第568話 思いもよらない原因の判明

 翌日、午前中のメニューが終わってランチを衛兵隊食堂でいただいている時に、トンカツを頬張りながらシュウエルさんが難しい顔をしていた。

 そしてじーーっと俺を見つめて、不思議なんだよねぇ、と呟く。


「はっきり言って、まだ全然筋肉量足りないし、持久力だって不足しているのに、放出魔力がかなり減っているんだよねー」

 それはー、内部構造で補強しているからですー。言えませんがー。


「……最近、魔法使うのが減っているのかな……?」

「今まで、いろいろな魔法を使って作っていた料理を、全部魔法なしで作るようにしてみたので……そのせい、ですかね?」


「え、そんなこと、できるの?」

「そもそも、俺はここに来る前は全く魔法なしで料理作って食べていましたし。逆に、魔法を抑えるために魔法は使ってますけど」


 俺がそう言うと、一瞬目を瞬かせてすぐに視線を落として考え込むシュウエルさん。

 そこにビィクティアムさんがやってきて、俺の隣に腰を下ろす。

 あ、トンカツ、二枚食べるんですね。

 腕白っすねー。

 キャベツと人参もいっぱい食べた方がいいですよ?


「タクトくんは、さ、魔法で魔法を抑えてる……の?」


 突然、シュウエルさんが変な質問をしてきた。

 俺が頷くと、ビィクティアムさんがトンカツを一切れ口に入れたまま、とんでもないものを見るように俺を見ている。

 慌てて咀嚼して飲み込むと、椅子の向きを変えて俺に向き直った。


「タクト、おまえ、それは以前からやっていることか?」


 以前……は、やっていないな。

 心の赴くままに我が侭に縦横無尽……とまでは言わないが、それくらいの勢いで魔法を使いまくっていたからな。

 卵料理を作り始めた十日ほど前からだよなー、魔法を使わないって思ってても『にょっ』て感じで魔法が動くからさー。


 首を横に振るとビィクティアムさんもシュウエルさんもふぅーー、と息を吐き、明らかに安堵したような表情を浮かべる。

 え、なになに?

 なんか、まずいことなんですか?


「今すぐ、止めろ」

「そうすると、魔法を使い過ぎちゃうんですけどぉ……」

「その方がまだマシだ!」


 突然怒られて何がなんだか解らなくなっている時に、シュウエルさんが空間を区切ったのか消音の魔法が使われた。

 外部の音が全く聞こえなくなり、俺達三人の声もその区切られた空間から漏れなくなった。

 それを確認したビィクティアムさんが続ける。


「あのな、おまえのやっていることはかなり危険だ」

 危険……?

「魔力というのは『体外に放出されないと魔法にならない』ものだ。それを、魔法として放つ前に体内で押しとどめるように『別の魔法を使う』のは……」


 あ。

 なんか、解ってしまった……

 俺の血の気がさーっと引くのが解ったからだろう、シュウエルさんがそうだよー、と言いつつジト目で俺を見る。


 魔力が流脈を通って、掌や胸元から魔法として発動されるのは『身体の外に向けて』である。

 だが、発動しかけの魔法というものはまだ魔力流脈からの魔力が供給されていて『蛇口の空いている水道』のようなものだ。


 それを『自分の体内で魔法を使って押しとどめる』というのは、別の水道の口をその口に押しつけるか、途中に無理矢理割り込んで『別の力で押さえつけ』たり『別方向へ逸らせる』ということと変わらない。


 蛇口同士をくっつけて双方向から同じ勢いで拮抗……なんて無理だから、止めようとする魔法の魔力の方が大きくなる。

 途中に割り込む方だってそうだ。

 と、なれば……当然、逆流状態か、在ってはいけない場所に魔力を流してしまうことになる。

 蛇口も流脈もぶっ壊れる……


「やっと理解したか。そうなると酷くなればその流脈自体が『閉じる』か『詰まる』ことになり、その流脈を使用する魔法が使えなくなるかもしれない」


 もう、なんでこうも!

 考えなしで馬鹿なのか!

 俺は!


 ビィクティアムさんの言葉に泣きそうな顔をしていたのだろう、あーまだ平気平気、とシュウエルさんが困ったような笑顔で慰めてくれる。

 だが、淡々と続けられたビィクティアムさんの言葉に、俺は更なる恐怖に戦くこととなった。


「それをやり続けると……おそらく『無効化』がおまえ自身にかかる。それは……絆壊はんかいの儀に使われる魔法とほぼ変わらないし、それより酷い結果になる」


 もう、マジで泣きそうだった。

 しない、もう絶対にしないーー!

【調理魔法】出なくてもいいー! 

 いや、それは嘘。

 ください。


 そっか、なんで消音したのかと思ったけど、無効化の魔法は聖魔法の中でもかなり特殊なものだ。

 一部の高位司祭様しか持っていなくて、魔力流脈に作用する無効化の場合は使用制限がかけられるほどの魔法だ。

 外部からのものを無効化したり、シャットアウトするというのとは全くレベルの違う『危険魔法』なのである。


「……知らなかった、です……すみません……」

「いや、謝ることじゃない。だが……間に合ってよかった。二度とするなよ? それならまだ、魔法を使い過ぎるくらいの方がいい」

「ふぁい……」

「ちょっと動くなよ」


 そう言ってビィクティアムさんが診てくれた指先や掌は、今のところ大丈夫だったようだ。


「だいたい一日で……おまえの魔力量を考えると……五千から六千くらい使う程度の『小さめの魔法』を心がけろ」


 五、六千で『小さい』というのは、相対的に考えてビィクティアムさんや俺の魔力量だと、そのくらいってことっすね?


「……長官とタクトくんにだけ適用される量ですねぇ……」

 シュウエルさんが呆れたような、乾いた笑いを漏らす。


 でも実際のところは、ビィクティアムさん達が思っている魔力量の倍以上だから……いやいや、強制搾取開始ギリギリまで使うのも危険だから、それくらいにしておこう。

 普通の人だと、多分『一日の使用量三、四百』って感じの小さめ魔法ってことっすかね。

 俺が頷くとビィクティアムさんは、よしよし、とばかりに頭をポンポンとしてシュウエルさんに再確認。


「シュウエル、タクトの放出魔力が減ったのは『詰まり』か?」

「まだそこまでは、いってないですねぇ。ただー、タクトくんが『抑えなきゃ』って思い込んでいるから、無意識に閉じようとしてしまっている可能性はありますけどー」


 魔力と魔法は精神状態によって作用が変わる……ならば、それは確かにありそうだ。

 ビィクティアムさんもゆっくりと息を吐きつつ、それについてはそうだろうな、と頭をかく。


「ただでさえタクトは『精神的な要因』ってやつで、魔法が出ない傾向が強そうだからなぁ……」


 思い込みが激しい……ということなのか、拘りが強すぎるということなのか。


「赤属性の攻撃魔法が出ないのも、きっとそのせいだろう」

 それと俺の拘り体質が、どう関係するというのだろう。

「……まぁ、それはおそらく、俺のせいだろうし」

「長官のですか?」

「タクトが初めて『火魔法』を使った時に、随分と警戒させてしまったからなー」


 んんん?

 初めての、火魔法? 

 ……あーー!

 あの『陰陽師っぽい札』っ?

 護符って誤魔化した、あれのことですね!

 だけどあれを使った時は、俺が警戒したってより、俺が警戒されたって方では……


 いや、あれれ?

 そういえば……あれ以降、俺は全然といっていいほど『魔法で火を出していない』よな?

 熱を使う時でも俺が【文字魔法】でイメージして使っていたのは、いつも『電熱』の方だった。

 火は危ないから……『危ない』?

 何に?


 燃えると、危ない。

 けど、俺はなんでこんなにも『火』を使っていないんだ?

 そして常に『燃やさないこと』『完全に消すこと』『燃えにくいこと』を優先している。


 料理で【加工魔法】や【臨界魔法】を使うのだって『火を使わずに同様の効果を出す』ためとしか思えない。

 無意識……だが。


 俺は、火を恐れている……?


 待て、どうしてだ?

 あちらにいた頃、そんな傾向はなかった。

 普通にコンロで料理していたし、焚き火の炎が怖かったこともないし、マッチだってライターだって平気だった。


 シュリィイーレに来てからだと、やっぱりあの『護符』?

 あの時、俺は全然あの炎の魔法に疑問もなかったし恐怖もなかった。

 

 ああ、そうだ。

 俺は『火』そのものが怖いんじゃない。

 怖かったのは……『俺自身が危険だと思われてしまうこと』だ。

 父さんに、母さんに、そのせいで嫌われることや怪訝な目を向けられることが、何より怖かった。


 そうか……あの時に俺の心は、炎による魔法を『完全に否定した』んだ。

 きっと『自分の魔法で炎を使うと大切なものを全てなくす』……と、俺自身がそう思い込んでしまっているんだ。

 火を使うこと自体はまだ平気だが『火の魔法を使う自分』を怖がっているってことだろうか。


 予兆があったにも拘わらず、試行ができているにも拘わらず獲得できない魔法というものの原因のひとつのは、本人が拒絶している、ということもあるのか?

 そして、その最も強い拒絶は『恐怖』なのかもしれない。

 うわぁぁーーーー……めっちゃ、ありそうーー……


 所謂、トラウマってやつっすねー。

 トラウマって『これがトラウマなんだよー』なんて言えるうちは、おそらく大したことはないケースが多い。

 本当の意味のトラウマって、本人が気付かない恐怖心とか、理由の解らない拒絶反応とかなんだろう。


 だがっ!

 今ここで気付けたということは、きっと『気付けよ!』っていう神々からのお知らせだ! 

 そして、今こそ乗り越えられるタイミングであるのだ!

 と、思おう!


 なんで【調理魔法】が出ないのか……それもきっとこのあたりが原因だ。

 なにせ、調理の基本は『火』なのだから。

 火が使えねぇ料理人なんて、あり得ないから!


 ビィクティアムさんとシュウエルさんが、もの凄く俺を慰めてくれる……きっと、無効化なんておっかないことに怯えていると思っているのだろう。

 すみません、そこはちょっとスルーして別のことを考えていました!

 今更、聖魔法どうこうより【灯火魔法】すら出ない、チキンな自分に凹んでいただけですっ!


 俺のトラウマのせいで魔法も技能も出なかったのに、文句言っちゃってごめんなさい神様達……!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る