第565話 休養日……のはず

 さてさて、本日はトレーニングの休養日。

 魔法も使っていいけど、ほどほどに……という、制限付きながら何とか許可が出るようになりました!


 油断はできないが、コレクション内の『流脈結界維持用鉱石』は少しずつ減らせているし、ちょっとだけ腕にも筋肉がついてきたのだ。

 さて、作りますのはアトネストさん用移動方陣だね。


 限定するのは……まず方陣が発動できる場所。

 行きはアトネストさんの部屋のみ。

 そこから辿り着けるのは、遊文館のお子様達が夜に溜まっているあの教室内。

 ダイレクトでその部屋に移動で入れるのは、アトネストさんだけ。


 あそこは『大人』が入れないように指定されている場所だから、広さを限定できる。

 目標鋼の近くに誰かいて、移動位置がズレる場合でも広範囲を指定しなくて済むしね。


 そして帰りも、アトネストさんの部屋にしか移動はできない。

 こうすることで、遊文館行き来の移動を誰にも見られないし、シュレミスさんとレトリノさんに『夜にお泊まりに行っている』ことを知られずに済む。


 テルウェスト司祭は、ずっと隠しておくつもりはないとは仰有っていたが上手くいくかも解らないし、アトネストさんが途中で止めたくなった時に周りを気にして変に頑張り過ぎないためにも暫くは黙っておく方がいいだろう……という判断のようだ。

 あのふたりに羨ましがられても、申し訳ないが夜は入ってもらえないし。

 ただ、この移動方法が上手くいったら、ふたりにも一日に一、二回の往復だけはできるものが作ってあげられるかもしれない。


 アトネストさんが移動できる時間は、遊文館が閉館したあと九刻から翌日の四刻半の間だけ。

 営業開始時間が朝の四刻なので、人が来だせば流石に目が覚めるだろうから、慌てて戻ることもあろうかと思うので四刻半までにしておく。

 教会での朝ご飯が五刻頃だというから、間に合うだろう。

 朝ご飯は基本的に、保存食を温めるだけだとテルウェスト司祭が仰有っていたのでギリギリになっても大丈夫のはず。


 そして来年の新月しんつき三十一日までが使用可能期間。

 この期間設定はどこまで意味があるか解らないのだが、おそらく引き出せる『質』に関わってくるのではないかと推測している。

 魔法や加護の有効期間設定をすると、それに合わせて魔力保持量を調節させて均等に放出させられると思うんだよな。

 そうなるとあの首かけ法具がネオジムを使っていることもあって、魔石への魔力供給の頻度や量が少なくて済むはず……と思っている次第。


 ここまでやって……どれくらいの起動魔力でアトネストさんが動けるか……試してもらわないとなー。

 百は切っているはずだし、移動そのものに使う魔力の八割くらいは魔石からの供給だから大丈夫のはず!



 ということで午後、昼食時間後に教会の一室へと移動。

 神務士さん達は既に遊文館に向かって移動中。

 テルウェスト司祭が、すぐに駆けつけてくださいました。


 新しい移動鋼ではなく、現在身に着けている魔力流脈調整法具が移動鋼になるので、目標鋼だけアトネストさん部屋にセットさせてもらう。

 簡単に動かせない『壁』に取り付けて、戻ってきたらテルウェスト司祭立ち会いで魔力登録をしてもらう。

 そうすると、この方陣鋼は見えなくなるようにしてある。


「では、目標鋼に魔力登録をするだけで、遊文館に指定時間だけ移動ができる……のですね?」

「はいそうです。ただ、一回目はどれくらい魔力を起動時に使うかが曖昧なので、できれば行ったらすぐにもう一度移動で戻って、アトネストさんが往復でどれほどの魔力を使ったか確認してください」


 そうお願いして俺はテルウェスト司祭に、目標鋼と予備に作ってあった『居場所確認板』でアトネストさんと控え室の人達だけが点灯するように設定したものをお渡しした。

 子供達の位置や人数などの必要のない情報までは、遊文館の外で見せることはないからね。

 昼間見ると、神務士トリオ三人の居場所だけは解るようにしておいたけど。

 テルウェスト司祭はあまり遊文館に行かないから、ちょっと気になるかなーと思ったので。


「……ところで、タクト様」

 なんだろう……なんとなく神妙な声色だけど、まだ何か問題でも?

「遊文館の屋上庭園は、夜になると星が輝くのだと……アトネストが言っていたのですが……」

「ええ、真っ暗なだけじゃ子供達も淋しいだろうから、神々の瞳に見守られているって思える方がいいかなー……と思って……」


 なぜ、泣きそうな顔をなさっているのですかっ、テルウェスト司祭っ?


「夜の屋上庭園だけ、なのですか?」

「だって、星は夜に見えるものですよ?」

「夜は大人は駄目なのですかぁー?」

「はい。駄目なのです」


 いや、泣くほどですっ?

 ……俺の魔法が完全解禁になったら、一階とかで昼間に『天体ショー』的なこと、やってあげようかなぁ。

 それとも……期間限定でプラネタリウム?

 スフィーリア様に差し上げたものの別バージョンをやるのも悪くないかぁ……

 なんにしても、俺の身体作りが終わってからだけどねー。


 それではよろしくと、アトネストさんの移動の件はお任せして、今日の夜あたりにアトネストさんが移動したら様子見に行こう。

 久し振りにハンバーガー食べたいし。

 あ、ポテトとチキンは補充しておかなくては。


 それと、地下の野菜プラントからも収穫しておかなくちゃ!

 ルッコラができてる頃だし、茸類も採っておかないとねー。

 移動の方陣で遊文館地下二階にGO!



「おおーー! 美味しそうな、まさにきのこのーー」

『山』と言いそうになって、山ってより森か? と、収穫しつつ下らないことで悩んだ。


 また舞茸の天麩羅、作ろうっと。

 占地は何をしても美味しいから迷うなぁ。

 あ、椎茸は干し椎茸にしておこう。

 えのきもカリカリに揚げて、大根があるからおろし生姜も混ぜて食べたいよねぇー。


 茸は本当に、使い勝手がいいよなぁ。

 青菜もしっかり収穫して、一度おうちに運んだら久しぶりに遊文館の屋上に行ってのんびりすっかー!


 本日の屋上庭園は『薄い雲のかかった青空』バージョン。冬というよりは、秋空っぽい感じである。

 シュリィイーレの冬は空がグレーで町が真っ白なので、ここだけが青い空だ。

 そのせいか、大人も子供も随分大勢の人達がここで読書を楽しんでいる。

 本に興味がなくても、この庭園に子供達と散歩に来るって人もいるくらいだ。


「おおー、タクトー!」

 呼ばれて振り返ると、そこにいたのはリンゲルスさん。

 楽団員のひとりで、マンドリンみたいな楽器が得意な陽気なおじさんだ。

 おや、他の楽団員の方々もいるぞ。


「こんにちは、リンゲルスさん! 今度はどちらの外門広場で演奏会があるんですか? 俺も行きたいと思ってるんだけどなかなか……」


 父さんと母さんはよく出かけているんだけど、俺は……トレーニングでへばってしまい、午後の演奏会に間に合わないことの方が多いのだ。


「ははは、相変わらず君は忙しそうだからねぇ。今月は二十五日と二十七日に北門の玄関広場だよ」

 その頃なら、大丈夫かなぁ……


「遊文館で演奏できないのが、残念だわぁ」

「しょうがないさ、本を読む場所で音楽は……なぁ」


 これは、今後も許可するつもりはない。

 図書館と公民館やコンサートホールを兼ねる気はないのだ。

 遊文館は子供達が本を読み遊ぶ場所であって、大人達の娯楽や寛ぎはあくまでただのオマケ。


 子供達を見守らない大人なんて来て欲しくないし、子供達が動き回るための場所を大人達に提供する気は更々ないのだ。

 庭とか使って無償で子供達に聞かせてくれるならいざ知らず、営利目的とか大人の観客を集めるなんて言語道断である。


 実は、消音魔具の使えるサイレントスペースだけは、自分の好きな音源水晶を持ってくれば音楽を聞きながらの読書もできる。

 このスペースに入れるのは子供だけなんだけどね。

 大人の居心地は全く考えていない作りなので、そのあたりは仕方ない。


 ちょっと悩んでいるのは、ドルーエクス医師からお問い合わせがあった『南東地区の爺さま婆さま達の健診を毎年やらせてもらえないか』って依頼なんだよなー。

 今年は雪が予想より早かったこともあって了承したけど、毎年……ってのはなぁ。

 大人が集まれる場所は沢山あるんだから、それこそ全員にその場所に目標鋼を置くことを義務化してそっちでやって欲しい。


 お年寄りがここに来てくれるのは嬉しいが、お年寄りのために何かをする施設にする気はやっぱりないのである。

 ここは『子供』という期間限定のわずかな時代だけの、限られた他にはない場所なのだから大人の入り込む別の理由を設けたくはないのだ。


 うん、お年寄り集合場所は、他に作ってもらおう!

 それこそ『デイサービス』的な、カルチャースクール的なものだって、大人はいくらでもいろいろな場所で楽しめるんだから。

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