第556話 マズメシの理由

「うーん、惜しかったねぇ。残りは、昼食を食べた後だねー」

 ……できなかった。三セット、残ってしまった。悔しいが始めた頃の倍速くらいにはなっているはずだ。

 にこにこ顔で鬼のような負荷を平気で掛けてくるシュウエルさんのこのトレーニングメニューは、衛兵隊体術組の基本らしい。

「午後はまた、体術の型もやろうね。最近右に偏りがなくなったし、動きがよくなってきたからいくつか増やすからね」

 シュウエルトレーナーは、本当に容赦がない。

 そろそろ組み手も、なんて言っているから高校の時やった柔道みたいな感じかな?


 だけど衛兵隊の体術って、柔道というよりはどちらかというと合気道っぽい気がするんだよね。魔法と組み合わせるには、都合がいい動きなのかもしれない。

 なんというか、力学的、とでもいうか。関節技が多いんだよね。投げるんじゃなくて、捕らえるためのものなのかもな。

 そーいえば、昔ライリクスさんが、中央広場の噴水のところで神官を捕まえた時も関節キメていたもんなぁ。

 身体を効率的に使えるようになるってことなら、ちゃんと習っておこう。



 今日の衛兵隊食堂は、誰が作ってくれるのかなー?

 ウキウキで食堂に行ったら、アンシェイラさんに微妙な顔をされてしまった。

 何かあったのだろうか?

「実はね……今日は、試験研修生達が作る日で……正直言って……どうしていいのか解らないものに……」

「まずいんですね?」

「ええ、もの凄く!」

 そんな自信たっぷりにまずいって、どんな料理なんだろう。

「ちょっとだけ、食べてみていいですか?」

「いいけど……本当にどうしていいか判らないものだから、覚悟はしてね」


 アンシェイラさんがここまで念を押すとは……

 頑なに料理自体を拒否するマリティエラさんのような『壊滅型』か、胡椒を入れたらなんでもいけるというヒメリアさんのような『一点突破型』……いや、そもそも自分が美味しいと感じる味がずれている、レトリノさんのような『異次元味覚型』か……


 ぱくっ


 ……味が、ない。

 あれっ? おかしいな? 俺、味覚が変になっちゃったかな?

 神眼さんで視ると……すげぇ!

 まっっっったくキラキラが何ひとつない!

 栄養も魔力も、なんにもなくなっちゃっているのかっ?

 当然、全ての食材に甘みも辛味も塩味も苦味も旨味も、何ひとつない。

 いや、何これ? むしろこの状態にできるって凄くないか?


「……無効化の魔法でも、かけちゃったんですかね?」

「そんな聖魔法が使えるわけないでしょう? それに無効化をかけたとしても、素材の味は残るわよ……不思議すぎて、どうしていいのか解らなくって……」

 それにしてもどうやって作ったんだろう。面白すぎる。


「これって、試験の一環ですよね? 映像は残していらっしゃいますか?」

「ええ、あるけど。それを見たら解るの?」

「断言はできませんけど、不思議なことをしているかどうかくらいは解りそうかなって」


 食堂内で撮影したものを見せてもらうと、まず作っている試験研修生は三人。

 味がないものを作っちゃったのは、この男性のようだな。

 いや、食材を持っているだけで違うのかな?

 ひとり一品じゃなくって、みんなでいろいろ手出ししている……アレが嫌いとか、これが嫌だとか、贅沢言うやつらだなぁ……

 あーー! そーか!


「多分……三品をあちこち手出ししているのと、この三人の好き嫌いのせいで、魔法で味と魔力を押さえ込んでいるみたいですね」

 ひとりは人参と赤茄子が嫌いらしく、その味を極力感じないように調理をしようとしているのだろう『素材から味が出ること』を抑制してしまっているみたいに感じる。

 彼が触った途端にその素材から魔力が抜けたか、閉じ込められたかでキラキラがなくなった。

 もうひとり男の子は甘ったるいものは『食事』にならないと言っているが、塩を足すという方式ではなく甘みを出させないというイメージで調理をしているのか、脂からも全くと言っていいほど魔力が消えてしまっている。

 あれでは『その他の味』もなくなってしまう。


 思い描く味に近づけるために『調味する』のではなく『要らない味を排除する』方に感覚が大きく働いているってことかもしれない。

 ん? 他人が感じている感覚……が解るってのは、あの『覚感技能』のおかげなのかな?

 そして……紅一点の女の子は、しょっぱいものが苦手みたいで……一緒に使っているの【耐性魔法】……かな? 

 塩味に対して耐性がつく感じに、勝手に食材に付与しちゃっているのかな?

 ひとり一品作っていればどれかが突出して『まずい』になるはずが、三人がそれぞれに手出しをしているせいで『全部がコンフリクト』して『消えているように感じている』のかもしれない。


 改めて俺は料理に向き合い……ちょっと、魔法をかける。

 えーと……まず、付与的にかかってしまっている【耐性魔法】と【抑制魔法】を解除……は、ぱぱっと【文字魔法】で無効化しちゃおう。

 そうすると『味のあるまずい料理』になるはずだ。

 ……うんっ! まずいっ! でも無味より全然マシ!


「……まさか、素材から味を消してしまおうと考えるなんて吃驚だわ……」

 アンシェイラさんだけでなく、他の衛兵隊員達も『想定外』って顔だ。

 俺も考えていなかった。なんにしても【調理魔法】だけでこれはできないと思うから、無意識に付与とかしちゃっているってことだよな。

「【耐性魔法】持っていたやつは、魔法師だったよな。【付与魔法】使えたっけ?」

「いいや……直接使った可能性があるな。そうじゃなきゃ、もう少し魔力残滓があるだろう」

 なるほど。確かに直接だと作用は強くなるけど時間が短く……いや、材料や調味料そのものかかっているとなると、簡易方陣の魔法で上書きされるから魔力残滓が解りづらくなるな。


「抑制はふたりが持っていたはずよ……こちらも付与じゃなくて、直接かけたのだと思うわ。あの子達、魔法師職じゃないけど魔力は多めだったから」

 そして多分、自分の魔法を使うことを優先しちゃったから、ちゃんと簡易調理の方陣が発動していなかったと思われる。

 方陣より、持っている魔法の方が優先順位が上になるし、強いからなぁ。


「これからは先に『簡易調理魔具』を発動させてから、食材を触らせる方がいいですね。その方が余分な魔法を発動しなくなりそうですし」

「そうだな、それと監督官をやはり厨房に入れて、ひとり一品を責任持ってやらせるって方がいいな」

「何が嫌いな食べ物か、全員調べて組を作らないと駄目だな」

「ああ、それから……」


 指導の皆さんの白熱した議論が続いていますが……俺のお昼ご飯はどーなるのかなぁ……このまずいの、食べたくないなぁー。

 ビィクティアムさんとシュウエルさんも『これは駄目だ』と判断したのだろう。

 お外に食べに行くことになりました。

 ……さて……開いている食堂はどこかなー?

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