第570.5話 エントランスホールの人々
▶赤くなった人々と受付の衛兵隊員達
「なんだっ、なんだって……! ええい、上着を脱いでもこの色になるのかっ!」
「酷いわ、横暴よっ!」
「こ、こんな、格好じゃ……どこにも……っ!」
「うわぁっ! 帰るっ、帰るぞっ!」
「なぜだ、私は本を読んでいただけだぞ!」
「……だから、ですよ。遊文館の本は『子供達のためのもの』ですし」
「むっ……しかし、子供達が読んでいないから……」
「子供達が読む場所に居座って、本を持ってウロウロしてる子供がいたのに譲りませんでしたよね?」
「それは、先に座っている者の権利であろうが!」
「遊文館では『常に何があろうと子供が全ての場所において優先される』というのが決まりです。利用者規約に書いてあることですし、あなたは昨日も私が子供に席を譲って欲しいと言ったのに、無視していらっしゃいましたし。間違いなく制裁の対象です」
「……」
「待ってよっ、私達の周りには子供なんていなかったわっ!」
「自動販売機の部屋に、ずっと居座っていらっしゃいましたね。子供達があなた方がいたせいで入れなかったようですし、子供達に通してと言われても取り合わなかった」
「……子供は、家で食べればいいじゃないの」
「大人こそ、何処ででも食べられるでしょう? 何度も言いますけど、遊文館の全ては『シュリィイーレの子供達のためのもの』ですよ」
「だって、冬はあまり開いている店がないんだもの……」
「ここは『子供達が遊び、学ぶ場』で、大人が飲食をしたり社交をする場ではありません。ちゃんと利用規約を守ると『誓約』なさっているのですから、守らなければ相応の罰があるということもお解りでしたよね?」
「綴り帳を借りていたのは一時的でだな! あとで返すつもりだったのだぞ! こんな辱めを受けるいわれなどない!」
「嫌がっているのを無理矢理、でしょう? それは『借りている』とはいいません。それに『返して欲しい』と言われても返していない上に、別の子に『場所を譲って』と頼まれているのに動こうともしていなかった。明確な規約違反です」
「だからといって、このような制裁など、許されていいはずは……」
「遊文館の『利用規約』は、すべて中央省院からも司書書院管理監察省からも『妥当である』との認可が出ております。勿論、皇王陛下の御璽もございますね」
「い、いや、それでも、だな、裁判とか、弁明の機会をいただけてもいいのではないかっ?」
「何を勘違いなさっていらっしゃるのか知りませんが……ここの全ては遊文館創設者の『私有財産』で、その方の『自費で建てられた施設』なのですよ? 本来ならば、その方の好き嫌いだけで判断してもいいところを、きちんと規約までお作りになり利用希望者に周知のための冊子まで作られ、
「う……」
「それに、明らかな規約違反者にだけ『血赤に染まる罰』が適用されております。罪の所在が明確なのに、今更言い訳をしても見苦しいだけ……と、わたくし個人としてもそう思います」
「ちょっと、大目に見ては……」
「貴系傍流であるからこそ、絶対に許せませんよ。恥ずかしいったらないです、あなたと同家門だなんて!」
「……」
「いくらなんでも酷すぎる」
「本家に、うちの家門からは本を送らなくていいと連絡するぞ! こんな風に馬鹿にされるとは思わなかった!」
「いや……でも、本家に……どう言うのです?」
「……う、うむ……理由など、どうでもいいっ! とにかく、手紙は……送るっ」
「届くの、春になってからですね」
「う……」
「うちは、どうします?」
「今更本家に言ったところで、何があるというのです? 規約に違反したから制裁をされた……と、判っているのに」
「恥をかくだけだな」
「さっきの子に謝れば、すぐにでもこの『血赤色』はなくなるのではないですかっ?」
「えっと……ど、どの子かよく解らない……ああっ! いたっ、あの子……だが、入れないぞ? どうやって謝れと言うのだ!」
▶遊文館所有者の正体を知らない人達
「これは……なかなか厳しいな……」
「忘れていましたね、子供優先」
「だって、本を読み始めたら夢中になってしまいますよ」
「かなり怒っている口調でしたね」
「うーむ……今後、大人の出入りにはもっと厳しくされそうだな」
「あ……これだな。ここに書いてある『子供達がより楽しく学べるための手助けをする場合のみ入場と閲覧を許可』ってやつだ」
「壁にも書いてあったのか……」
「しかも、こんな大きな字で。見てなかったなー」
「でもぉ、なんで関係ないあたし達まで、五日間も来られなくなるのよーっ」
「『関係ない』ってのが、いけなかったんじゃないのかしらね」
「だって、まだ子供なんていないし、見守りとか、わかんないわよ」
「あたし……あのおじさん達が、綴り帳見せてっていろいろな子達に声を掛けて断られているの、知ってたわ」
「まぁ、それは、あたしもだけど。でもさ、言えないじゃない、あたし達がどうこうなんて!」
「そうね。直接言ったら、大変なことになったかもしれないもの。だけど、見回っていた自警団の人にも、衛兵にも言わなかった」
「うん……」
「自分達でできないなら、できる人に頼むことも『大人の役目』なのかもしれない。子供は誰が『助けてくれる人』なのか、知らないから」
「そっか。そうだよね。なんで知らんふり、しちゃったんだろう。泣きそうな子もいたのに……慰めてもあげなかった」
「よかったわ、あたし達『血赤』になっちゃう前に気付けた」
「……そうね……あんな恥ずかしい格好……絶対に嫌だわ!」
「今度は気をつけようよ。五日経ったら、また来られるんだし」
「うちの家門のやつが……赤くなっておるとは……末代までの大恥だ!」
「……うちもです」
「吃驚しましたわ。でも……凄い魔法ね、隠蔽かなにかの魔法なのでしょう?」
「ミオトレールスの血統魔法か?」
「いや、うちではないよ。どちらかといえば、クリエーデンスのような防御系の応用なのではないだろうか」
「血統魔法というよりも……聖魔法の何かなのではないですか?」
「この魔法付与が中央でも認可済みというのなら……当然、上位神官だけでなく、聖神司祭様も関わっておられるだろうし……」
「も、もしや、ここの建設者は、皇家の方なのでは……?」
「そうか、それで様々な上位魔法を使える方々と繋がっていらっしゃって、この遊文館に魔法付与を!」
「……実はな、聞いたところによると、この遊文館は『試行実験』ではないかと言われておる」
「試行実験……とは、ここの魔法が、ですか?」
「いいや、魔法だけではない。各地でこのような施設が作れないか、それにはどのような魔法や運営が、警備が必要か……など、多岐にわたるものだと」
「なるほど! それで皇家の方が、直轄地でお試しになっているというのでしたら納得です!」
「と、いうことは、ですよ? わたくし達のこの遊文館での全てが中央に報告され……今後、皇国中の『遊文館施設』の規範を作る上での『物差し』となるわけですね?」
「……!」
「ならば『血赤』になってしまったら……どの家門がそのような『恥ずかしい罰』を与えられたかが……全皇国中に判ってしまう?」
「ななななっ、なんとっ、なんという恥辱っ!」
「あああーーーーっ! なんであやつめを窘められなかったのかーーっ!」
「本家に、嫌味を言われるっ!」
▶正体を知っている人達
「……タクトくんを、怒らせてしまった……」
「怖ろしいことです……」
「もっと、子供達のことに気を遣うべきでした……何度も、ここは子供の場所だと言われておりましたのにっ!」
「あの『警告音』、ぞわっといたしました」
「僕もですよ。暫く耳から離れません」
「ううむ……儂等まで閉め出されてしまうとは……」
「仕方ありませんわねぇ。わたくし達も、本に夢中になり過ぎました」
「しかしな、こうも子供達に甘くしてしまっては、大人になった時に横柄な性格になってしまわないかのぅ?」
「あら、そうならないように『教育』をするのは『保護者の役割』です」
「そうですよ。『子供の社会性の教育』は僕ら保護者がやるべきことで、タクトくんや他の人に任せる範囲のことではない」
「そうそう、タクトさんも、まだ子供ですものねぇ」
「……左様であったな。知識を得るための場所で、人格形成の教育までも任せてしまうのはあまりに無責任であったな……」
「影響は多くあるでしょうけれど、その中の善悪や考え方を教える役目はわたくし達ですからね」
「利用者心得の一番最初に『遊文館は子供達のための知識を得られる屋内の公園』とありますもの。大人が子供の遊び場で幅を利かせるなんて、よくよく考えればそれだけで恥ずかしいことです」
「血赤になってしまった者達は……おそらく春になるまで、遊文館に入れなさそうですね」
「そうさな、子供達に許しをもらうにしても、冬の間は子供等は遊文館にしか来ないだろうから会えないだろう」
「私、そんな不心得者達なんてどうでもいいですけれど……もしかして、タクトさんは大人の『書き方指導』をお止めになってしまうのではないかと……その方が心配ですの」
「あっ、そうですね……! 遊文館に、大人が来るための理由を作らせなくなるかも……」
「別の場所でもいいから、教えていただきたいわ」
「これでは……南東地区の大人達の健診も……無理だのぅ」
「遊文館では『大人はあくまで子供達のためだけにここに来ていい』のですからねぇ……断られるでしょうね」
「そういう場所を考えねばならんな」
「遊文館が子供達の場所ですから、二百歳以上の方々の場所というのもあっていいのではないですか?」
「……だーれが管理するんじゃ、そんな面倒くさそうな施設」
「私は嫌です」
「ふぅ、医師組合と薬師組合で相談するか……」
「大人は大人でちゃんと考えないと駄目ってことですね」
「楽をしようとしてしまったのぅ……タクトに怒られそうじゃなー……」
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