第554話 進路指導?
夜中の最年長者の名前は、オーデルト。二十五歳になったばかりだそうだ。秋祭りの少し前に成人の儀だったらしい。
取り敢えず、あまり人に聞かれるのもなんなので、サイレントスペースへ。ここなら三人くらいまでは、消音の魔具のあるスペースに入れるからね。
なんだかちょっと話しづらそうにしていたが、お兄さんのことで礼が言いたい……と言う。俺が礼を言われるようなことをした、お兄さん……?
やはり、まったく持って見当がつかないが、ミトカという線は消えた。
「前にさ、南東地区で……あんたの、タクト、さんの作った菓子を真似して……売っていたバカのことだよ」
……無理に敬称、付けなくっていいのに。それにしても南東地区……菓子? あーーーー! そーか『タク・アールトぱちもん事件』の、あの!
「あいつ、兄ちゃん……なんだけどさ、いろいろバカなことばっかしてて。だけど、牢を出た後タクト、さんに」
「『さん』とか、要らないぞ」
「……タクト、にあの酷かった菓子のことを許してもらえて、真面目に料理の修業始めたんだ」
そうか、更生したのか。そりゃめでたい。
「あんたのおかげだ。兄ちゃんが真面目に働くようになるなんて、奇蹟みたいなもんだって母さんも喜んでてさ」
よっぽどだったんだなー。
「俺も、殴られなくなったし……」
しまった、ぶん殴っておけばよかった。そんなDV野郎だったとは。
どうやら物事が上手くいかないと家族に当たり散らすやつだったらしく、成人して家を出たというのに事あるごとに実家に戻っては金の無心。その度にオーデルトは憂さ晴らしに殴られることも多かったらしい。父親より力も魔法も強くて……家族だけでは、制御ができなかったようだ。
ただ、家族以外にはあたりも悪くはなくて、弟への暴力も他人には気付かれず……典型的な内弁慶タイプの大馬鹿野郎だったのだという。
それでいつ帰ってきて暴力を振るわれるか解らないとビクビクしていたせいもあり、家にいられなくてオーデルトはミトカ達と連んでいた。
もうすっかり忘れていたが、人として失格のガンゼールにその頃何度か治療してもらったことがあるんだという。
それくらいまでは……あいつもまともな医師だったのだろうか。
そして、あの冬に西の森へ入って行った生き残りだと教えてくれた。
森の中で戻れなくなっていたやつらのことを思い出し、胸が痛む。こいつの、オーデルトの友人達だったのだ。
生き残ったこいつを医師のところに迎えに来なかったという両親は、もしかしたら家に戻したくなかったのかもしれない。
あの時、こいつのバカ兄が家にいたのかもしれない。迎えに行って家に戻したら……必ずオーデルトが殴られると解っていたから、医師の元にいて欲しかったんじゃないだろうか。
「西の森に行ったあの時も、俺はすぐに引き返すだろうって思ってた。ガウリエスタに抜けられるなんて、信じていなかったし」
ちょっと遠出をしてみたい……程度の冒険心だったのだろう。
「どうして、ミトカ達はガウリエスタに抜けられるなんて思っていたんだ?」
「あの年の秋祭りに来ていた商人が、ガウリエスタには何人かシュリィイーレを抜けてきた冒険者がいる……って言っていたんだ。その中のひとりがミトカの爺さんのことだったらしい。ミトカは、爺さんがシュリィイーレに戻った時もその道を通ったって言っていたのを誰も信じていなかったけど、本当だったって喜んでたから」
そんな昔のこと……それから何十年も経ってて地形が変わっていることとか……ああ、いや、あんま考えないか。
シュリィイーレの中って『移り変わり』は殆どないし、新しくできる建物なんてものはほぼない『風景の変わらない町』だもんなぁ。
自分が知っている範囲でそういう変遷を見たことも聞いたこともなきゃ、他の全ても『変わるわけがない』と信じてしまうのも……仕方ないだろうな。
皇国みたいに安定している『昔からの伝統と神々の言葉』を大切にする国なら、他の町でもそうそう大きな変化もなさそうだから余計だ。
大地が『変わるものであること』なんて、知っている子供の方が稀だろう。そして『知らない者』は『信じたいこと』を肯定されると確実なことだと思い込む。
だから、ミトカ達はあの馬鹿医者のことも、信じてしまったのだから。
「俺、ずっと生き残ったのが、苦しかった」
オーデルトの言葉に、交通事故で生き残ってしまった時の記憶が蘇る。
生きていたことを喜ぶより、一緒にいられなかったことを……悔やむのは、少し、解る。
「でも、ミトカは……生きているって解って、ほっとした」
「……! そう、か。生きていたのか……」
どうやら秋祭りの少し前にここに来たという人が、ミトカにガウリエスタで出会っていたらしい。
そのことをロンバルさんが聞きつけて、オーデルトに教えてくれたんだとか。
そっか……あの頃、市場とか武器屋街に随分と冒険者や商人達が来ていたっけ。その中に、偶々知り合った人がいたんだろうなぁ。
くすっ、とオーデルトが笑った。
「なんだよ?」
「あんたのことを優しいって言ってた人がいたんだけどさ、兄ちゃんは厳しいことを言うって言ってたしよく解んなかったんだけど……やっぱ、変な人だな」
「なんだ、その結論は」
「ミトカのこと好きじゃないみたいなこと言うのに、生きてるって解ったら……笑ったから」
無意識だ。いや、嫌っていたって『死んで嬉しい』って思うほどじゃないってだけで? 別に、普通だろ、生きててよかったねってのは!
「生きて戻ってきて、よく知らずにあんな所まで行ったのは本当にバカだったって思い知った。だけど、どうしていいか全然解らなくってさ。家には相変わらずいたくなかったし、そういう子もやっぱりまだいたから一緒にあちこちで溜まってた。だけど、俺が成人してから……そういう子達が、俺からも離れるようになった」
そうだろうな。
大人は仲間ではない……その理由でまとまっていた集団なら、時が経てば条件から外れるのは当然だ。
だって、大人にならないためには死ぬしかないんだから。だけど死にたくないから、家から離れて生きているんだ。そんな選択肢は絶対に選べないし、選んで欲しくない。生きてても、死んでも、その中には戻れない。子供達の集まりって、そういうものだ。
「それで……ミトカがなんであの日、出ていったかやっと解った。あいつらに『必要ない』って言われたら……本当にもう、どこにも居られなくなる」
心がまだ納得していないのに、時間で区切られて一線を引かれる。
そういうことは往々にして起きるものだ。その時に上手く立ち回れれば何とかなるのかもしれないけれど、そうするにしても『知らなければ』できないのだ。
そして、その苦しさを肩代わりしてもらうことはできない。
多分、解ってもらうことも難しいだろう。『夜の子供達』は、あまりにも支えがなさすぎて、頼っているわずかな支えは脆すぎる。
「もしかして……仕事も見つけられていないのか?」
「……うん。大人とか……俺よりでかい人とかに、何か言われるとさ……怖いんだ」
あーそうだよなぁ、大人が怖いっていうのはもの凄くありそうだよなぁ。
あのぱちもん屋の兄ちゃん、結構背も高かったし、そこそこガタイも良かったからその人に暴力を加えられていたってんならトラウマになってて当然だ。
だけど、働くためには修行にしてもなんしても『大人と一緒に』いる時間が長くなる。
こいつの心が癒えていくスピードに合わせてくれる働き口なんて、ないだろうからなぁ。
ん? 俺に普通に話しかけられたってことは……やはり、俺は『大人』には見られていないのか……いいんだ、まだ成長しているという証なんだ。くすん。
暫くはここにいてくれたっていい。だけど、
結局俺には……遊文館には、選択肢を増やせる『知識』を提供することで、いろいろな生き方があるのだと示すことしかできないんだろうけど……
全てを把握はできないし理解も追いつかないけれど、せめて目の前にいる誰かや、話をしてくれた人の力にはなりたい。
「オーデルトの『職業』は?」
「全然、何処に行っても仕事のないものだよ……『作画師』なんて」
はいぃぃーー?
なにそれっ、お絵かき得意ってことぉっ?
いかん、また『ないものねだり君』が前面に……
俺のまわりには、俺が欲しくても持っていない素晴らしい才能を秘めた人々が多すぎる……
作画師は、絵師、絵画師とは違い、三次元のものを見て『独自の絵を創作』することは苦手だ。だが、見たそのままを線画にして描くのは得意なのである。そしてなるべく多くの物品を『描く』ことで伸びていく。
しかも、別角度や展開図も理解し描画できる、応用と簡略化に長けている職だ。
俺は絶対、マダム・ベルローデアはこの『作画』の職か技能か魔法を持っていると踏んでいる。
この職業に【複写魔法】や『精画技能』が加わると写真のようなリアルアートの画家に、【加工魔法】や『作図技能』が加わると設計技師にと大きな飛躍の可能性がある職業だ。持っている魔法と技能に大きくできることが左右されるから、それの獲得を見越した修行や勉強が必要になる。
「……今、ここで『絵画講師』を募集しているのは知っているか?」
俺の言葉にオーデルスは頷く。どうやら気にはなっていたようだが、まったく修行をしたことがないからどういうものか解らなくて二の足を踏んでいるみたいだ。
「描いて、応募してみたらどうだ? ここでなら、大人じゃなくて子供達と一緒にいられる。絵を描きながらここの本で学んで、技能や魔法が出てから画家とか設計士とかについて修行を始めてもいいんじゃないのかな」
実をいうと、絵画講師は難航していた。
なにせ『画家』という方々も音楽家と一緒で『それに必要な魔法と技能がある』のが当たり前だから、何をどう教えたらいいのかが解らないというのだ。
その魔法を使うと『邪道』と言うくせに、魔法がないと『適性がないから教えられない』とか言うしー。
教えて欲しいのは絵の描き方というよりは、画材の選び方とか、使い方とかだと言ったら今度は『描く題材によって違う』というようなことを言われてしまいそこから話が進まないのだ。そして『人前では描けない』『気持ちが乗らないと筆は走らない』『子供に話しかけられたら描けない』とガンガンに否定された。
ゲイジュツカはセンシティブである。
ま、他人に教えたくないってことなんだろうねぇ。
だが、作画師であれば『創作』部分に拘らず、『図』も『絵』も『見本を見ながら子供達の目の前で描く』スケッチを見せてあげられるのでなかろうか。
しかもまだ『描くスタイル』の決まっていない新成人である。子供達と一緒に描いていくうちに、いろいろな発見もあるだろうし。
「……そんなことが、仕事になるのかな……?」
「
とにかく、応募だけはしてみなよ、と背中を叩く。どんな絵が描けるかは、見ておきたいからなぁ。あれ? なんか進路指導になってしまった?
「うん、そうだな……タクトと話せて、よかった。ミトカが言ってた通りだ」
「は?」
「『あいつはちゃんと考えているやつだから』って」
はぁぁぁーーーー? なにあいつ、なにあいつっ! そーいう会話とかしたことねーだろーが! てか、会話らしい会話なんぞ、一度もないぞっ!
「いろいろ、言ってたよ? でもさ、わりと良いこと言っちゃった後に必ず『でも俺は大嫌いだけどな』って言うんだ。おかしかった」
ホントに……なんなんだろーなぁ、あいつ……ま、俺も嫌いだしなっ!
「それとさ、俺もタクトのこと『アニキ』って呼んでいい?」
「なんでだよ?」
あ、素直に嫌な顔を見せてしまった。いかん、いかん。直前にミトカの変な話を聞いて吃驚したせいだ。
「だってー、うちの兄ちゃんが『タクトのアニキ』って言ってるんだ。いいよな?」
なんだってそんな面倒くさいことにーーっ?
絶対にヤダーーーー!
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