第569話 料理のキホンのキ
さて、いろいろ命取り的な間違いや、新たなトラウマの発見など、なかなか精神的ダメージの多い案件が目白押し。
絶対にやってはいけない『魔法による発動途中の魔法停止』……魔法で魔法をキャンセルする時は、必ず発動がちゃんと終わってからの魔法を取り消しするということ。
まぁ、これはつまり、まったく意味がないこと、だ。
発動したってことは既にその効果が現れている訳で、別の魔法で終わった魔法のキャンセルなどできようはずもなし。
手元に荷物が届いてから、配送会社に届けるのを明日にしてくれと連絡するようなものだ。
だから魔法を発動させたくない時に必要なのは……やはり、筋力などの身体的なことのようである。
しかし、これもやはり身体を傷付けるし魔力流脈にも負担がかかるので、魔法師は魔法が動き出したら『弱い魔法』として発動するのが一番影響が少ないようだ。
同じ流脈を使用するもので最も弱いものにして発散させる、ということなのだが……
如何せん、俺はあまりというか、全然『並位の魔法』ってやつを持っていない。
一番最近のものである【
この『並位魔法がなくて魔力量を多く使う魔法ばっか出てる!』という現象を『ビィクティアム症候群』と呼んでいる。
個人的に。
不敬待ったなしなので、絶対に口には出せないが。
だがこの状況は俺が恐怖心を乗り越えて、新たに『火』を使う『赤属性』または『火』を補う『緑属性』を得る絶好の機会なのだ。
どちらもない今だからこそ、どちらを獲得したいかを踏まえて行動できるということなのだ!
ピンチはチャンス……うん、その通りっ!
……と、自分自身に言い聞かせないと、メンタルが保てないとか弱過ぎるぞ、俺。
ここで選択を誤ってはいけない。
俺が欲しいのは『火を補う調理系の緑属性魔法』なのだ。
何をどー考えても、俺には『火だけを操る火炎系』というのは、まっっったく必要がないのだ。
だから、ここで使うべき魔法は……青属性の、水魔法である!
幸い、俺には水系の『液体鑑定』『液体調整』の技能がある。
そして『清水』『湧水』の方陣があるのだから、そのあたりを駆使して調理時に火は使うが『汁物』を作る。
今までの汁物で俺が作ったものといえば、精々カレーか味噌汁くらいだ。
カレーなんてキーマカレーがベースだから汁物とも言い難い。
その他の煮汁が多めの煮込み系などは、母さんが作ったものが最高に旨いので俺は焼き物や炒め物の方が圧倒的に多い。
狙うは【水合魔法】か【水流魔法】。
これをバネに、火系をカバーできる魔法を出すために『緑属性』の技能を使っていく。
本当は『覚感』が……緑属性なら、これが一番いいのだが……いや、身体的なことに関する技能と考えていいはずだ。
ならば、緑で間違いなかろう!
よし、プランはだいたい固まった。
まずは水系の魔法を使いながら、料理を作る。
『清水の方陣』を使い、調理に使う水を出す。
『液体鑑定』で水の状態を確認しつつ『液体調整』で含まれているミネラル分を調整していく。
お味見……うん、今作ったのは軟水なので、鰹出汁と野菜の煮込み用に使う。
この煮込み野菜は、元々水分が少ないタイプの野菜の中に味を染み込ませたいからだ。
そして硬水も用意して、こちらはシシ肉の煮込みに使う。
灰汁と臭みをとるには、硬水がいいってあちらの料理本に書いてあった。
実は俺も勘違いしていたのだが、皇国では『スープを飲むための料理』というものが殆どない。
汁気が多いが主役はあくまで具材であり、楽しむものはその具材。
煮汁がスープになっていてどんなに美味しくても、それは主役ではない。
具合が悪くて長期療養が必要だとしても『柔らかいもの』や『流動食』のみの人というのが……どの病院でもいないのだ。
内臓も身体も、ある程度まで魔法で修復ができてしまうからだろうか。
なのでスープ状のものは『離乳食』としてはあるのだが、成人した人の食べものではない。
俺が咖哩のベースを欧風カレーでなく、キーマカレー風にしたのも、具材メインが受け入れられやすいと無意識に考えたからなのではないかと思う。
なんせ、俺がずっと『クリームシチュー』と認識していたここに来てすぐに出してもらった食事も、実は『鶏肉と野菜の煮込み』であってスープではなくただの煮汁扱いなのだ。
……いわれてみれば、確かに具材の鶏肉や野菜がビーフシチュー並みに大きくて、汁……スープは少なめだった。
それがデフォルトだったのだろうけれど、あの時の俺は『具材を大盛りにしてくれたんだ』と思っていたくらいだ。
オニオンスープくらいなんだよなぁ……メジャーなものって。
それだって、名前は『玉葱茶』だ。
つまりはお茶と同義、ぐらいの意味で飲まれているということだ。
味噌汁などは多分、父さん達からしたら『お茶』の仲間なのだろう。
具材が多いものだと、汁を入れなくていいとさえ思われていそうである。
今回、俺が作るのは野菜から出る旨味たっぷりの『ブイヨン』をベースに、小さめカットで大きさを揃えた賽の目切りの野菜達。
シシ肉も、普段あまり人気のないすじ肉部分をじっくりコトコト煮込んだ煮汁たっぷりのスープメインの煮込み料理にするのだ。
煮込んだすじ肉はスプーンですくえるほどの大きさにカットして、あとで野菜の下ゆでしたものと一緒に入れるから……まずはスープ部分の味を調えていく。
皇国語で『スゥプァ』とか『スィテュー』と聞こえる、まったく料理と関係のない別の意味の単語が存在するので『スープ』『シチュー』だと紛らわしい。
だから『具材だけでなく煮汁もメインとしてたっぷり飲んでもらう料理』を『ラグー』というフランス語の方にしてみた。
ちょっと水分足りな目のイメージだけど、うちのシチューやスープはこの名前ってことで!
今、俺が作っているのは『シシ肉と七種の野菜のラグー』というものになる訳だ。
人参、赤茄子、
ハーブと香辛料もそこそこ使っているせいか、ちょっとミネストローネっぽい具材だね。
だけど、色々なバリエーションで作れるし冬場は温まるし、いいと思うんだよねー『ラグー』は!
今回はとろりとしたビーフシチューのような舌触りのラグーなので、間違いなく美味しいと思うのだ。
赤ワインがあったら良かったんだけどねー。
惜しかったなー。
牛骨だけは成牛のものが手に入っていたので、フォン・ド・ブフ擬きをストックしてあったからそいつも使って。
うん、やっぱ、野菜スープを一緒に入れる方が、うちのお客さん好みの味に仕上がりそうだね。
どの魔法と技能を使うかを自分の中でちゃんと決めているせいか、余分な【加工魔法】とか【制御魔法】も動き出さず温和しいものだ。
時間がかかる料理だが、イライラしてて【臨界魔法】が発動することもない。
そっかー……美味しくとか栄養とかは勿論なんだけどさ、なんか抜け落ちていたよねー……『楽しく料理する』とか『みんなにもこの料理を楽しんで欲しい』と思うことがさ。
鍋の中で、ことこととラグーが煮込まれていくのを『見ているだけで楽しい』なんて忘れてた。
俺、せっかちなんだろうなぁ。
だから、思い立ったらすぐにやっちゃいたくて、すぐに結果が欲しくて……過程を楽しむキモチっての、久し振りかもー。
できあがった料理を、まずは父さんと母さんに食べてもらおうと一日かけて作ったラグーとカンパーニュ。
「これは、煮汁も全部飲んで欲しいんだ……どぉかな? 今までこういうの作ったことなかったし、いつもとちょっと違う作り方なんだけど……」
ふたり共、黙っちゃっているんだよなぁ。
俺、かなり美味しくできたと思ったんだけど……
「……おまえ、天才か……」
「こんなに美味しいの、初めてよっ、凄いよ、タクト!」
良かったーーーーっ!
父さんがやたら真面目な面持ちだから、どうしたのかと思った。
「タクトは【調理魔法】なかったはずだよな?」
そっか、魔法がないのに新しいやり方で作るってこと自体が、どうやら不思議だったらしい。
「うん、『調味技能』も『料理技能』もない」
誠に残念なことですが……せめて技能があれば、また少し違った方法だったかも。
「凄いねぇ。料理の技能や魔法がないのに。いつもいつもタクトの作るものは美味しいけど、今日のは今までとちょっと違う美味しさよ」
「どう、違うかな?」
「んー……今までのはね、絶対に真似できない……とか、タクトだけの作れるものって感じだったけど、これは真似して作りたいって思えるのよ。でもきっと、また『タクトの作ったもの』が食べたくなりそう」
やべぇ、めっちゃウレシイぞ。
子供達に俺と同じ文字が書きたいって言われた時と同じくらい、なんつーか、脳内麻薬出まくり?
真似したい、なんて最大の賛辞じゃないか!
「ううむ……よし、次に覚えるのはこれだな。タクト、こりゃなんて名前の料理だ? 初めてだからなぁ、こういうのは」
「そうだねぇ。野菜や肉だけじゃなくって、煮汁までたっぷりあって、それを全部飲みたくなるものなんてなかったものねぇ」
「肉や野菜から出た『全部食べたくなる煮汁の料理』に『ラグー』って名前付けたんだ。だから『シシ肉と七種の野菜のラグー』かな」
材料をかいた紙とレシピを父さんに渡そうかと思ったら、待て、と止められた。
「ばかやろ、まずは食べて味をしっかりと、だな」
「今、食べ終わったばかり……」
「足りん! もっと、こう、隅々まで理解するには、だな」
「タクト、あたしは美味しかったから、おかわりしたいわぁ」
「はい、母さん」
あ、父さんが、ぐむむー、みたいな顔をしている。
素直に『おかわり』って言ってくれりゃいいのにー。
「タクト、おかわりっ!」
はーい!
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