第571.5話 裏側の方々
▶タクト帰宅後の教会ー1
「はぁー……話す時機をうかがっていたのが、裏目に出てしまいましたね……」
「司祭様、どういうことなのでしょうか?」
「……君達、隠れていないで出ていらっしゃい。こうなってしまったら、全員で共有しておく方がいいでしょう……神職であれば、いずれ知ることでしょうし。少々余分なことですが……知っておいて、心構えをしておくことも必要かもしれません」
「はい……」
「すみません」
「……失礼、いたします」
「ただし、今ここで聞いたことは一切、誰にも、聖神司祭様であろうと、陛下であろうと、たとえ神々であろうと絶対に言ってはなりません。それが守れないのであれば、今すぐここから出て自室に戻ってください」
「いいですね? 他言は無用ですよ?」
「はい、今ここにいるということは、それを誓って約するものであるということです」
「実は今まだ、確実な裏付けがない状態ですが、調べを進めている事柄が幾つかあります。その内のひとつが、神典記載の三つの大地のひとつにある魔導帝国についての記述です」
「それは、皇家でお調べの『大陸史』でございますね!」
「そうです、ヨシュルス神官。そして、先日、史料と言えそうな書物が何冊か、皇宮司書室とレイエルス、セラフィエムス家門の蔵書から見つかっているのです」
「あの……それがどう、タクト様……あ、いやっ、タクトさんに……」
「いいですよ、ミオトレールス神官。ここでは敬称のままで。タクト様は……その古代魔導帝国の生き残りである可能性があるのです」
「「「……!」」」
「他国出身……というのは、他国で生まれた皇国民……ではなく?」
「ま、まさか……」
「やはり、血筋から全くの『他国』ということなのですか?」
「他国であっても、大魔導帝国の血筋だったから……隠されていたのですね……?」
「その血を継いでいる方、ということですか」
「そんなことが? ああ、でも……それならば、あの膨大な知識も……」
「ええ、タクト様がお生まれの『ニッポン』という名は『ニファレント』と皇国で呼ばれている国の略称であると考えられています」
「タクト様が……ニファレントの末裔……というだけでなく? え? もう滅びたはずの大魔導帝国そのものから、いらした?」
「し、しかし、時代があまりにも……時があまりにも違い過ぎます!」
「皇家の司書館にあった書物の何冊かに【次元魔法】というものの記載が、以前から確認されています。しかし、これがどのような魔法なのか、血統によるものなのかさえ解っていませんでした。ですが、先日セラフィラント公が発表された『生命の書』に記載がありました。それは『時空』だけでなく『次元』という我等では感知できない壁を飛び越え、大きく時と場所を移動する『賢神一位の加護魔法』である、と」
「タクト様は賢神一位ですね……」
「そうです」
▶皇宮司書館/陛下と歴史資料管理官
「うむ、これもだな」
「古代語が正しく読めるようになったことで、こうも多くの史料見直しが必要とは、思っておりませんでした……」
「ああ……だが、訳文を改めねばいつまで経っても『真祖』に辿り着けぬからな。お、ここにもニファレント関連のものがあるぞ」
「陛下、その上は危のうございますっ!」
「うおっ!」
バサバサバサーーッ!
「すまんっ、手が滑った! ぶつからんかったか?」
「はい、大丈夫で……ああっ! 陛下っ、こここ、これをっ!」
「ん? これ……は……!」
「この単語は間違いなく『魔導帝国』でございますよねっ?」
「うむっ、よしっ、この本と同じ装丁は確かこちらにも……あ、あったぞ! おおっこれもだ!」
「魔導帝国の実在が確認できれば……いえ、確認までは無理でも、その片鱗の何かが解れば、我々の『祖』が創国なさった頃の史料が見つかるやもしれませんね!」
「そのものは難しくともより古い写本なりが見つかれば、かつて混迷の時代に有耶無耶になったものの残滓に辿り着けるかもしれんからな!」
「……胸が高鳴りますなぁ、陛下!」
「ああ……!」
▶ルシェルス/ルシェルス公とオフィアとリンディエン神司祭
「叔父上、先日は前・古代文字本の選別、大変助かりました」
「いや、オフィア殿にも手伝っていただけたからの。既にスズヤ卿のもとに半分ほどお送りはしているが、今シュリィイーレは厳冬期。出入りができぬ故、残りは春以降となりましょう」
「シュリィイーレは、王都との方陣門も閉じてしまうのでしたね。セラフィエムス卿も今頃は試験研修生の対応でお忙しいことでしょうね」
「母上、古代文字の本は訳を進めておりますが、幾つかありました『他の大陸』についての記載がある本を優先しなくてよいのですか?」
「それには『最も信頼できる訳文』をお願いしたいですからね。スズヤ卿にお手紙を添えて、お願いしようと思っているのですよ」
「それがよろしいですな、姉上。古代文字のものでも筆記者によっては、それはそれは読みにくく、正しく訳せないものもございますからなぁ」
「最近、陛下はいかが?」
「以前のような、短絡なお振る舞いは殆どなくなりましたよ。いや、まったく、セラフィエムスの法具はたいしたものです」
「陛下については、思うところがないではないけれど……わたくしも、陛下ご自身についてもお持ちの魔法についても、随分と誤解していた部分もございましたからね」
「……それで、いきなり『三津の大陸の史料を』などと言い出されましたのね、母上ったら」
「あの方が昔なさったことは、たとえ魔法のせいであっても許せません。ですが、今ある史書の誤訳の見直しと、真祖の探求は皇国としても必要なことと、理解していますからね」
▶タクト帰宅後の教会ー2
「タクト様は、十九歳で白森に突如現れた。初めは誰もが、国境山脈となっているガウリエスタ側の『ゴーシェルト山脈の少数民族領』からいらしたと思っていたのですが、シュリィイーレ隊が調べを進めるうちにそれはあり得ないと解ったのです」
「なぜ、ですか? あの辺りにはまったく血統の解らない民族が、いくつも村を作っていたと聞きました。そのうちのひとつということも……」
「その民族たちはタクト様がいらした時よりはるか前に、その土地を離れてガウリエスタやミューラへと入っていたり、大峡谷の崩落と魔虫の大量発生で滅んでいたのです」
「では、突然に現れ……あ、それで【次元魔法】……!」
「そうです。しかし、当時のタクト様は魔法が殆ど使えない状態だったといいますから、タクト様を誰かが『移動させた』ということでしょう」
「……それは……どうして……?」
「ニファレントは、どうして滅んだと記されていましたか?」
「『大地と空を切り裂く魔法で、海へと消えた』……そうか、その時に誰かが……タクト様を助けた?」
「いや、ならばどうしてタクト様ただおひとりなのです? 大魔導帝国の魔法がたったひとりだけしか送れない程度というのはおかしいのでは?」
「そうですよ、大魔導帝国の魔法ならば、もう少しは……」
「そこで、皇家の司書館にあった『皇国史』の第一章……『神々からイスグロリエストの大地を賜り、白き森に降り立ちて東の
「ああ……確か、白き森がどこかという……まさか、それが、シュリィイーレの『白森』のことだと?」
「以前、それは違うとされませんでしたか?」
「ええ、ですがそれもまた、ひとつの意見というだけでどちらにも確証はなかったのですよ」
「ああ……そうでしたね、確かに」
「タクト様がこの地にいらした時に、白森という魔獣の蔓延るただ中に降り立ったにも拘わらず、しかも武器など何もお持ちでなかったのに無傷で森を抜けているというのです。創国の祖先たちと同じように!」
「それでまた、白森が創国の地という可能性が議論され始めたのですか……」
「だけど、どうしてタクト様だけが、という説明にはなりませんよ」
「もしや……タクト様だけが、神々から選ばれて……『今の皇国』に遣わされた……?」
「今回の遊文館のために各家門で蔵書の再確認が行われ、リンディエン、ナルセーエラでも、皇家のものと似たような記載の古代文字の本が見つかっています。そして……レイエルスでは『神々は欠けた英傑を憐れみ使者を遣わす』……という記載のある本が見つかっているのです」
「……それが……タクト様だけが『今』ここにいらっしゃる……理由、ですか?」
「まだ確証はありません。ですが非常に有力なのです。それを、各家門の本とあらゆる伝承から探っているのですよ」
「それで、私にコレイルの伝承を……と?」
「ガウリエスタのものも、その偉大な歴史解明の助けとなるのでしょうかっ?」
「解りません。解りませんが……可能性は大いにあります」
「そのような偉大な魔法を使えた国が、どうして、滅んでしまったのでしょうか……? その原因となった魔法とは……いったい……」
「残念ですがアトネスト、それについての明確な正解が今は出せません。ですが、タクト様から魔導帝国の話を聞くにつけ、絶対に間違いないであろうという確信が芽生えていくのですよ……我々とは全く違う知識、全く知らぬ魔法を駆使していた大魔導帝国の『叡智』こそが、タクト様の魔法の根本である、と」
「タクト様の魔法こそが、ニファレント実在の証、ということですね……!」
「そして、あれほどに多い魔力も、魔導帝国の方であるのならば納得です」
「あの……タクト様は、一体どれほどの魔力なのでしょうか……?」
「セラフィエムス卿よりも……かなり多い、とだけ」
「「「!」」」
「長きに渡り解明されなかった多くの謎……その幾つかの糸口を得たに過ぎませんが、停滞していたものが動き出したのです。ですが、まだ推測の段階に過ぎません。ですから……口外してはいけないのです。このことを知っている誰かと、話し合うことも絶対にしてはいけません。この聖堂を出たら、決して一度たりと口にしないこと! 書き記すことも駄目です。いいですね?」
「はい、そのことは必ず。ですが……このように大切なこと、タクト様にご了承いただく前に我々が聞いてしまって良かったのでしょうか?」
「この『大魔導帝国からの神々の使者』が存在するということ自体は、近々神職達に共有されます。そして、シュリィイーレにいる我々と衛兵隊の一部だけはそれがどなたであるかを知り、お力添えと守護に努めよとの命が下っています。タクト様は何にもまして失ってはならない方なのです。神々から、今の皇国のために選ばれたお方なのですから」
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一部『アカツキ』
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