第558話 予想外の来訪者
午後の訓練も終わり、帰宅いたしました。
今の期間、うちの食堂は夕食をやってない。
保存食作りにあてているからだ。
まだ冬の初めで食材が各家庭にも他の店にも大量にあるから、二ヶ月後……本当にきつくなるラスト一ヶ月間に、なるべく多くの人達が保存食を買えたり遊文館で食べられるようにストックを作っておくのである。
そんな保存食作りを一段落して、夕食の鱈ちりをいただいて家族三人満腹でほこほこになった頃、物販スペースからの呼び鈴が鳴った。
冬場は小まめに一階に下りないので、何かあったら呼んでねってことで呼び鈴をつけたのだ。
うちまで来たものの、具合が悪くなっちゃったとかあっても困るからね。
俺と父さんが下に降りると、ちょっと泣きそうな顔のテルウェスト司祭がいらっしゃった。
「どうしたんだよ、司祭様が?」
父さんの呆れたような声に、テルウェスト司祭は更に恐縮したように小さくなる。
「申し訳ございません……ちょっと、どうしたものかと……ご相談に」
と、司祭様が振り返ったのは俺の方だったので、なんだろうかと思ったら……
「え、遊文館内にアトネストさんが取り残された?」
いやいや、他領の人と大人は強制退去に……あ、そーか。
神務士さん達は『移動の方陣』のないIDカードだけだったっけー。
だけど退去時間になったら、アラームが鳴る筈なんだけどなぁ……?
あれ?
もしかして……
「アトネストさんって、適性年齢前……でしたよね?」
「はい」
「……そんで、帰化誓約だけの仮在籍で……仮在籍証明司祭って……テルウェスト司祭……だったり?」
「はい」
「仮在籍地の移動可能場所に……シュリィイーレが記載されている?」
「はい」
なるほどーー!
そのせいだーー!
陽が落ちてからの開場時間外、遊文館にいることができるのは『適性年齢前』までの『シュリィイーレ在籍』である子供達だけだ。
シュレミスさんやレトリノさんは、たとえ適性年齢前だったとしても『他領在籍』で確定しているから、遊文館を出るまでアラームが鳴り続ける。
アラームが鳴っている『夜にいてはいけない人』は、見回りの自警団のおじさんたちにも通信で解るから追い出しにかかってくれる。
だが、仮在籍でありその保証司祭がシュリィイーレ在籍のテルウェスト司祭ということで、現在『保護責任者がシュリィイーレの人』だから『シュリィイーレの子供』として認識する条件を満たしている。
しかも、仮証に『シュリィイーレ滞在の許可』が記されているのだ。
そりゃ、アラーム、鳴らねぇなーーーーっ!
例外過ぎて対応していなかったーー!
「……すみません……俺の手落ちです……」
「いいえっ! 戻る時に点呼しなかった、わたくし共に非があるのです! ですが……どういたしましょう?」
父さんもテルウェスト司祭も、夜に本のある図書室内に入り込むことはできない。
控え室までは、テルウェスト司祭にも来てもらうか。
「俺が図書室内に入ってなんとかします」
アトネストさんが、パニックになっていないといいんだけどなぁ。
「タクト、おまえだって解っちまって平気か?」
父さんがそう言うのは、自分達と同じように夜に入り込める『大人と密接に繋がった俺』という存在が、大人を信用できない子供達にばれていいのかという心配からだろう。
「『錯視の方陣』を使って、ちょっとだけ見た目が変わるようにはするよ」
いや……方陣だと声を出したら俺だってばれるから、また怒られそうだが『迷彩』を俺の魔法でかけるしかないんだけど、今の状態の俺が魔法を使うとなるときっと父さんは渋い顔をするだろうから……ちょっと嘘。
「そっか、まぁ大丈夫だとは思うが、解らねぇ方が子供らは安心するだろうからなぁ」
そうなんだよね。俺自身は、ばれたって全然いいんだけど……そのことで子供達に『スパイが入り込んだ』感が出ちゃうと可哀相だからね。
夜の遊文館は『大人』が介入しない、と信じていて欲しいんだよね。
遊文館の職員控え室へとやってまいりました。
今夜は、エッツィーロさんとリオルテさんが『見守り』でいてくださっていた。
ありがとうございまーす。
俺が事情を話し、もしかしたら一度だけ扉を開けるかも、と断りを入れて遊文館内にいる子供達の現在位置確認のプレートを見る。
運用後に少しだけ改良して、成人の儀を過ぎた子達の位置とそれ以下の子達のライトの色を変えて表示させている。
若草色がお子様達で、橙色のが年長組だ。
講義室として使っていて明るくできる部屋の中で……ひとつの橙色を囲んで、十人近くの若草色がある。
ちょっとカメラで確認すると、アトネストさんの周りに子供達が集まっている?
「どうやら、本を読んであげているみたいねぇ」
リオルテさんが微笑んで、流石は神務士さんだわ、と言うと、テルウェスト司祭がもの凄く嬉しそうだ。
カメラの位置的に聞いている子供達の表情が見えないが、近付いている小さい子だけでなく遠巻きにして聞いている年長組もいる。
ここまで声が聞こえないのが残念だな。
いい声なんだよなぁ、アトネストさんは。
きっとみんな、穏やかな表情で聞いていると思う。
「屋上にいたようでな、帰ろうと降りてきた時には扉が閉まっておってのぅ。ここからでは開けてやれんし、儂らもタクトを呼びに行こうかと思っておったんじゃがなぁ」
「家にいるか衛兵隊の方にいるか解らなかったから、どうしようかと思っていたところだったの」
あ、そうですよね、最近しばしばトレーニングでグロッキー状態のまま修練場近くの仮眠室で寝ちゃっていたからね。
「タクトさん、衛兵隊……とは、何かあったのですか?」
「あ、ご心配なくテルウェスト司祭様。ちょっと、体力作りで協力してもらっているのですよ。たまに張り切り過ぎちゃって、泊めてもらうこともあったので……」
テルウェスト司祭は、割と心配性だからトレーニングメニューが結構きつくて動けなくなって……なんて言ったら、ちょこちょこ様子見に来ちゃいそうなのでやんわりと言葉を濁す。
「それにねぇ、あの神務士さん、全然慌てたり騒いだりしなくて子供達が……すぐに何人か側に寄っていったのよ」
「うむ、それでな、本を読み出したから……様子を見た方がいいかと思ってな」
このお二方も、慌てふためくような方々じゃなくってよかったよ。
あ、テルウェスト司祭がペコペコ謝っている……まぁ、アトネストさんの『保護者』だしね。
ちょっとアトネストさんの様子を確認して、外に出たいか聞こうと図書室内に移動した。
おおっと、迷彩発動……っと。
屋上に灯っていた四つの若草色ライト以外は、この部屋に集中していたから十人ほどの子供達がアトネストさんの朗読を聞いていることになる。
教室に入ると、柔らかくて温かい声が聞こえる。
決して大きくはないし強さも感じないけど『染み込む』ような声だ。
ビィクティアムさんとは正反対の意味で、聞いていたくなる声だよな。
丁度本を読み終わるタイミングだったみたいで、アトネストさんがぱたん、と本を閉じると何人かの子はイートインスペースへ走り、何人かはベッドルームへと入った。
まだアトネストさんの側には、三人くらいの子がいる。
もう一冊読んで欲しくて強請っているのかと思ったら、そのまま寄りかかって眠っちゃっている子がいる。
あとのふたりも……うつらうつら……あ、寝た。
アトネストさん、どうしようって顔だな。
動けないし振り向くこともできなさそうだなー。
ということで、後ろ側からこそっとお声がけしてみた。
「アトネストさん、司祭様から戻れますけどどうしますかって伝言です」
「……あ、タク……」
「声、小さめに。起きちゃいますよ?」
アトネストさんに話しかけるために、声だけ戻してみた。
でないと『司祭様の伝言』が伝えられないかなーと思って。
「……今晩、ここにいたら、ご迷惑でしょうか……?」
眠ってしまった子供の背を優しく撫でながら、アトネストさんは小さい声で呟く。
俺としては……ありがたいんだが。
今ここにいる子達が、少しでも嫌がらない『大人に近い人』がいてくれるのは、とてもいいことだと思うんだよな。
俺は、大丈夫だと思いますよ、とだけ言って、すぐに控え室へと飛んだ。
そして今晩、アトネストさんをここでお借りできないか、テルウェスト司祭にお願いしてみた。
テルウェスト司祭は少しだけ考えて、解りました、と微笑んでくださった。
よかったー。
「俺も、もう少しの間ここにいます。もし子供達やアトネストさんに何かあったら、俺が『同行』で、外に出られるようにしますから」
「はい。明日はアトネストは休みの日ですから、ゆっくりしてから戻りなさいと……あとでお伝えいただけますか?」
「ありがとうございます。あの子達があんなに懐く『大人』って……なかなかいないから、助かります」
「そうなのですね……アトネストがあの子達の助けになれるのでしたら……きっと、アトネストも喜ぶでしょう」
そう言ってくださって『戻ったらすぐに私の所に来るように、と伝えてください』と頼まれたので、快く了承するとテルウェスト司祭は教会へと戻られた。
さーて……今度は声もしっかり変えて、もう一度図書室内に行ってみようかな。
あ、アトネストさんには『タクトの声』で、OKもらったことは伝えなくちゃだめだな。
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『アカツキ』
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