第573話 便利にしようそうしよう

 遊文館に向かう前に、一度おうちに帰ってあちこちの自販機在庫確認。

 うむうむ、昼間はやはり肉料理が何処もダントツの人気だね。

 おおっと、カツサンドがあと二個だった!

 危ない、危ない……

 あ、タマゴサンドを品切れにしてしまった……いかん。


 在庫補充をガッツリと行いまして、部屋に戻って遊文館で必要そうな方陣札を描いておく。

 いくつか置いてあるものも使っている人がたまにいるらしいので、補充用にね。

 えーとそれから……と、準備している最中に『転送の方陣』にガイエスから何か届いているのを発見した。


 袋に入っていたのは『土産』と書かれている。

 ……ろう

 あ、これって、カイガラムシとかが樹皮に分泌したものが固まった『虫蝋むしろう』ってやつか!


 東市場でも売っていたよなー。

 あれとは、ちょっと種類が違うカイガラムシっぽいね。

 へぇ、ペルウーテでは『スビチァ』っていうんだー。


 自動翻訳さんでは『殻虫蝋からむしろう』って表示された。

 うん、やっぱ売っていたやつとは違うね。

 俺が市場で見たものは『虫紅蝋むしべにろう』ってなっていたもんなー。

 あちらでも白ロウとかベーラとか言われて、蝋燭だったり紙のコーティングに使われたりしていたよね。

 障子とか襖の滑りをよくするのに、ばあちゃんが塗ってたやつもそうだったなー。


 そして鉱石は……お、褐鉄鉱かってっこうだね!

 針鉄鉱や鱗鉄鉱が混ざっているものを、そう呼ぶって書いてあったやつだ。

 錆山のものとは随分違うなー。

 こっちの方が黄土色の顔料としては綺麗かもしれないな。

 あ、ベンガラが作れるかな。


 メモがあるぞ……なになに、燈火を買いたい?

 殲滅光と『採光の方陣』でいいって言ってなかったっけ?

 ああー、坑道には他にも人がいるから使いにくいのか。

 確かにな。


 殲滅光だとLEDライト並みに明るくなり過ぎて注目の的だろうし、『採光の方陣』は広範囲が眩し過ぎだもんなー。

 んじゃ、うちにあるやつを改良してお譲りしようか。

 今の時期、燈火を売っているお店がやっていないからねー。


 腰に提げるタイプは足元が明るくなるように、前とサイドの下方が照らせるものだ。

 これは今錆山で使われている最もポピュラーなものなので、これの電球を熱を持たないものにしておこう。

 使うのは『採光の方陣』でもいいんだけど、【雷光魔法】の熱だけを抑えるように付与して明るさ調整のできるものにする。


 それは、起動を物理的なものするためと、使用者制限をつけるためだ。

 その方が発動させた魔法が、長持ちするからね。

 坑道に一度潜ったら、人がいる所では『門の方陣』が使えないかもしれないし、一日で出られないこともあるだろう。

 一晩中点けていたい場合もあるかもしれないから、方陣より長時間使えるだけでなくオンオフスイッチも必要だ。


 それと……あると便利なヘッドライト、かな。

 坑道だと迷宮よりは安全だろうが、やっぱり両手が使えないとなー。

 前方に指向性を持たせた、額に着けるヘッドライトもおまけにつけてあげよう。


 あ、迷宮用傘天幕テントに、吊り下げて使えるようにもしてやろうかな。

 本当はヘルメットとか作ってやりたいんだが、見慣れないもの被ってて他の人達から奇異の目で見られるのも可哀相だからなぁ。

 いや、ヘッドライトだけで充分、変人扱いか?


 ヘッドライトは……『額燈火』とでも命名して、今度ベルデラックさんに作ってもらおうかなー。

 錆山の坑道だと【採光魔法】の方陣使っているから移動中はあんまり必要ないけど、あれだと光源に背を向けちゃうと手元が暗いからって結局みんな燈火も持っていってるしなー。

 それに碧の森だと『採光の方陣』より絶対に燈火がいいって、デルフィーさんもルドラムさんも言ってたし。


 ヘッドライトあったら家の中でも暗い所での探し物なんかにも便利だから、熱くならない小さい電球を作ってもらえるように提案してみよう。

 今のベルデラック工房の技術ならば、問題なくできそうだしな。

 そしてついでに……レルアンさんとのことも聞いてみよう。

 冬だというのに、ココロの中は春かもしれないからねー。


 ガイエスのやつ、燈火代で金貨、送ってきたよ。

 こんなに高くないよ、シュリィイーレの燈火。

 参考価格が王都とかなのかな?

 銀貨二十枚ほどだからね、ベルデラック工房の小燈火は。

 お釣り、送っておこう。


 ヘッドライトの分は押し売りになっちゃうから、今回の褐鉄鉱が面白かったご褒美ってことで。

『転送の方陣』で送ったら、遊文館へ移動だ。



 遊文館はまだ強制退場組が復帰していないので、お子様パラダイス。

 座って本を読んでいる子達が多くなった……やっぱり、大人が座り込んでてどかなかったんだろうな。

 退場組が復帰して子供の座席利用率がまた低くなったら、定期的に『子供同伴していない大人の入場禁止デー』とか設定しよう。


 いや……『大人だけでも来てもいい日』を限定した方がいいのかもしれないなー。

 イメージ的に『禁止』をアピールするより『可能』を提示する方が受け入れやすいだろう。

 こんなことしないで済むように、皆さんが子供優先を守ってくれるのが一番なんだけどなー。


 控え室には皆さんに気持ちを新たにしていただくべく、優先順位を明確にした依頼内容の張り紙をしておいた。

 ……お説教ってのも、違う気がしたんでね。


 衛兵隊の方々は、基本は受付でのご対応をお願いするが、図書館内で気になることがあったら『受付と入場を差し止めてもいい』ので図書館内の確認をお願いしたい。

 扉から入ってくるのは大人だけなので、待たせていい。


 自警団の方々は、子供の相手ではなく『子供に迷惑を掛けている大人の対処』が最優先で。

 子供達に『遊んで』とまとわりつかれて、一緒に遊んでても常に周りの大人達を警戒していていただきたいのだ。


 医師の方々とレイエルスの方々は大人を警戒しつつ、子供の相手が最優先。

 そして、来ている子供達の状況や状態を把握して欲しいのである。

 子供達に自由にとは言っても、危ないことをし出す子がいないとは限らないからそっちを見ていて欲しい。


 ということで職員心得を貼ったので、次に捜すのは……アトネストさんである。

 えーと……どーこかなー……あ、いたいた。

 ……絶賛お昼寝中だな!


 ならば仕方ない……後回しにして、夜間利用している教室にふわふわ寝床を仕込んでしまおうか。

 お、丁度誰もいないみたいだぞ。

 外から見られないように全部の窓を曇り硝子にしまして、扉も開けられないように一時的に施錠。


 よし、『魔力鑑定』しても室内には誰もいないことを確認しました。

 机と椅子は前回の『座席数拡張』の時に、全部折りたたみ収納できるようにしちゃっているから大丈夫。


 真ん中あたりに円……ではなく、中心角二百五十度くらいの扇形にふわふわだけど沈み込みすぎないベッドを作る。

 扇形ベッドには『ポケット型毛布』をつけておく。

 端っこがベッドの縁にくっついているから、転がっても落っこちないように。


 汚れも汗もおねしょも速乾&浄化できるように、あのベッドルームと同じ魔法を仕込む。

 風呂に入っていなくても、汚れた服でも、屋上の長いすベッドとこの奥の部屋のベッドルームで横になれば綺麗になる。

 こういう『魔法ならではの恩恵』は、惜しみなく使う。

 いくら『洗浄の方陣』があっても、ひとりじゃ使えない子だっているからね。


 遊文館内に風呂やシャワーなんて作れないし、魔法で洗浄・浄化ができるから『神泉おんせんを楽しむ』時以外に風呂に入る習慣はない。

 家や宿に足湯や湯船的なものがあるのは、神泉粉という入浴剤のような温泉の素を楽しむ人達だけだろう。


 神泉の湯がそのまま使える地域では、シャワーみたいなもので身体に浴びるということはあるようだが。

 湯に浸かったり浴びることでリラックスする文化はあるが、毎日風呂で体を洗う文化ってのは皇国にはない……ってことだろう。

 洗浄は並位魔法で持っている人は多いし、洗浄も浄化も方陣札は安いからね。


 そしてベッド全てにつけている『微弱回復の方陣』は、横たわった子が眠るとゆっくりと発動して小さい怪我を治したり体調を整えてくれるはず。


 扇形の蝶番にあたる部分に、アトネストさんが寄りかかって本が読めるようにクッション付き背もたれをつけておく。

 ベッド上で本を読む時に、意外とつらいのが姿勢のキープだ。


 寝っ転がって手で本を持ち上げて読むなんて二、三ページで限界だろうし、本を置いてうつ伏せになったらその状態で声を出すのはつらいし……子供に乗っかってこられたらもう無理。


 本を座って読み聞かせができる場所がベッドと一体化している……という状態で、ベッドの上のアトネストさんの足に子供が乗っからないようにもしてあげたい。

 子供達はきっと、くっついて眠りたがる。

 だが、そのせいで身動きできないのは、アトネストさん自身のためにもよくない。

 ちゃんと眠れなければ、ここに来る度に具合が悪くなってしまう。


 だからアトネストさんの座っている場所は、ベッド面の下に膝下を潜り込ませられる二段構造にしておく。

 座面はベッドと同じ高さだから、そのままみんなとごろごろしてもらっても構わない。

 だけど膝を曲げて、椅子に座るような姿勢になることもできる……という感じだ。


 そうやって足を曲げて座っている時に眠ってしまうと、完全にフラットにはならないけど背もたれがリクライニング。

 膝下も連動して上がってくるから、エコノミークラス症候群的な心配もない。


 背もたれは少ーしだけ斜めになってて、百十センチくらいベッドの下へと入り込んでいるから腰までその中へ入れることもできる。

 そして背もたれ側からベッドを降りることもでき、子供達を踏んづけることもなく出られるし、寝返りも打てるだろう。


 毎晩べったりと一緒……という訳にもいかないし、アトネストさんは……いつまでもここにいてくれる人ではない。

 できるだけ子供達には甘えて欲しいと思う反面、アトネストさんがいなくなった時の喪失感に耐えられるだろうかという心配もある。


 この辺のことは……俺には、答えが出せない。

 子供達とアトネストさんの問題であり、多分、これから何度となく子供達が乗り越えなくてはいけないことだ。


 俺は、今、アトネストさんを含む彼らが、ここで気持ちよく過ごしてもらうことを最優先に考えよう。

 勿論、昼間来てくれている子供達や、助けてくれている大人達も含めて。

 ……自分のために来ている大人なんてのは、どーでもいいが。


 ああ、やっとお目覚めみたいだね、アトネストさんとお子様達は。

 やっぱり身体中、痛そうだよなぁ……

 できれば、昼間は寝ないで頑張って欲しいところだ。

 夜に快適な睡眠をとるためにも、ね。


 さーて、アトネストさんご本人に伝えなきゃいけないことがいっぱいあるぞ。

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