第570話 初めての……

 最高の夕食が終わり、ほくほく顔で部屋に戻ったらガイエスから何やらみっつも袋が届いていた。

 どこに行ったのかなぁ。

 あ、あの箱の中身……復元だけはして平気かなぁ……?

 なーんて考えつつ、届いた袋のひとつを開いて吃驚仰天である。


 オリーブだ!

 しかも、生っ!

 そしてオリーブオイルまでーー!

 おお……!

 早摘みのグリーンオリーブも、完熟したブラックもあるぅーー!


 オリーブって在るだろうとは思っていたんだけど、生息地域が解らなかったし、東市場にも全然入ってこないしで諦めていたんだよなー!

 セラフィラントにもなかったしー。

 だけど、植物図鑑を自動翻訳さんが表示したのを見ると『似』って付いてたんだよね。


 あ、メモが入っているぞ。

 ほぅ、正しくは緑木犀りょくもくせいっていう木の果実なのか。

 リバレーラの南とルシェルスの一部でしか採れない上に、油を取ることが一番の目的……


 ううむ、リバレーラの南かぁ。

 アルフェーレの方だよね?

 ファイラスさんに聞いてみようかな。

 これは買いたいよなぁ!

 干し葡萄と一緒にでいいから、送って欲しいーー!


 ガイエスが今回送ってくれたのは何も入っていない『ピュアオイル』くらいのグレードのものと、それの中に唐辛子が付け込んであるほんのり辛味の利いたものの二種類だ。

 生の実は刻んで火を通しても美味しい?

 へぇ、オリーブとはやっぱりちょっと違うんだなー。

 塩漬けにしたら、オリーブと同じように食べられるかな?

 作ってみよーっと!


 あ、実が少ないから……ちょっと複製しちゃおうかなー。

 これくらいの魔法だと魔力量、どれくらい使うのかな……あ、千くらいサクッと……なるほどー、生オリーブ十個複製で普通の人だと倒れそうだねー。


 俺、小まめに使用魔力なんて見ていなかったな。

 でかい魔法使った時も、コワイから見てなかったし。

 駄目だねー。

 現実から目を逸らしちゃいけないよねー。



 さてさて、オリーブオイルである。

 エクストラバージンでないのは仕方ないが、これを使ってもかなり美味しいドレッシングは作れるだろうし、アヒージョみたいなものもきっと美味しい。

 煮込んだ野菜もいいが、歯ごたえの残るさっと湯がいただけの野菜なんかもいろいろなドレッシングで楽しんでもらえるようになるぞ。


 あ、オリーブオイルって『黄属性』だ。

 これに海塩の藍色が加わると……

 おおおーっ!

 両方残る!

 火を通してしまうと黄色味が薄くなるけど、温かいものに掛けただけでは損なわれないぞ。


 ……これ、もしかしてグレープシードのオイルとかもこんな感じなのかな?

 そういえば、米油は『橙色』が強かったんだよな……緑も含んでいたんだけど。

 菜種油だと緑属性だけなのに。

 油っていうのも、結構面白い素材だなー。

 あ、いかん。

 これをやると、また『実験』になってしまう!


 料理を楽しむ。

 これを、実験の楽しみにすり替えてはいけない。


 ……ちょっと塩味のある硬めのパンに、オリーブオイル……!

 これだけで旨いよなっ! 

 大蒜入れてもいいんだけど、俺は玉葱の方が好きなんだよなーっ!

 もー、エクストラバージンって言われても信じるくらい、美味しーい!

 そーだっ!

 これでマヨネーズ作っちゃおうっと!


 もーー全部美味しーーーー……


 ……やべ。

 夜食にしては、食べ過ぎたんじゃね?



 翌日、朝起きるとすぐにガイエスに、たっぷりチーズのオムレツサンドとシシ肉と七種の野菜のラグー、そしてオリーブオイルのマヨを一瓶送った。

 あとはきっと、パンがいっぱい食べたくなるだろうと、いろいろな種類のパンを保存袋に入れて。


 それとカバロの林檎も送っといてやるか。

 そろそろなくなるだろ。

 ……あ、残りふたつの袋は……あとで開けよう。

 忘れてたよ、オリーブが嬉し過ぎて。



 さーて、今日もトレーニング前に蓄音器体操ーっ!

 だが、蓄音器体操のあと、珍しくバルテムスのテンションが低い。


「タクトにーちゃーん……」

 どうしたのかと思っていたら、他の子供達もなんだか神妙な面持ち……?

「あのねー、大人の人達にも斜書体の見本作ってあげて」

「エレエーナ……なんか、あったの?」

 一瞬、子供達が黙って……なんとなく顔を見合わせる。


 そして再びエレエーナが口を開いた時、俺はちょっとばかし……キレそうになった。

 大人連中が、何人もの子供達に書き方ノートを写させろと詰め寄っているらしい。

 中には子供達に巧みにすり寄り仲良くなる振りをしてノートを写し、写し終わると翌日からは話しかけても無視をするなどというやつまで出ているのだという。

 許せん……!


「あの人達、タクト兄ちゃんの見本が手に入ったら……きっと、もう来ないと思うしさー」

「……解ったよ……ごめんな、おまえ達に嫌な思いさせちゃったな」

「ちがうのよっ、タクトにいちゃんのせいじゃないのよっ」

「うん、ありがとね、ミシェリー」


 子供に気を遣わせる大人など、言語道断……っ!

 俺も、子供達に言われるまで気付かないとは……自分にも腹が立つ。 


 俺はすぐに東門の修練施設に行き『遊文館で看過できない事態が発生しているので今日は休みます』とシュウエルさんに告げた。

 ……なんか、ちょっと怯えたように、何度も頷かれてしまったので相当顔に出ていたのだろう。

 いかん、ちょっと落ち着け、俺。



 遊文館に着くと、机を陣取っているのは大人たちばかり。

 子供達が本を持って側にいても知らん顔……なるほど……少しばかり甘くし過ぎたな。

 そうだ。

 ふと、思い立って迷彩を掛け、茶髪で茶色い瞳の十五、六歳くらいに見える姿に変えた。

 タクトだと解ると、態度を変える人もいるかもしれないから『迷彩レェリィ』で文句を言いにいってみる。


「おじさん、ここは子供の場所だよ。その子が座りたがっているから、譲ってよ」

 極力穏やかにそう言うと、おっさんは視線を動かし俺に一瞥をくれただけでまったく動かない。

 ……書いているのは……斜書体か。


 こーいうやつを蔓延らせるなよ、と自警団の人などを見回すと子供達と遊ぶのに夢中になっている……

 ある意味、あれは仕方ないのだが……役に立たねぇ。

 子供好き過ぎて、裏目に出ている。

 俺はそのテーブル全体に聞こえるように、もう一度声を上げた。


「ここは子供のための場所なのに、なんで大人が座り込んで動かないんだよ!」


 すると、そのおっさんはびくっとしてあたりを見るが……座っていた他の大人達も聞こえているのに動かないことを確認すると開き直った。


「少しくらい待てんのか! この文字を写し終われば……」

「なんで、大人がその綴り帳持っているの? それは『子供だけのもの』だよ」

「……借りただけだ」


 そのおっさんの視線がわずかに動いた先に、小さな子がふたり……少し怯えた目をしたひとりを庇って、おっさんを睨み付けている子がひとり。

 ああ、もう、駄目だ。ムカつく……!


 子供に恐怖心や不信感を与えるような大人は……ここには要らないんだよ。


 俺はそのふたりに近寄って小声で、ごめんね少しだけ待ってて、と囁いて控え室へと移動した。

 控え室には誰もいなかった。

 全員が、フロアで仕事をしていてくれているのだろう。


 来館者全ての魔力が入場時に鑑定されているので、この部屋の大型位置表示板にその位置が映し出されている。

 その『点』に触れると『個別指定』ができる。

 当然【文字魔法】で条件さえ書き込めば、俺の魔法を掛ける人物の特定も可能だ。


 まずは『子供からノートを許可なく奪い取っている者』『遊文館規約違反をしている者』を【文字魔法】で指定。

 そして『タクトでもレェリィでもない大人の声』で全館放送を入れる。

 おっと……アラートチャイム、鳴らそう。

 注意を惹き付け、何かが起こったことを知らせる警告音だ。

 このことも勿論、利用者心得にしっかり書いてある。


 ビィィィンッ!


 館内に初めて響く『尋常でない音』に誰もが動きを止める。

 大音量ではないが、単音ではなく不協和音で作っているのでどちらかといえば『不安になる音』だ。


〈ただいま、遊文館館内で重大な利用規約違反が確認されました。規約通り、違反者に『制裁』が発動します〉


 ここでさっき指定した連中に『事前に書かれているものを渡しているから当然知っているはず』の『罰』の魔法を展開する。

 そう……指定した条件に当てはまる者達の魔力を【文字魔法】で特定しているから、そいつらは『全身真っ赤の刑』と『袖なしの刑』だ。


 どうするのかといえば、俺の魔法ならば簡単である。

 身分証の魔力が特定した違反者の魔力と同じ場合に、着る服全てに発動する。

 彼らには【迷彩魔法】が掛かり、着替えようと下着になろうと『刑期』の間、何を着ても全ての服が『血赤色一色』に見えるようになっている。


 そして【文字魔法】で『袖が透明になる』のも、これまた何を着ても見た目には『腕が丸見えの袖なし』なのだ。

 だけど、実際は服を着ている訳だから、寒いなんてことはありませんよ。

 触るとちゃんと、布の感触があるし。


 おー、真っ赤になった大人達、そこそこいるなー。

 思っていたより多いぞ。

 まさに阿鼻叫喚……といった風情で、全身を隠そうとしたり上着を脱いで誤魔化そうとしたり……無駄なことを。


〈この『血赤袖なし』状態は、予めお知らせしてある規定の通り二十日間続きます。そして、迷惑を掛けた子供達への真摯な謝罪と、それが認められた証がない限り遊文館には立ち入り禁止となります〉


 更に、大人達は『そういう大人がいると知っていたにも拘わらず無視していた』とか『子供達を見守り助けることが利用条件なのに、自分のしたいことに夢中になっていた』という無関心層にも『連帯責任』を負ってもらう。

 初めてなので、ちょっと厳しく。

 普通は優しくする?

 普通でなくて結構。


〈また、気付いていてもこれらの違反者を放置していた方々や、子供達が不利益を被っていることに気付くこともなかった三十六歳以上で子供同伴でない方々は、『子供を見守り、その育成補助のための来館』という条件を満たしておりませんので、強制退場。そして、ただいまより五日間、遊文館の利用を禁止いたします〉


 大人達は強制的にエントランスに移動、図書館内は子供と一緒に来て遊んでいる保護者の方々と子供達、そして当館でのお仕事を依頼している方々だけになりました。

 うん、これが遊文館の正しい状態なのだ。

 これで『自分達の知識欲を満たしたいだけの大人達』が来なくなってくれた方が、いいのかもしれない。


 非常勤の方々や、自警団で手伝いに来ている『職員扱い』の人達は、あとでちょっとお話をしておこうか。

 子供達に構い過ぎ。

 大人を見張っててねって頼んでいるのに!


 もう一度『レェリィ』のまま、図書館内に戻ると明らかに子供達の表情が明るくなった。

 イートインスペースに走って行く子もいる。

 そうか、大人がいて行きにくくなっていたってことか。


 うーむ……やはりセラフィエムス蔵書の一部公開が、ちょっと時期尚早だったな。

 もう少し『子供の施設』という意識が定着してからにすればよかった。

 子供達に嫌な思いをさせてしまったなぁ……気をつけなくっちゃ。


 あ……レイエルスの皆さん、ぽかんとしてるなぁ。

 受付にいた衛兵隊員……今日は、ロデュートさんとリエンティナさんか。

 ふたり共、笑いを必死に堪えているな。

 衛兵隊員に頼んでいる受付は、たとえ気付いていてもエントランスホールから離れる訳、いかないからなぁ。


 きっと、目に付く人達には忠告をしてくれていたのかもしれないが、無視していた馬鹿共がいたのだろう。

 図書室内の医師の方々と警備の数人は、やっと事態が飲み込めてきたみたいだ。


「……なんとも……怖ろしい……」

「ああ、吃驚した。あんな風にいっぺんに、全身が血赤色一色になってしまうなんて」

「そ、その上、袖が掻き消えましたよ! 信じられませんっ」


 これで懲りない人がいたら、今度は……半ズボンの刑とか、膝上スカートの刑かな。

 皇国では肩や膝が出ていると、臣民達ですら嫌悪の目を隠さないからね。


 発覚したのが早くて良かった。

 今回の大人達の件は斜書体が原因だとしても、おそらく、場所の占有とか走り回る子供への無言の圧力なんてものもあったかもしれない。


 斜書体の見本……むちゃくちゃ高額で売り出しちゃおうかな。

 遊文館以外で手に入れられるとなれば、それ目的の人は来なくなるだろう。

 儲かったら売上げは全部遊文館内の食費にして、子供達だけはもっと価格を安くしようっと。


 売ってもらうのは……教会に頼めるといいんだけどなぁ。

 ナトレシェムさんの店は、毎日は開けていないからね、冬場は。

 この時期に毎日開いているのは、教会くらいのものだ。


 役所や、組合事務所も『冬期休暇』で誰もいない日の方が多いからなー。

 だけど、教会って物品の『販売』まずいかもしれないなぁ。

 一応頼んでみて、駄目だったら考えよう。

 どっかいい所、ないかなぁ。


 それと……大人向け書き方教室は、ちょっと考え直そう。

 止めた方がいいかな、来年は。

 もう少し、先送りした方がいいかもしれない。

 やるとしても、遊文館以外の場所の方がいいんじゃないだろうか。

 今まで、手習い所として使っていた場所とかね。


 やれやれ……子供達より大人のマナーの方が駄目だとはなぁ。

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