をちょっと上げさせてもらうかな。

 値上げはあちらのコンビニなんかでよくあったように、商品リニューアルのタイミングで行うことにしようか。


 そして無事に買えたお子様達は、年長組にちゃんとお礼を言って端っこの方に座らせてもらっていた。

 年長組もちゃんと座れるようにずれてあげるなんて、優しいねー。

 もしかしてオーデルトと一緒で、年長組は子供達に『頼りにされたい』のかな?


 あ、アトネストさんが戻ってきたぞ!

 隠蔽解除……したいけど、ここじゃまずいから出ないと……

 あああーー、アトネストさんがシュレミスさん達に捕まってしまったーー。

 今『タクト』で声を掛けても、独占インタビューは……難しそうだなぁ……うーむ……


 仕方ない、夜の様子はまた今度確認しよう。

 教会にお邪魔した方がいいかなぁ?


 *******


『アカツキ』爽籟そうらいに舞う編 9▷三十一歳 更月下旬-5とリンクしております。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る