第572話 朗報
翌日の朝、なんかいろいろあって忘れてしまっていたガイエスから届いたもうふたつの袋を開けた。
……【
ひとつは……おおっ、絵本だ!
これは皇国の神話ベースみたいだな、うん。
いや、他のお話も入っている。
三冊もー!
あっ、ガイエスが書いてくれたマイウリアの伝承だ、これ!
しまった、マイウリア語だから、魔法使わないと読めない。
読んじゃって平気かは、今日シュウエルさんのトレーニング明けに聞いてみよう。
もうひとつは……どこの石だ?
『俺の家の近くの石だ』
……家?
『セラフィラント・イーリェストーラ街区ティアルゥト 南東三区二十二番牧場東一棟二階南側』
そっかーーーー!
住所登録したのかーー!
しかも牧場って……カバロ優先かよ。
相変わらずの溺愛っぷりだな。
だけどこれで安心だな。
ガイエスが住所を持ったことで、ちゃんと魔法師組合に『所属』になったはずだ。
組合に『承認』されているだけと『所属』では、随分と保証されるものが違う。
皇国でバイトしてもいいよ、程度が『承認』で『所属』は、あなたの使う魔法の全ては組合が認めたものですよ、っていう『保証』だ。
そして魔法に関するトラブルも解決してもらえるし、自分の魔法が原因で自分や他の誰かが怪我などしても『故意にやった場合を除き』治療費などの援助をしてもらえる。
魔法師本人だったら、ほぼ無料になるくらいに。
そして『毒物鑑定』または『毒性鑑定』と【解毒魔法】を持っていれば、毒物を持っていたとしても『研究用資料』という名目で所持ができるのも魔法師組合と医師組合に所属している者だけだ。
ガイエスは『毒性鑑定』を持っていたし、方陣魔法師だから【解毒魔法】も方陣が描ければ魔法所持と同等の扱いになるはずだ。
よかった、よかった……あいつの『冒険』は毒物が多いところばっかだから、うっかり現地で手に入れたものを持ち込んだりしたら大変なことになったかもしれないし。
これでちょっとは『毒所持』については心配しなくていいなー。
ま、俺が渡している袋に入れてから【収納魔法】にしまってくれれば、ほぼ浄化・解毒しちゃうから平気だろうけどね。
さて、そのティアルゥト牧場の石とやらは……ま、普通によく見かけるやつですな。
ちょっと石灰が多めかなー。
いやいや、これも詳しい分解はあと、あと。
蓄音器体操の時、みんなが『変な人達がいなくなった』と喜んでいたので、あの真っ赤さん達は他に何をしていたんだろうと余計に怒りが……
「タクト兄ちゃん、衛兵隊に言ったの?」
「いいや、いろいろな人が困ってたみたいだからね。でも、もう心配ないよ、ルエルス」
俺が直接制裁しちゃいました……とは、言えない。
うん、ルエルスのこの笑顔が見られたんなら、間違いじゃなかったと思える。
「知らない子……見たことない子が、おじさんと喧嘩していたよね」
……そっか、エレエーナには喧嘩に見えちゃったか、あれ……大声出しちゃったもんなー。
「きっと、それを見てた人が言ってくれたんだよ、あのおじさん、いっつも一番いい席で動かなかったもん」
あいつ、永久追放にしちゃおうかな。
「しんむしのおにいちゃんは、くる?」
「アフェルは、どのお兄ちゃんが好きなのかな?」
「レトーにいちゃんっ!」
そーか、そーか。レトリノさんの名前、ちゃんと覚えてあげような、アフェル。
「ごほんよんでくれるひとがいいー」
ほぅ、ミシェリーはアトネストさん推しか。
「一番頭がいいのは、ヨシュルス神官かシュレミスさんだわ」
エレエーナ、理系だったのか……
「俺、本を読んでくれる人は苦手」
おや、バルテムスはどうしてかな?
「それは、あんたが眠っちゃうから、でしょ?」
「そーだよ、いっつも眠くなっちゃって、遊ぶ時間が減っちゃうんだもんっ!」
うむ、それは仕方ないね!
あの朗読は聞いてて気持ちよくなっちゃって、なんか、こう、全部が『柔らかく』なる感じ、なんだよな。
三人ともすっかり子供達に受け入れられているようだね。
よっしゃ、よっしゃ。
ちょっとお子様達と語らってしまったせいで、朝食を食べる時間がおしてしまった。
パンを咥えて、いっけなーい、遅刻、遅刻ぅっ……なーんてことはない。
勿論、食べるの優先。
しっかり食べてさくっと転移。
これくらいの魔法は許容範囲だから大丈夫。
うちから衛兵隊修練所までは、俺の転移で五百程度だからね。
修練場に入ると、シュウエルさんだけしかいない。
「珍しいですね……ビィクティアムさんがいらっしゃらないなんて」
「んー、ちょっとセラフィラントに戻っているんだよねぇ」
まさか、レティさんに何か……?
おれがちょっと暗めの顔でもしていたからか、シュウエルさんが心配ないよーと、戯けたように笑う。
「セラフィラントで陸衛隊の再編と、訓練見直しの研修が始まったらしくてね。その会議に出なきゃいけないんだって」
「セラフィラント陸衛隊って結構強いって噂を聞きますけど……まだ見直すことが?」
するとシュウエルさんはちょっと小声になって、こそっと教えてくれた。
どうやらセラフィラント陸衛隊は、海側の港がある町ではかなり強く、優秀な方々が多いようだが内陸部では『元従者家系』が未だ根強いらしい。
そこで今回の研修でかなり厳しく再訓練を行い、付いてこられない者は降格の対象になるのだという。
昨夜行ったらしいが、今日の午後には戻るという超特急往復のようだ。
越領門だから、ギリギリまで仕事しているんだろうなぁ。
時差があるからセラフィラントで日の入り後でも、シュリィイーレだと夕方だ。
最近はビィクティアムさんもちゃんと食べてるから、その点の心配はないんだけど栄養の偏りは心配だよね。
そんなことを考えつつ、午前のトレーニング終了。
ふっふっふっ、もうすっかり時間内にこなせるようになって、午後からは体術を教わるのだ。
今日はビィクティアムさんいないけど、誰が相手なのかな?
それとも、組み手はなし?
その前にー、ごーはーんー!
今日は何かなー?
「揚げ鶏の葱ダレ掛けー! 美味しそうーー!」
パンはずっしり重めで硬めのものだが、ちょっと塩味がついているこのパンは揚げ物とベストマッチだ。
ふぉっほー、うっまーい。
今日はなんと、シュリィイーレ衛兵隊最年長のベルダムスさんが作ってくださったものだ。
料理は得意らしいし、体術でも秀でた方で今年の試験研修生達の体術教官である。
シュリィイーレ隊、料理が上手い人が多過ぎる……他にも何人かいたよね……
「どうだ、タクト、旨いか?」
にこにこ顔で聞いてくるベルダムスさんは、猟師組合の面々にも引けをとらない体格のいいおじさんだ。
「はいっ! 美味しいですっ! このパン、何処の小麦ですか?」
「おう、これはロンデェエスト南で、エルディエラに近い所にあるキレミルアって所のものだ。ベルテア小麦に似ているが、こっちの方が採れる量が少なくってな。儂の妻の故郷だから融通してもらったんだ」
そうだったのかー。
ベルテアのと似ているなーとは思っていたけど、ロンデェエストにもまだいろいろな小麦があるんだよなー。
以前ミカレーエル卿が持ってきてくれた中にはなかった気がするけど、少な過ぎて外に出ないものなのかもね。
どうやら簡易料理魔具を使えるようになって、料理をする人が増えたからか家族の故郷などから食材を送ってもらった衛兵隊員も多いのだとか。
これは……やっぱ衛兵隊事務所のお食事、宝の山だなー。
今度もう少しだけ早めに午前中のメニューをこなして、厨房を覗きに行かせてもらおう!
そして一刻間ほど体術の訓練をして、相変わらず『関節技は痛い』ということしか学べていないが本日の訓練は終了。
ビィクティアムさんが相手じゃないとあまり効果がないのかと思ったが、ディレイルさんの関節キメはハンパないっす。
ピクリとも動けなくなるんだもんなー。
終わりにはシュウエルさんの診察を受けて……随分魔力流脈が修復されていることと、筋力が上がっていると褒められましたっ!
ううう、最近怒られてばっかりだったから、凄く嬉しい。
褒められるとやる気になるタイプなので、いっぱい褒めて欲しいですっ。
「うん、だいぶ良くなったよぉ。ただ筋力はもっと上げておかないと、すぐに弱っちゃうからこの冬いっぱいはちゃんと続けようねぇ!」
「はいっ! もう、魔法……使っても平気ですよね?」
「魔力不足で眠気を感じるまで……なんて、無茶しないならいいよ」
「はい!」
やったーーーー!
さぁ、遊文館でやりたいことがいっぱいあるぞーー!
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