第564話 極少魔力量のための移動方陣
「それと……ですね、まだ少々懸念することが……」
歯切れの悪いテルウェスト司祭の言葉。
やはり、現時点ではどうしようもないアトネストさんの魔力量問題に絡むことか?
「移動の時間帯が問題なのです」
え?
「毎日のように遊文館に行くことは構わないのですが、アトネストにも他のふたりと同じように昼食や夕食を作る『課務』があります。それを免除はできません」
そりゃそうだよな。特別扱いは……
あーー! そーか!
「夕食……作って食べたら、遊文館の表玄関が閉まっちゃうんですよね……」
「はい」
そうでしたっ!
移動の方陣が使えないから、歩いて行かなきゃいけないのに夕食後なんて閉まっちゃうんだよなーー!
仮とはいえ今はシュリィイーレ滞在許可になっているし、テルウェスト司祭の名前が保護者覧にあることで、多分図書室内への移動は可能なんだけど……
やっぱり、懸念事項は魔力量。
くっそーー!
こうまでも支障が出るってのは、マジで予想外だなーー!
今後、帰化する人達がシュリィイーレ在籍になって、レトリノさんみたいな他国人との間の子供だってシュリィイーレでも生まれるだろう。
そうなったら『初期魔力量』は皇国人同士の子供に比べて圧倒的に少ないし、流脈不全の可能性も加味しなくてはいけない。
その子達は、十歳を過ぎても魔力が七百に届かない場合も大いにあり得る。
だが、そういう点で、子供達に利用制限が出るのは絶対に駄目だ。
ただ……子供の場合はまだ体重が軽いこと、体が大きくないということでなんとか使用魔力をセーブして魔力七百くらいでも一日に数回の移動ができるように組める。
しかし、アトネストさんは神務士のふわっとした法衣を着ていると中肉中背に見えるが、半年前にはあのコーエルト大河の絶壁をガシガシ登攀してきた身体の持主なのだ。
それなりの筋力があり、しっかりした体つきなのである。
当然、一般的な大人と大差ない体重だろう。
いくら方陣とはいえ、体重や体格で使用される魔力を減らすことは……なかなか難しいからなぁ。
「本当は、子供達と過ごすと決めた日は遊文館にアトネストを残していればよいのかもしれないのですが……彼に、ひとりで食事をさせるのは……なんだか可哀相で」
ああ……うん。
そうだよね。
ひとりは、淋しいよね。
テルウェスト司祭はちょっと微笑みながら、アトネストは皆と一緒の食卓がとても楽しそうなのですよ、とアトネストさんの様子を思いだしている。
ずっと、アトネストさんはアーメルサスにいた頃、独りだったと言っていた。
今、やっと仲間と呼べる人達を得たのだ。
共に過ごす大切な時間を、俺の勝手なお願いと子供達を優先することで奪ってしまいたくはない。
「それに……アトネストがいないと、シュレミスもレトリノもなんだか寂しそうにしておりまして」
流石トリオだね。
一緒にここにやってきたんだもん、当然だよね。
地方遠征とか合宿に、一緒に来てるって感じなのかなぁ。
うーん……だとすると、本当に『眠るためだけに』夜の移動ができた方がいいなぁ。
夕食食べ終わって、お部屋に戻ってベッドに入るって感覚で遊文館に行ってもらえれば……それで結構充分だし。
いろいろな条件をぎちぎちに限定することで、ギリまで魔力使用量を減らした上で、移動方陣鋼への魔力供給だけに使える限定使用魔石を使ってもらうか。
そうしたら、余分なことに魔石の魔力を使わないから、行きと帰りの分の確保ができるだろう。
発動だけは自身の魔力を使ってもらわないと認識できないけど、それこそ加護法具として身に着けててもらえれば……
そうだ。
今既に流脈調整維持をしている加護法具があるんだから、それの水晶のひとつを『移動特化』にしよう。
既に随分と魔力流脈は整ってきていて、今は維持がメインになっているだろうから八つのうちのひとつならば問題はない。
いくつもあちこちに法具を身に着けるより、負担もないしな。
それに俺の手元で【複合魔法】での効果追加ができるのが、一番やりやすいよな。
「俺も、アトネストさんのためにも食事は教会で食べてもらった方がいいと思います。ですから『完全限定移動』のみが可能な移動方陣鋼を作りましょう」
「完全限定、でございますか?」
「まず、移動できる場所の固定。そして移動できる時間帯、使用できる期間、使用条件と、できる限りの制限を設けることで、使う魔力量を極力抑えます」
今日は魔法使用を制限されているので基本コンセプトだけを説明し、ご納得いただけたので後日お届けに上がりますと約束だけした。
ふぅー……油断すっと、すぐその場で作っちゃいそうになるよ。自制心、自制心……
テルウェスト司祭がお帰りになった後に夕食を食べつつ、移動方陣極少魔力量バージョンを考えていた。
だが、ふと口に運んだそのパンに、俺の手と思考がストップ。
「中に……赤茄子と乾酪が入ってる……!」
「ふふふ、どぉお?」
「美味しいっ!」
表面がかりっとして中がずっしりと
ピザ生地のように伸びるモチモチ食感の生地で作る、包み焼きピザだ。
形が半円形じゃなくて菱形で、ピザよりは厚みのある生地を焼いたものだけど。
勿論、
「これ、好きーー! 凄く美味しいーー!」
思わず叫んでしまった。
ヤバイ、マジで水牛のミルクが欲しい。
モッツァレッラ・ディ・ブーファラが作りたいっ!
ピザは起源がエジプトとか、イタリア発祥とか、いやトルコが本当の元祖とか、いろいろと言われるあちらでも世界的人気のパンの一種である。
こちらでも、竈で焼く平焼きパンでフォカッチャとピザのハーフみたいな生地で作るものがある。
でも、ピザみたいなナンみたいなこの生地だけのものは、自動翻訳さんでも日本語表示が出なくて皇国語の発音そのままで『リエッツァ』という。
普段よく食べられている所謂ブリオッシュ的なこちらの世界の『パン』とは違うものだから、自動翻訳さんも『パン』にはしなかったのだろう。
父さんも、口いっぱいに頬張ってにこにこ顔だ。
「んっ、旨ぇな! 包み焼きリエッツァだな、こりゃ。コレイルの南や、ルシェルスの北側ではよく食べられているやつだ」
「そうなのよ。この間、メイちゃんに教えてもらったのよ。タクトが好きでよかったわぁ」
ふたり共二個目に手を伸ばすので、俺も……あ、もう一個のやつ、お芋がごろごろ入ってるーぅ! これも美味しいーー!
最高です。
こんな風にご褒美を小出しにされたら、頑張らない訳にはいきません。
だけど、家での自分勝手なストレッチや筋トレは、シュウエルトレーナーから駄目って言われている。
そして明日は、筋肉休養日。
明後日から、また頑張るね!
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