第571話 なんか、違う

 遊文館で所有者としての強権発動をしたその日の午前中には『お知らせ』として門の所に『更月さらつき二十二日から二十七日まで三十六歳以上の大人のみの入場禁止』を貼っておいた。

 理由は当然『利用規約違反者が多数出たための措置』としてであると、記載しておいた。


 どうして『子供がいたら場所を譲る』『子供の邪魔にならない所で本を読む』だけのことができないんだか……読むなとは言ってないし、読むならルールを守ってくれってだけだ。

 そもそも、大人はどこにだって行ってどんな本だって読めるんだからね。


 他家の蔵書だって、本当にその知識が欲しい、それで何かを研究し成し遂げたいという人なら、本家に頼み込んででも他家に打診してもらうことだってできるんだよ。

 ただの臣民だって、教会の司書室に行けばレイエルスの本は読めた。


 それすらしていない人は、今、本が目の前にあるから読みたくなっただけ。

 その知識を何かに役立てようと考えてると言われても、その場のルールも守れない、子供を大切にできない人のしたいことなんて、俺は応援したくもない。


 斜書体だって見本が欲しいなら、どうして誰ひとりそれを教えている俺に要望すら言ってこないんだよ?

 俺が書いたものと知っているはずなのに。

 それってさ、小さい子相手の方が『楽に手に入る』とか『子供である俺に頼むことはプライドが許さない』なんて理由としか思えないよ。

 大人が楽をするために子供に何かを強いるのは間違いだと、俺は思うけどね。


 赤くなっちゃった人達の中に、五人くらいは確実に貴系傍流と思われる人達がいたな……

 まったく、何やってんだよ。

 ご本家の方々が聞いたら、相当ご立腹だろうね。


 ビィクティアムさんがいなくて良かったんじゃないかなー、その人達。

 いたら、もっと大事だったかもしれない。

 ま、後からロデュートさん達が報告するだろう。

 ガッツリ怒られて欲しいものだ。


 今回ブチギレてソッコー制裁発動してしまったが、遊文館で現在トップとして表に立ってくださっているのはテルウェスト司祭である。

 俺のせいで教会を逆恨みするようなおバカさん達が押しかけて行っていないかと、申し訳なくなってすぐに教会を訪ねた。


 移動の方陣で教会に行くと、司祭様が興奮気味に素晴らしい魔法でした! とまるでハリウッドスターに握手を求めるファンかというくらいの熱烈っ振り。

 そうか、あの場にいらしたのか……更に申し訳ない気持ちが加速する……


「いいえ、全然問題ございませんよ。実は、長官殿やレイエルス侯と相談いたしまして、ある『噂』を蒔いておいたのです」

「噂、ですか?」


 テルウェスト司祭はにんまりとして、ちょっと小声になる。

 この越領方陣門のある部屋だと、音は漏れないのに。


「遊文館は、陛下からも司書書院管理監察省院からも承認をもらっている施設です。何処の領地でも『私費』でのそのような建物は、領主か次官しか建てませんから……」

 う、確かに……

「『皇系の方』がこれから各領地で『遊文館式司書館』を推奨するための『実験的施設として』直轄地での運営をお試しになっているのではないか……というような『憶測』を」


 ……うっわー、貴系傍流の人達ほど、信じそうーー。

「ですから、信じた方々からすればわたくしが代表のように振る舞っているのは『代理』であることが明白です。噂を信じない方々にとっても、中央が関わっているのが解っているのですから、教会に訴えることは無駄とお思いの筈です。嘘か本当かなんて、解りませんしね」


 そーね、断言していない憶測を世間話のひとつとして話した人がいた……ってだけだもんね。

 都市伝説と一緒だね! 

 信じたい人だけが信じる……ってやつね!


 建築師組合や石工師組合の人達も、トップの二、三人だけは俺の依頼した建物と知っているから『噂』は嘘と解るし、皇系なんて関係ねーよと笑い飛ばすだけだろうし。

 そもそも『タクト』と『皇系』を結びつける人は……この町には、まったくいないだろうからね。

 まぁ、教会にご迷惑が掛かる可能性がないのであれば、それに越したことはない。

 こうやって、皆さんで俺を守ってくださっているのだなぁ……


 ぐぐうぅーー……


 しまった、安心したら、お腹が鳴ってしまった……!

 まだ、午前のおやつタイム間食をしていなかったし、魔法を使ってしまったのだった。


「タクト様、実は我々は最近ちょっと早めの昼食にしてから遊文館に行くことが多いので、もうすぐ用意ができます。召し上がっていらっしゃいませんか?」

「……ご迷惑ではないですか?」

「いいえ! 今日はレトリノが作っておりますから、きっと喜ぶと思いますよ」

 おお、あの法具モニターをお願いしてからは、初めてだよな。


 聖堂を通り抜けて、反対側廊下にある厨房にお邪魔するとレトリノさんが奮闘中。

 今日のお昼は、レトリノさんが子供の頃からよく食べていたものだという。

 司祭様がレトリノさんに話してくれたら、是非に! と言っていただけたのでご馳走になることにしました。


 レトリノさんって……ご出身領は何処って言っていたっけ?

 しまった、ど忘れしてしまった。

 聞いてたはずなのに!

 やばい、料理を見て思い出せるだろうか……


 まず出てきたのは玉葱茶オニオンスープ

 これが出てくるということは、煮込み料理ではなく焼き物だ。

 そして、目の前に置かれたパンはいつものブリオッシュタイプでなく、菱形のちょっと硬そうなもの。


「あ、リエッツァですね……包み焼きだ!」

 わーい!

 カルツォーネだ!

「ご存知ですかっ?」


 しまった……つい、料理名を言ってしまった。

 今更知らん振りして『なんていう町の料理ですか』なんて聞きづらいぞっ!

 レトリノさんが、めっちゃキラキラした瞳で見つめてくるーー!


「先日、母が作ってくれまして……」

「え、タクト様のお母様は、コレイルの方なのですか?」


 よっしゃ、そうそう、コレイル!

 その伝承話を書いてくれているって言ってた!

 忘れててごめん!


「いいえ、母は俺の婚約者から聞いた料理だと言ってました」

「「「ご婚約者っ?」」しゃっ?」


 神務士トリオの声が揃って……いるようで、ちょっとだけアトネストさんが遅れている感じだったが……驚かれた。

 まぁ、適性年齢前は珍しいってのは、散々聞きましたからね。


「ええ、まだ『仮』ですけどね」


 ……あれ?

 なんかすっげー吃驚したような、ざわつきが……皆さん、知らなかった……のかな?

 テルウェスト司祭が『言っちゃったかー……』って顔をしていますが?

 そして、テルウェスト司祭がこそっ、と耳打ちをしてくださって……あ、やべーって思った。


「適性年齢前に仮婚約をするのは、貴系傍流でもその家の嫡子くらいだ……と、言うことで誤解が生じていると思います」


 うわーーっ!

 その誤解は解いておかないと!


「皆さんっ、誤解しないでくださいねっ! 俺は皇国の貴系でもないし、皇系でもないですから! 他国生まれですしっ!」


 また全員の動きが止まったーー!

 今度は何処が引っかかったんですかぁー?


「タクトさん……他国生まれなのに、一等位魔法師、なのですか?」


 アトネストさんが信じられないという表情を浮かべ、テルウェスト司祭以外の人達も同じように吃驚顔……そっかー! 

 他国人、魔力が少ないのがデフォルトだったよなーーっ!

 それに他国出身の帰化民は、一等位試験は受けられないからな。


 今この教会にいる方々は、そういえば全員俺の成人の儀のちょっと前か後に来た人達で、成人の儀の頃にいたはテルウェスト司祭とセインさんだけだったんだよね……

 教会で俺が他国出身って知っていたのは、テルウェスト司祭だけだったのかもー。

 シュリィイーレ生まれじゃないと知っていても、皇国内の他領だと思っていたのかもなぁ。 


「……成人前にこの国に来たので、帰化じゃないだけなんですよ。父と母も養父母ですし」

「で、では……どちらの……?」


 ミオトレールス神官が、信じたくないという顔をしている。

 他国人に、聖魔法師がいると思いたくないのかもなぁ。


「いえ、この大陸ではないですし……ていうか、この星にはないっていうか……多分」


 この星がはるか未来の地球とかじゃない限り。

 勿論、この星はほぼ確実に地球ではないと思うけど、確証はないからね。


「えっ?」

 ミオトレールス神官が吃驚しているが、みんなに開示しちゃっている情報だから言っても平気だよな。

「日本、という名前の国です。ご存じないとは思いますが……」

 あはは……微妙な空気になっちゃったよー……


「タクトさん、その国の名はあまり、口にされない方がよろしいです」

 テルウェスト司祭にそう言われ、はい、と小さく頷く。

 そっかぁ……この世界にない国の名前だもんなぁ。

 理解してもらうのは大変だよなぁ。

 もしかしたら銀河系団から違うかもしれないし、そもそも同じ宇宙に存在しているかも解らないしー。


「さぁ、この話はここまでですよ、折角のリエッツァが冷めてしまいます。いただきましょう」


 テルウェスト司祭の言葉に皆さんもなんとなく愛想笑い的に笑顔を浮かべ、そうですね、と食べ始める。

 ううう、こんなに美味しいのに、俺が微妙な空気にしちゃったせいで……本当にごめんなさいっ!


 今度お詫びになんか持って来よう……だけど……他国出身ってことで、神官の皆さん……ちょっとよそよそしくなったら嫌だなぁ。

 もう、言わないでおこう。



 家に戻って部屋の中に入り、大きく息を吐いた。

 なんだか『濃い』午前中だった……

 ちょっと凹んでいるのか、脱力してしまってごろりとベッドに転がる。

 うとうとするのは、久々に広範囲魔法なんてものの起動をしてしまったからだろう。


 そうだ……どれくらい魔力使ったのか確認してなかった。

 あ、でも、包み焼きリエッツァ、ご馳走になったんだった。

 回復、始まっているかな。


 魔力だけでなく、いろいろと確認しておくかぁ……ちゃんと段位とかも把握しておかないとなぁ。

 隠蔽期間が長過ぎたよね。

 正しい段位、ほぼ覚えていないのはまずかろう。

 魔法はまだいろいろ隠しているし、全部を公開はする気ないから隠蔽したままにするけど……全部、見ておくか。


 そいやっ!

 おおー! でっかくなるなー!

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 名前 タクト/聖文字魔法師カリグラファー

 家名 スズヤ 

 聖称 エステレェリィアズール

 年齢 29 男

 階位 貴系純統 特等位

 殊勲 イスグロリエスト大綬章

    教会偉勲章

 在籍 シュリィイーレ 移動制限無

 養父 ガイハック/鍛冶師  

 養母 ミアレッラ/店主

 仮婚約 メイリーン/調薬師

 保証人 イスグロリエスト・シュヴェルデルク

     イスグロリエスト・アイネリリア

 証明司祭 ドミナティア・セインドルクス

 魔力 1943217


 【神斎術師 正階】

 硬翡翠掩護・初代 

 貴剛鉱掩護・初代

 神眼 : 蒼・真   

 祭陣・真 冶金遷移・真

 位相変調・正 


 【輔祭 第一位階級】

 書師・特位


 【神聖魔法師 一等位】

 神聖魔法:極光彩虹・完成

 神聖魔法:天翔空軸・完成

 神聖魔法:麗育天元・完成

 星青魔法:地/柔・特位


 蒐集魔法・極冠 文字魔法・極冠

 付与魔法・極冠 集約魔法・極冠

 加工魔法・極冠 複合魔法・極冠

 耐性魔法・極冠 治癒魔法・極冠

 音響魔法・極冠 顕微魔法・極冠

 金融魔法・極冠 彩色魔法・極冠

 発酵魔法・極冠 言語魔法・極冠

 臨界魔法・極冠 探知魔法・極冠


 迅速魔法・極位 清浄魔法・極位

 造型魔法・極位 複写魔法・極位


 精神魔法・最特 予知魔法・最特

 建築魔法・最特


 稍療しょうりょう魔法・第二位 烹爨ほうさん魔法・第二位

 風制魔法・第三位 


 【適性技能】 

 〈極冠〉

 鍛冶技能 金属看破 神詞操作

 貴石看破 鉱物操作 動体操作

 魔眼看破 成長操作 液体鑑定

 大気調整 大気看破 液体調整

 予見技能 身体鑑定 感覚操作  

 〈極位〉

 海洋鑑定 魚介鑑定 木工技能 

 魚介育成 表象技能 粒子操作

 〈最特〉

 造営技能 普請技能 映写技能

 〈特位〉 

 創図技能

 〈第一位〉

 調律技能

 〈第二位〉

 獣類鑑定 均平技能

 〈第三位〉

 覚感技能

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 魔力総量が跳ね上がっているのは、【蒐集魔法】内で辞書や本を直入れしていて鉱石もたんまり入れているせい。

 それらを省いた魔力は『169738』……増えてるなー。

 表示はいつも通り五割にしておくとして、さてさて、魔法は……んんんっ?


烹爨ほうさん……?」


 割烹の『烹』には、料理をするとか煮炊きをするという意味がありましたよね?

 そして飯盒はんごう炊爨すいさんの『さん』にも炊くとか、竈とか……!

 キタコレーーーーーー!


 ご飯、作れる魔法ですよねっ?

 火系補整付きのお料理系魔法ですよねーっ! 

 嗚呼、神よ、心からの感謝とこの喜びをどう表現したらよいのでしょうかっ!

 きっとこれの上が『調味技能』とかが合わさった【調理魔法】ですよねー!


 ……おや?

 いやいや、見間違いかな?

 生命の書に載っているには、載っているのだが……

 あれれーー?

 おっかしいぞぉ?


『【烹爨ほうさん魔法】緑属性上位魔法』


 はいぃ?

 上位ってことは……【調理魔法】より上っすよね?

 調理さん、中位だもんね。

 あらっ?


 てことは……【調理魔法】……出ないのかな?

 俺ってば『調味技能』とか『料理技能』とか、ないままなんだけど? 

 どう考えても【烹爨ほうさん魔法】に含まれているようには……思えないんだけど?


 身分証を慌てて閉じ、二階の台所でイノブタ肉とハーブ、調味料を取り出して以前使った『調理の方陣』の時を思い出しつつ【烹爨ほうさん魔法】を使ってみた。

 あ……焼き加減とかゆで加減とかは自在だ。

 便利。

 フライパンも鍋も要らないし【加工魔法】の料理特化って感じだな。


 その調理は一瞬でできるけど、ハーブも塩も……載せた位置から変わっていない?

 味付けは手動かーーーーっ!


 うん、焼き加減、完璧。

 素材の味のみだけど。

 塩と胡椒を後から振る。

 うん、旨い。

 何これ。


 どうしてこんなに半端なのが、上位魔法なの?

 神様ーー、なんなんですかぁ、これはぁぁぁぁっ!


 はっ!

 もしかして……この間食べた『コンフリクト無味料理』が、うっかり『試行』になってしまった?

 素材の味を消すことはないけど、味を足すこともない炊事の魔法?


 もしや、俺が魔法で魔法を抑えていたことも……『無効化』に働かなかったのはいいけど、こっちの味加減技能を押さえ込んでしまっている?

 天を仰ぎ、両手で目を覆う。


 泣くに泣けねぇ……


 だが、いろいろな調味料をつけて食べたイノブタステーキは、結構美味しかった。


 ********


『アカツキ』爽籟そうらいに舞う編 6▷三十一歳 更月下旬-2とリンクしております。

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