第557話 オンナノコのキモチ……?

 ビィクティアムさんとシュウエルさんは試験研修生のサポートがあるからということで、俺はひとりで外食に行くことにした。

 自分で作っちゃったら『なるべくいろいろな人の作ったものを食べる』ってのが、できなくなっちゃうし。


 ちらりと聞いた『試験研修生のサポート』が、取り敢えずあの『味なし』を作った三人に食べさせ、完食できなかったら減点……らしい。

 他人にも食べさせるための料理を作ることが目的なのだから、自分で食べられないものを振る舞うのは『行儀』に反するということのようだ。

 あれ?

 行儀……は、マナーとかおもてなしの心とか全部含む言葉になっているのかな?

 まぁ……いいか。


 あのマズメシも毒物ではなかったから食べても平気なんだけど……キツイだろうなぁ……俺も申し訳ないと思いつつ、残してしまったもん……

 だけど試験研修生に作らせているのが、食育試験監督官達五人と自分達三人分だけだったのが救いといえば救いだねー。


 何気に俺の分は『試験官のひとり分』としてカウントされているんだな……

 いや、俺がどなたかの分を奪っているのかもしれない……だとしたら、ごめんなさい。

 今までの試験研修生達のご飯は美味しくいただけて、嬉しかったです。

 これからも食べさせて欲しいなー。


 だが本日は、美味しいお昼で口直しをしたい。

 ここからだと、ラウェルクさんの店がいいかなー。

 北東・紫通り十二番……緑通りからだとちょっと遠回りだが、歩いて行こう。


 店がやっていなかったら外門食堂に行こうと思っていたが、今日は開けてくれているみたいだった。

 ラッキー。


 相変わらずちょっと高級な感じの、洒落たリストランテである。

 だが、臆してはいけない。

 そぅっと扉を開くのは怖がっているわけではないぞ、断じて!

 そろそろランチタイム終了時間だから、お客さんが殆どいないな。


「いらっしゃいませー……あっ! タクトさんっ!」

 店に入ると、アルテナちゃんがお手伝いをしているようだった。

 感心、感心。


「こんにちは。ちょっと時間遅くなっちゃったけど食事、できるかなぁ?」

「うんっ! 今日のはすっごく美味しいのよ!」

 おおっ、たのーしみー。


 出てきたのは、なんと牛肉だった。

 珍しいな……この町で牛肉を使っている所って少ないのに。

 しかも、ミートローフだぁぁ!

 大好きー!

 ゆで卵も入ってるぅ!

 おおおいしーい!


 うちも作りたかったんだけど、牛肉が少なかったからイノブタ多めの合い挽き肉でハンバーグにしたんだよねぇ。

 卵も他に使い道があり過ぎちゃって、迷った結果作らなかったんだけどやっぱ美味しいなぁ。


 味わって食べていたら、他のお客さんたちは食べ終わってすっかり店内が空っぽに。

 いかん、俺ひとりのためにお片付けができないのも申し訳ない……と、ペースアップしようとしたらテーブルにもうひと皿ちょっと小さめのミートローフが置かれた。

 顔を上げるとラウェルクさんがニヤニヤ笑って、余りだからまだ入るなら食べてくれと言う。

 入るけど……いいのかな?

 もらっちゃうよ?

 んーっ、おいしー。


「いいなぁ、牛肉……うち、あんまり買えなかったから羨ましい」

「はっはっはっ、ロンデェエストの牧場と契約したからな、うちは! 冬場は牛肉が食いたくなったらうちに来いよ」


 なんて素晴らしいっ!


「おまえが簡易調理魔具なんてものを作るからよ、こっちもいろいろ大変だぜ」

「みんなが家で作るようになって、お客が減った……とか?」


 俺が恐る恐る尋ねると、ラウェルクさんはちょっとだけ頭をかいて、最初のうちはな、と言った。


「確かに家で作る頻度は上がった。だけど、すぐに客は戻ってきたし、なんなら前より増えた」

「え?」

「あの魔具は『旨いと思う味』に仕上げるだろ? だから『旨いと思う店の味』を作るために魔具で作って、初めの頃はそれで良かったらしいんだ。でもおまえのところみたいに『保存食』なんてものがねぇからな。自分達の作った『似ているけどちょっと違う味』に慣れちまうと……もともとの『店の味』が食べたくなるらしい」


 自分で作った『なんちゃって』とか『名店風』ではなく、本物が食べたくなる……ということですな。

 同じ材料、同じ工程で作ったとしても、全く同じものはできない。

 今までよりは美味しい、とかあの店の味に近い、ってものはできるが、それを食べるとどこかで『やっぱり違う』という気持ちも残る。

 だから『本物』をもう一度食べたくなってしまうというのは、よくあることだ。


「確かに似たものはできても、完全に同じじゃねぇ。ま、客が戻ってこない店もあるだろうが、そういうところは元々『その程度』ってことだ」


 そういう店は味で勝てなくても戦略で客を獲得しようとするようで、デザートサービスとか時間帯割引きとかいろいろと工夫をしているみたいだ。


「でな、うちは売り上げが去年よりはるかによくなった」

 にんまりとするラウェルクさんの横で、アルテナちゃんもにんまり。似たもの親子である。


 そして味が一流と認められた店は売上げを伸ばし、それに慢心しない店は新たにメニューを開発したり、材料を厳選したりとなかなか良い方向に進んでくれているらしい。

 シュリィイーレの方々は基本的に負けず嫌い……いや、向上心に溢れているのだ。


 ラウェルクさんの店では、夏場はカルラスの魚介がメインのアクアパッツァ、冬場は秋口にドカンと入れてもらう契約をしたというロンデェエスト・ロリエレート町の牛肉をメイン料理にするという戦略にしているみたいだ。


 こういうひとつの食材やジャンルに拘る『専門店』形式も、これが食べたいならこの店に行けば間違いないという『信頼』になる。

 うちとは全く違う戦略だ。

 流石、高級店である。


「じゃあ、牛肉食べたくなったらここに来ればいいんだなー。助かるー」


 今度母さんにも教えてあげよう。

 昔はシシ肉派だった父さんは、今は魚とチキン派だけど、母さんはずーっと牛肉が大好きだからなー。


「冬でも魚が出て来るのはおまえのところだけだから、俺達もたまに行ってるんだぞ? 知らなかったろ」

「……最近あんまり店に出られなくってさ……」

「それって、タクトさんが『衛兵隊の訓練服』を着ているのと関係しているの?」


 ちょっと不満げな顔のアルテナちゃんから、思ってもいなかった突っ込み。

 ラウェルクさんもそう言えば、と俺の服を覗き込む。

 女の子って、やっぱり服とかよく見ているんだな。


「タクトさんに、衛兵隊は似合わないと思う」

「いや、衛兵になる気はないって。医師に言われて身体を鍛えてるから、手伝いをしてくれているんだよ、衛兵隊の人が」

「……筋肉モリモリも……似合わないよ」


 女の子、なかなか厳しいご意見ですね。

 でも平気、どうやら俺は体質的に筋肉もりーんのボディビルダー風な付き方はしないみたいだから。

 腹筋も全然割れないんだよねぇ……

 するとラウェルクさんが大笑いして、アルテナちゃんはそのくらいでいいと思うわ、となんだか納得顔で頷く。

 何故なにゆえ


「だって、ぶっとい腕の魔法師とか格好悪いもん」


 そんなビジュアルイメージを持たれているものなのか、魔法師って?

 アルテナちゃん……というか、この町のティーンの女子達は『太い腕』イコール『職人』らしく、魔法師とか錬成師になると細いビジュアルが人気のようだ。


「そうね……衛兵隊の長官さんが、ギリギリかな。でも、もうちょっと細い方がいいと思うの」

「おいおい、あの人も結構細い方だろうが」

「解ってないわ、お父さん。強そうに見えないのに強いっていうのが、格好いいのよ、魔法師様は! 長官さんは、見た目で強そう過ぎるの!」


 もの凄い、少女漫画的イメージなのかな?


「だからね、タクトさんもぶっとくなっちゃ駄目よ!」


 でもなぁ、健康問題的にも、筋肉は必要なんだよなぁ……まぁ、一応ご意見として承りますよ。

 俺は、ティーンよりお姉様のご意見を重視したい派なのでね。


「まぁ、タクトは太れねぇだろうし、筋肉もつかなそうだけどなぁ」

「なんでそう思われるのですか! 俺、結構今、頑張ってますよ?」

「おまえの魔力量、相当多いだろう? 魔法師が細めってのは、魔力量が多いと痩せやすいからなんだよ。人の倍食べても太らねぇんだから、俺は羨ましいけどなぁ」


 ラウェルクさんにそう言われて俺がビミョーな顔をしていたら、アルテナちゃんは得意気に、ほらやっぱり魔法師は細くていいのよ、とのたまう。


「魔力量が多いと細いっていうのは、神様が決めたことなんだからそれでいいんだわ! 賢神一位だって賢神二位だって太くないもん!」


 いや、そこ基準にされても、ね?

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