第559話 進路指導、再び?

 ……伝言を伝えようとしたが、アトネストさんは子供達と一緒に椅子の上で眠ってしまっている。

 ううむ……なんだかもの凄い既視感……あ、ちょっと大きめのわんこの側で、一緒に飼われている子猫が群がって寝ている……みたいな感じだ。

 しかし、これは誰ひとり動かせないなぁ。毛布でも持ってきてあげようか。

 おおっと、頭がずれて床に打ち付けないように、ふわふわクッションを敷いておこう。


 俺が毛布を掛け、クッションを敷き終わると……なぜか奥の部屋から毛布を持ってきて、アトネストさんにくっついて寝る子が何人かいた。

 凄いなー。この子たちのハートと信頼をがっちりキャッチしている……これは……このままもう来ちゃ駄目ですよ、なんて言うのが惜しい人材だなぁ。


 神務士さん達のお休みって確か、十日に一度って言っていたよなー。

 お休みの前々日の夜とかに来てもらって、翌日の午後の課務が終わったら休める……っていうサイクルだったら、夕方シフト、入ってもらえたりしないかなぁ……テルウェスト司祭に相談してみよう。

 夕方だけじゃなくって、翌朝までこの子たちと一緒に寝てくれたら理想なんだけど、流石にそこまでは頼めないかなー。ダメ元で頼んでみようかな。

 取り敢えずアトネストさんの胸ポケットに司祭様からの伝言を入れて、部屋の灯りを少しだけ落とした。

 真っ暗ってのを……怖がる子もいるから。


 もう深夜だから、本が読みたい子はサイレントスペースで読んでね。

 といっても起きているのは……俺の他にはいないような……あ、いた。

 オーデルトだ。なんかずっと子供達がいる方の部屋を見ているな? 

 視線の先には……アトネストさん?

 ああ……そうか。

 アトネストさんが子供達から怖がられていないことが、不思議なのか。

 そういえば、自分を避けるようになった子が増えた……って言ってたもんなぁ。


 やばい。お腹空いてきた。なんか食べよう。

 夜更かしするとお腹空く感じが早くなったな……良い傾向なのだろうか。エネルギー不足が解るっていうのは。

 晩ご飯が鱈ちりだったから、お肉がいいなぁ。ハンバーグサンドかフライドチキンか……あ、ソースカツサンド入れたんだった!

 キャベツたっぷりで、甘めのソースが美味しいやつー! 昔だったらこんな深夜にカツサンドとかあり得なかったから、ちょっと背徳感があって楽しい。



 俺がはむはむとソースカツサンドを堪能しているところに、溜息をつきつつオーデルトが入ってきた。

 明らかに落ち込んでいる顔だか、俺を見つけるとちょっと微笑む。

「おまえ、久しぶりに来たんだな。ちゃんと家でメシ、もらっているのか?」

 俺があまりにがっついて食べていたせいか、心配させてしまったか。頬張ったまま頷く。


「冬になるとさ、食べさせてもらう量を減らされるやつがたまにいるからな。ここで食えてよかったな」

 そうだったのか。

「……そういう子、多いの?」

「今の長官さんになってから、食べ物や魔石がなくなったら衛兵隊から安く買えるから随分減ったけど……昔は結構酷かったって。うちは食べ物は困らなかったけど、魔石が足りなくなって、火が使えなかったことがあったからなぁ」


 ビィクティアムさん達が冬場の備蓄量を増やし始めたのって、あの大雪災害の時からって訳じゃなかったのか……だけど、把握している以上にいたのかもなぁ。

 くそっ、もっと早く気付いていたら、子供避難所計画を早めに手がけられたのに……今年の冬に間に合ってよかった、と思おう。


 だけど、こいつ良いやつだなぁ。自分が落ち込んでいるのに、俺の心配してくれて。

 チラチラとアトネストさんを見てしまうのは、羨ましいんだろうか、悔しいのだろうか。

 そして呟くように聞いてくる。


「なぁ……『絵』ってさ、描いてみたいと思うか?」

「思うよ。俺、すっごく下手だから、上手になりたいよ」

 オーデルトからの応募はまだない。

 迷っているのかもしれない。『大人』に近くなってしまうことを、怖がっているのかもな。


「あの人みたいにさ、みんな……喜んでくれるかなぁ……」

「みんな……は、わかんないけど、俺は嬉しいと思う」

 そうだよなぁ……自分の好きなことだって、やりたいと思っていることだって、他の人が一緒にやってくれるかどうかって最初は凄く不安だよなぁ。

 俺もそうだったから、よっく解るぞ!


「上手く……できっかなぁ……」

「初めからは無理だよ」

「はっきりいうね、おまえ」

「だってそういうもんだからね。初めてのことがいきなり上手くいくなんて、運が良いだけで実力じゃない。それでいい気になっちゃうより、失敗しても諦めずによくしようって頑張る方が凄いことだと思う」


 受け売りだ。あっちの爺ちゃんとこっちの父さんの。

 どんなに準備したって、どんなに天才だって何もかもは上手くなんかいかないものだ。ましてや凡人の俺等は、上手くいかなくて当たり前。

 だけど、上手くいかせるための気持ちと努力を忘れないならいいって。

「子供はそれでいいんだって。やり直せるし、誰にだって聞ける。勉強しながらなんだから構わないって」


 まぁ、大人になったってそんなもんだよ。

 大人だから上手くいくなんてことはないし、大人だから絶対に失敗しちゃいけないなんてことはない。

 ただ、失敗した時にちゃんとリカバリーできるか、責任がとれるかってことで、覚悟の違いだけだってな。


 失敗を恐れずに突き進むのが子供の勇気、失敗を考えても最善手と思えば進んでいくのが大人の勇気……ってことかなーとは思うけど、最善手なんてものは失敗しなきゃ解らないことの方が多いものだ。

 だから『成功』に拘ることはないんだってことだと思うんだよ、個人的にね。

 何が『成功』かなんて、人によって違うものだしなー。


「……おまえ、子供のくせに爺くさいなぁ」

 おまえに子供扱いされるいわれはないぞ、オーデルト!

「成人の儀が過ぎたら、おまえも悩むだろうけどさ、今からそんなに爺みたいなこと考えていると、友達できねぇぞ」

 如何にも『お兄ちゃん然』としたオーデルトに、なんだか変な気分が沸き起こる。

 え、今の俺ってそんな『お子様』に錯覚させているっけ? 

 迷彩……どーなっているか、そういえば鏡とか見たことがない……


 イートインスペースの硝子に映る自分の姿に……だめじゃん、って突っ込んだ。どう見ても……贔屓目に見たって、中坊だ。

 俺がここに転移してきた時以上にガキっぽいビジュアルだ! 子供達に怖がられないようにってのを意識しすぎたかーーーー!

 こんな見た目お子様なのに、偉そうに進路指導してしまった……


「そうだ、おまえ、名前はなんて言うんだ? 俺はオーデルトだ」

 名前。

 しまった。考えてなかった……またしても。

 えーと、タクト、はまずい。ここまでビジュアルが違うと誤解を招くし、俺はこいつにはタクトとして会ってしまっている。

 だが……スズヤというのも変だし、アズール……は使えない。神様命名は……えーと『エステ』……? いいや、これって結構皇家で使われる名前の一部だ。歴代でも何人かいたし今の皇太子殿下はエルディエステだから、うっかり傍流と思われるのはよろしくない!

 ええっと、残った部分は……


「レ……」

「ん?」

 発音しづらいが、頑張れば……

「レェリィ……」

 で、いいはずだ! 多分!

 オーデルトが急ににやっとして、なーんだ、とやけに納得したような声だ。

「そっか、女の子みたいな名前だからいいづらかったんだな!」

 ……この名前は、女の子っぽいのか。そーか、それで言い淀んでいたと解釈してくれた訳だな。うん、まぁ、それでもいいや。


 その後、ちゃんと寝ろよとベッドルームまで案内されてしまったが、俺がここで寝てしまう訳にはいかない。

 俺の『迷彩』は、ノエレッテさんのような魔石でも、方陣でもないから眠って意識が途絶えると解けてしまうだろう。

 ということで、ベッドルームに入る振りをして控え室に転移。

 入るなり、リオルテさんとエッツィーロさんに拍手されてしまった。


「おまえさんの『錯視』はたいしたもんだな。こっちで見ていて全然解らんかったぞ!」

「ありがとうございます……エッツィーロさんもリオルテさんも、眠くないんですか?」

 いかん、欠伸が出そうだ。

「私達、昼間にたっぷり眠ってから来ているのよ。だから平気よ」

 おお、夜勤対応をしてくださっていたとは。なんと、ありがたいことだ。

「おまえは寝た方がいいな。家に戻るか?」

「いえ……お邪魔でなかったら、ここで……」


 アトネストさんになんかあったら起こしてください、とお願いをして……俺は仮眠をとらせていただくことにした。

 ここのソファー、結構寝心地がいい……


 おやすみなさーい……



 その後の控え室 〉〉〉〉


「あらあら……もう眠っちゃったわ。疲れていたのに、悪いことしちゃったわねぇ」

「うーむ、子供だけしか入れんというのも、もどかしいものじゃなぁ」

「だけど夜に来る子達は……大人が嫌いですもの。ここから見守れるだけでも、以前よりずっといいわ」

「そうさな。昔は、雪の中で凍えとる子を見つけるのが……つらかったからなぁ」

「ええ、そうね……子供達用に家を用意しても、すぐに出て行ってしまう子も多かったし……嫌われていることは解っていても、こんなに大人を『怖がっている』なんて、思っていなかったわ……」


「タクトの『錯視』……なかなか消えんな?」

「でもほら、少しずつ髪の色とか、戻っていますよ。強い魔法なのねぇ……ああ、すっかり黒髪になったわね」

「黒髪に蒼い瞳……最も強く賢神一位の加護を受けている証だな」

「だからきっと、どの魔法も強力なのだわ。だけどそのせいで身体のできあがりに支障が出てしまうなんて、大変なことよねぇ」

「衛兵隊で、しっかり鍛えてもらわんとなぁ。今夜はちーと無理させてしまったからの。明日の朝、東門に行って訓練時間の変更をしてもらった方がいいな」

「そうね、倒れてしまったら元も子もないもの」


「……ほんに……タクトがレイエルスでないのが……残念だのぅ……」

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