第555話 ちょっと元気になってきた?
翌日から、朝は蓄音器体操の前に魔法なしクッキングで卵たっぷり一回目の朝食。
お子様達と蓄音器体操をして、母さんが作ってくれた朝食を食べてから、氷結隧道を歩いて東門の修練施設へ。
午前中に訓練メニューをこなして、ビィクティアムさんとシュウエルさん監修の『筋肉メニューランチ』とメイリーンさんの特製ドリンクをいただく。
たまに試験研修生が作ったというメニューもあるが、食品栄養学の授業の一環なので栄養的にはバッチリのものが出て来る。
意外と旨い。
食休みをしっかり取ったら講座のある日は遊文館へ、それ以外の日は午前中にやりきれなかったメニューの消化と、一刻間ほど体術の型など習いつつストレッチ。
間食で試験研修生食堂の夕食メニューを、少し早めの時間にいただく。
夕食準備の時間にはおうちに戻り、食堂を手伝ってから家族で遅めの夕食。
そして一日の翻訳作業は一刻間だけと……今までの俺からしたら四分の一以下の魔法使用量で過ごし始めた。
体調は、
そしてなんとか『前・古代文字の現代語訳辞書』も第一版ができまして、各家門の特設ブースに配置いたしました。
一階の一般公開スペースには、前・古代文字の本がないので置いてないのですがね。
春になったらレイエルス家門のものがまた届くから、それ次第かなぁ。
レイエルスだって、全ての蔵書を各地の教会司書室に入れていたのではなく、自分達の手元において大切にしていたものもある訳ですよ。
それは『シュリィイーレの子供達だけ』という条件付き蔵書になると思うんだよね。
だから、一般公開の中に前・古代文字本がなければ……この辞書は、暫くはご領地蔵書特設ブースのみだなー。
どこかのご家門が、期間限定公開とかのイベントをしてくださるまではおあずけである。
すっかり陽の落ちた町では、氷結隧道の灯りが漏れて町中がライトアップされているみたいだ。
また雪が降ってきたから、もうすぐ二階の窓から見ても光が漏れてくることはなくなるだろう。
そんな窓の景色を見つめながら、ぼんやりと考える。
先日のオーデルトの件で、子供達が『成人の儀』を仲間かそうじゃないかの区切りにしていることがはっきりとした。
どこら辺が基準なのか、解らなかったんだよな。
大人達が『子供』っていうのと、子供達が仲間として意識している『子供』との間にかなりの齟齬があるはずだとは思っていたのだが。
オーデルトみたいに、個別で誰かに『尋ねる』ことのできる子達ばかりじゃない。
だけど、時が経てば彼らの誰もが『大人』扱いされるようになる。
子供の気持ちのままどうしていいかも解らず、大人に馴染むことも近寄ることさえできないのに、今まで側にいた子供達からは大人に見られ、大人達からはまだ子供だという扱いをされる。
だから獲得した職業に合わせて、この町を出たり親元を離れたりして環境を変えることもひとつの手立てだ。
しかし、それができない職業もある。
だが……この世代は『手を引いてやらなきゃ何もできない』ほどの子供ではない。
この成人の儀から適性年齢までの十年間こそが、最も学べる期間なのだ。
甘やかされ、守られていただけのところから少しずつ抜け出す準備をさせてもらえる『チャレンジ期間』なのである。
あらゆることを試せる、まだ失敗しても許してもらえる余地があり、サポートもしてもらえるのだ。
この期間を有意義に過ごさずただ甘ったれて過ごすだけなんて、勿体ないし……その先が怖い。
だからこそ、自分で考えて動くためにも『知識』は必ず必要になる。
遊文館にある全ての本は、先人達の成功と失敗の記録なのだ。
なるべく沢山の
本は『最初から最後まで全部を読まなきゃいけないもの』ではない。
気になったところをちょこちょこ、いろいろな本を掻い摘んで読むだけだっていいのだ。
そりゃ、全部読む方が知識は増えるだろうが、それが義務やプレッシャーになるとか、つまんないと思いつつ読んだって頭になんか残らないのだ。
そして多分、その世代は俺に『習う』とか『教えられる』ことに抵抗がある人も多いだろう。
だって俺も『同世代』なのだから。
それは適性年齢を過ぎてしまい、遊文館の全ての本を開くことのできない人達にも言えることだ。
しかし『大人』である適性年齢を越えた彼らが『知識を持つ若者に教えを請う』ことをどう思うかなんてのは本人次第だし、俺の守備範囲外である。
それこそ、大人なんだから自分で考えて判断しろ、ということになる訳だ。
「取り敢えず……成人の儀を終えた年代が入れない『お子様ルーム』も……必要かな」
成人の儀前の子達とは随分と『体格』に変化があるから、大人といいきれない年長組でも背の高い人に怯える子供はいそうだ。
逃げ込める場所があると解っていれば、安心できるんじゃないかな。
そっか……遊具室にして、利用年齢を区切ろう。
そしたら、昼間もその部屋はちっこい子供達の遊び場になるから……夜の子供達と昼にだけ来る子達の交流も……もしかしたら、生まれるかもしれない。
『同年代』と触れ合うことが必ずしもいいとは限らないけど、ゼロであっても良いことはなさそうだしな。
まぁねー、俺とミトカみたいに決定的に駄目じゃんっていうのも、ないとは言えないしねー。
その辺はもう、ある程度仕方ないしなー。
喧嘩も必要なことがあるしー。
いかん、いかん、結論を急ぐと見落としが多くなるからな。
こういったことはいろいろ考えながら、最適解を導いていくしかないよな。
……お腹、空いてきた。
動いていないし考えているだけなのに。
いや、普通か。
時間が経てば腹が減るものだ。
だけどついこの間まで、これを感じなかったんだよな、俺。
人としてポンコツ過ぎるなー。
台所に行ったら母さんが作り置いていてくれたのだろうか、コロコロした丸っこい揚げ芋が沢山用意されていた。
メモが置いてあって『メイちゃんが作った赤茄子垂れで食べなさい』って書かれていた。
そうなんだよねー、メイリーンさんの作ったケチャップがさー、すっっっげー美味しいんだよ。
酸味も甘みも良いバランスでちょっとだけ辛味もあって絶妙なんだよ。
あ、揚げ芋……マッシュポテトにして、中にいろいろ入ってる!
うわー、おーいしーーーーい!
挽肉のやつ最高ーっ!
あ、これチーズだぁ。
クリーム煮の鶏肉が入っているのもあるぅ。
旨ぁぁぁっ!
……いけね。
全部食べちった。
でも美味しかったんだから、仕方ないよな、うん。
お皿を綺麗に洗って片付けた後、ありがとうご馳走様……とメモを書いて置いた。
もう少しだけ、明日の準備してから寝ようっと。
おはようございます。
その朝、俺は起き上がって吃驚した。
いつもはなんとなく残る眠気も全くなく、なんていったらいいのか……足がしっかり均等に大地に乗っている感じ……とでもいうのか、身体全体のバランスがとれているって気がしていたのだ。
これって、寝る前のあのべらぼうに美味しかった揚げ芋のせいだろうか?
母さんに作り方を聞いても、普通に作っただけよー、としか言わないしメイリーンさんのケチャップも衛兵隊の食堂で食べさせてもらったものと変わらない。
「身体作りの成果が出てきたんじゃねぇのか?」
「それってこんなに、ある日突然感じるものなのかなぁ」
「人によるんじゃねぇか? どんなことだって、ぽん、といきなりできるようになることだってあるしなぁ」
ある日いきなりできるようになる……逆上がりみたいな感じだろうか。
だけど、体調の変化ってそういうものに含まれるのかなぁ?
まぁ……悪いという感じではないからいいんだけど、原因がわかったら、より心がけられる気がするんだが。
「もしかして、なんか技能か魔法でも出て、調整ができるようになったのかもしれねぇぞ?」
父さんにそう言われて、はた、と気付いた。
そうか……その可能性もあるか。
魔法は【調理魔法】以外欲しいものはないのだが、この感じが【調理魔法】であろうはずもなし。
ならば技能?
欲しいのは『調味』とか『料理』ですよ!
神様っ!
待ってますからね、俺!
この希望はなんだか、叶えられない気がしますけれどもね!
部屋に戻って、祈りつつ身分証を開く。
……『調律技能』が第一位になってる……これの影響か?
それと、なんか知らないの出てる。
第三位で出てる『
感覚……じゃないんだよな?
こんな単語ないぞ……自動翻訳さんの近似値変換か。
ええっと……生命の書にも載っていない。
これはもしかして文字の意味で捉えればいいのだろうか。
覚えている感覚……とかいうことか?
五感の記憶が鮮明にできるとか?
それとも、五感どれかの感覚を覚醒させられるとか?
五感の覚醒ってのも意味が解らないけど。
覚醒ってより、記憶という意味の『覚える』っぽいなぁ。
あ、もしかして、身体が正しい流脈を『覚えられた』から調律で『調えられた』のかな?
それで左右のバランスがとれたのかもー!
だとしたら、あとは筋力さえなんとかできたら『魔力ただ漏れ防止身体作り』は、第一段階クリアなのではっ?
よぉぉぉっし!
今日も訓練頑張るぞーー!
成果が出るとモチベが上がるねーっ!
シュウエル・メニューを、今日こそ午前中でクリアしてやる!
……志が低いが、ビィクティアムさんみたいに一時間で終えるなんていう、アスリートではないので、それでいいのだ。
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